第771話 知らなかった事


 イブキの本命の狙いが正確に伝わってなかった……というか、伝え忘れていた事が判明した訳だけど、まぁ今までの先入観から、イブキが好き勝手な我が儘でやってきたと判断した点は反省だな。


「あー、とりあえず整理するぞ。イブキはトーナメント戦の検証をしたくて、灰の群集……ラックさんに接触してきたって認識で良いんだな?」

「おう、そうだぜ! 無所属だとトーナメント戦の開催は絶対に出来ないけど、ヘルプを見たら報酬の上乗せが可能ってのを見たからよ! まぁそのついでに誰かと対戦出来れば良いとは思ってたがな!」

「……普通に対戦はしたいんだね」

「まぁ無所属の人の参加で報酬の上乗せが可能になる事については私達として確認したいんだから問題ないんじゃないかな?」

「ま、そうだな」


 イブキが好戦的なのは知っているからトーナメント戦自体をしたいというのは理解は出来るし、目的自体がはっきりしていて、それが俺らにとっても悪い話ではない。この感じなら普通に連れて戻ってベスタのタケノコを進化させて……って、そういやその辺はどうなってるんだ? 直接ベスタが話していたならこの事態は防げていたような気もするんだけど……。


「そういやイブキってベスタから直接連絡を受けたのか?」

「いんや、フレンド登録してねぇからそれはしてないぜ。ラックさん経由でここで待ってろって言われたから、てっきりベスタが直接来るもんかと思ってたんだがよ?」

「あー、なるほどね」


 ふむ、そうなるとそもそもベスタが今2ndのタケノコでログインしていて動けない状態であるという事そのものを知らないんだな。

 あれ、本当にベスタにとって丁度いいタイミングで俺らが目の前に現れたとかそういう感じ? ベスタならオオカミでログインし直して自分で処理をしててもおかしくはないけど、どっちにしろトーナメント戦の開催が可能な共同体の協力も必要だもんな。

 ま、ベスタのタケノコの進化の為の死亡についてはベスタ自身から多分言うだろうし、イブキを連れて戻るだけでいいか。


「さてと、とりあえずベスタのとこまで連れて行くけど、イブキはそれで良いか?」

「おう、問題ないぜ! 流石に同伴者なしで無所属が群集のエリアには入りにくいから助かるぜ!」

「あ、ケイさん。それって僕も行って良いですか?」

「え、フーリエさんもか? それは別に構わないけど、多分イブキがベスタにぶっ殺されるだけだぞ?」

「ケイさんの俺の扱いが酷ぇ!?」


 ベスタが桜花さんと交渉して他に2人ほど参加者を確保している最中だから、その集まったメンバーにもよるだろうけどね。ベスタが負けるところは想像がつかないし、どういう組み合わせになってもイブキが勝ち残る事はまずないな。


「いえ、僕もそのトーナメントに参加してみたいです! ケイさんは出るんですよね?」

「あー、主催する共同体のメンバーは参戦出来ないから俺は無理だぞ」

「え、そうなんですか……」


 あ、なんかフーリエさんが残念そうな雰囲気になってしまっている。ふむ、どうやらフーリエさんは未成体には進化しているっぽい感じだし、俺と戦いたかったってとこか。

 とは言っても、トーナメントには主催の共同体の参戦には制限があるんだからどうしようもないんだよな。


「よし、フーリエさん。今度、機会を作って模擬戦をやるか!」

「え、良いんですか?」

「ま、同じコケ仲間だしな!」

「ケイさん、ありがとうございます! ……今日の夜はシリウスと一緒にダメ元でタッグ戦の選出に参加してみるつもりなので、明日は大丈夫ですか?」

「おう、良いぞ。時間帯はどうする?」

「今と同じくらいで良いですか?」

「……特に用事はないから、急なリアルの予定が入らなきゃ大丈夫だな。それじゃ明日の今の時間帯に模擬戦な」

「はい!」


 まぁ同じ未成体ではあってもLvとしては結構な差があるから俺の方が圧倒的に優位なんだろうけど、それでもフーリエさんは俺と戦ってみたいって感じだしね。同じコケ仲間だし、色々とアドバイスもしたフーリエさんとは俺もちょっと戦ってみたいという気持ちはある。

 そうなると今の時点でフーリエさんの進化の情報を聞くのは無しだな。多分、コケをメインにしたヘビとの融合進化のような気はするんだけど、変に手の内を探るような真似はしないでおこう。


「ねぇ、サヤ。明日は放課後は何もなかったよね?」

「うん、特に何もなかったと思うかな。これは見逃せないよね」

「断片的には聞こえているけど、どういう状況ー!? ケイさんとフーリエさんが明日模擬戦をやるのー!?」

「ま、そういう事だな。ところでハーレさん、ラックさんからは何か聞けたか?」

「うん、聞けたよー! それについては戻ってきたら話すねー! あと桜花さんが意外な人のトーナメント戦の参加の確約を取ってくれたのです!」

「……意外な人? え、誰?」

「それは戻ってきてからのお楽しみなのさー! でも、手が空いていないか、対人戦はしないって人ばっかりであと1人がまだ見つかっていないのです……」

「……流石に今の状況だったら厳しいかな」


 うーん、まぁ社会人の多くの人達はまだログインしてくる時間帯でもないもんな。まぁ平日が休みという人もいるからそういう人はいるんだろうけど、夜に比べるとどうしても人が少なくなってくるのは仕方ないか。


「あー、なんかあったみたいだが、とりあえず移動しねぇ?」

「……それもそうだな。イブキは目立つから、俺の岩に乗っといてくれ」

「おうよ!」

「僕もお邪魔します!」

「フーリエさんも一緒に来るのかな?」

「はい! どっちにしても今日はもうしばらく1人なので、暇なんです」

「そういう事なら、ほんとにフーリエさんがトーナメント戦に参加してみる? 4人での小規模なトーナメント戦だけど、まだもう1人が決まってないんだよね」

「……ヨッシさん、それは厳しくないか? 少なくともベスタとイブキの参戦は確定だぞ」

「言ってみたけど、やっぱり厳しい……よね?」


 うん、イブキは羅刹に比べると数段落ちるとはいえ決して弱くはないし、ベスタは言うまでもない。……流石に未成体になったばかりっぽいフーリエさんが挑むには厳しい相手過ぎる気が――


「僕はそれでも参加したいです。勝てないかもしれないですけど、ベスタさんやイブキさんとも戦えるならやりたいです」

「……フーリエさんがそう言うなら、まぁそれでもいいか。ハーレさん、聞こえるか?」

「聞こえているのさー! えっと、フーリエさんが参加するから、もう1人は探さなくて良いって事で良いのー!?」

「おう、そうなるな。って事で、ベスタと桜花さんに伝言を頼んだ!」

「了解なのさー!」


 よし、これで俺らが開催するトーナメント戦の4人は揃ったな。……そういや今更だけどトーナメント戦の受付って、予め指定したメンバーだけに限定出来るのか?

 ふむ、その辺はベスタのとこに戻ってから確認をしておこう。まぁベスタが参戦するメンバーを探すと言っていたんだから何かしらそういう機能はありそうだよね。


 さて、それじゃイブキの龍と、細長いコケの塊になっているフーリエさんが俺の岩に乗ったし、サクッと飛んでベスタのとこまで戻ろうっと。

 あ、フーリエさんをよく見てみたら先端の方に尖った枝みたいなのが見えているし、目みたいな石もある。……これ、もしかして苦手生物フィルタでヘビの目とか舌が枝や石に見えてたりするのかな? なんというか、形だけヘビって感じでヘビっぽくはないから苦手生物フィルタが無くても平気そうだけど……オフには出来ないからこのままで行くけどさ。



 そんな事を考えながら、岩を浮かせて移動を開始して……。いや、ちょっと待て。その前に確認しておかないといけない事があった。


「ちょいイブキに質問」

「ん? 出発するんじゃねぇの?」

「あー、まぁそうなんだけど、そこの氷狼って討伐済み?」

「あ、そういう事か! それなら無所属になる前に討伐済みだから問題ねぇよ!」

「……そういや羅刹とイブキは元灰の群集なんだっけ」

「おう、そうだぜ!」

「ま、そういう事なら問題はないな」


 という事で、改めて移動を開始である。さて、さっきはハーレさんはもう1人の参戦者が誰かを教えてくれなかったけど、誰になったんだろうね。

 意外な人と言ってたから俺らの知り合いだとは思うけど、意外そうなのは対人戦が好きではないソラさんとかか? ソラさんがトーナメント戦に参加してくるなら確かに意外ではあるもんな。


<『ハイルング高原』から『始まりの森林深部・灰の群集エリア2』に移動しました>


 とりあえずこれで森林深部へとエリア移動は完了っと。後はエンのいる陥没地形の崖の上に植わっているタケノコのベスタのとこまで行けばいい。……途中で桜花さんの所を通り過ぎる事にはなるけど、まぁ順序的に仕方ないな。


「あ、イブキさん、ちょっといい?」

「ん? 何だ、ヨッシさん?」

「えっと、ベスタさんの所に辿り着いたらイブキさんへの依頼があると思うけど、可能なら受けてあげてね」

「え、なんかあんの? まぁ俺も無茶を言ったんだから、可能な範囲なら問題ねぇよ」

「うん、それじゃよろしくね」

「おうよ!」


 俺はベスタが直接言うだろうからあえて言わなかったけど、ヨッシさんが具体的な内容は伏せつつ話したね。そっか、全部言わなくても頼み事があるくらいの事は言っておいても良かったか。


「久々に森林深部に来たぜ! お、あそこに桜の不動種なんていたか!?」

「あの桜の不動種の人が桜花さんだぞ」

「あー、さっき名前が出てた人……って、あれか! 青の群集から灰の群集に移籍したっていう、割と有名な桜の不動種か!」

「え、桜花さんの事を知ってるのか?」

「青の群集から無所属になったヤツから聞いた事があるぜ。あれだろ、圧倒的な腕を持ってる無口な不動種が同じエリアにいて、本人の腕は悪くないのに実情よりも遥かに低い評価をされてたってヤツだろ。まー、一部の連中が好き勝手言ってただけらしいけどな」

「……あ。そうなんだ」

「ちなみにその好き勝手言ってた連中ってのは、羅刹になんか悪巧みを持ちかけた奴らだぜ。ケイさん達は知ってんだろ?」

「羅刹に悪巧みを持ちかけた連中って、あいつらか!?」


 うわ、まさかシュウさんを本気で怒らせてBANになった連中の話がここで出てくるとは思わなかった。

 桜花さん、灰の群集に移籍してくるまであの連中に変に目をつけられてたって事なのか。今はもういなくなった連中だけど、どんだけ迷惑行為を繰り返してたんだよ……。


「……桜花さん、そんな事があったなら青の群集は居心地が悪かったのかな?」

「……そうなのかもね。でも、そういうのは無理に聞くのもちょっとね……」

「ま、灰の群集に移籍してから評判が良いって話は聞いてるから、合う居場所ってのも重要なもんだよな!」

「……確かにそれはそうだよな」


 なんというか、桜花さんの評判って青の群集にいた時と灰の群集にいる今とでは全然違うんだな。それにしても無所属のイブキからそんな話が……って、無所属は元々はどこかの群集には所属していたんだし、今みたいな情報が集まっていてもおかしくはないか。

 桜花さんは灰の群集に興味があってやってきたとは言っていたけども、青の群集の例の無口だけど凄腕の不動種の人と比べられて居心地が悪かったってのもあるのかもしれないね。まぁ桜花さんは今は灰の群集で楽しそうにしてるんだし、余計な事を聞く必要もないか。


「ところでそういう話が聞けるって事は、無所属には羅刹さんやイブキさんみたいに自発的に群集を抜けていった人もいるのかな?」

「おう、そういう奴はそれなりにはいるぜ。俺や羅刹みたいなのもいるけど、集団行動は性に合わないから無所属で気楽にやってるって感じだな! 赤の群集からはウィル絡みの騒動で居場所を無くして仕方なくって奴が多いが、それだけじゃないからなー」

「あ、やっぱりかな」

「……確かに居場所を失った人ばかりな訳がないよね」

「ま、そこまで人数は多くはねぇし、集団行動が嫌いって奴ばっかだからウィルの勢力外にはなってるけどな!」

「あー、そういう事になるのか」


 ふむ、群集という枠組みから外れている無所属が一枚岩である訳がないとは思っていたけど、今のを聞く限りでは明確にウィルさんとは別に単独……集団行動が嫌いと言っても2人組くらいまではありそうだな。

 まぁここは仮に単独としておくとして、単独で動いている無所属の人もそれなりにはいる訳か。でもまぁ、今聞いた理由からするとあんまり群集に絡んでくる人はいなさそうだね。

 気にするとしたら羅刹やイブキみたいな戦闘好きで、集団行動が苦手な訳でもないけどあえて群集を抜けて行動している人か。……そのタイプの人は、下手すれば一時的に群集に再加入して敵になる場合もありそうだ。


「お、エンが……ってすげぇ混雑してんじゃねぇか!? あー、こりゃラックさんやベスタには無理を言って悪い事をしたか……」


 おー、ちょっとこう考えるのは失礼な気もするけど、あのイブキが自分の行動を反省している! そっか、ここまで真っ当に反省するようになるまで羅刹さんにどんだけぶっ飛ばされたんだろうね? 


「……なんかケイさん、失礼な事を考えてね?」

「よし、到着っと。それじゃ降りていくぞ」

「スルーかい!?」

「多分、結構失礼な事を考えてたかな」

「うん、今のは声にも動きにも出てなかったけど、ほぼ確実にそうだよね」


 なんかサヤとヨッシさんも俺に対して割と失礼な事を言ってるような気もするけど、反応したら墓穴を掘るだけな気がするからスルーで! っていうか、多分サヤとヨッシさんも俺と同じような感想を考えてるような気もするんだけど、それは俺の気のせいかな!?


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