第707話 黒の統率種について
いか焼きさんが言うにはウィルさんの行動については、無所属では周知の事実みたいだね。ま、群集を離れて無所属になったのなら伝わる内容ではあるんだろう。
ぶっちゃけあれって便乗犯に乗せられてしまった赤の群集の人達の間で混乱が起きないようにする為の裏工作だしね。無所属であれば、関係ないといえば関係ない話ではある。……便乗犯で暴れてた人にとっては嫌な内容だろうけど、それについては知った事じゃない。それは自業自得だし。
「はいはい、いか焼き、その話は良いから、わたしを呼びつけた理由の方をさっさと進めるよー!」
「……おいら、今日このタイミングのつもりじゃなかったんだけどね。レナさん、なんでこんなに早くに来てるのさ?」
「およ? わたしはどこの初期エリアにでもすぐにでも行けるように、転移の実は用意してるよー?」
「あー、うん、理解したよ。……レナさんはそういう人だった」
なるほど、俺らの所にレナさんが来たのはちょっと不思議に感じていたけど、その秘密は課金アイテムの転移の実か。
転移の実ってレナさんみたいに意外と使う人は結構な個数を持ってそうだよね。まぁアイテムとして有用なのは間違いないし、10個で100円だから暴利という訳でもないか。
「ふーん、急にケイさん達と伝言を頼みたいって連絡してきたのは誰だったっけー? ケイさん達のタイミングが良さそうだったからわざわざ課金アイテムを1つ消費して駆けつけたのに、いか焼きはそういう事を言うんだねー?」
「うっ、そう言われるときついなぁ……」
「ま、今回はこれ以上は追求しないであげよう! わたし急に連絡が取れなくなった状況の詳細が聞きたいんだよねー。ほら、黒の統率種への進化情報とかさー?」
「……ここまでしてもらったんだし、それはおいらが話しておくべき話だね」
「そういえば、それは気になるところではありますね」
「あー、確かにそれは気になるな」
黒の統率種への進化については無所属だからといって誰でも知っている内容ではないだろうし、群集に所属していると確認をする手段がない情報だしな。
まぁ一時的に群集を抜けるという手段もあるにはあるけど、流石に試すには手間がかかり過ぎる上にメリットが思いつかない。……ここはいか焼きさんが教えてくれるみたいだし、素直に聞いておこうっと。
「おいらは黒の統率種の情報については青の群集にも話すけど、灰の群集に渡した進化記憶の結晶の話は青の群集の人にも話して良いのかい?」
「あ、そういやそうか。ジェイさん、その辺はどうする?」
「……そうですね。いか焼きさん、私達に渡してくれた進化記憶の結晶の場所についても話していただいて構いませんよ。ケイさん達もそれで構いませんか?」
「あー、俺は問題ないけど……」
みんなは……あ、普通に頷いているから問題はなさそうだね。ふむ、ちょっと気になるのがレナさんの雰囲気が生き生きとしている……というよりは、なんだか落ち着かない様子っぽい? レナさんのマイペースな雰囲気はいつもの事なんだけど、少しそれとも違うような気がするね。
「という事で、いか焼きには色々吐いてもらおうかー!」
「……いや、そのつもりなんだけど……レナさん、なんか今日は機嫌悪い……?」
「んー? まぁ折角の弥生とシュウさんの勝負が見られないのが非常に残念で悔しがってるとこではあるよー? 群集限定の公開設定だから仕方ないんだけどさー。でも、思いっきり見たかったんだよねー」
「……え、つまり八つ当たり? ……そういうのはダイク相手にやってくれない?」
「ダイクはダイクで、今日は風邪でダウンしてるのだよー!」
「なんでそんな肝心な時に居ないんだよ、ダイク!?」
なんというか、いか焼きさんに対して少し意地悪な感じがしてたレナさんだけど、どうも色々と今は機嫌が良くないらしい。てか、ダイクさんは風邪でダウン中なのか。……うーん、いか焼きさんとダイクさんの関係性が少し気になるけど、流石にそれを聞くのもマナー違反だからやめておこう。
それはそうとして、赤のサファリ同盟について聞き逃せない情報があったよね、今の会話!
「えっと、レナさんがさっき言ってた赤のサファリ同盟はタイミングが悪いっていうのは、弥生さんとシュウさんが模擬戦をしてるからなのかな?」
「うん、サヤさん、そだよー! なんかリアルの方でちょっとした物の買い替えを検討してたら、意見が分かれちゃったらしくてねー。どっちの意見を通すかで対戦で決めるんだって」
「え、そういう理由なのか!?」
「そだよー。あの2人には珍しい事なんだけど、だからこそ見たかったんだよねー! それなのにルストがねー。まぁわたしもルストの立場なら群集に限定するから、判断自体は責めるつもりはないんだけどねー」
「それについては仕方ないでしょう? 私達でも制限はかけますし、灰の群集でもそうしていますよね?」
「まー、そうなんだけどさー。それでも見たいって思う事ってあるじゃない? ジェイさんはそういうのはない?」
「……そう言われれば、あるというのが本音ではありますね。それこそ、ベスタさんとケイさんの勝負は見たかったですし」
「そこで俺の名前が出てくんの!?」
「あー、そういやかなり見たがってよな、ジェイ」
「……何を他人事の様に言っているんですか、斬雨。あなたもだったでしょう?」
「ははっ、そりゃな!」
あはは、あのベスタとの模擬戦はジェイさんや斬雨さんも見たかったのか。でもあの時は灰の群集のみにしてたし、そういう制限は自分達もしてるんだから赤のサファリ同盟が制限をしても文句は言えないよな。
ただレナさんとしてはゲーム外でも弥生さんやシュウさんとの交流はあるみたいだから、その辺で疎外感があるのかもしれない。……まぁ所属群集が違うからその辺は仕方ないというのも分かっているんだろうけど、感情が納得行かないという感じなのかもね。
「……話が脱線してるけど、そろそろおいらの話に戻していい?」
「それじゃサッサと情報を吐こうか、いか焼きー?」
「いやいや、おいらに八つ当たりはやめてって!?」
「……そだねー。いつまでも脱線してたら意味もないよねー」
「あー、もしかしてレナさん、少し酒でも飲んでるのか?」
「あはは、アルさん、大当たりー!」
「……やっぱりか」
あー、なんかレナさんの妙な感じのテンションはお酒のせいなのか。まぁよっぽど酔いまくって酷い状態になれば強制ログアウトになるらしいから、そこまで無茶苦茶酔っているって訳じゃないんだろうけどね……。
「とりあえず酔ってるレナさんは置いておくとして――」
「あー、ケイさんまでわたしを除け者にするのー?」
「今日のレナさん、面倒くさ!?」
「なにをーって……およ……? なん……だか、眠……く…………」
そう言いながらレナさんのリスの姿が消えていった。あー、こりゃ寝落ちして強制ログアウトになったっぽいね。
まぁ寝落ちしてもVR機器を着けたままログアウト状態で放置すれば、10分後くらいに盛大にアラームが鳴るから多分大丈夫だろ。あれ、VR機器を外すまでは延々と鳴り続ける上に、骨伝導だから周りには聞こえないやつだしね。
「どうやらレナさんは酔っ払って寝落ちしたようですね」
「そうっぽいな。……まぁこれで話が進みそうだけど」
「……やっとおいらの話に進めるよ。それじゃまずは何から話すのがいいかい?」
「はい! まずは進化記憶の結晶の位置を教えて欲しいです!」
「分かった、初めはそこからだね。まずは灰の群集に渡した方から説明をするよ」
「ほいよっと」
とりあえず酔っ払いレナさんが寝落ちした事でまともに話が進み始めた。なんというかレナさんの珍しい一面を見た気はするけども、あのままでは話が進まなかったので寝落ちしてくれたのは丁度良かったのかもしれない。いや、ほんとに。
さて、ハーレさんが相談なしに進化記憶の結晶について聞いているけど、この情報が最優先事項ではあるから問題はないか。
「灰の群集に渡したのはネス湖の小島にあったやつになるね。一番北側にある小島だよ」
「あ、それってネス湖にあったのかな!」
「へぇ、そりゃ良いな。ケイ、近い内にネス湖に行くのが良さそうだぞ」
「確かにその方が良いだろな」
「色々と都合が良いのさー!」
「うん、それはそうだよね」
湖でフィールドボスの誕生をして、水属性強化Ⅰを取りたいとは常々思ってはいたからなー。中々その予定が立たずに放置になってはいたけども、ネス湖の小島に光る進化記憶の結晶を戻しに行く必要があるなら丁度良い機会になるね。
「ケイさん達のその反応から察するに、『水属性強化Ⅰ』狙いといったところでしょうか。……まだ持っていなかったというのは意外ではありますけども」
「あー、色々と予定の都合がつかなかったもんでなー」
「……色々していたようですし、そういう事もありますか」
「ま、そういう事」
もう完全にジェイさんには見抜かれていたし、ここはあえて隠す必要もないだろう。……明日の予定としては海に行くつもりではあったけど、その前にネス湖に行く算段はしておいた方が良いかもね。
流石に今日は行く時間はなさそうだけど、明日ならネス湖までならかなり速度を飛ばせばなんとか海エリアに行く前にフィールドボス戦くらいは出来るはず。……予め夜に合流する時にネス湖の近くで集まるようにしておくのもありか。まぁこれは後でみんなと相談だな。
「とりあえず1つ目の進化記憶の結晶についてはこれでいいかい?」
「おう、問題ないぞ」
「それじゃ、青の群集に渡した方の場所について説明するよ。そっちは上風の丘の南部にあったものだね」
「これは上風の丘にあったものですか。……それで目印になるようなものはありますか?」
「目印は南の方にある落雷でボロボロになった大きな木の近くの林だね。そこにちょっとした花畑があるから、そこだよ」
「……それは見た事はないですね」
「ま、それについては行ってみりゃ分かるだろ!」
「そうですね。……今日これからは少し厳しいですが、時間がある時に行ってみましょうか」
ふむふむ、青の群集に渡された光る進化記憶の結晶は上風の丘の南側なんだね。それにしてもいか焼きさんはネス湖と上風の丘の2ヶ所で2個の進化記憶の結晶を手に入れたんだなー。
「あー、いか焼きさん、ちょっと良いか?」
「……アルマースさん、何だい?」
「肝心な事を聞きたい。俺の推測としてはいか焼きさんが黒の統率種になったのは、進化記憶の結晶を2つ手に入れたのが原因だと思ってたんだが、どういう順番で手に入れたんだ? 位置関係的には助けを求めるのは灰の群集の森林深部の方が近かっただろう?」
あ、そういやそうなるよな。ネス湖で手に入れたにしろ、上風の丘で手に入れたにしろ、今いる青の群集の森林エリアよりは灰の群集の森林深部エリアの方が近かったはず。
「……それに答えるのには黒の統率種への進化について、条件を話す必要があるね」
「……って事は、何かあるんだな?」
「そうなるね。まずおいらが進化記憶の結晶を手に入れた順番はネス湖が先で、上風の丘が後になるよ。……ネス湖で1個手に入れただけだと、カーソルが黒くなるのは遅かったからそこで油断しちゃってね」
「というと、1個持っているだけではそれほど焦る必要はないのですか?」
「まぁ、そうなるね。でもこれが2個目になったら想定外でさ」
「どんな風に想定外だったのかな?」
1個持っているだけではそれほど早くは黒く染まらないという事なら、2個目を手に入れてから一気に進行したって事か? いや、でもそれならミズキの森林の方がやっぱり近いよな? なんで青の群集の方に来たのかが分からないとこだね。
「……2個目を手に入れてもすぐには進行が早くはならなくて油断したのさ。どうせなら3個目も見つけてやろうと思って広範平原・西部に移ったんだけど、そこで一気に急変してね……」
「ん? どういう事だ?」
「再現が出来ないだろうからこれはおいらの推測として考えて欲しいんだけど、2個以上持った状態で元々あった位置からある程度離れると一気に進行するみたいなんだよね。それであっという間に黒の統率種へと進化になったのさ」
「うわっ、徐々にじゃなくて一気に進行するのか!?」
「……無所属では進化記憶の結晶を貯め込むなという事なのでしょうね」
「それはジェイさんの言う通りだろうね。おいらも流石に急激にカーソルが黒に染まって、進化が発生して焦ったよ」
あー、そりゃそんな勢いで一気に変化して進化に至れば焦るよな。しかもそれで喋れなくなったというのであれば尚更である。……でもまだミズキの森林の方に来なかった理由が分からないな。その辺もきちんと聞いておこうか。
「それで、いか焼きさんがすぐにミズキの森林に来なかった理由ってなんなんだ?」
「あー、お恥ずかしながら、折角黒の統率種になったから残滓とかを統率してみたくて、少し試してるうちに気付けば広範平原の中央部まで移動しててだね……?」
「黒の統率種を試してたんかいー! いや、気持ちは分かるけどさ!」
「それからどうなったのー!?」
「それからは……そこにたまたまいた羅刹とイブキに殺されて、ランダムリスポーンになって、ケイさん達と遭遇したあの近くに飛ばされたのさ。1度殺された時点で元に戻る進化条件が表示されたのは助かったし、それで青の群集のとこに殺されに行ったんだよ。……話が通じないのは厄介過ぎたからね」
「あー、そういう……」
俺らと遭遇した時点でもう既に1回は殺された後で、その1回殺された事によって元に戻る正確な条件も分かったって事か。
ふむ、あの時いか焼きさんは俺らに30回殺される必要があるジェスチャーで伝えてはいたけど、正確には29回だったんだな。ま、ジェスチャーで29回を伝えるよりは30回と伝えた方が分かりやすいか。
「って、ちょっと待った。それじゃ羅刹とイブキはあの時、ランダムリスポーンになったいか焼きさんを捜し回ってた可能性があるのか!?」
「あ、さっき連絡は取ったけど、実際に血眼になって探してたって言ってたね」
「……やっぱりかー」
そりゃPKを繰り返す事でも黒いカーソルの状態になるんだから、その辺を対処しようとしている羅刹達にとってはスルーは出来ないよな。
ま、いか焼きさんが既に連絡してるみたいだし、問題はないか。てか、普通に羅刹やイブキとも知り合いなんだね。
さてといか焼きさんが黒の統率種になった大体の経緯は分かった。単純に纏めると、無所属のプレイヤーは下手に複数個の進化記憶の結晶を持ち運ぶのは危険って事か。こうして聞いていると、群集に所属しないデメリットって大きいんだな。
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