第627話 独りでの戦い


 他の群集の人達と一度分かれて、土煙が上がっていた場所へと大急ぎで移動していく。……十六夜さん、大丈夫かな?


「あっ! 十六夜さん、見つけたよ! でもHPがぎりぎりです! それと動く気配がないから多分朦朧も入ってるー!」

「マジか!? アル、急げ!」

「分かってる!」


 とはいえ、そんなに距離がないからあまり速度を上げられないのが辛いな……。あ、ヤドカリの貝殻に亀裂が入って、ヨモギもあちこちが千切れかけてボロボロの十六夜さんがいた! ……本当に極僅かなHPで辛うじて生きているという状況だ。


「おーい、十六夜さん! 大丈夫かー!?」

「……なるほど、少し前から離れたところで響いていた声はお前達か。……何をしに来た?」

「あ、えーと、俺らもドラゴン狙いに来たんだけど……」

「ならば、俺が先に戦っている。……邪魔だから後にしろ」

「……十六夜、共闘する気はあるか?」

「……ベスタか。悪いがそれは断らせてもらう」


 あー、何となくそう言われるような気はしていたけども、十六夜さんは誰かと共闘はしないか。……この中途半端な状況で、それも助けられるような形であれば尚更か。っていうか、ベスタも十六夜さんとは面識があるみたいだね。


「……そうか。全員、手は出すな。しばらく離れておくぞ」

「え、ベスタさん、それでいいの!?」

「この状況では先に戦闘中だった十六夜に決定権がある。俺らがとやかく言う事じゃないからな」

「まぁそうなるよね。ハーレ、ここはベスタさんの言う通りだし、私達は引っ込んでおこう?」

「うー、了解です……」

「アル、せめて回復だけでもしてあげられないかな?」

「そりゃ枝の操作で可能といえば可能だが……十六夜さん、そのくらいはどうだ?」

「……それは助かるが……少し待て。『治癒活性』!」

「回復量の増加って事か。それじゃHPを回復させとくぞ。蜜柑の『果実生成』『枝の操作』!」

「ふっ、こんな形で助けられるとは思っていなかったが、これでまだ戦える」

「……どうせなら魔力値も回復させておきたいんだが、枝の操作は再使用時間があって連発は出来なくてな」

「……いや、これだけでも助かった」


 さっきまで満身創痍だった十六夜さんは治癒活性により回復スキルの効果量を上げた上で、アルからの蜜柑を枝の操作で投げつけて一気に回復していった。おー、HPが7割くらいまで回復したね。

 枝の操作での回復量ってあんまり見たことない気もするけど、治癒活性の効果が凄まじいのか? いや、枝の操作も応用スキルだし回復量は多くても当然か。


「あ、みんな、あれ!」


 そんなヨッシさんの声と共に指し示している方向……目の前にある険しく高い岩山の上を飛んで超えてくる表皮が岩のようになっている西洋系のドラゴン……つまり土属性の龍が姿を表してきた。

 今回のはずっとドラゴン呼びしてたから、ドラゴンでいいや。……今更だけど西洋系の龍なのか、東洋系の竜なのかを確認し忘れてたね。西洋系の龍の方だったんだな。


<ケイが未成体・暴走種を発見しました>

<未成体・暴走種の初回発見報酬として、増強進化ポイント6、融合進化ポイント6、生存進化ポイント6獲得しました>

<ケイ2ndが未成体・暴走種を発見しました>

<未成体・暴走種の初回発見報酬として、増強進化ポイント6、融合進化ポイント6、生存進化ポイント6獲得しました>


 その姿を視認すると同時に発見報酬も入手。そして、そのドラゴンのカーソルの上にはフィールドボスの証である黒い王冠のマークが表示されている。

 ははっ、アルのクジラほど大きくはなくて思ってたよりは小さなサイズではあるけど、これが例のドラゴンか。なんか全身が岩の鎧みたいで格好良いな!


「回復については感謝する。だが、こいつは俺の獲物だ。俺がくたばるまでは手は出すな」

「……ほいよっと。みんな、距離を取って待機ー!」

「……分かったかな」

「了解です!」

「十六夜さんがそう言うなら、そうするしかないよね」

「……だな」

「あぁ、そうするぞ」

「……感謝する!」


 先に戦っていてまだ決着がついていない十六夜さんがそう言うのだから、俺らがこれ以上余計な事をするのは無粋だよな。


 現時点でドラゴンのHPは3割ほど減っているけど、全身にオーラを纏っている様子だから自己強化の発動中。十六夜さんのヤドカリのハサミにもオーラが纏っているから、こっちは魔力集中みたいだね。


「……どうにも勝てそうにはないが、最後に削れるだけ削ってやろう。『移動操作制御』『暴発』『並列制御』『連強衝打』『殴打重衝撃』『根の操作』」


 え、ちょっと待って!? 十六夜さん、暴発で強引に行動値を回復させたのは分かるけど、並列制御で3つ同時に発動した!? って事は、十六夜さんの並列制御はLv2なのか。しかも移動操作制御は俺の飛行鎧と同じような感じで、貝殻を覆うように岩を生成して飛んでいるっぽいね。


 そして根の操作でヨモギの根をドラゴンの首に巻き付けて、距離を詰めていた。だけど殴打重衝撃がチャージにならず無差別ダメージへと変わって、ドラゴンと十六夜さんのHPを共に削る結果になっている。

 これ、チャージ系の応用スキルが無差別ダメージになった場合ってチャージ済みと同等のダメージが出てない……? 十六夜さんの回復させたHPがほぼ無くなってるんだけど……。


 でも連強衝打の方は強弱のある銀光を放っているのでこっちはちゃんと発動……いや、ハサミの動きが意図しているような動きとも思えないくらい変だから、制御不可を引いたか!? これだから暴発ってスキルは迂闊に使えないんだよな……。


「ふん、この程度のリスクは承知の上だ」


 そう言いながら、十六夜さんはヨモギの根を一度ドラゴンの首から外して飛行に移っていき、ドラゴンの噛み付き攻撃を躱してから再び根を伸ばして、ハサミを連続で叩きつけていく。

 うわー、根の操作と身に覆った岩での飛行で、変幻自在な動きになっているね。……これ、制御不能になっているハサミでの連撃を全身の位置を変える事で無理矢理当ててるな……。


「すごいな、十六夜さん」

「……ケイに同感だ。……ベスタから見るとどうなんだ?」

「……正直、俺も驚いているところだ。実力者とは聞いてはいたが、ここまでとはな……」

「十六夜さん、頑張れー!」

「ファイトかな、十六夜さん!」

「頑張って、十六夜さん」


 俺らのPTの女性陣が十六夜さんへの応援をしているけども、その言葉もまともに聞こえていないようで、十六夜さんの猛攻は続いていく。お、連撃の最後を叩き込んだところでドラゴンのHPが6割を切った!


「十六夜! そこから行動パターンが変わるから気をつけろ!」

「何? 『アースウォール』!」


 そのベスタの咄嗟のアドバイスと共に、ドラゴンは口から大量の土砂を吐き出してきた。これは、土の生成……じゃないな。昇華魔法でもないけど、どことなく見覚えは……あ、ひょっとするとこれは付与魔法で強化されたアースインパクト!? 


「ちっ!」


 咄嗟に土の防壁で防御した十六夜さんだけども、その土の防壁もあっという間に破壊されていた。すぐにマズいと判断して回避は成功していた。

 ……効果時間は長くはなかったから、やっぱりアースインパクトか。さっき覚えたてで俺が使ったのとよく似ていたけど少し勢いが違ったから、付与魔法による威力強化の効果っぽいな。


「あらま、こりゃ凄い事になってるね」

「……十六夜さんは、どうやらかなりの……それこそベスタさんに匹敵するくらいの実力者のようだね」

「わっ!? あれ、弥生さん達がなんでこっちにいるのー!?」

「ドラゴンが岩山を超えて、こっち側に来たって連絡を受けたからねー。ほら、今洞窟のとこに4人いるでしょ?」

「あ、ホントかな」

「……あはは、私達が先に連絡するべきだったかも……?」

「ヨッシさん、それについては気にしなくていいよー! そんなに時間差は無かっただろうしねー!」

「……まぁ、そうかもね」


 どうやら元々ここの様子を伺っていた赤のサファリ同盟のメンバーが状況を伝えていたようである。あー、確かに洞窟の手前に、リスの人……いや、モモンガの人か? それとサメの人と、ウツボの人と、唐辛子の人がいるね。

 うん、オフライン版ではいなかった種族も増えてはいるね。ウツボと唐辛子はオフライン版では敵としてはいたけど、操作キャラとしてはいなかった筈。


「こりゃいいな! こんな奴が灰の群集にまだいたとは、驚きだよな、羅刹!」

「……いや、そうでもない。あの根での動き、どこかで見た覚えがある気がしたが、奴が十六夜か」

「ん? 何か知ってんの、羅刹?」

「あぁ、灰の群集を抜ける前に異常に強いヨモギのプレイヤーを見かけた事があったんだが、名前は確認しそびれていたんだ。まさか、ここまでとはな」

「へぇ、そりゃ面白えじゃん! 今度、対戦を頼んでみようぜ!」

「……イブキ、お前は確実に負けるだけだぞ」

「そんなのやってみなくちゃ分からねぇよ!」

「……俺らの3人でも4割削るのがやっとだったあのドラゴンを、ソロであそこまで削っているのにか?」

「うぐっ!?」


 へぇ、この前の羅刹達が挑んで行った時には4割までは削れてたんだな。そしてそこから行動パターンが変わって負けてしまったという事か。


「ふっ、まだだ!」


 そうして話している間にも十六夜さんは、ドラゴンが口から放つアースバレットの連続射出を躱していく。……これくらいの回避なら俺も出来そうだけど、ドラゴンの射出弾数が異常に多いな? これも付与魔法か?

 でも赤のサファリ同盟のメンバーの報告によると少し前に昇華魔法を使っていたはず。……なんでこんなに魔法の連発が出来る……?


「……ベスタ、ちょっと質問」

「内容は言わなくても分かる。なぜ、魔力値を使い切った筈なのに魔法を使えるかだろう?」

「……ご明察。で、実際のところ、どうなんだ?」

「それに関しては俺も経験はしているんだが、実際に見てないから何とも言えなくてな……。フィールドボスは通常より行動値と魔力値の回復は早いみたいだが、それだけではあまりにも回復が早過ぎる」

「お、流石のベスタと言えども、知らねぇ事もあるんだな! 俺らは知ってるぜー!」

「一言多いわ、バカイブキ!」

「ぐはっ!?」


 あー、またイブキが羅刹に蹴られてる……というよりは小さくなってイブキの背中の上にいる羅刹が、思いっきり背中を踏みつけたって感じか。

 まぁその辺は何度も見てきた光景だからどうでもいいとして、この言い方だと羅刹とイブキは内容を知ってそうだな。


「……説明するのも面倒だ、そこはウィルに任せた」

「俺に丸投げかよ、羅刹!? まぁいいけど……。あー簡単に説明するとだな……昇華魔法をぶっ放して相手の体勢を崩した後に周囲の敵を食べるんだよ。岩に擬態してる奴な。それで魔力値がある程度回復するみたいだぞ」

「……え、マジで?」

「恩人に嘘は言わねぇって」

「まぁ、それもそうか」


 ウィルさんがここで俺らに嘘をつくとは欠片も思えないし、今の状況を見る限りではその内容は事実の可能性は非常に高いだろう。……ベスタが知らない理由は挑んだ時がソロで、昇華魔法の対処に専念していたからなのかもしれないね。


「ぐっ!?」

「十六夜さん、大丈夫かな!?」

「……俺に構わなくていい。こいつを倒す為の分析をしろ!」

「……分かった!」


 ドラゴンの尻尾に薙ぎ払われて、地面へと叩きつけられ、移動操作制御の岩も解除となった十六夜さんは、それでもまだ戦意は失っていないようである。

 もう満身創痍で勝ち目も無さそうなのにそんな事を言われたら、そうするしかないじゃないか。可能であれば一緒に戦いたかったけど、これが十六夜さんなりの戦い方なのかもしれないね。……その気持ち、無駄にはしない!


「あはは、十六夜さんは良い根性してるねー。……そのスキルに心当たりはあるんだけど、ベスタさん、少し確認はいい?」

「弥生、それはどういう内容だ?」

「応用スキルではあるんだけど、スキルの取得に必要な特性が大食いなんだよねー」

「……特性の大食いが必要なスキルって、あれか!」

「どうやらマムシの方も心当たりがあるようだな。……そういえばあのドラゴンは大食いの特性は持っていたか」

「あー、心当たりがあるというか、俺はそのスキルを持ってるぜ。……ジャック、ここで情報開示は良いか?」

「……ラピスさんから毒のスキルを見せてもらったし、それくらいは構わないだろう」


 ほうほう、ここでマムシさんがドラゴンが使用したと思わしきスキルを持っているというのは重要情報だな。……十六夜さんがやられて、すぐに戦闘になる可能性が非常に高いけど、そういう情報は少しでも欲しいところである。


「『同属喰い』っていうスキルがあってな。自身が持つ属性と同じ属性の敵を食べる事で魔力値を回復出来るって代物だ。ポイントでの取得可能になるかは知らんが、称号『同属性を喰らうモノ』と同時に取得になってるぜ。……流石にその条件までは教えられんけどな」

「なるほど、称号取得か。……まぁそれ以上は下手に言えないのは承知した」


 ふむふむ、赤のサファリ同盟や青の群集では既に判明していたスキルのようだけど、灰の群集ではまだ未知のスキルだったようである。

 ……大食いといえば、海エリアのクジラのシアンさんが思い当たるけど、シアンさんは癒属性だもんな。スキルの取得条件が称号取得ならば、癒属性の敵の存在が条件になってそうだし、条件を満たせていないという可能性が高そうだ。……称号の名前的に所持している属性と同じ属性の敵を捕食系のスキルで倒す事……か? ふむ、これは誰かに検証を頼むべき案件だな。


「そうそう、地味に今のところ称号取得だけなんだよねー。ただ、これって食べる相手の属性に依存するから、使い勝手が悪過ぎるんだよー」

「……確かにそれはそうだな。ちっ、大食いを持ってるだけではほぼ意味のないスキルか。……情報が上がってない理由はそれだな」

「へぇー、灰の群集でも上がってこない情報があるのも意外だねー?」

「少しではあっても、灰の群集の内部情報については興味深い情報ではあるな」

「……このくらいは仕方ないか。……ともかく、スキルの概要は把握した」


 とりあえず、これでドラゴンが魔力値を回復させたカラクリは推測出来た。そして、その分析を行っている間にも十六夜さんの激闘は続いていく。

 あ、ドラゴンが十六夜さんを睨みつけたかと思ったら、十六夜さんの周囲に土の球が3個ほど漂い……いや、すぐにその土の球が十六夜さんのヤドカリの表面へと吸い込まれるように変化していき、貝殻に3つの紋様が浮かび上がってくる。これは、ドラゴンが十六夜さんへ付与魔法をかけてきた!?


「……へぇ、土属性を付与してきやがったか。ならばその強化分、存分に使わせてもらおうか!」


 あ、そうか。付与魔法で紋様が出たという事は、十六夜さん自身が土属性を持っていて、土属性のスキルが3回分ほど強化はされる事になる。……ドラゴンとしては属性を付与して同属性からのダメージの軽減という効果なんだろうけども、それを十六夜さんはどう使うんだろう?

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