第479話 謎の岩


 アルとの勝負の的として近場にあった岩を使おうと思ったけども何か妙な事になってきた。見た目が岩なのに岩の操作で支配出来ないということは、既に誰かの支配下にあるか、もしくは……岩ではないか、そのどちらかだろう。


「……ケイ、どうしたよ?」

「あー、その岩が操作出来ない……」

「はぁ!? ってことは、こんなとこに擬態種か……?」

「……やっぱ、そうなるよなー」


 周囲の誰もこの岩っぽい何かを操作している感じはないし、そもそも操作していても動かさずに放置しておく理由は……あ、無くもないか?

 別に動かさなくてもスキルの使用にはなるから熟練度稼ぎにはなるはず。一応念の為、他のみんなにも聞いておくか。


「なんでこんな所にいるのか知らんが、とりあえず看破と識別をしておくか」

「あー、アル、ちょい待った」

「ん? 何かあるのか?」

「いや、一応念の為にみんなに確認しとく。可能性は低いとは思うけど、操作中って可能性もあるしね。……それに敵だとするとちょっと嫌な予感が……」

「……そうか、成熟体の可能性か。そうだとすると看破は効かないし、そもそもスキルを使うのは最終手段……ってか、既にスキル使っててヤバイんじゃねぇか……。なんでまだ無事なんだ?」

「あー、岩の操作自体は指定出来てないから、不発で大丈夫っぽい感じ? まぁ、成熟体か確定してないから断言は出来ないけど……」

「……それもそうか。ま、何か知ってる人もいるかもしれんし、みんなに聞くのは賛成だ」

「ほいよっと。とりあえず勝負は中断って事で」

「それは仕方ねぇな」


 さてと誰かが操作中の岩なのが一番穏便に済む話だけど、実際にどうなのかは確認してみないとそれは分からない。勝負は中断になるのは仕方ないけど、成熟体だとこんな近くでは特訓も出来ないしね。という事で集まってるみんなに聞いてみよう!


「おーい、ここにいる人達に質問! 今、この岩の操作をしてる人っている?」

「んー!? ケイさん、何かあったのー!?」

「これ、この岩! 岩の操作の指定が出来ないんだよ!」

「え、そんな事ってあるの……?」

「……どういう事なのかな?」


 ハーレさんが即座に返事をしてくれていたので、ハサミで問題の岩を指し示していく。他のみんなも作業を中断出来る人は中断して、こちらへと確認の為に近付いて来てくれていた。

 サヤとレナさんも特訓を中断し、火の番をしていたヨッシさんは火を消すのではなく操作して持ってきていた。まぁ火を消さなくても操作で持ってこれるから、消すよりはその方がいいか。


「……こんなとこに岩なんてあったか?」

「いや、ちょっと前まではなかったと思うけど……」

「いつの間に……?」

「てっきり誰かが特訓に使ったものかと思ってた」

「あたしもそう思ってたねー!」

「……いつの間にか存在していた、操作出来ない岩か……」

「誰かこの岩を操作中の奴はいるか?」

「……返事はないね?」

「どうやら操作している奴はいなさそうだな」


 ふむ、みんなもこの謎の岩についてはよく分からないみたいだね。……まぁ岩の操作の特訓用の可能性は普通にあるから気にしていなかったって事か。


「って事は、これ擬態種か?」

「え、でもミズキの森林で岩に擬態した敵とか見た覚えがないぞ?」

「擬態種で、いつの間にか存在してた敵……? あ、もしかしてあれかな?」


 お、何やらレナさんに思い当たる事があるような感じだね。流石は渡りリスのレナさん。俺ら『グリーズ・リベルテ』と同じように専用報告欄を作られただけの事はある! あ、そういや後でベスタに頼んで『ビックリ情報箱』という報告欄の名称を『グリーズ・リベルテ』に置き換えてもらえるように頼んでおこうっと。


「レナさん、何か知ってるのか?」

「情報元不明の又聞きで、自分では確認してなかったからまだ報告を上げてなかったんだけどね。成熟体の中に、徘徊逃亡種っていうのがいるんだって」

「……徘徊逃亡種って、そんなのいるんだ?」

「まぁその岩がそうかは分からないけどねー。何か刺激を与えると凄い勢いで逃げるって話だから、手を出したら襲ってくる成熟体よりは安全じゃないかなー?」

「ふむふむ……」


 レナさんでも情報元不明の情報ってのが少し気になるけど、そういう存在がいるかもしれないのであればこの謎の岩にも関係しているのかもしれないね。

 さて、そうなるとどうするのが正解だ? 刺激を与えれば逃げるという情報を確認する為に攻撃してみる? うん、情報元不明な情報の確認をするという意味ではありかもしれない。


「ケイさん、試しに思いっきり蹴飛ばしていいー?」

「あー、任せた、レナさん! みんな、退避ー!」

「お、やったね! それじゃ思いっきりやるよー!」

「おうよ、コケの人!」

「お、緊急の検証か!」

「はーい、巻き添えを受けないように距離を取ってねー! 土の昇華を持ってる人は2人でアップリフトの発動準備をお願い! 検証用の竈を壊されないように気をつけてねー!」

「ほいよ、ラック!」

「おら、さっさと準備していくぞー!」

「「「「おう!」」」」


 おー、流石は灰の群集のメンバーだな。退避行動に対するスムーズさが半端ない。さてと俺らも退避しないとね。逃げ出すという情報の確実性も怪しいところがあるし、警戒してし過ぎるという事もないだろう。


「……そういや、アル。成熟体相手に防御でスキルを使うのは大丈夫なのか?」

「それなら直接刺激したPTでない限りは大丈夫だと聞いたぞ。まぁそこから攻撃を加えたらアウトらしいがな」

「あー、そういう仕様……」


 手を出したPTは問答無用だけど、巻き添え攻撃を防御する分に関しては大丈夫なんだね。まぁ成熟体に関しては、まだまだ分からない事も多いんだろうけど……。


「私達は万が一の時はケイとアルのウォーターフォールで防御かな?」

「それがいいと思います!」

「うん、私もそれがいいと思うよ」

「ほいよっと。って事で、アル、場所移動な」

「おうよ」


 みんなでお茶の検証をしていた場所の前方に移動していき、万が一の時に備えて昇華魔法の準備をしておこう。成熟体の攻撃は苛烈とはいえ、2人分の魔力値を消費する昇華魔法なら1撃を凌ぐくらいなら何とかなるはず。……多分!

 他のみんなも防御にも使える昇華魔法を持ってる人が臨戦態勢に入り、そうでない人達は後方で距離を取って退避している。ちゃんと竈が破壊されないように位置取りをしているね。


 まぁレナさんの情報が正しければ、猛烈な勢いで逃げていくって話なんだよな。その通りなのであれば、この防御準備は杞憂でしかない。その情報が事実かどうかを確かめる為なんだけどね。


「みんな、退避と防御準備はいいねー! それじゃ始めるよー! 『魔力集中』『アースクリエイト』『操作属性付与』『アースクリエイト』『並列制御』『土の操作』『重脚撃・土』!」


 そうしてレナさんは徐々に強くなる茶色の混ざった銀光を放ちつつ、空中に浮かせた小石の上に乗り、謎の岩を見下ろすように近付いていた。予備なのか、生成された小石はもう1個あるね。

 これは小石から飛び降りて上から思いっきり蹴りを入れる気っぽい。あ、そういえば識別ってしても大丈夫なんだろうか?


「おーい、レナさん! 識別は?」

「うーん、わたしがやるのは得策じゃなさそう? 今はPT組んでなくて、死んでも良いって人、識別をよろしくー!」

「何かよく分からんけど、面白そうだから引き受けた!」

「あ、ザックさん。って、状況分からないのに引き受けるんかい!?」

「ケイさん達に灰のサファリ同盟のみんななら、まぁ検証中ってとこだろ。それなら問題なし!」


 この場にいきなり現れたザックさんがそんな事を言いながら引き受けると言っていた。今ログインして来たばかりで、事情も分かってないのに躊躇がないな、ザックさん!?


「で、レナさん。何を識別すればいいんだ?」

「わたしの前にあるこの岩だねー。軽く一撃入れてみるけど、成熟体の可能性があるからすぐに逃げられるように注意しておいてね」

「おうよ!」

「それじゃ、とりあえず軽く一撃っと!」


 レナさんがチャージ中の蹴りではなく、反対の脚で足場とは別に生成した小石を蹴飛ばしてぶつけていくと、岩が動き始めていく。あ、岩っぽさを残しつつも、生物っぽさは普通にある。……やっぱり岩ではなくて、敵だったようである。


<ケイが成熟体・暴走種を発見しました>

<成熟体・暴走種の初回発見報酬として、増強進化ポイント8、融合進化ポイント8、生存進化ポイント8獲得しました>

<ケイ2ndが成熟体・暴走種を発見しました>

<成熟体・暴走種の初回発見報酬として、増強進化ポイント8、融合進化ポイント8、生存進化ポイント8獲得しました>


 あ、発見称号が出た。やはり成熟体で確定か、この岩っぽいやつ! もぞもぞと動き出して、その正体を現していく。あー、こいつって巨大なヤドカリかー。

 なんでこんなとこにヤドカリがいるのかは気にするだけ無駄かな? 識別情報が分かれば、何か分かるかもしれないね。


 って、あれ!? ヤドカリの脚に力を溜めているっぽい。でも出てきたヤドカリの頭は攻撃したレナさんを見ておらず、上空を見上げている。……反撃をしてくる風には見えないな? 反撃というよりは……。


「あ、こいつ逃げる気だ!?」

「聞いてた通りだったね! でも、逃さないよ!」


 そして脚でジャンプをするように跳び上がっていくヤドカリをレナさんが上部から蹴り下ろしていく。だけど、レナさんの強力なその蹴りも成熟体相手には少しの足止めにしかならなかったようで、押し負けて吹き飛ばされていった。

 それでも一先ずは、初手の逃亡だけは阻止できた。てか、チャージは初手で使うかと思ってたけど逃亡防止用だったんだな。よし、今のうち!


「ケイさん、アルさん、少しで良いから逃さないように時間を稼いで! ザックさん、その間に識別!」

「おうよ! アル、ウォーターフォールいくぞ!」

「おう! 『アクアクリエイト』!」


 このヤドカリは初手で逃げに徹する事が分かったし、ここからは逃さないように足止めだ! こういう行動パターンなら、今ここで確実にこいつの識別情報を手に入れる!


<行動値1と魔力値3消費して『水魔法Lv1:アクアクリエイト』を発動します> 行動値 51/67(上限値使用:3): 魔力値 197/200


 岩の操作の不発分だけ行動値は減って、少し回復してたとこだな。まぁ行動値は充分あるから問題なし!

 ヤドカリの上に俺とアルが水を生成して、それが重なりあっていく。よし、これでまともにダメージが与えられるとも思わないけど、ザックさんが識別する時間くらいは稼げてくれよ!


<『昇華魔法:ウォーターフォール』の発動の為に、全魔力値を消費します> 魔力値 0/200


 そして発動した大量の水を叩きつけていく滝によって、ヤドカリは地面に押し付けられていく。お、微々たるものだけど、僅かにHPが削れてる!? 2人での発動の昇華魔法の威力は凄まじいけど、これでこのダメージ量だと成熟体相手にダメージを与えるのは絶望的とも言えるな……。


「よっしゃ、今のうちだな! 『識別』!」

「……え、何あれ?」

「白い光のエフェクト……?」

「見たことないぞ、あんなエフェクト!? 氷属性ならもう少し青みがかってるはずだ!」

「……魔力集中に似てる? 光の強さが変わらないからチャージでも連撃でもないよね!?」

「うそ!? 昇華魔法があっさり破られた!?」

「……やべぇな、今の」


 くっ、ヤドカリの殻の部分が白い光を放ったかと思ったら、その次の瞬間にはウォーターフォールは消滅させられていた。そして、その直後にまた空中へと飛び跳ねて森の中へと消えていく。……うん、思いっきり木がなぎ倒されるような音は聞こえてるんだけどね。


「……あはは、今のはビックリしたねー」

「だな……。とりあえずレナさん、おつかれ様」

「ケイさんとアルさんもね。それでザックさん、識別はどうだった?」

「おー、ちゃんと取れたぞ! それにしてもさっきのヤベーな!」


 お、ちゃんと識別情報は得られたっぽいね。でもまぁ逃げる行動パターンでなければ、俺らはやばかったな。さっきの白い光を放つスキルって一体何だったんだろ? まだ未知のスキルか何かだろうか?


「とりあえずザックさん、識別情報を教えてもらえないかな?」

「お、そりゃそうだな。えーと、『擬岩徘徊ヤドカリ』で成熟体の黒の暴走種で徘徊逃亡種。属性は土、特性は徘徊、堅牢、突撃、擬態、逃亡だな」

「レナさんが聞いた徘徊逃亡種は実在したって訳か……」

「みたいだねー! 他にも気になる事が出来たけど、ま、すぐにはどうにもならなさそうだねー」


 成熟体の徘徊種っていうのは、昨日戦った巨大なクラゲとはまた違う種類がいるようである。まぁ掲示板でも巨大なやつ以外もいるとは見たし、その1種類なのかもしれないね。

 それにしてもさっきのヤドカリについては、あれで称号の格上に抗うモノを取るのは相当難しそうだ。……手を出したら問答無用で襲ってくるのと、逆に一目散に逃げ出すのもいるとは両極端な設定になってるもんだね。


「さー、みんな、お茶の検証を再開するよー! 被害は出てないよね?」

「被害は無しだぜ、ラック!」

「あれはあれで気にはなるけど、順番にだな」

「雪山支部の応援も行かないといけないし、サクサク終わらせるぞ!」

「「「「おう!」」」」


 相変わらず灰の群集のみんなは逞しいことで、すぐに意識を切り替えてお茶の検証に戻っていた。そういや雪山支部は発足したばかりで忙しそうな気はしてたけど、これらの検証が終わってから移動の予定だったみたいだね。

 まぁ報酬で手に入った器の事が気になってたってところなんだろう。さてと、思いっきり脱線したけども改めてアルとの特訓を再開しようかな。……いやまだ始まってなかったから、再開じゃなくて開始というのが正解だね。

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