第408話 時間短縮の為に


 夜の星空の広がるハイルング高原では、今日もボスの周回は行われている。少しボスから離れたところでメジロに集まっている人達は、桜花さんが出張取引に持ってきたアイテムが目当てな人なのだろう。

 まぁハイルング高原の光景は今は関係ないから別に良いや。さーて、急いで湖に向けて移動していかないとね。まずはハイルング高原を東に抜けて、平原エリアまで移動だな。


「アル、全力でいくぞ!」

「おうよ! 『空中浮遊』『自己強化』『ウィンドクリエイト』『操作属性付与』!」


 ログインしたばかりで地面に降りていたアルが移動に関係するスキルを全開で発動していく。風の操作属性付与をした事で、アルの周囲に風が纏わりついている。ふむ、これは移動速度は上がりそうだね。

 さてと、かなりの速度になるはずだから俺も色々と全力で用意をしていこう。確実に風除けは必要だろうしね。でもその前に……。


「準備していくから、サヤとハーレさんとヨッシさんはアルの背中の上に乗ってくれ」

「うん、分かったかな」

「はーい!」

「了解」


 みんながアルの背中の上に飛び乗っていった。さて、俺も移動していかないとね。


<行動値上限を2使用して『移動操作制御Ⅰ』を発動します>  行動値 59/59 → 57/57(上限値使用:3)


 とりあえず後から形を変えるから水量を最大にした大きな水のカーペットを生成して、俺もアルの背中に乗った。そこから形を変えて、アルの背中を覆うように水のドーム状の風除けを作っていく。

 この水の風除けは移動操作制御だから一発何かが当たれば解除になるけども、単純な風除けだけではダメージ判定はないみたいだからね。何かにぶつけなければ基本的には問題なしである。


 風除けに関してはこれで問題なし。さて、次は移動の準備だな。


<行動値1と魔力値3消費して『水魔法Lv1:アクアクリエイト』を発動します> 行動値 56/57(上限値使用:3): 魔力値 191/194

<行動値を19消費して『水流の操作Lv4』を発動します>  行動値 38/57(上限値使用:3)


 久々な気はするけど……いや、そうでもないか。この前のヒノノコ戦で一応使うには使ったね。あ、でも単純な移動のみに使うのはやっぱり久々だ。

 とりあえず生成した大量の水を水流の操作で、空中を循環する水流の生成は完了。後は移動に合わせて操作していけば良いだけだな。


「準備完了っと。アルは行けるか?」

「おう、いつでも行けるぜ! 高速遊泳は発動したら任意で速度は落としにくいから、全員の準備が終わったら発動するからな」

「ほいよ。サヤ、ヨッシさん、ハーレさん、準備はいいか? あ、それと移動中の敵は基本的に任せていい?」

「準備万端さー! 敵は私達で引き受けます!」

「役割としてはそうなるよね。敵が出てきた時は、練習した竜の魔法砲撃の出番かな!」

「ハーレもサヤも気合入ってるね。敵は任せてくれていいけど、その分移動はお願い」


 どうやら聞くまでもなく、みんな気合は充分のようである。まぁこういう移動の時は、いつもの役割分担ではあるけども。


「それじゃ、アル、出発!」

「おうよ! 『高速遊泳』!」


 アルの高速遊泳の発動に合わせて、俺も水流の形を変えていく。まぁパッと見た感じでは川だよね。そしてアルが水面に着水し、水流の流れに乗りつつ一気に泳ぐ速度を上げていく。

 うぉ!? 今のアルは思った以上に遊泳速度が早いな。この速度だと油断すれば、水流が置いていかれかねないから速度を上げてアルの位置に合わせて……って、その分だけ流れが早くなって加速したー!?


「おい、ケイ!? いくら何でも飛ばし過ぎじゃないか!?」

「それは俺も思ってるとこだけど、今のアル自身が速すぎるんだよ! その速度に合わせて水流の操作をしたら更に加速して悪循環になってる!」

「げっ!? それ、マジか!?」

「嘘言っても仕方ないだろ! あ、折角だしどこまで速度出せるか試しとく?」

「……それは別に良いが、大丈夫なんだろうな?」

「……それを確認しておきたいんだよ。いざって時の為に」

「まぁそれも一理あるか」


 予想以上の速度に慌て気味である。あー、これは風属性の付与が要らなかったかな。この勢いで操作していればすぐに時間切れになりそうだし、水流の操作の時間が切れたら調整しようっと。

 まだなんとか扱える範囲だし、限界速度も試しておきたいしね。大急ぎで動かなければならない時に使い物になるかどうか、その確認もしておきたい。ただ他の人を巻き込まないようにだけ気をつけないと……。


「いやっほー! 高原を大暴走だー!」

「ハーレ、今回は回収は無理そうだから落ちないでね?」

「確かにこれはバラバラになったら大変かな」


 予想以上の速度になった事で、サヤ達も落ちないようにアルの木に捕まりながら周囲の様子を確認している。クジラだけだと間違いなく勢い余って落下してそうだし、クジラの背中の木が良い感じに落下防止に役立っているね。


 時々敵はいたみたいだけど、それらはアルが撥ねたり、ハーレさんをメインにサヤとヨッシさんが迎撃をしてくれていた。まぁ殆どアルに撥ねられて、そのトドメを刺すといった感じだったけどね。幸いボス戦の場所とは離れているから邪魔にもなっていない。

 それにしても水流の操作の精度がかなり必要なのでその辺の負担は結構あるけど、この移動は速いものだね。これなら先行しているサファリ同盟に追いつけるかもしれない。


「アル、ケイ! 少し前にプレイヤー!」

「やっぱりそういう事もあるよな!? ケイ、どうする!?」

「どうするって言われても!? いや、どうにかする!」


 サヤの言うように前方にはプレイヤーが2人ほど……っていうか、丸いコケとトンビってフーリエさん達じゃん!? ちょっと気付くのに遅れたせいか、左右に迂回する余裕はなさそうである。

 可能な限り轢くのは避けたい。まぁ当たっても大丈夫だとは思うけども、フーリエさん達が避けるのは……。


「え? えぇ!?」

「えー!?」


 うん、混乱していて無理そうだ。2人とも地面にいるって事は、地面にいる敵と戦闘中か、休憩中とかだったのかな? うーん、邪魔をしてしまった感じがあるのが申し訳ない……。

 とにかく混乱してる2人は回避が無理っぽいから左右に迂回する以外の方法で俺らが回避するしかない。というか、それは中断しなかった俺とアルの責任だからちゃんと回避しなければ!


「アル、みんな! ちょっと無茶するけど、衝撃に備えろ!」

「っ!? そういう事か!」 


 前方に水を追加生成して、フーリエさん達の上を通るように傾斜をつけた水流に変化させ、流れも最大まで速くした。それを見たアルも即座に意図を察して、その水流に乗っていく。

 まぁ単純に言えば水流によるジャンプ台だね。そして傾斜のついた上りの水流に勢いよく突っ込んだ事で、思いっきりアルのクジラがジャンプした。あ、すっげぇ浮遊感。


「え……?」

「……一体、なに……?」


 その滞空中の俺達を見て、何があったかよく分かっていないフーリエさん達であった。うん、流石にびっくりしたよね。

 そして無茶をしたせいで水流の操作の時間切れである。うん、切れるならもう少し手前で切れてほしかったね。まぁ言っても仕方ないけども。


「あ、水流が無くなったね」

「えー!? ケイさん、水流はー!?」

「このままじゃ地面に激突かな!?」

「ケイ、対応は任せた!」


 ぶっちゃけバランスさえ保てばアルの空中浮遊で何とかなる範囲だとは思うけど、そうも言ってられないか。流石に勢いがつきすぎて、少し勢いを抑えないと危険っぽいしね。


<行動値5と魔力値15消費して『水魔法Lv5:アクアウォール』を発動します> 行動値 33/57(上限値使用:3): 魔力値 176/194


 アルの頭から地面に突っ込みそうだったので、傾斜の緩めにした水の防壁を展開して衝撃を吸収しつつ、上方へと勢いを誘導してっと。

 よし、成功。適度に勢いを削いで、地面に突撃して止まることなく進んでいけそうだ。


「フーリエさん、ビックリさせてすまん!」

「え……? あ、ケイさんだ! 僕たちは大丈夫ですから、急いでるみたいだし行ってください!」

「……あはは、何度も念入りに言われたけどこういう事なんだ。あ、同じく大丈夫なんで行ってください!」

「すまん! 今度、何か埋め合わせするから!」


 フーリエさんは咄嗟には混乱するけども、それなりに順応はしてきているようである。トンビの人はまだっぽい感じだね。敵の姿はないみたいなので休憩中だったようだ。

 止まって謝ろうかとも思ったけど、2人して行ってくれと言ってるしここは好意に甘えさせてもらおう。今度何か機会があれば、何か特訓にでも付き合ってあげないとね。


<行動値1と魔力値3消費して『水魔法Lv1:アクアクリエイト』を発動します> 行動値 32/57(上限値使用:3): 魔力値 173/194

<行動値を19消費して『水流の操作Lv4』を発動します>  行動値 13/57(上限値使用:3)


 そして再度、水流の操作を発動してアルを流していく。ふー、色々と問題ありだな、今のこの移動は……。


「……ケイ、自己強化が切れたらもう少し速度を落とそうぜ」

「……分かってる」


 いくら何でもさっきのは速度の出し過ぎである。ぎりぎりかつ結構無茶な方法で回避は出来たとはいえ、危うく轢くところであった。

 相当な速度が出るのは分かったから、お試しはここまでで良いだろう。次は誰かを轢きそうな気もする……。


「あービックリしたー!」

「あはは、落ちるかと思ったかな……?」

「ケイさん、アルさん、暴走し過ぎだよ?」

「「……申し訳ありませんでした」」


 どうやらサヤもヨッシさんもハーレさんも落ちないようにしがみつくので必死だったようである。この速度はどう考えてもやり過ぎでした! もうちょい速度を落として、安全性を重視していこう……。



 それからしばらくしてアルの自己強化の効果が切れたので、自己強化なしでの水流での移動となった。強化の重ねがけが悪い訳じゃないけど、状況に合わせて程々にって事だね。


「……これでもそれなりに速度は出てるし充分か」

「……だな」

「確かにこれくらいで充分かな」

「私としては速度はもっとあってもいいよー! でも衝突の可能性は避けないと駄目だよねー!?」

「まぁそうだね」


 そんな風に移動速度は抑えめにという共通見解により、最大速度は無しである。もし最大速度でやるなら障害物が一切ない所でだね。

 あ、それならいっその事、空中でやればいいのか。アルの空中浮遊のLvがもう少し上がればそれも可能なはず。


「ケイ、何か企んでないかな?」


 うぐっ!? 相変わらずサヤは鋭いな。いや、他の人にも言われる事もそれなりにあるし、俺が分かりやすいだけなのか……? うーん、自分じゃよく分からん。とはいえ、悪巧みではないはずだから問題はないはず。


「いやさ、誰もいない空中でやるならありかなって? まだ今は無理だけどさ」

「……そうだな。上空ならぶつかる可能性も低いからありだな」

「そうだよな、アル!」


 よしよし、アルの反応は割と良好だね。今回の件は予想以上になってしまっただけで、決して悪い事ばかりじゃないしね。

 どうしても急ぐ場合っていうのも今後出てくる可能性は高いと思うし、改良の余地も充分あるんだから完全に封印するとかまでは考えなくてもいいはず。一回の失敗だけで、全てが駄目と決めるのは早いのさ!


「……まぁそれはその時の状況次第かな」

「あれ? 今回はサヤは反対しないんだね?」

「状況によっては必要そうだとは思うしね。それにある意味今更じゃないかな?」

「そだねー! サヤもベスタさんと大暴走してたもんね!」

「あー、確かにそれはそうだね」

「……あはは、それを言われると返す言葉もないかな」


 無茶をするなとか言われそうな気がしてたんだけど、そうでもなかったようである。確かにサヤ自身も大暴走は何度かしてたもんな。その辺については今更といえば今更なのは間違いない。

 状況に合わせて必要な時は使っていく必要はあるだろう。それこそ初めての競争クエストの時は、地味に移動速度って重要だったもんね。


「ま、その辺の事は臨機応変にだな。とにかく今は平原まで行くのが先決だ」

「だな。そういや、周囲に木が増えてきてないか?」

「あ、そういえばそうだね」

「エリア切り替えが近いのかな?」


 周囲を見回してみれば、木々の少なかった高原にもチラホラと低木が出現し始めてきた。こういう変化があるって事は、エリアの切り替えも近いって事なんだろう。

 それにしても思ったより結構早かったな。……まぁ予想以上の速度を出し過ぎていたんだからそうにもなるか。


「あー!? プレイヤー集団を発見したよー!」

「お、マジか」

「やったー! 追いつけそうだー!」


 望遠の小技で遠くを確認していたハーレさんが前方プレイヤー集団を発見したようである。まぁかなりの大所帯になってるだろうから、それほど移動が早くなかったって事なんだろうね。


「んじゃ、もう少しで合流だな。もう少し、頑張りますか!」

「「「「おー!」」」」


 先に出発していた赤のサファリ同盟と灰のサファリ同盟とその他の希望者プレイヤーによる混成集団にもう少しで追いつけそうだ。ハイルング高原の東側の平原エリアに辿り着く前に合流出来そうなのはありがたい。

 道は聞いているし、後から合流でも問題ないって話ではあるけども、出来る事なら初めから参加したいしね。この時点で追いつけたのなら、調査開始には初めから参加出来そうだ。


 あの大所帯に誰がいるかが気にはなるけど、それは合流してからのお楽しみ。今は合流するのが最優先である。とりあえずもう少しの距離だから、頑張って追いつこうっと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る