第181話 海の人の事情
「おーい、そこのクジラの人!」
どこからともなく呼びかけてくるその声に出発しようとしていたのを中断せざるを得なくなった。まぁ無視しても良いんだろうど、しょうもない事でトラブルになってもな……。なにか重要な用事があるのかもしれないし。
「クジラって俺の事か?」
「他にクジラの人は見当らないし、多分そうだろ」
「まぁ、そうだよな。何の用だ?」
「さぁ?」
「ちょっとそっちまで行くから待っててー!」
そうしているうちに岩陰から声と共に結構な勢いで海藻の人が飛び出てくる。どうも方向的に呼び掛けたあとに岩陰に隠れてしまっていたらしい。声をかけて来たのは海水の操作で移動してる海藻のプレイヤーのようだ。大きさ的にはあまり大きくないワカメのようである。……海藻の種類はあまり知らないから合ってるか自信はないけど。
そのままアルの目の前に行ってしまったのでちょっとアルの背中の上からでは位置的に見え辛い。……なんか声に聞き覚えがあるんだけど、誰だっけな?
「……あれ? この声って……」
「あ、サヤも? ここからじゃ名前が見えないね」
「多分あの人だとは思うけど……」
どうやらサヤもヨッシさんもどうやら海藻の人に心当たりがあるようだ。でもここからじゃ位置的に名前が見えないからな……。俺もどことなく声に聞き覚えがあるって事は多分会っている? 声だけでリアルの個人の判定とか出来る気はしないので、多分ゲーム内でみんなと一緒に会った人だろう。
「ケイ、ごめん。少し出てくるから海水の壁に穴を開けてもらってもいいかな?」
「ほいよ。これで良いか?」
「ありがと。ヨッシ、行こ」
「そだね。直接話した方がスムーズに進みそうだし」
「あ、私も行く!」
頼まれたままに海水の壁に穴を開けて、サヤとヨッシさんがアルの頭の方へと移動していく。そしてハーレさんも着いていった。俺だけ残されても仕方ないので追いかけてアルの頭の方へ移動しよう。……こういう事態が起きるなら次からはアルの頭の方に乗っておこうかな。
それにしても海藻のプレイヤーか。何人かこっちに来てから会ってはいるけど、その人達とは違う声の感じもする。他に海藻の人と会った事といえば……あ、もしかしてあの人か?
「ごめんね、いきなり呼び止めて」
「まぁそれは良いけど、何か用事か?」
「あらま、2ndの人か。うーん、どうしよう」
「えっと、何の話なんだ?」
「あー、個人的になんだけどしばらくの間はクジラの人を見かけたら声かけるようにしてるんだ。ほら、青の群集で色々あったみたいじゃん?」
「青の群集に色々悪影響を与えてたって奴だな。そういや、海エリアではクジラの数を増やすって事で対応したんだっけか?」
「あの時の情報共有板を見てたんなら話が早いね! 私の2ndもクジラだからさ。それでねーー」
「あ、やっぱりセリアさんだ」
「え? あ、サヤさんにヨッシさん!? って事はコケの人のPT!?」
アルの頭の上から覗き込んだサヤが海藻の人の名前を告げる。俺もアルの頭の上から覗き込んでみればプレイヤー名はセリアとなってる海藻の人。あ、やっぱり洞窟で会ったシアンさんのPTにいた人か。ついでに情報共有板でよく見かける海藻の人のようでもある。あそこはプレイヤー名は出ないしね。
とりあえず、なんかセリアさんはびっくりしてるみたいなので落ち着くのを待とうか。
「会話してたのがソウとシアンが主だったとはいえ声は聞いてたはずなのに、なんで気付かなかったかなぁ……」
「まぁこっちもサヤとヨッシさん以外は気付いてなかったから、その辺はお互い様だな」
「……うん、まぁそうだよね。よし、それじゃそういう事で」
「ところでセリアさん、何の用なのかな?」
「いやー他の人ならまだしも、コケの人のPTには不要な気がするんだけどね? うん、話すから、ちゃんと話すから、ヨッシさん針を向けないで!?」
「え、そんなつもりはなかったけど!?」
なんだかそのまま有耶無耶にして離れそうなセリアさんはヨッシさんの針に怯えていた……。ヨッシさんはアルの頭の前の方へと行き過ぎていたから、少しだけ位置を動かしていただけみたいなのになんだか妙に怯えられている。
多分、気付かなかった事で少し気まずいんだとは思うけど、その反応はヨッシさんが傷付くから止めてあげて!?
「私もクジラをやって分かったんだけど、クジラって結構扱いが難しいじゃない? だから初心者には可能な限りレクチャーしようって話になっててね? あくまでも本人が望めばだけど」
「なるほど、2枠目で色々と慣れてそうな俺らには必要なさそうって判断か?」
「そう、そういう事! 元々は出来れば初心者のクジラの人はナギの海原へと誘導しようって話なんだけどね。あそこなら初期エリアより広いし、多少無茶しても大丈夫なんだよ」
「競争クエストで勝ち取ったエリアを特訓場にしてる訳か。ただ、初心者を連れて行くにはボスが邪魔と……」
「そうそう! それでナギの海原へ行くために本人が望めばボスの突破だけでも手伝おうって事でね? あっちなら海流の操作の取得を狙っても影響も少ないからさ」
つまり、本当の初心者には扱い辛いクジラに慣れるまでの補佐を手の空いてる面倒見の良い人でやろうって事なんだな。……迂闊に初期エリアでやればシアンさんみたいにプレイヤー丸呑み事件とか、海流の操作に巻き込む事件とか色々合ったわけだし……。
競争クエストで勝ち取ったエリアはそういう使い道が……って巻き込む可能性自体は変わらなくないか?
「……競争クエストの勝ったエリアでも他のプレイヤーを巻き込む可能性ってあるんじゃないか?」
「そりゃそうだ。確率が下がるとしても巻き込まない保証もないよな?」
「あれ? もしかしてケイさん達って、競争クエスト終わった後にそのエリアに行ったことない?」
「そういやまだ行ってないね! 何かあるの!?」
「あそこはね、マップ上に全プレイヤーの位置が表示されるんだよ。それを見て、居ない方向を確認すれば問題ないんだよね」
「え!? そんな仕様だったの!?」
「……情報収集が不足だったか」
そういやミズキの森林のクエスト後の情報はアルが集めてきたんだったっけ。その中に情報の抜けというか、未確認の仕様が抜け落ちていたって事のようだ。……まぁいつでも完全に不足のない情報になるとは限らないから、こういう事もあるよな。これは仕方ない範囲だろう。そもそも自分達で確認しに行った訳じゃないんだから文句を言うのも筋違いだしな。
「理由としてはそんなとこ。コケの人達のPTなら自力で行けそうだけど、手伝いっている?」
多分、残滓のボスを倒すだけなら明日鍛えて進化させてからでも問題はないだろう。でも、これは時間短縮のチャンスか……? さて、これはどうしようかな。
「ちょっと相談させてくれ」
「はいはい! 問題ないですよ〜」
セリアさんに一言断りを入れてから、みんなで相談だ。とりあえずアルがほんの少し向きを変えて相談タイムである。セリアさんの提案は別に悪い話って訳ではないと思うけど、あんまり乗り気では無さそうだしどうしたもんかな。
「どうする? サクッとレベルを上げるだけならそれでも良いような気はするけど」
「私は反対ー!」
「あれ? こういう時にハーレが反対するって珍しいね?」
「反対っていうよりは別の提案だね! 頼まなくてもみんなの中から交代で1枠目を持ってこよう! それならボスは2回倒せるよ!?」
「そうか、残滓のボス1体相手なら、俺らの誰でも1人で倒せるか」
「纏海が必要にはなるが、まぁ負けはしないだろうな」
「ハーレ、ナイスアイデアかな!」
「えっへん!」
「あー、これはハーレが調子に乗るパターンだね」
「なんの事かなー!?」
「反応が分かりやす過ぎるかな?」
「サヤまで!? まだ何もしてないよ!?」
なんだか賑やかな女性陣はまぁ微笑ましく眺めておくとして、方針自体はこれで問題なさそうだな。調子に乗ったハーレさんの万が一の暴走はヨッシさんに阻止してもらうとしよう。多分一番扱いが慣れているのはヨッシさんだろうし。
まぁその辺は良いとして、この方法なら2人は1回ずつにはなるけど、3人は2回ボスの残滓からの経験値が貰える事になる。セリアさんに頼んで1回倒して貰うよりは経験値的には美味しいだろう。どうもセリアさん自身も初心者以外の手伝いはあまり乗り気ではないみたいだし、自分達でどうにか出来るならわざわざ頼む必要もない。
「それじゃ、ボスで経験値稼ぎにするか?」
「うん! まずは私がリスを持ってくるね!」
「あ、私が……ってもういないし。2回目は私がハチを持ってくるね」
「え、ヨッシ良いの?」
「良いよ。まずは共生進化を目指してる3人を優先したほうがいいでしょ? 私とハーレはもう未成体だしさ」
「すまんな。わざわざ気を遣ってもらって」
「アルさんには移動任せっぱなしだしね。これくらいはさせて」
「そういう事なら、お願いしようかな?」
「俺からもよろしく頼む」
「うん、任せといて。ケイさんそれでいい?」
「おう! それじゃハーレさんが戻り次第出発だな」
これで予定は決定。熟練度稼ぎの時にハーレさんとヨッシさんはこの場所まで的の生成用に1枠目を持ってきていたので、ハーレさんのキャラの切り替えはすぐだろう。さて、今のうちにセリアさんの提案は断っておくか。
「おーい、セリアさん!」
「どうするか決まった?」
「まぁね。折角だけどその話は遠慮しとくよ」
「そう? あー、良かった。強めのプレイヤー5人の前で1人で戦うとかなんの罰ゲームって話だし……」
「あはは、それは私もやり辛いかな……?」
「確かにね」
「断られて寧ろホッとしたよ! ところで、みんなはどうするの? 初期エリアの方で育てる?」
「1枠目で交代しつつ、ボス討伐2回やることになったぞ」
「そっちの方が2回戦えるって事でな」
「あ、2nd揃いのPTならそれも可能か! それじゃ私の出番もないね。なくていいけど」
そうしている内にハーレさんがリスの方でログインして戻ってきた。そして近場の岩の上まで泳いでいってすぐに纏海をして青いリスへと変わっていく。今は纏属進化でどうにかしてるけど、どっかで本格的に海への対応をしないといけないか。
「ただいまー! それじゃ早速倒しに行く!?」
「ハーレさん、おかえり。纏海の時間制限もあるから早めに行くか」
「それじゃ私はお邪魔なようなので、そろそろ退散を! あ、ボスは周回PTが居ても先に行くために攻略したいって言えば優先的にしてくれるからね! まぁあんまり人気もないボスだから大丈夫だとは思うけど」
「あれ? 人気ないのかな?」
「えっと、ナギの海原へは『光クラゲ』を倒す必要があってちょっと前までは光の軌跡で人気があったんだけどね?」
「それなら需要あるんじゃないか? 常闇の洞窟で便利だろ」
海エリアの人達には火の操作の取得は厳しいだろうし、安定して手に入れる事が出来るのなら光源として便利なはず。なんで人気がないって事になるんだろう?
「初めは人気あったんだよ? でも常闇の洞窟の踏破が進んでいったら、洞窟内で光属性の敵がポロポロ落とすもんでね。わざわざボス相手に集める必要性が無くなっちゃってさ」
「え!? そんなに光属性の進化の軌跡は落ちなかったよ!?」
「……海属性なら続々と手に入ってたけどな」
「……海属性の軌跡は見たことないんだよねー。あれってほんとに手に入るの?」
あれ? 海エリアの人が海属性の進化の軌跡を見たことが無い……? 確かに元々海に適応している人にはゴミみたいなもんだろうけどさ。……あ、もしかして所属エリアによって入手率が変わってくるのか?
「セリアさん! これどうぞ!」
「ハーレさん? わっ、海属性の進化の軌跡の実物は初めて見た!」
「ふふふ! そして私の今の姿が纏海の姿なのさ!」
「そういえば洞窟で見た時も途中まで青かったような……? あれが海属性なんだね!?」
そしてセリアさんは興味深そうにハーレさんの周りをグルグル回って、眺めている。まぁ海エリアと陸エリアじゃ色々と違うから気持ちは分からないでもない。でもこれだと話が進まないから……。
「えーと、結局のところボスの光クラゲで光の進化の軌跡を集める事より、常闇の洞窟で現地調達の方が効率が良かったとかそういう認識で合ってる?」
「あ、うん。その認識で合ってるよ。PT全員で同時に使ってもそれほど意味ないから順番で使ってたりするけど、次々と手に入るからね」
「こりゃ海エリアのプレイヤーと他のエリアのプレイヤーで進化の軌跡の入手率が違いそうだな」
「アルもそう思うか。海属性ってどう考えても元々海エリアの人にはいらないもんな」
「ん? ねぇ、その言い方だと他のエリアじゃ光属性ってあんまり多くない?」
「あぁ、少なくとも森林深部エリアだと少ないぞ。代わりに纏火か火魔法で代用してるのが大半だ」
「あーそういや発光持ちは少ないって言ってたっけ」
俺のコケが発光を持っているからいまいち実感はないけど、発光持ちのプレイヤーは貴重だって話だったしな。
「へぇ、それは良いこと聞いたかも。ま、そんな事情だからナギの海原へは行きやすい筈だよ」
「そういう事情なら納得だ。情報ありがとな!」
「いえいえ、どういたしまして。それじゃ今度こそこの辺にて! あ、他のプレイヤーを丸呑みにするのだけは気をつけてねー!」
「おう、それは気をつけるわ!」
そうしてセリアさんは来た時と同様に、海水の操作で流れるように移動していった。流石に慣れているようだから、移動速度は結構な速さである。
「それじゃみんな出発だー!」
「それは良いけどアルさんに乗ってないのハーレだけだよ」
「はっ!? 準備が出来てないの私だけだった!?」
岩の上で元気よく出発の号令をかけたハーレさんだけがアルの背に乗っていなかった。慌てて泳いでアルの背中までやってくる。あ、確認してなかったけど、これはどうなんだろう?
「そういや1枠目と2枠目って同じPTに出来るのか?」
「あ、それも試しとかないとね! ケイさん、PT申請お願い!」
「試してみるのが一番早いか。ほいよ」
<ハーレ様がPTに加入しました>
「おっ、いけた!」
「問題なさそうかな?」
「ハーレ2ndも加入状態でログアウト表記になってるだけだね」
「なら1枠目を持ってくる時はこの形でいいか」
「そだねー!」
PTの加入も問題なし。ヨッシさんがハチを持ってきた時にハーレさんのリスと入れ替えで良いだろう。よし、これで準備完了……いや、海水の操作の制限時間も結構減ってるから再発動しておこうかな。一度解除してっと。
「アル、乗る位置をもっと頭側にしても良いか?」
「別にいいが、なんか問題あったか?」
「いや、アルの目の前にプレイヤーが来たら背中の真ん中の方じゃ見えなかったんだよ」
「さっき頭の方に移動してた理由はそれか。なら見える位置のほうが良いな」
「それじゃみんな、そういう事で移動……ってするまでもないか」
「まぁさっき移動してそのままだしね」
「だよな。んじゃもう一度海水の操作で壁作り直すぞ」
<行動値を4消費して『海水の操作Lv3』を発動します> 行動値 6/14
よし、これで今度こそ準備完了。現在地はナギの海原まではそう遠くはない。クジラのアルならばそれほど移動には時間はかからないだろう。
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