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あれから警察がきてたくさんのことを僕に聞いてまわったけれど、僕はナナさんの素性についてだけは何も答えなかった。
ただ、藤ケイコという女が安藤タダヒコを殺害し、そしてマヤを狙ったということ。そして七宮ナナという女は共犯であり、目撃者であるマヤとマヤの親友である僕を誘拐したということ。でも、結局はその七宮ナナによって藤ケイコは殺され、僕らも解放された、ということ。それだけは話した。
けっきょくこの事件は、七宮ナナなる殺し屋が同業者とのトラブルの果てに起こした一連の誘拐殺人事件……ということで収まったらしい。僕らはその被害者で、でもなぜか助かった。しかもマヤに関しては殺されることも、傷つけられることもなく。むしろ匿われていたような形で発見されたけれど……。
事件発生から一ヶ月ぐらいは、テレビはナナさんのことばかりを報道していた。地元のスジモノたちが十人近く殺され、さらにヤクザの懐刀と言われた女殺し屋すらも死体で見つかったという凶悪で残忍な事件。しかも犯人は中学生の男女を誘拐し、人質にとっていた……なんてニュース。発見されたマヤは『神隠しに遭った少女』なんて週刊誌がはやし立てたし、ワイドショーも連日三原高原の神社の話をしていた。
だけど、人間一ヶ月もすればすべてを忘れてしまう。
しばらくしたらニュースの話題は芸能人の結婚で持ち切りになってしまったし。ナナさんの素性は未だつかめず。湊署に立てられた『三原高原・廃遊園地連続殺人事件』の捜査本部も、宙ぶらりんのまま開店休業の状態が続いているらしい。
そして気づけば時は過ぎ、雪は溶け、街は春になり始めていた。桜はまだだったけれど、梅の花がポツポツと咲きはじめて。僕も詰め襟の中学の制服から、高校の制服であるブレザーに着替えるようになっていた。
*
四月一日入学式で、僕ははじめて袖を通したブレザーと、学生鞄を手に家を出た。玄関を出たとき、テレビのニュースはまたくだらない芸能人のスキャンダルを喚いていた。僕を含め、まだ誰もナナさんの居所を掴めていなかった。
玄関を出て、はじめての通学路へ。住宅地を出る大きな県道の交差点に出ると、そこでマヤが待っていた。スクランブル式の信号機の下。同じくブレザーを着た彼女が気恥ずかしそうに立っていた。
「おはよう、マヤ」
「おはよう、ナギサ。お母さんたちは? せっかくの入学式なのに一緒じゃないの?」
「仕事だってさ。あとから合流するって。そういうマヤも一人じゃないか」
「同じ理由よ。あとから合流。それよりさ、ナギサはカラダ大丈夫?」
カラダ。その三文字が何を意味するかといえば、三月のあの事件以外になかった。
思えば事件の後、マヤと話すのははじめてだった。お互いに気をつかってか、事件には触れようとしなかった。デリケートなところには触れないようにしていたから。だけど一ヶ月のときが、あるいは雪をかき消してくれたこの暖かさが、僕らからそのよそよそしさを殺してくれたみたいだった。
「問題ない。もうピンピンしてるよ。それこそマヤのほうこそどうなんだ? あの寒い中ずっと神社にいたんだろ?」
「べつに平気よ。食事もあったし、ストーブと分厚いスタジアムジャンパーもあってね、ぜんぜん寒くなかったから。ちょっと寂しかったけど、それだけ」
「そう、なら良かったんだけど。心配したんだ。マヤが突然失踪して」
「知ってる。だから探しに来てくれた」
マヤはそう言って笑ってくれた。だけど、こっちの心配なんて知らん顔みたいな笑いだった。それがマヤのいいところであり、悪いところでもある。僕らの距離感はそれだからこそ丁度いい気がしていた。
「ねえ、ナギサ。私がどうしてあの日、三原高原の神社にいたか知ってる?」
「知らないよ。でも、あんなとこにいたから見たんだろ? その……」
「ナナさんたちの仕事現場をね。うん、おかげでお互いひどい目に遭ったよね。でもね、私はあの日、三原高原に良かったと思ってるの」
「どうして?」
「私にとっては、あそこは私とナギサの思い出の場所だから。大切な場所なの。スピリチュアル的に」
「スピリチュアル的に?」
「そう。私、あの日あそこでお祈りをしたのよ」
「そういえばお賽銭がおいてあった」
「うん、あれは私がやったの」
「何を祈ったの? 合格祈願?」
「それもある。でも、もう一つもあるの」
「もう一つって?」
「教えない」
信号が切り替わる。ロバート・バーンズの『故郷の空』を流し、信号は青色で僕らに歩けと命じた。
「待ってよマヤ、教えてくれもいいじゃないか」
「イヤよ。ぜったいにやだ」
新品のスカートを揺らしながら、マヤは僕のすぐ目の前をすり抜けるように去っていく。すぐに追いかけたけれど、彼女って僕と違って運動神経がいいから。するすると走っていってしまう。吹き荒れる春一番のように。僕の目の前を。
ねえ。ナナさん、いまあなたはどこにいますか?
僕は高校生になりました。あなたとは違って、ごくふつうの高校生に。
僕はあなたのようにはなれないし、なるつもりもない。
だって、僕らはあなたの身勝手さに付き合わされて、ひどい目にあったんだから。
もし僕に子供ができたら、あなたみたいな大人には絶対に近づけさせません。
……でも、それでも僕はあなたのことを思い出します。
三月の雪の日、あの十五分間のことを
3月の15分 機乃遙 @jehuty1120
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