第116話 兵は拙速を聞くも、未だ巧久しきを睹ざるなり

 さかれば巨大騎士ナイトウィザードの開発当初から続く、ニーナ・ヴァレルと皇統派に属するハイゼル・バレンスタインの確執も、どうやら隣国を交えた会談で折り合いが付きそうとの事で、都市近郊の穀倉地帯を進むゼファルス領兵達の足取りは心持ち軽い。


 彼らの後方に位置する騎士国の面々も若干ではあるが、非戦闘職の輜重しちょう兵や整備兵を中心にしてゆるんだ雰囲気が漂っている。


「…気に食わん、まだ一戦交える可能性はついえてないんだぞ」

「皆、人族同士の殺し合いなんて御免被ごめんこうむりたいんですよ、副団長」


 不機嫌なライゼスの呟きを受け、馬身を寄せていた腹心のアルド騎兵長が自分に飛び火しないため、苦笑交じりの言葉でいさめるのをベルフェゴールの疑似眼球に捉え、複座型の騎体を歩かせながら全くって同意だと頷く。


「俺も好んで斬りたくないし、斬らせたい訳でもない」

「ん~、もしかして騎士国に来たの、後悔してる?」


「いや、最初に出会えたのがレヴィアだったのは僥倖ぎょうこうだ」

「うぅ… なんか、率直に言われたら照れるよぅ」


 やや弾んだ声と連動して身体にまとわりついた人工筋肉の神経節から、赤毛の魔導士が抱いた好意含みの感情まで伝達され、少々反応に困ってしまう。


 実際、一蓮托生の関係なので縁深いイザナの存在はあるにしても、お互い憎からず思っている事は感覚共有のせいで筒抜けだ。


(何処かで明確な態度を示す必要があるような、無いような……)


 物わかりの良い伴侶の黒髪少女は気心の知れた幼馴染みならとうそぶくが、その護衛役で姉代わりのようなサリエルの動向や、宰相を兼ねた魔術師長ブレイズの一人娘に対する親心など不明瞭な事柄は多い。


 さらに言えば先祖代々の所領で夫の留守を護っているため、手紙でしか遣り取りのないルミアス婦人にも話を通しておくのが筋だろう。


 そんな事を騎体に接続された状態で思案してしまえば、情動的な機微きびがレヴィアに感知される事もあり、色恋沙汰の深みにはまっていくのは避けられない。


「ふふっ、色々と真面目に考えてくれるの、凄く嬉しいかも♪」

「いつも支えて貰っているからな、粗雑ぞんざいには扱えない」


 ゆえに難しい問題だと内心で溜息を吐いていると、前方に浮かぶ飛空艇 “Zeppelinツェッペリン伯爵” の通信を担当する日系人の侍従兵イルマから、念話装置の共有回線を経由した一報が入る。

 

『騎士国の皆様、不測の事態です。双眼鏡持ちの観測兵が都市ライフツィヒの壁内へきないに多数の巨影を確認致しました。忽然と現れて気侭きままに市街地を闊歩かっぽしているあたり、恐らくは “滅びの刻楷きざはし” に属する大型種と思われます』


『結構な数よ、クロード殿。現状の認識が足りないまま領軍を進ませるのは愚策ね。どちらかの斥候兵が帰参するまで日和見ひよりみさせて貰うわ』


 続けざまに話し掛けてきた領主令嬢の判断を受け、大破した愛騎のベガルタL型を戦場跡に捨て置き、後期生産のクラウソラス改良型に鞍替えしたアインストの指揮で軍勢が前方より停止していく。


 後方に付けている此方こちらも足並みをそろえようとした段階で、複数人の中継を挟んだ自国の手勢によるものと思しき、発煙信号が約2㎞先の上空に確認できた。



『赤色ですか… 嬉しくありませんけど確定ですね、兄様』

『まぁ、リグシア兵を相手にするよりも精神的な負担は少ないさ』


『うん、人を殺める怪物なら、あたしも躊躇ちゅうちょなく射抜ける』

『頼りにさせて貰うよ、無理はしなくて良いけどね』


 やや陰鬱いんうつな声音の妹魔導士エレイアに軽口など叩いた銀髪碧眼の騎士が肩をすくめ、小都市近郊の戦闘から意気消沈していた琴乃ことのの乗騎に優しい眼差しを向ける。


 勿論、銀灰色アッシュグレイに塗装された自騎の疑似眼球越しなので黒髪ポニテの少女に伝わらなくとも、第三代騎士王 “秀厳しゅうげん” の旗本を務めた武家の末裔だけあって、大和人やまとびとに対するロイドの同胞意識は強い。


 別に歪んだ選民思想でもないため、わば個性の範疇はんちゅうに収まる話だが、兄をした一途な妹ブラコンとしては不満があるようで… 奥ゆかしくも愁眉しゅうびを曇らせた。


『戦場に私情を持ち込むのは三流のする事、甘やかしては駄目だと思います』

『それは自身が一番分っている筈だから、追い打ちを掛ける必要はないよ』


『うぐぅ、耳に痛いお言葉……』

『ん、大丈夫、私と琴乃ことのは頑張ってる』


 かさずスヴェルS型一番騎の躯体制御をになうイリアがフォローに入り、さりげなく自画自賛しつつ励ますのを聞き流して、遠征軍の先鋒に立つ改造騎ガーディアを駆るディノも現状について言及する。


『なんで帝国領の深い場所に異形どもが湧くんだ。西部戦線を突破してまぎれ込んだ小勢ならかく、都市の制圧ができる規模とか、おかしいだろう?』


『ん~、召喚魔法とかもあり得るけど相応の事前準備が必須だし、領軍の総力を以って妨害されるわよね』


 かつて精霊門を潰すため大森林へおもむき、手間の掛かかる弟のような藍髪の騎士と組まされた当初を思い出しながら、割と常識的なリーゼは自身の考えを否定したものの、大きく的を外している訳ではない。


 白狐ことファル・ザゥメルの用いた手法は未発達な小結晶体を地脈が合わさる広場に仕込み、1年以上の時間を掛けて密かに成長させるというものであり、襲歩しゅうほで馬を走らせてきた斥候騎兵によって門の存在が示唆される事になった。

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