第55話 Going MyWay?

 の御仁が火箸で掴んだ赤熱する金属素材を金床かなどこに載せ、槌で何度も打ち付けて刀身の形を整えていく。


 元々、ある程度まで鍛造たんぞうを終えていた様子で、少し眺めていると温度を下げながら鋼を締め、厚みなどを調整する工程に入った。


 それも終えた段階で一区切りが付き、ようやく鍛冶師の手が止まる。


「…… お前達、時間を持て余しているのか。鍛冶場に突っ立っていても仕方なかろう」


「平時だからな、王にも多少のいとまくらいはあるさ」

「偶にはゆとりも必要だよね」


 などとうそぶきながらも常に自然体で我が道を征くレヴィアはさておき、俺達よりも先に居たエレイアが乾いた笑みを零す。


「ふふっ、やりたい事は他にもあったのですけど……」


「付き合わせてすまなかったね、昼食は外で僕が奢るよ」

「細やかな気遣きづかい…… さすがお兄様です♪」


 手のひら返しで上機嫌となった妹にロイドが微笑むのを一瞥し、やや溜息した宗一郎爺さんは壁際まで歩いて、立て掛けられていた長めの日本刀を掴んだ。


 視界に捉えていたので気にしていたが、やはり受領する逸品で間違い無いらしく、俺の傍に寄って差し出してくる。


「色々と無理を言いおって…… 岩玄がんげんの孫でなければさじを投げていたぞ」

「…… うちの爺さんと知り合いだったのか」


 少々驚きつつも太刀を受け取り、魔法術式が刻まれた鞘から刀身を引き抜くと、露になった白刃が名状し難い色彩を放つ。


「ミスリルと玉鋼を融合させた素材で打った呪錬刀じゅれんとう“不知火”、注文通りに中級程度の魔法なら斬り裂いて霧散させる事が可能だぞ」


「有難い、これで術者にも遅れを取らずに済む」

「あれ、この武器…… 無属性魔力を帯びてるんだけど?」


 横合いから眺めていたレヴィアが小首を傾げ、いぶかし気な視線でちらりと此方こちらうかがってきた。


「クロードって稀人まれびとだから、魔法を使えないよね?」


「あぁ、ブレイズが考案してくれた仕掛けがあってな」

「ほぇ、父さんが?」


 種明かしをするなら、柄部分に騎体動力と同じ魔力結晶が格納されており、しつらえられた特殊な鞘から引き抜いた時点で刀身が魔力を帯びる仕組みだ。


 まぁ、結晶自体は使い捨てなので乾電池の如く交換する必要はあれども、生身で扱う対魔法兵装の要求仕様は満たしている。


 ざっと要点を掻い摘んで赤毛の魔導士に説明していると、近場で聞いていたロイドが子供のように目を輝かせた。


「ソウイチロウさん、この仕組みは僕に打ってくれる太刀にも?」

「いや、手間と資金が掛かりすぎるわい」


「むぅ、兄様の事はどうでも良いのですね」

「…… 蔵人くろうど、何とかせい」


 すっと瞳を細めて詰め寄るエレイアに辟易し、なげやりな態度で面倒事を押し付けてくる。


 仕方が無いので、金庫番も兼ねた魔術師長ブレイズに相談する旨を伝えて納得してもらえば、申し訳なさそうに彼女の兄が頭を下げた。


「何やら、すまないね」

「単に聞いてみるだけだ、遠慮は要らない」


「と言われても…… あ、君達も一緒に昼食はどうだい?」

「ん、ロイドさんの奢りかな?」


 あざとく可愛いらしい笑顔を見せたレヴィアに銀髪碧眼の優男が頷いて、図らずも四人で昼食におもむく運びとなり、鍛冶場の主に謝意を示してから王都の市街へ向かう。


 途中に立ち寄った駐騎場では、既に新型騎の素体が組み上げられており、これから剥き出しの人工筋肉に魔道錬金製の装甲が取り付けられる段階まで至っていた。


(順調そうでなによりだ)


 ジャックス班長の指揮で作業に従事する整備兵達を見遣みやり、この時はそんな事を思っていたが…… やがて隣のリヒティア公国から火急の知らせが届くことになる。


 その発端となった迎撃都市ラディオルでは公国所属のクラウソラスや後継騎のアルブス、随伴兵などが布陣して対峙する異形の軍勢に睨みを利かせていた。


『日常って儚い物ですね、ドレル連隊長』

『いや、これは我らの浅慮せんりょを恥じるべきだな』


 ここ数ヶ月は大規模侵攻こそ無かったものの、前線では散発的な小競り合いが生じており、日々の対処に追われて大局が見えて無かったのだろう。


 交戦回数は多くとも討ち取った異形どもの数が少ない事実に気付けず、彼らは“滅びの刻楷きざはし”に戦力の温存を許してしまい、その結果が現状の窮地へと繋がっている。


『小型はもとより、中型や大型の異形も結構いやがりますね』

『何さ、その変な敬語は?』


『いや、緊張してきて……』


 やや声の調子を落として相棒の魔導士に応え、言葉を詰まらせた若い騎士の気持ちは歴戦のドレルでも分からなくは無い。


 国境付近から進軍してくる異形達を監視していた斥候兵隊の報告では、少なく見積もっても自軍を上回る規模があり、指揮を執る上位種族の敵騎体まで確認されていた。


 迎え撃つ公国騎士団の連隊も十数体の巨大騎士ナイトウィザードを有しているが、敵方の大型種を押さえるのは困難が予想され、中型種に至っては歩兵隊や魔術師隊に任せざるを得ない。


(不利は承知だが、戦わずして退くこともできぬ)


 迎撃都市とえども多くの民間人が暮らしており、事情を抱えた一部の者などは領主であるベルクレド辺境伯の勧告に従わず、今更になって東門から慌てて逃げ出している始末だ。


 さらに防衛線を抜けられた場合は内地被害が甚大となるのが自明なので、同盟国より派遣される援軍の到着まで相手の侵攻を留まらせるため、最悪でも相応の損害を与えておく必要がある。


 諸々の事情から否応なく緊張感が高まる中、敵陣両翼に展開した小型異形の群れが先陣を切った。

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