第26話 全ては第三代騎士王のお陰です

 夜のとばりが降り始めた事もあり、行き交う人々の数も幾分か落ち着いた路上を双方の護衛達に囲まれて歩み、東側の都市防壁を抜けて新規に開発されている街区へ入った。


 その中を進む事しばし、俺は然程さほどの間を置かず一つの事実に気付く。


「これは……」

「やはり、感覚的に分かるのね」


 ニーナの言う通り、壁外へきがい街区に入ってからすれ違う住民達はいつも接しているリゼル騎士国の臣民や、此処ここに至るまでに見掛けたゼファルス領の人々とまとう雰囲気が微妙に異なる。


 非常に些細ささいな違和感ではあるものの、皆がそうなのだから気付けない訳でもない。それは同行するレヴィアやエレイアなどにも言える事なので、彼女達はやや戸惑い気味に周囲を見渡していた。


「…… 稀人まれびとだらけだな」

「そう、主に欧米と日本の出身者が多いけど、中国人とかもいるわよ」


 要するに稀人まれびとが暮らす専用街区らしく、耳を澄ませばこちらの共通言語以外の響きを持つ言葉も微かに聞こえてくる。


「貴方の事を聞いてから少し疑問に思っていたのだけど、この世界にける稀人まれびとの立場って、どれくらい正解に把握はあくしているの?」


「そうわれてもな、まだ一月程しか経ってないし、行動範囲が限定的だから言うほどは知らないさ」


「…… あんまり良くないのよ、私も彷徨さまよっていたのを保護してくれた商人に娼館へ売られそうになったわ」


 途中で逃げ出して、行く当ても無く困っていたのを大聖堂に属する神父に拾われ、幸い言語野に恩恵を受けていた事もあって、最初はそこで孤児らに読み書きを教えていたそうだ。


「私に教師は向かないと実感してしまったけどね、教えるのが苦手なの」


 つい自身の感覚で“これぐらい分かって当然”と思ってしまうため、補完すべき説明が抜けていたり、物覚えの悪い子供相手に僅かなイラつきを感じたり、当時はそんな感じだったと彼女は言う。


 子供というのは本能的に相手の心情を察する能力があるので、いつの間にか一部の子らに避けられていたらしい。


「それは教師に向かないね」

「おい、レヴィア……」


気遣きづいは無用よ、クロード殿、本当の事だから構わないわ」


 不向きな自覚はあれども、生来の技術者であるニーナの炊事洗濯などの生活能力は壊滅的で、教会に住まわせて貰っている恩を返すにはそれしかなかったのも事実。


 故に悪戦苦闘して一月ほど頑張った頃、前領主のゼファルス辺境伯レオニードが司祭から不思議な知識を持つ少女の噂を聞き、有用性を見いだして引き取った。


「そこからは水を得た魚だったから、直ぐに役立つ事ができたわ」

「で、現在に至る訳か……」


 彼女がこちらに流れ着いてからの話を交えつつ、この世界における稀人まれびとの扱いが国や領地によって違えども冷遇的である事を聞かされ、少し心配になったので念のためライゼスやロイド達に確認しておく。


「我らがリゼルは騎士の国、異界地球の民とえども己が信念に反する扱いはせん」

「僕らの血筋も遡れば大和人やまとびとだけど、それで嫌な思いをした事はないなぁ」


「現王家の祖も稀人まれびとですからね、クロード様」

「寧ろ、それが決定要因か」


 奴隷の身分から実力だけで英雄となり、国家の存亡をけた戦場でたおれた王の後を継ぎ、最後は皆を勝利に導いた第三代シュウゲンの存在は大きい。


 だからこそ、リゼル騎士国にける稀人まれびとの扱いが他と比べて格段に良いのだろうが、それは極端な例外に過ぎないため、大半の国では苦しい立場にあるようだ。


「運が良いわね、クロード殿は…… でも、多くの同胞はそうじゃない」

「だからこの街区を?」


「そう、現実的な問題もあって、役立ちそうな人員しか手を差し伸べてないけど」

「やり過ぎれば、難民問題と同じ現象が起きるからな」


 何事も匙加減さじかげん肝要かんよう、善意であっても過ぎれば劇薬にしかならない。従来の領民と数を増やした稀人まれびとの間にやがて対立が生じ、不和の状態になる可能性も高い。


(地獄への道は善意で舗装ほそうされているか…… 上手く言ったものだな)


 悪意は善意の裏に隠すものだという意味の他、良かれと思ってやった事でも自らの手を離れ、収拾が付けられなくなる事も含む言葉だ。


 例えば最初は民主的なデモ活動でも気が付けば暴動に至り、最悪は内戦状態となる場合も実際に地球で起きていた。


 自らを正しいとする自覚が集団内部で先鋭・盲信化し、たがの外れた過激な愚か者達を生み出した結果、武力的な衝突が生じて引き返せない流血沙汰になってしまう。


(馬鹿らしい話だな、正しさなどうつろうモノに過ぎないのに)


 主義主張などに囚われず、中長期的な視点を持つ重要性を再認識している間に目的地に着いたようで…… 先頭を歩いていたアインストが止まって振り返った。


「総員、建物の周辺を固めろ」

「「「承知ッ」」」


 響いた彼の指示に応え、機敏な動きで騎士達が駆け出し、狭い路地裏などに入り込んで真新しい料理屋の四方へ散っていく。


「ロイド、此方こちらの準騎士達を任せても良いか?」


「あぁ、引き受けよう」

「ご一緒します、お兄様」


 普段から兄と行動を共にする事が多いエレイアも名乗りを上げ、半数の者達を連れて裏側にあるだろう勝手口へ向かった。


 残りの半数で出入口付近を押さえたロイドを一瞥し、ニーナに続いて料理屋に入り掛けたところで、ライゼスとレヴィアの二人が騎士長に止められてしまう。


「すまないが、ニーナ様は騎士王殿と密会を所望だ」

「…… そうか、ならば致し方ない」


「あうぅ~、晩御飯が…… お腹空いたよぅ」


 少し場違いさも感じさせる可愛い声で赤毛の少女が嘆く中、俺は人払いされたそこに足を踏み入れた。

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