第15章「世界に関わる者」その14


「えっ」


突然のことでびっくりした。


まさか僕が部活動に誘われるなんて思わなかったからだ。


別に常日頃から人に愛嬌あいきょうを振りまいているわけでもなければ、人が憧れるような才能があるわけでもない。


中学もそんな感じで部活とは縁遠い日々だったのを覚えている。


それに文田が僕を勧誘するとも思わなかった。


確か五月下旬だったか、互いに高校生になって初めて彼女と保健室で会った時、もの凄く怖い顔をされたはずだ。


それなのに、体育祭の準備や夏休みにここへ来た時には菩薩ぼさつのように優しかった。


今日にいたっては自分が所属する部活に誘っている。


もう友だちと言ってもいいくらいの関係に思われているかもしれない。


「ごめん、急に変なこと言って」


キャンパスが置かれたイーゼルを触りながら、僕に謝った。


その絵は赤い日が溶けだしたようにドロドロと空から落ちている。


おそらく文田が描いたんだろう。


「いや、そんなことないよ」


「実は同級生がいなくてさ。それに羽塚、絵に興味もってそうだから」


いや、今まで美術の授業外で絵を描いたことはないぞ。


確かにこんな絵を描けるのはカッコいいと思うが。


「そっか、考えておくよ」


そう言うと、文田は僕から離れて棚の引き出しから紙を取り出して渡してきた。


どうやら入部届けだったので、とりあえず貰っておいた。


「返事はいつでもいいから」


そのくまがついた目には優しさと喜びを感じる。


美術室を出た後、本来の目的を忘れそうになってしまった。


今の自分のことじゃない、犯人探しだ。


その足で音楽室に行ったが、ここではまだ何も盗まれたものはなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る