第7章「移りゆく時期」その12


駅のホームについた僕らは一言も発することなく、帰りの電車を待った。


僕はお互いに貝になり、いつもよりも人が少ないことに気づいた。


すると、目の前に訪れた電車の扉が、風を噴き出すような音を立てて開いた。


最後尾ということもあってか、そこには何者も存在せず、


まるで新しく建てられた建造物のようだった。


僕と西山は同じ車両に乗ったが、お互いに向かい合わせに座った。


重い腰を上げるように僕らの家の方へ進みだした。


電車の通り過ぎる音が時折、壁越しに響いてくる。


二人しかいない車両の窓の外は、やけに澄んで見えた。


今、眺めていた景色が流れていくように遠ざかっていき、


パノラマ写真のように横に長く伸びた感じがした。


昔は電車に乗れば、必ずと言っていいほど景色を見ては、


自分がいつもいる世界から遠ざかっていくように思えた。


それは僕の行動範囲が狭かったからなのか、


それともこの場所が気に入らなかったのか、あるいは両方なのか、


どこにその思いを生みだした根っこがあるのかわからない。


まぁ、根はいつだって地下深くに根付くものだ。



「電車なかなか着かないね」


いつもは眉間に寄った皺を吹き飛ばすような笑顔を見せる


西山が今日は仮面のように何を想っているかわからない顔をしている。


確かにこの駅区間だと五分ほどで次の駅に着くはずだ。


しかし、体感的には十分ほど経ったと、僕の体内時計が言っている。


「電車止まっているのかなぁ」


僕は相槌をうつ意味でもそう言ったが、確信をもって言える。



それはない。


僕は先ほどから外の景色をずっと見ていた。


僕の視覚感覚が狂っていない限り、電車は寄り道もせずに走り続けている。

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