第3章「僕たち私たち」その15


新田がホームルームを進めていく。


「こないだの数学Aの宿題で再提出の人がいたらしく、


今から名前を呼ばれた人は前に取りに来てください」


「西山、早く呼べよ」


「あっ、ごめん、ごめん」


西山がいつも通り、天然的な発言をして


新田が冷静にツッコミ、教室は和やかなものとなった。



これを茶番と思う僕は、きっと性格が悪いだろうな。


「え~、伊藤さん、小西くん、田崎くん、中川さん」


小西が悔しそうな顔をしていた。馬鹿なやつだ。


いつも答えをまる写しして、全問正解にしているからこんな目に合う。


「あっ、ごめん。それから、羽塚くん」


嘘だろ?


まさか僕が呼ばれるとは思わなかった。


高みの見物をしていた自分がすごく恥ずかしい。


そのせいか僕は席を立ち、


何も言わず早々と西山がいる教壇に向かった。



笑い声などは聞こえなかった。


しかし、みんなが笑っている気がした。


そして僕は西山から自分のノートを受け取った。


内容を確認したかったが、今はそんな気分になれなかった。


西山は目の前にいる僕にしか聞こえない声でごめんね、とささやいた。


彼女が悪いわけではないのに謝るなんて、なんだかずるい気がした。


そして僕は自分の座席へと戻った。


「え~、明後日まで先生はいないけど、ホームルームは真面目に聞くように」

「それじゃあ、また明日~」


みんな席を立ち、おのおの帰るために動いている。


今日は最後の最後で恥をかいた。


なんだか嫌になってくる。


僕は教室を早く去るため、帰り支度をしようとした。


「おい、羽塚。ちょっといいか?」



片倉だ。


放課後にわざわざ声をかけてくるなんてめずらしい、


というか今日に限って僕は


「どうしたんだよ」


「そういや、昨日お前が屋上が入れるか聞いてきたよな?」


一瞬心臓が止まった気がした。


「それが…どうしたんだ?」


「いや、昨日屋上に登ったのってお前なのかなぁって思って」


「そんなわけないだろ。もし僕が飛び降りていたら、ここにいるわけがない」


「まぁそうだな。悪い」


そう言うと、片倉はテニスラケットと重そうな鞄を背負って、教室を去っていった。


今日は一体何なんだ?


昨日理不尽にも訪れた異質の場所『悩み部屋』の情報も分からず、


いつも通りの日常を送り、いつも通りの授業を受け、


いつも以上に恥と緊張が混じりあった一日だった。



ダメだ、もう帰ろう。


「羽塚くん」


それは一日ぶりに聞いた声だった。


「また明日」


そう言うと彼女は長い黒い髪をなびかせて、颯爽と去って行った。


その言葉は前にも聞いた気がする。しかしあの時とは違う。


僕の体に入っていた力が一気に抜けたような感覚になった。



それは僕がこの平凡で退屈なこの世界を受け入れた


証を手に入れたきっかけなのかもしれない。

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