85話 決着
「まだだ、なるべく動くな。まだまだ静かにしてろ」
森の中では今か今かと男たちが待ち構えていた。
森からごちゃ混ぜ里に向かっていく人間の軍が見える。
その数は600前後と言ったところか。
ごちゃ混ぜ里を囮としたためか、完全に無警戒だ。
俺たちの方を偵察しようともしない。
彼らは里の方へ防御陣を敷きながら梯子や橋を作っている。
里を攻撃する気マンマンだ。
(思いのほかに多いな、もう少し削れると踏んでいたが……初めの見積もりが甘かったかもな)
俺とスケサンの予想では500人を超えないと考えていた。
少々誤算だ。
「いま仕掛けたいっすね。完全に無警戒っす」
「これなら、あっしらだけでもいけそうだ」
エルフのバーンと夜目が利くドワーフのベアードは襲撃部隊は別であったが、バーンの女房ナイヨを介して仲がよい。
2人は家族のいる里を危険にさらす前に攻撃したいのだ。
これは里の男衆全員が思っていることだろう。
「気持ちは分かるがダメだ、引きつけて一気にやらないとバラけて逃げられる。バラけたヤツらが森で悪さをしたら弱い女が襲われるぞ」
「そのためにリザードマンやヘビ人、古い里のオオカミ人とかも来てくれてるしね。今は我慢だよ。先生の合図を待とう」
俺の言葉をピーターが継いで皆をなだめてくれた。
今回ついにスケサン秘蔵の弟子も初陣をむかえたのだ。
初陣のピーターではあるが、どっしりと落ち着いており周りを落ち着かせる雰囲気がある。
「落ち着いてるな、俺の初陣とはえらい違いだ」
「まさか、落ち着いてなんかないよ! 手が汗でびっしょりさ」
ピーターは「はは」と歯を見せて爽やかに笑うが、それでも大したもんだ。
(俺なんか初陣の戦闘が終わったらクソもらしてたしな)
あの時も人間相手の戦いだった。
ちなみに戦闘が始まると脱糞や失禁をするやつはわりといるので俺だけが特別ではない。
「ピーターのいう通り、スケサンの合図を待て。里で受け止めたら俺たちが囲んでケリをつける。一気に減らせば女子供が守れるんだ」
人も軍も正面からの攻撃には強いが、側面や背面からの攻撃にはなかなか対応できない。
囲まれればなおさらだ。
今回の作戦は里の防壁で受け止めてから周囲の伏兵で包囲攻撃を行う。
幸いここは森であり、兵を隠す場所には事欠かない。
人間はノロマだ。
やつらが重い鎧を着こんでモタモタとしている間に包囲は完成している。
敵は数こそ多いが昼夜の区別なく襲撃を受け、さらに慣れない森を歩いてヘトヘトのはすだ。
それに比べ、こちらは周囲の里からも援軍をえてフレッシュな新手ばかりである。
正確な数は分からないが包囲はスケルトン隊を除き200を超える数だ。
不意討ちが決まれば、まず負けはない。
「動いたよ」
ピーターが声をあげ、人間の軍が動き始めたことを知らせてくれた。
鬨の声を上げ、一塊となってゆっくりと進む集団はなかなか迫力がある。
「あっ、背中を向けたっすよ」
「ちくしょう、好き勝手に森を荒らしやがって」
皆がソワソワと騒ぎだした。
戦いを前に気が逸っているのだ。
(む、軽装のヤツら……動きが変だぞ? バラけてるな)
身軽な兵を周囲の偵察に向かわせたのかもしれない。
敵将は冷静で慣れている。
油断はできない相手だ。
(まずいか? 数の少ないスケサンたちが先に見つかれば厄介だぞ)
総攻撃の合図とはスケルトン隊の交戦だ。
スケサンがタイミングを見計らい防壁に取りついた敵に不意討ちを仕掛ける予定だったのだが、少々段取りに狂いが生じた。
生身の俺たちとは違い、スケルトンはいくらでも待機ができる。
そのため畑や物陰に伏して身を隠しているのだが、数が少ないために見破られては不利は否めない。
(いや、交戦が合図に変わりはない。タイミングがズレるかも知れないが変更で混乱を生むよりはマシだ)
そう、戦場は流れがある。
下手に逆らうより流れに乗るのが肝心だ。
よく観察すれば偵察の軽装兵はあまり統率がとれていないようだ。
これならスケサンたちが全滅させられることはないだろう。
ほどなくして敵が防壁に取りつき、戦闘がはじまった。
だが、まだスケサンの合図はない。
「始まったっすよ!」
「まだだ! スケサンを信じろ!!」
もう声を潜める理由もない。
俺は大声で皆を制止し、状況を見守る。
矢石をしのいだ敵の梯子が防壁に掛けられ、木の柵を挟んでの攻防が始まった。
味方が優勢だが、なにしろ敵の数が多い。
じりじりと一進一退の攻防が続く。
(くそっ、まだか。スケサンはまだか)
戦う味方を眺めるのはつらい。
合図を待つ時間が永遠にも感じられる。
「あ、あれ!!」
「ああ! 確認した!!」
ピーターがスケサンの交戦を大声で知らせてくれたが、こちらでもすでに確認している。
俺も目を皿のようにして凝視していたのだ。
「よしっ、我慢は終わりだっ!! 突撃っ!!」
後ろも見ないで「俺に続け!」と駆け出すと、味方が大喚声を上げた。
それに応じて離れた場所からも味方が姿を現す。
数こそ少ないが包囲は広い。
「うおおおおぉぅっ!! もらったぞぉっ!!」
敵がこちらに気づいて盾を並べたが遅い。
俺はそのまま盾を構える男に肩からぶちかます。
憐れな敵兵は衝突の衝撃で堀の中までぶっとんだ。
「黄金の兜だ!」
「指揮官だぞっ!」
周囲の敵が俺に群がるがつき合う義理はない。
適当にあしらいながら包囲されないように仮設の橋を渡り、防壁に取りつけられた梯子を蹴り飛ばす。
周囲の死体には味方の犠牲者も混じっており、行われた戦闘の激しさを物語っているようだ。
「ベルク様っ! 我らもそちらに行きます!!」
「おう、コナンか! 挟み討ちを仕掛けるぞっ!!」
防壁の上からコナンが「ベルク様を救え!」と指示を飛ばし、次々に留守の男衆が飛び降りて参戦する。
敵はいつの間にか一塊の円陣となり、じりじりと後退していく。
群れから外れた者は容赦なく囲み、刈りとられるように殺された。
「1人でも減らせ! 皆殺しにしろ!!」
俺も先頭で剣を振るい敵とやりあうが、守りが固い。
敵軍はとにかく数が多く、盾を並べ、内側から剣を突き出されると厄介極まりないのだ。
(くそっ! これはうまくないぞ、味方への被害が……)
戦いは優勢に進めているが、これでは消耗戦だ。
「さっさと死ね! しつこいぞっ!!」
盾をひっぺがして剣を突き刺すが、1人倒しても次の敵が陣の隙間を埋めてしまう。
なんとも粘り強い、嫌な敵だ。
気ばかり急くが、決め手がない。
焦りばかりが募る。
(普通は負けたら崩れるもんだが、指揮官がいいのか? それとも士気が高いのか?)
これは里を守る防衛戦だ。敵を倒しても里の皆が死んでは元も子もない。
硬直した状況の中、一気に敵が動き出した。
味方の包囲が崩れたらしい。
だが、逃げ場を見つけた敵は一気に動きだし、固い戦列が崩れた。
「今だ! 攻めろ! 攻めろ!」
背中を向け、逃げる敵は弱い。
硬直した戦場は一気に動きだし、流れとなった。
戦場の機微は水に似ている。
誰かが動けば流れが生まれ、逆らうことは難しい。
なにせ、敵は多いのだ。
何百もの兵士が生み出す流れは誰にも止められない。
戦場の流れは俺から離れ、すぐに森での追撃戦となった。
猟犬のごとくイヌ人が追い、オオカミ人が討つ。
木の上からはヘビ人が襲いかかり、地を這うようにリザードマンが仕留める。
開けた場所では人間の隊列が機能していたが、森での戦いは完全にこちらのモノだ。
「うむ、道を開けたのは一種賭けであったが上手くいったようだ。逃げる敵は目標があるようだな、ワイルドエルフの里だろう」
いつの間にか隣に現れたスケサンが声をかけてきた。
どうやら包囲を解いたのはスケサン率いるスケルトン隊だったようだ。
「スケサンが包囲を解いたのか、凄い判断だな。俺が思いついても味方が崩れるのを怖がってできたかどうか……」
「いや、限界は限界だったのだ。隊の消耗も激しくてな。いずれ崩されるなら少しでも流れを作れるようにしたまでだ」
スケルトン隊は今回の戦いは休みなしで戦い続けている。
数もずいぶん減らされたようだ。
「そうか、すまなかったな。スケルトンたちの献身に報いることができるだろうか」
「無用だ。私は里のために戦うのが喜び、スケルトンたちは分からんがな――まあ、褒美などはいらんだろうさ」
戦場には似つかわしくないのんびりとした口調で俺たちは語り、歩く。
すでに戦いは次の戦場、ワイルドエルフの里へと移ったのだ。
■■■■
それ兵の形は水にかたどる
これは孫子の一説である。
兵に決まった形はなく、水が高いところから低いところに流れるように、敵の強いところを避けて隙間を狙うように様々に変化をしながら戦うべし(意訳)。
もちろんベルクは孫子を知らないが、長きに渡る鬼人の闘争の歴史から『戦の流れ』を学んだと思われる。
包囲をわざと解いたスケサンの大胆な選択は、一歩間違えれば敵の勢いを見た味方が『包囲が破れた』『負けた』と判断して真逆の結果に招いたかもしれない賭けではあった。
一糸乱れぬスケルトン隊ならではの離れわざだ。
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