82話 偵察

 ある日、湿地帯を守る哨戒部隊からの報告が、ごちゃ混ぜ里に衝撃をもたらした。


 見たこともない大きな舟が10隻以上も現れたらしい。

 そしてそのまま湿地帯を通りすぎて南下したそうだ。


「むう、今までにない規模の大舟が群れをなして通過か……本腰を入れて橋頭堡を築くつもりかもしれぬな」


 哨戒部隊からの報告を聞き、スケサンが「むう、むう」と何度もうなっている。

 確かに湿地帯を迂回して大軍が上陸できる基地を造られたら詰みだ。


 人間の恐ろしさは数と、環境を『人間好み』に作り替えてしまう適応力である。

 大群が上陸すれば瞬く間に森は拓かれ、いくつも人間の都市が建造されるだろう。


(そうなったら、もう手遅れだな。ここで食い止める必要がある)


 対策としては上陸点に本格的な拠点ができる前に叩くしかない。

 メナンドローポリのように守りを固められては

 やすやすと攻略はできなくなるだろう。


「よし、偵察に向かおう。放置しといても状況がよくなることはないだろ?」

「うむ、哨戒部隊に海からも偵察をさせよう。古いオオカミ人の里やヘビ人の里にも報せを走らせる必要もあるぞ」


 スケサンの指示でイヌ人が伝令として呼ばれた。

 イヌ人は責任感が強く、足も速いので伝令に向いているそうだ。


「とにかく人間の大軍が襲来したことを伝えよ、続報は追って知らせる。いざとなればこちらに避難するように、とな。これは極めて重要な伝令だ、抜かるでないぞ」

「承知しました。人間の大軍が襲来、続報は追って知らせる。いざとなれば、ごちゃ混ぜ里に避難するように伝えます」


 イヌ人はしっかりと復唱し、すぐに走っていく。

 あれだけ頼りなかったイヌ人たちも、いつの間にか里になくてはならない種族となった。

 幼子がいつまでも這っていないように、人とは成長するものなのである。


「あとはケハヤとコナンは住民たちに警戒を促せ。ホネイチは全スケルトン隊を重武装で待機させ、バーンとフィルが戻り次第に守備隊を編成するのだ。周囲の警戒も密にせよ、これは交代で行うように」


 スケサンが次々と指示を出し、皆が散っていく。

 こうした時に迷いを見せないスケサンは頼りになる。


「トラ人たちは我々と偵察だ。戦闘が予想される、支度を怠るなよ」


 そう言い残し、スケサンも「私も兜を変えよう」とスケルトン隊の倉庫に向かっていった。

 確かに金色に輝くオリハルコンの兜では偵察に不向きだろう。


(俺も支度するか。革の兜はスケルトン隊のを借りるとして――)


 家に戻り、支度をしているとアシュリンも手伝ってくれたが……案の定というか、荷物が無駄に多い。


「これはお腹がいたくなった時の薬だぞ。こっちは咳がでた時に飲む薬だ。べ、ベルクは薬が嫌いだけどちゃんと飲まなきゃ駄目だぞ」

「ああ、分かったよ。薬は血止めを多めに用意してくれ」


 最低限の食料や水筒は持って行くつもりだが、戦闘に支障があるような荷物は困る。

 さすがに下痢止めなどはスケルトン隊の倉庫にコッソリ置いていくことになるだろう。


(まあ、せっかく手伝ってくれたアシュリンに文句をいうことはないからな)


 家内安全が一番だ。

 些細なことで夫婦喧嘩をする必要はない。


「シーラは?」

「こ、子供たちで遊んでるぞ」


 里の子供たちはまとめて女房らが面倒を見ている。

 これは女房たちが考えた仕組みで、洗濯、炊事、子守などは女社会全体の当番で行うそうだ。


 奴隷がない社会で女房衆の負担が大きいのかと思いきや、割り当てられた仕事をすればいいし当番外もあるので家事の負担は軽いらしい。


「つ、連れてこようか?」

「いや、遊んでるならいいさ。行ってくるよ」


 アシュリンに「き、気をつけてな」と見送られ、スケルトン隊の倉庫に向かう。

 硬革の兜と腹巻き(鎧はサイズが合わなかった)を身につけ、荷物をそっと隠しておく。

 剣だけは自前だ。


「ふむ、軽装だな」

「ああ、サイズが合わないんだよ。腹巻きは紐の長いのを選んだんだ」


 スケサンが指摘したように、いまの俺が身に着けているオリハルコンは剣だけである。

 戦支度というよりは狩りに行く格好に近い。


「よし、トラ人も来たな。とりあえず南に向かうが、海岸沿いを進むか?」

「うむ、闇雲に森のなかを探索するよりも上陸地点から探るのが早かろうな」


 そうと決まれば話は早い。

 俺たちはすぐさま行動を開始した。




☆★☆☆




 オオカミ人の里を越え、2日ほど海岸沿いに南下をすると、見たこともないようなサイズの舟が北上するのを発見した。

 数は15隻、かなりの速度が出ているようだ。


「なんだ? あの船団は引き上げているのか?」

「ふむ、なんともいえぬが……オヌシならば、あれほどの戦舟を動員して手ぶらで引き上げるかね?」


 俺はスケサンの言葉に「それはない」と首をふる。


 軍は興すだけで、かなりの物資を消費するものだ。

 ましてやあの船団をここまで進めるには途方もない金がかかる。

 そこまでして起こした軍事行動が、森を眺めて帰るだけのはずがないのだ。


「あいつらが何をしてたかは分からんが、もう少し南下を続けよう」

「うむ、同感だ。あれだけの船団が行動したのだ。何も痕跡を残さぬはずはない。海岸沿いを探すのは間違いではないだろう」


 幸いなことに俺やスケサン、トラ人の兄妹も夜目が利く。

 日が暮れてからも行動し、翌日には入り江になった地形と人間の拠点を発見した。


「基地を造るために人だけを舟から下ろしたのか……わりと多いぞ」

「うむ、数は多いがまともな装備をしている者はごくわずかだな。建物やテントの数より人数も少ない。本隊は作戦行動中で間違いあるまい」


 人間の大舟は2隻ほど入り江に停泊している。

 これは緊急時の脱出用か、はたまた舟戦に備えてだろうか。

 スケサンがいうように人数は多く数百人はいそうだが、武装している者はあまりいない。


 建物はまだ掘っ立て小屋かテントかといった状態だ。

 山積みの物資は食料だろうか。


 俺たちは少し離れた所で観察を続け「火をつけるか?」「いや、やめておけ」などと相談をし、拠点への襲撃は控えることにした。

 下手に突ついて守りを固められては困るからだ。


「襲撃は控えるとして、敵の主力を一目見ておきたいとこだな」

「うむ、大勢が歩いた跡はすぐに見つかるだろう。追うぞ」


 スケサンの言葉通り、人間の軍はすぐに見つかった。

 少し歩いた先で戦闘音が聞こえたのだ。


「スケサン、聞こえたか?」

「ああ、小規模だが争いがあるようだ。少し離れて確認してみるか」


 見つからないように気配を隠し、木々に紛れるように接近を試みた。

 スケサンはいわずもがな、トラ人たちも気配を絶つ術に優れている。


「あれは冒険者か? ワイルドエルフに襲撃されてるな」

「よく分からぬが人間は軽装だ。あちらも斥候かもしれぬな」


 近づきすぎると後続がいたときに巻き込まれてしまう。

 やや離れた位置からはいまいち状況が掴みづらいが、数人のエルフと人間が交戦している。

 エルフが優勢のようだ。


(エルフはアシュリン達の故郷か?)


 さすがにそこは分からないが、人間がエルフのテリトリーに踏み込んだのだろうか。


「……あれを見よ、人間の増援だ。重武装の兵が多数、50はいるぞ。このままではエルフは持ちこたえることはできまい」


 スケサンが示す先には鉄の防具で身を固めた人間の兵隊が見えた。

 森の中だというのに密集して進むため非常に歩みは遅いが、盾を並べて進む様子には圧力がある。


「あれに追いつかれたら駄目だな。エルフの矢では鉄の防具に分が悪い」

「うむ、退散できればよいが、下手に背を向ければ軽装の斥候に追撃されるだろう。エルフたちは難しくなった」


 スケサンが冷静に戦況を分析し、エルフの負けと断じた。

 俺も同感だ。


「よし、助けるか」

「む、それは構わんが、介入は難しいぞ。共闘関係にないエルフとの合流は不可能だ。そして、我々だけでは人間の部隊を相手にできぬ。さらなる増援の可能性も高い」


 スケサンは難色を示すが、俺だって考えなしに突っ込みたいわけではない。


「いや、まともにやりあうのはムリだ。あの後続にちょっかいを出して、そのまま逃げる」


 後続に騒ぎがあれば先行している斥候も平静ではいられないだろう。

 エルフにその気があれば離脱はできるはずだ。


 それを伝えるとスケサンはニヤリと笑い「悪くない」と喜んだ。

 わりと好戦的な骨なのである。


「いいか、ムキになって戦うなよ、盾を蹴飛ばすくらいでいい。相手はノロマだ、そのまま逃げれば追いつかれることはないさ。はぐれたら里に戻るようにしよう」

「うむ、悪くない……いや、名案だ。人間どもは我々とエルフが連携したと考えるだろう。戦力を誤認させることは無駄にはならぬ」


 話はまとまった。

 トラ人たちも毛を逆立て、歯をむき出しにして獰猛な笑みを見せている。


「よし、行くか」


 ムダ口は必要ない。

 俺たちは森に紛れるように無言で人間たちに近づいた。

 不意打ちの機会に声をあげるバカはここにはいない。


(よし、やるぞ!)


 手振りで合図をし、俺たちは息を合わせて人間の軍を襲撃した。


 俺が「ばあっ!」と子供を驚かすように飛び出して盾を叩くと、人間は悲鳴を上げて倒れこんだ。

 それを踏んづけ、勢いのまま隣の兵も剣で殴りつける。

 トドメは必要ない。

 ケガの1つもさせれば上出来だ。


 続けてすぐ側で騒ぎが起きる。

 俺に注目が集まったところにスケサンが斬り込んだのだ。


 時間差でさらに不意を衝いたスケサンは人間の足ばかりを狙い、数人を突き倒した。

 足を傷つければ歩けなくなり、それを助けるために人手が必要になる……エグい。


 そしてトラ人たちも負けてはいない。

 兄は短槍を、妹は両手の斧を振り回し、ひたすらに暴れている。


 盾を構える隊列は横撃にはもろい。

 俺たちの不意打ちに人間たちは大騒ぎをし、密集隊形で剣を振り回して味方を傷つける者すらいるようだ。


「よし! 引き上げろ!」


 この騒ぎに乗じ、さらに数人を殴り倒してから俺は離脱した。

 見ればスケサンもトラ人たちも無事脱出に成功したようだ。


「上出来だ! やったな!」


 俺が声をかけると、皆が嬉しそうに声を上げて笑った。

 まるでイタズラに成功した子供のようだ。


 エルフたちが離脱したかは分からない。

 さすがにそこまで確認はできないが、俺たちは意気揚々と里まで引き上げた。




■■■■



トラ人


ワータイガーとも呼ばれる。

ネコ人に近い種族だが、体が大きく、非常に好戦的。

先天的にしなやかで素早い身のこなしを持つが、こらえ性がなく畑仕事などには向かない。

また、オオカミ人などに比べて協調性に乏しい。

個体数は多くなく、ごちゃ混ぜ里には兄妹の2人しかいないようだ。

そろそろ名前をつけてやりたいが、イマイチ機会がない。

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