73話 怒りの反撃

 季節は初夏。

 雨季に入る前はとても爽やかな季節だ。


 春にアシュリンが女の子を産んだ。

 黒い髪色だけ俺と似たようだが、アシュリンによく似たプクプクでまん丸の顔にエルフ耳の元気な子だ。


 名前はシーラ。

 アシュリンは男の子が産まれると思いこんでいたのだが、女の子が産まれたために急遽名づけられたが可愛い名前だと思う。

 エルフの伝統的な名前で、アシュリンの母の名前でもあるらしい。


「わ、私の母さんは熱が出て死んじゃったんだ」

「そうか、俺の母親も病だった。次は俺の母の名をつけるか? シャリーファという」


 俺はシーラをあやしながら、寝床で横になるアシュリンと会話をする。


 思えばあまり昔話などはしてこなかった。

 夫婦になって何年も経つのに互いのことは知らないものだ。


「あはっ、べ、ベルクが抱っこすると大人しいな」

「そうかな? よく分からんが」


 アシュリンはシーラを産んでより二月ふたつきにもなるのに床払いができていない。

 寝たきりではないが、体調が悪いのだ。


 産後の肥立ちが悪く、ずいぶん痩せた。

 衰弱死するような弱りかたではないが、出産で体を壊す女は多いので心配だ……出産とは戦と同じ、命懸けの働きなのだ。


「シーラはアシュリンに似て美しくなるだろうな。夜泣きもしないし、気性も穏やかだ」

「へへ、でもそこら辺の男じゃダメだぞ。べ、ベルクみたいな強くて優しい婿じゃなきゃ認めてやらないんだ」


 アシュリンはずいぶんと気の早いことをいう。

 この子が婿をもらうなど、どれほど急いでも50年はかかりそうなものだが(混血だから成長はよく分からない)。


 しばらく、穏やかな時間を過ごしていたが不意に金属音が鳴り響く――乱打、敵襲だ。


「ちょっと行ってくる。シーラを頼むぞ」

「ああ、気をつけてな。け、怪我したらダメだぞ」


 金属音の中でもシーラは安らかに眠っている。

 アシュリンに手渡すと、シーラはムニャムニャと口を動かしたが起きる様子はない。


「強い子だな」


 俺はそっとシーラを撫で、鎧櫃よろいびつを担ぎ上げた。

 戦支度は全てこの中にある。

 身につけるのは皆が集まる広場で話を聞きながらでもいい。

 とにかく迅速に集まることが大切だ。


 家を出るともう日暮れに近い。

 広場にはすでに数人が集まっており、あまり見かけないイヌ人が息も絶え絶えに倒れこんでいた。

 どうやら彼が知らせをもたらしたようだが、今は少し休ませねば満足に話すこともできそうにない。


「おっ、バーン早いな。ちょっと鎧を着るから手伝ってくれ」

「いいっすよ。今回はあそこにいるイヌ人、アイツがオオカミ人の里への攻撃を知らせてきたんす。人間の襲撃っす」


 俺は見かけたバーンを捕まえ、鎧の着用を手伝わせた。

 丈夫な衣服に金属や硬革を張り合わせたような鎧は着用が面倒なので、互いに手伝うのが早いのだ。


 ちなみにバーンは鎧を着込んでいないが、革の篭手とすね当てで身を固め、長弓と鎌剣を装着している。


「そうか、人間か」


 はやる気持ちを抑えつけ、鎧を身にまとい剣を佩く。

 盾はない。


 ほどなくし、おっとり刀で戦える男衆が集まってきた。

 非常事態を知らせる乱打は防衛戦の合図だ。

 集まるものは目に闘志をみなぎらせ、口元は戦いへの決意で引き締めている。


「ベルク、そろそろだ。アヤツの話を聞こう」


 身支度を整えるとスケサンに肩を叩かれた。

 見ればイヌ人の呼吸も少し落ち着いたようだ。


「よし! 集まった者は静かにしろ! いまから説明があるぞ!」


 俺の一言でイヌ人に注目が集まる。

 彼は少し居心地悪そうにしながらも人間の襲撃を皆にハッキリと告げた。

 だが、姿を現した時点でガイが報せに走らせたらしく、詳細は分からない。


「ガイほどの者が急いでこちらに寄越したのだ。これは容易ならざる事態だぞ」


 スケサンのいうとおり、事態は深刻だ。

 オオカミ人の里までは拓いた道を使い半日で往復。

 伝令のイヌ人が走りづめに走って来たとしても戦闘に間に合うかは微妙だ。


「とにかく急行する必要がある! 日が暮れるが夜目の利くものは俺についてこい! 残りは里を守れ!」


 雑な指示だが、救援は速さが何より大切だ。


「うむ、留守の指揮はバーンとケハヤがいいだろう」

「よし! 向かうものはついてこい!!」


 スケサンに指名されたバーンとケハヤはイヌ人やクマ人たちをまとめて完成したばかりの居住区の防壁を守る。

 俺たちが敗れれば人間が来る可能性は高い。

 守りを固めることは必要だ。


 俺に従うのはスケサン以下のスケルトン隊と、トラ人の兄妹。

 それにネコ人やドワーフのベアードなども続く。


「急げ! 急げ! 足を緩めるなよ」


 脱落者がでない程度に駆け足で獣道を進む。

 この調子なら半分の時間で到着するだろう。


 途中、オオカミ人の里人がコヨーテ人に守られ避難してくるのに遭遇した。

 どうやら守りきれずと見たガイは非戦闘員を逃がしたようだ。


 コヨーテ人によると敵は完全武装の人間が20人ほど、後続の有無は分からない。

 全員が金属で全身を包み、大きな盾を揃えていたそうだ。


「ガイ様とイヌ人たちが殿しんがりとして残りました。我らを逃がすためです」


 コヨーテ人たちは悔しげに涙をはらはらとこぼした。

 彼らは知恵は回るが小柄で力は弱い。

 先に避難したことを、ガイに逃がされたことを恥じているようだ。


「さすがはガイだな。知恵の利くコヨーテ人なら里人を守れると踏んだか。最後まで油断するなよ」


 俺が慰めると、コヨーテ人たちは複雑な表情で頷き、里人らと共にごちゃ混ぜ里に向かった。

 頭のよいコヨーテ人たちはイヌ人のように単純ではないのだ。


「しかし……こりゃ不味いぞ」

「うむ、急がねばなるまい」


 俺とスケサンは頷き合い、再び走り出した。




☆★☆☆




 日もすっかりと沈み、森が闇に包まれたころ。

 オオカミ人の里の近くで逃げてきた8人のイヌ人の男衆と出くわした。


 どうやら戦は終わり、ガイたち4人のオオカミ人はイヌ人たちを逃がすために残ったようだ。


(遅かったか……だが、このままではすまさんぞ)


 込み上げてくるのは、いままで築き上げてきたものを台無しにされる怒りだ。

 俺が音を立てて歯軋りをすると、イヌ人たちは萎縮し耳と尾を伏せてうなだれた。


「尾を丸めるのはまだ早い! 我らと人間どもに目にものを見せてやるのだ! 武器を持て! 復讐せよ!! 仇を討て!!」


 スケサンがイヌ人を励まし、闘志を焚きつける。

 そう、戦いに敗れ斃れた友に報いるには敵の血しかない――復讐だ。


 イヌ人たちは武器を取り、雄叫びを上げる。

 戦いの声だ。


「ベルクよ、敵も見張りくらい立てているだろうがこのまま行くぞ。敵は連戦だ、休ませる必要はない」

「ああ、この勢いのままぶつかってやるさ」


 イヌ人の闘志が伝染し、皆の気力の充実を感じる。

 まあ、スケルトンはよく分からないが……ホネイチなどの古株は心なしか気合いが入ったような気がする。


 そのままの勢いでオオカミ人の里に接近すると、獣道を見張っていた人間に遭遇した。

 人間の見張りは2人。

 あわてて角笛ホルンを吹き、仲間に敵襲を知らせたようだ。


「構わん! このまま突っ込むぞっ!!」


 俺が指示をすると足の速いトラ人たちが牙をむき出して人間どもに襲い掛かる。

 人間は盾を構える間もなく、トラ人に押し倒されて取っ組み合いをはじめた。


「進めっ!! このまま攻めろ!!」


 そのまま森を抜け、オオカミ人の里に臨むと信じられないモノが目に飛び込んできた。

 門の辺りに吊るされ、首を落とされ、皮を剥がれた死体が見えたのだ……オオカミ人たちだ。


(これが人間どものやり方か……!)


 視界が歪むほどの強い怒りを感じた。

 ガイは立派な男だ。

 ともに里を育ててきた同士でもある。


 その遺骸を獣のように辱しめるとは許せなかった。


「ゥウオオオォォォゥ!!」


 戦いの雄叫びを上げると、こちらに気づいた人間どもがバラバラと迎撃に現れるのが確認できた。

 俺の前にも2人1組の人間が向かってくる――鎖帷子と鉄兜、盾と得物、情報通りだ。


「金の兜だ!!」

「あれが親玉か!?」


 敵の言葉がハッキリと聞こえる。


 この時、俺は強い怒りに衝き動かされながらも景色が澄みわたるような、不思議な感覚にとらわれた。

 敵の動きが見えるのだ。


 前に出た男が斧を振り上げて前に出た。

 フェイントかと疑うような見え見えの動きに一瞬戸惑ってしまう。


 男の動きに合わせて剣を出す――それだけで斧を握る男の拳は吸い込まれるように剣に切り裂かれた。

 指を何本か失った男は悲鳴を上げながらその場にうずくまる。


「キサマ! よくも!!」


 片割れの男が恨みを口にしながら剣を突き出してきた。

 だが、鋭さがない。


 俺は余裕のある動きで剣を避け、男の盾に肩から体当たりを食らわせた。

 バランスを失った男はそのままたたらを踏み、無様に尻餅をつく。


 戦場で座り込んだのだ。

 こうなればこの2人はおしまいである。

 俺が指示をするまでもなく復讐に燃えるイヌ人たちに集られ、血祭りに上げられた。


「かかれ! かかれ! 敵はもろいぞ!!」


 味方に檄を飛ばしながら俺はオオカミ人の里に突入した。

 そこかしこで雄叫びと悲鳴の声が上がり、ガチャガチャと金属音が鳴り響く。


 どうやら人間は2人、3人で組になり戦う戦術には長けているが、それだけだ。

 目の前にいるヤツの大振りな攻撃をわし、がら空きの顔面を殴りつけると、カウンターで入った俺の拳は敵の顔面を砕いた……弱い。


「ヒッピアスがやられた!」

「くそっ、こんなバケモノがいるなんて聞いてないぞ!?」


 続けて数人を倒した時点で敵の頭らしい男が兵をまとめて逃げ出すのが見えた。

 見れば川の方に舟があるらしい。


「里長、あいつら逃げてくぜ!」


 ドワーフのベアードが悲鳴に似た上ずり声を上げた。

 さすがの彼も人間のしうちに怒っているのだ。


「心配するな、アレを見ろ」


 俺が示す先には人間どもの絶望があった。

 いつの間に回り込んでいたのか、スケサンが数人を率いて待ち構えているのだ。

 恐らくは流れを読んでの動きだが、凄まじい戦術眼の冴えである。


「俺は勇者メナンドロス! 俺を殺す者の名を聞こう!!」

「スケサブロウ・ホネカワだ」


 両者は名乗りあい、文字通り激突した。

 互いの体が交差し、すれ違いざまにメナンドロスの首から血煙が噴きあがる。


「見事だ」


 スケサンが軽く剣礼を送るとメナンドロスの体がどうと倒れこむ。


 これで戦の先は見えた。

 スケルトン隊に舟を占拠され、戦意を失った人間たちはそれでも最後まで抵抗していたが、全滅したようだ。

 恐らくは降参しても許されなかったのだろう。


 イヌ人たちがガイたちの遺体にすがりつき大声で泣いている。

 勝鬨の声は上がらず、まるで森全体がガイたちの死を悼んでいるようだ。


(ガイよ、お前たちの戦いは無駄じゃなかった。里人は全員が生き残ったぞ。お前の勝ちさ)


 俺も胸のなかで戦士たちに語りかける。

 あまり、喜びのない戦場だった。




■■■■



シーラ


ベルクとアシュリンの娘。

まん丸な顔をしたエルフ耳の赤ん坊。

あまり夜泣きやかんしゃくもなく、健やかに成長しているようだ。

長命種も幼少期の成長は早めで、少年くらいまではわりとすくすく成長する。

余談だが、ごちゃ混ぜ里ではプライバシーの概念がなく、人手があるため子育て事情はわりと楽。

そのへんのお節介な年寄りが「お母さんも少し休みなさい」と世話をしてくれるのだ。

おかげで乳児を抱えたアシュリンも寝不足には悩んでいない。

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