61話 総主教の憂鬱
しばらく後の話ではあるが、探検家コスタスは報告書を聖天教会に提出した。
元々彼はカルキス地方の都市国家、東カルキス正教国の史官である。
北方に
これがなにかの予兆であると神託が下り、真偽を調査するために聖天教会は特命にて南方へ探検隊の派遣を決定した。
探検隊は史官や学者を隊長とし、腕利きの冒険者数名にて編成され、それが3隊。
それぞれが別のルートにて南方へと向かう。
その中の1隊、海路を進んだコスタスが成果を持ち帰った。
カルキス地方よりはるか南方。
そこには人もまばらな荒野があり、さらに先には太古の昔より大森林が広がる。
前人未踏の地ではないが、古の見聞録中にある記録としては『森に踏み入り悪しきダークエルフに襲撃を受けた』とあるだけだ。
人間にとっては未知の地域である。
コスタスは海路にて東方の岬を大きく回り込み、森への河口を発見したのは奇跡に近い壮挙だ。
報告書にはコスタス隊が現地での補給を続け、いかにギリギリの探索をしたが記されている。
その報告書は実に興味深く、総主教フィロポイメン2世は何度も読み返していた。
(これが本当の話であれば大発見だ――いや、本当なのだろう)
これが創作であるならば、コスタスはたぐいまれな戯曲家になれたはずだ。
あの男にそのような才覚は感じられない。
フィロポイメンは気を取り直して先を読み進める。
興味深いところは河口より遡上し、ほどなく魔族の小王国を発見、接触を果たしたところからだ。
正直、艱難辛苦の船旅はどうでもよい。
☆★☆☆
――この地に住むのはワーウルフやコボルドとその亜種。
彼らは狩猟と農耕を効率的に行う。
石器や毛皮と共に、銅製品や高度な技術でつくられた衣類を身につけ、まれに黄金色に輝く金属を用いていた(特記・オリハルコン後述)。
彼らは突如として現れた探検隊に驚き、宗主国に対応を確認したようだ。
どうやらワーウルフたちは宗主国の庇護の下でこの地を任されているらしい。
宗主国からの指示が来るまで探検隊は『客人』として扱われることとなる。
文明度は
言語はおおむね伝わる。
日が暮れる頃に、宗主国からの使者が訪れ面会を果たす。
使者は正副2名、ダークエルフの兄弟であった。
兄を施物長コナン、弟を狩猟長バーンといい、その出で立ちから兄は文官、弟は武官だと見てとれる。
彼らは屈強なワータイガーの護衛を従え『
旅の疲れを癒すようにと混沌の王から下賜されたハチミツ酒を振る舞われる。
一行は兄弟より歓待をうけ、ワーウルフの里にて夜を明かした。
この兄弟は混沌の王の権臣で、人選から推察すると探索隊は好意的に受け入れられたといえるだろう。
翌朝、探検隊は
混沌の王が住まう都だ。
ここで我々は驚くべきことにスケルトンの軍隊に出迎を受けた。
スケルトンの指揮官は明確な自由意思をもち、黄金の鎧を身にまとう。
彼はスケサン・ホネカバと名乗った(特記・ホネカバは太古の昔、この地を支配した
スケルトンはホネカバの指揮で道の端に整列し、一斉に我らに武器を掲げもつ。
彼らスケルトンの軍勢は高度な武装と錬度をもち、一目で精鋭だと理解できた。
都の規模は小都市国家ほど、多種多様な魔族が住まう驚異の地である。
ホネカバに先導され、王城へ案内を受けた。
城壁は驚くべきことに1枚の砂岩である。
銅で固められた城門と、おどろおどろしいイバラで埋めつくされた堀をもち、防備は極めてかたい。
櫓では我々の来訪を告げるために金属を打ち鳴らしていた。
城館は極めて堅牢な造りで、明らかに戦闘を意識した構造を備えているようだ。
王城の広間では混沌の王ベルクと、その王妃アシュリーが臣下と共に我々を迎え入れてくれた。
驚くべきことに装飾は全て黄金である。
これを彼らは『
真実の黄金は極めて高い強度を誇る(特記・精製には『賢者の石』を用いるそうだが、それが何を意味するのかは不明)。
アシュリー王妃はダークエルフであり、極めて優れた美貌の持ち主である。
しかし、ベルク王の種族は分からない。
強いていえば人間に近い特徴を持つが、見たこともないような雄大な体格の持ち主だ。
王は推察するに、文献で散見される『魔人』である(特記・私こと探検家コスタスは、かの者の出現こそが神託の『予兆』であると確信するものである)。
ベルク王は鷹揚に我々を迎え入れ、親族であり給仕長であるモリー嬢に我々を案内させた。
ただし、我々は都から出ないようにと厳しくいいわたされ、スケルトンの兵士に監視されることとなる。
このモリーと名乗る魔族は混沌の王と親族であるそうだが、容姿は全く似つかない。
優しげな女性の姿におぞましい角、足は獣のように蹄となり、瞳の形が異常である。
だが、我々に対する態度は礼節や敬意があり、物腰も穏やかであった。
魔族の都はまさに『混沌の都』である。
ダークエルフ、ダークドワーフ、ラミア、リザードマン、コボルド、ワータイガー、スケルトン、他にも得体の知れぬ魔族……様々な種族が集い、大変に賑わっていた。
食料は豊富であり、国民に飢えた様子はない。
暑い気候にも関わらず皆が衣服を身につけ、礼節をもって生活をしている。
道は清潔であり、住居は瓦葺きだ。
治安は極めてよく、皆が王を敬い互いに争う心はない。
穀物を育てる他、見たこともない農作物を育てているようだ。
狩猟の他、家畜も飼育している。
漁業も行われているらしく、投網を持つコボルドが川に向かう姿を見かけた。
多種多様な衣類が生産され、植物の繊維や獣毛を染料で着色し、複雑な模様を編みあげている。
繊維の衣服は特に丈夫で、硬革と合わせて鎧を組みあげるようだ。
少し離れた場所に製銅、製炭、製陶などを行う工場があり、優れたダークドワーフの職人が技を振るっていたが、残念ながら『真実の黄金』や『賢者の石』に触れることはできなかった。
恐らくは禁じられた『都の外』で作られているのだろう。
モリー嬢は惜しげもなく我々に都の全てを見せた。
中には『神殿』もあったが、そこに祀られているのは巨大な獣の頭蓋骨に蛇が絡みつく異様な悪魔である。
史官として、古今の資料を知る身でもここまで邪悪な神は記憶にない。
これが恐らくは彼らが崇める『精霊王』まさに魔族の神である。
この都は大地震を機に混沌の王が築いたものであり、いまでも続々と魔族が集結しつつあるそうだ。
わずか数年で無から都を築いたことはある種の奇跡を起こしたといえるだろう。
どの臣民に訊ねても口を揃えて『この地は安全だ』と口にし『この地に受け入れてもらえて幸せだ』と王に感謝する。
混沌の王ベルクの威徳は周辺の小王国にも至り、いくつもの従属国を抱えているそうだ。
大森林では鳥獣はおろか、草木に至るまでベルク王に敬服しているのだとモリーは胸を張った。
決してそれは誇張ではない。
夜はベルク王が宴を主催し、我々も主賓として招かれた。
驚くべきことにベルク王の居城の広間では4基のかまどがしつらえてあり、臣下が入れ替わりで酒食を楽しんでいる。
宴に始まりも終わりもなく、各自が思い思いに振る舞うことが許されているようだ。
食器や料理に一貫性はなく、臣下の子どもが真実の黄金でできた器を用いても咎められることはない。
また、王が土器の酒杯を用いることもある。
酒は果実酒、穀物酒、ハチミツ酒など、さまざまなものが用意され、誰もが好きなものを好きな器で飲むことが許されているようだ。
王は鷹揚であり、臣下のワータイガーと冒険者が酔いに委せてケンカをはじめたときも罰を与えることはなかった。
また、王は争いを好み、尚武の気質のようだ。
将軍であるホネカバがケンカの仲裁に入り、他の冒険者と争いになったときも「よき余興」として許しを与えた。
そして探検隊は城館での就寝を許可され、翌日もベルク王から直々に滞在の誘いを受けつつも断り帰路につく。
航海に必要な物資を下賜され、ホネカバ将軍の率いるスケルトン軍の見送りをーー
☆★☆☆
フィロポイメンは報告書を閉じた。
帰路でリザードマンの襲撃を受けただの、航路で嵐に遭っただのはどうでもよい。
「真実の黄金に混沌の王か……」
先代総主教主導で行われた
人的、経済的に多大な犠牲を払いつつも勝利を得た人間の世界は疲弊しきっている。
そこに、わずか数年で混沌の王の出現。
あらたな魔王の顕現である。
だが、この報告書によれば、混沌の王は鬼人王とは違い理知的な人物のようだ。
そこにつけ入れば、敎化も可能かもしれない。
フィロポイメンは神に世界の平穏を願い、祈りを捧げた。
その世界とは神の生み出した人間のためのものである。
■■■■
聖天敎
人間の世界で主流の一神教。
強力な排他性があり、その『教徒(人間)至上主義』が求心力となっている。
数だけが多かった人間を1つにまとめ、その勢力を短期間で急激に拡げた。
ちなみに蛮族とは人間の異教徒のことであり、魔族とは人間以外の異教徒を指す。
アーバンエルフやドワーフの信徒は『教えの下で平等』だが、差別を受けることも多いらしい。
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