47話 乳を揉んでいた

 なにか柔らかいものが体に当たっている。


(はて、アシュリンの尻にしては柔らかいな……?)


 寝ぼけながらなでていると「やめてください」と蚊の鳴くような声で拒絶された。


(おや? アシュリンの声じゃないな?)


 身を起こすと、自分が干し草に包まれていたことに驚いた。

 そう、昨日の地震で家屋が壊れたために皆で固まって干し草に寝たのだ。


(アシュリンじゃない……? じゃあ、誰なんだ?)


 先ほどの場所に視線を戻すと、モリーがいた。

 位置関係からすると、俺は彼女の乳を揉んでいたらしい。


「すまん、モリー。寝ぼけてたみたいだ」

「いえ、その、びっくりしちゃって……」


 それにしてもモリーの乳はなかなか立派だ。

 スケサンに連れられてきたときは子供だったのに、いまじゃすっかりと娘である。


「モリーも、もう大人なんだな。大きくていい乳だ」

「ありがとうございます? でも、そろそろやめて欲しいなって」


 モリーは恥ずかしそうにしているが、体の発育がいいのは誇るべきだろう。

 誰かいい婿を見つけて丈夫な子を産んで欲しいものだ。


「んー、ベルク早いな。お、おはよう」

「ああ、おはよう」


 アシュリンが「なにしてるんだ?」って聞いてきたから素直に「モリーの乳を揉んでた」っていったら大騒ぎになった。


「な、なんでモリーとエッチなことするんだっ!」

「いや、やましいことしてないから素直に答えたんだろ」


 アシュリンがギャアギャア騒いで皆の目が覚めたらしい。


「いやいや、モリーが『おひとつどうぞ、お揉みください』って差し出したからさ――」

「違いますよっ! ベルクさんが寝ぼけて――」


 わちゃわちゃと賑やかにしたお陰で皆が笑う。

 昨日の地震で大きな被害があったが、皆の心は折れていない。


「うむ、朝から賑やかでなによりだ。早速の復興といきたいが、揺れはまだ続くぞ。しばらくは仮設の屋根で過ごすことになるだろう」

「なあに、元々なにも持たない裸一貫さ。それに比べれば皆がいて、畑もあり、鍛治場も無事だ。大したことないさ」


 俺の答えにスケサンは「見事だ」と頷いてくれた。


 正直にいえば空元気だ。

 だけど、落ち込んでいても里は元通りにはならない。

 いまは体を動かすときだ。


「よし、コナンは仮設の屋根を、ウシカたちは畑を見てくれ。バーンは周囲の確認を、モリーたちはパコの世話と使えそうなものを集めるんだ。あとは手の空いた者は他を助けてくれ」


 こんな時はじっとしているとよくない。

 俺は適当に仕事を割りふり、川の水を汲みに行くことにした。


「まて、ベルク。大規模な揺れでどのような事故が起こるか予想ができぬ。最低でも2人以上で動くべきだ」

「なるほど、なら――」


 俺が誰と一緒に行こうかと思案すると、アシュリンが「モリーはダメだぞ」と目を三角にしている。

 からかいすぎたかもしれないが……実際に俺とモリーじゃ体格が違いすぎて生殖などできないことに気づいて欲しい。


「アシュリンはバーンと見回りに行って欲しい。一緒に行くのはホネイチだな」


 ぶーたれているアシュリンは無視をし、皆が仕事に散っていく。

 少し気の毒だが、皆が冷静なのはよいことだ。


 慣れた道を進み、川へと向かうと川が濁っていた。

 地震の影響か、水量がかなり少ない。

 陸に取り残された魚が大量に死んでいた。


「よし、ホネイチは水を汲んでくれ。俺はまだ跳ねている魚を捕まえよう」


 俺がナマズを捕まえようと近づいた瞬間、凄まじい地鳴りが聞こえた。


(なんだ? 地震……?)


 地面も揺れるが、揺れが昨日までと違う。


「やばいぞっ! ホネイチ! 甕を捨てて高いとこまで走れっ!!」


 俺たちが走ると、すぐに壁のような高さのある鉄砲水が来た。

 間一髪、あんなもんに巻き込まれたらスケルトンの仲間入りもできないくらいメチャクチャにされてしまう。


「危なかったな、甕はなくしたが命は拾った。俺たちはツイてるぞ」


 鍛治場にあった割れてない甕を失ってしまったが、命にはかえられない。


 心なしかホネイチもションボリしている。


「落ち込むなよ、窯は壊れてないんだからすぐ作れるさ」


 その時、また地面が揺れた。

 今度は地震のようだ。


「揺れるなあ、いつまで続くんだろうな」


 俺が愚痴を漏らすと、ホネイチが肩をポンと叩いて口をパカリと開けた。

 なにやら慰めてくれているようだ。


「そうだな、やれることから始めよう」


 眼下の濁流を眺めながら「俺たちはツイてるぞ」と再度口にした。




☆★☆☆




 数日がたち、俺たちの生活も少しは落ち着いてきた。

 まだ地面は揺れるものの、徐々に勢いが弱りつつあるのがわかる。


 俺たちは仮設の屋根の下で日常生活を再開し、川の濁りも治まったようだ。


 森には獣たちの姿が戻り、スケサンの洞穴の近くに湧水がでたなんてこともあった。


 川が治まれば人の行き来も再開される。

 リザードマンたちは川が濁った時点で異変を察知し、避難したことで難を逃れたそうだ。

 鉄砲水で里はメチャクチャな被害を出したが、死者はなし。

 まさしく水辺に生きる知恵である……俺たちも今回の異変は記録に残すべきだろう。


 ガイたちオオカミ人の集落では残念ながら犠牲者が出たようだ。

 地震ではなく鉄砲水に巻き込まれて1人亡くなったらしい。


 移動が川沿いだけの現状は川に異変があると使えなくなる。

 そこでオオカミ人の集落とリザードマンの里と協議し、森の中にも道を拓くことにした。

 獣道でも繋がると川が使えないときに便利だ。


 もちろん、生活が復旧してよりの話になる。

 いつになるかは分からないが、計画が立ち上がったのは大きい。


 こうして、復旧に向けて皆が懸命に働く。

 俺とモリーはアシュリンに監視され、少し窮屈な思いをするが――残念ながら本当になにもないんだよな。




■■■■



体格差


鬼人でも小柄なベルクの身長は2メートル。

ヤギ人の女の子モリーは角を入れないで140センチ。

ヤギ人は小柄なのだ。

ちなみにワイルドエルフの中でも長身のアシュリンは180センチ。

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