32話 ちょっと時間が進んだぞ

 季節は2度ほど巡り、森で迎える3度目の春がきた。

 特別な事件もなく、日々を送れたことはなによりの宝だ。


 森での生活は穏やかなものだが変化に富み、退屈はない。


 ウシカの子らもヤギ人の子供たちも大きくなった。

 短命種は成長が早く、最近はモリーやフローラも出るとこが出てきて結構なことだ。

 あまりジロジロ眺めるとアシュリンに叱られるが、ヤギ人は背が低いわりにグラマーで目に嬉しい。


「べ、ベルクは意外とスケベだな」

「まあな。だから毎日アシュリンとやってるんじゃないか」


 俺が適当にあしらうと、アシュリンは「そ、そんなこと子供に聞かせちゃダメだ!」と強めの抗議をされた。


 狭い集落で、あれだけ声を出してればバレバレだとおもうのだが……まあ、色々あるんだろう。


 長命種のアシュリンに変わりはない。

 毎日狩りに出るし、毎晩ふがふがと鼻を擦りつけてくる。

 肉体も精神も数年では変わらないのが長命種なのだ。


「うむ、たしかにヤギ人と比べてアシュリンは腰回りの肉が薄いな。それでは子供を産むときに苦労するぞ」

「スケサンひどいぞっ! べ、ベルクは痩せた女が好みなんだっ!」


 スケサンとアシュリンが遊んでいるが、これは爺さんが孫娘をからかっているようなモノで他意はない。

 ちなみに俺は乳や尻は張った女が好きだ。


 寿命の話になると雑種の俺はよく分からないし、スケサンに至っては寿命の概念があるのかすら怪しい。

 まあ、その辺は適当でいいだろう。


 長命種も怪我や病気で死ぬことはあるし、明日のことは誰にも分からない。

 考えて分からないことは考えるだけ無駄というものだ。


「おっ、お揃いでよかったっす。いつものお客さんすよ」

「カイカか。ウシカを呼んでこよう」


 遊んでいるとバーンがやってきた。

 どうやら森で出会った客を連れてきたようだ。


 ここに来る客はウシカがいたリザードマン集落の者だけ、紹介は特に必要ない。

 彼らとは一昨年の雨季に食料を求めていたので、物々交換を通して交流が始まっていた。

 カイカとは里の乙名おとなで、リザードマン集落の有力者だ。

 女ウシカの従兄妹いとこにあたるらしい。


 彼らは雨季の食料とフローラが作る漁網を求め、こちらには塩(リザードマン集落で塩はとれないが、行商で持ち込まれるらしい)や黒曜石を貰う。

 交換のレートは適当だ。


「やあ、よく来たな。腹は減ってるか?」

「いや、我らは食を済ませた。本日はイモと黒曜石を交換したい」


 残念なことに塩ではなかったが、リザードマンの里で取れる黒曜石で作ったナイフは切れ味がすごい。


「ウシカ、イモのあまりはあるか?」

「そうだな……今はある。だが、雨季に分けるのであれば少し不安が残る」


 ウシカは無愛想だが、嘘をいわない。

 交渉ではなく、淡々と事実を述べるばかりだ。

 それはカイカも知っているらしく「そうか、それは困った」とため息をついた。


「一昨年の雨季から食料を分けてもらったことが幸いし、子が増えた。だが、このままでは雨季に養いきれなくなる」


 どうやらリザードマンの里では人口が増えて食料が追いつかないらしい。

 増えれば食べる、あたりまえだが難しい問題だ。


「ふむ……カイカの子は3人いたな。末息子はいくつだ?」

「いや、4人だ。娘が嫁いだばかりだな」


 ウシカは「なるほど」と少し考え、俺と向き合った。


「ベルクどの、ここはカイカの子供を我らが里に迎えてはどうだろうか」

「ん? 口減らしか?」


 たしかに口減らしは一時的に問題を解決するが、さすがに乱暴ではなかろうか。

 俺が難色を示すと、ウシカは「そうではない」と首を振った。


「若者にイモを育てる術を伝えたいのだ。めしいた我では故郷に戻り開墾することは叶わぬ。ゆえに若者に伝え、その者がイモを育てれば故郷も救われる」

「そうか、よく気づいたな! それは名案だ!」


 俺は思わず膝を打った。

 こちらも人手が増えれば農地を増やせるし、収穫量は上がる。

 イモの栽培が軌道にのるまでの数年は物々交換でしのぐことは可能だろう。


「しかし、それではそちらの物々交換の品がなくなるではないか。それでよいのか?」

「ああ、もともとウシカの技術なんだ、ウシカがいいなら構わんさ」


 それに、近くに飢えたリザードマンの群れがいるのはよくない。

 これは俺たちの身を守ることにも繋がるはずだ。


「うむ……是非とも頼む。早速、衆議にはかるとしよう」


 カイカは頭を下げ「これはよき話の礼に」と黒曜石を置いて帰った。

 リザードマンの表情は分かりづらいが、興奮していたようだ。


「ベルクどの、自儘じままな申し出を受け入れてもらい感謝する」

「気にするなよ。もともとウシカの技術だし、リザードマンと仲良くなるのはいいことさ」


 この決定には特に異論はなく、スケサンも「よき思案だ」と賛同してくれた。


「里を守るということは自分たちだけを考えるだけではダメだ。このように他者を助けることが里を守ることになる。これが外交というものだ」


 スケサンの言葉は難しい。

 俺も近所づきあいを考えなければならないほどこの地に根を張ったということかもしれない。


「久しぶりの新しい住民だ。い、家を作らなきゃな」

「畑も広げるし、柵も新しく作る必要がありますよ」


 エルフたちも特に反発はないようだ。

 これもウシカたちの穏やかな人柄と時間のお陰だろう。


 こうして新しい住民を迎える準備を進め、数日後にリザードマンの若夫婦がカイカと共に現れた。

 リザードマンの区別はつきづらいが、ウシカらと生活するうちに見分けがつくようになったようだ。


「やあ、カイカ。そちらの若者がウシカを手伝ってくれるのか?紹介してくれよ」

「うむ、この者はケハヤだ。こちらのケハヤは我の娘になる」


 ケハヤと紹介されたリザードマンは「お頼みもうす」と時代がかった口上と共に夫婦そろって頭を下げた。

 どうやらリザードマンの女は嫁ぎ先で名を変えるようだ。


「一組だけか?」

「いや、まずは娘婿のケハヤをここに住まわせたい。そして慣れた頃に違う者を交代で通わせる形にしたいがどうか?」


 ケハヤは移住するようだ。

 ひょっとしたら人質も兼ねているのかもしれない。

 カイカたちリザードマンの誠意だろう。


「ふむ、ならばこちらからもリザードマンの里を訪ねてよいだろうか? ウシカの子らにリザードマン本来の暮らしを見せてやりたいのだ」


 スケサンが口を挟むとケハヤ夫婦は目を大きくして驚いていた。

 スケルトンがしゃべっているのだ……まあ、初見はそうなるよな。


「もちろんだ。ベルクどのとウシカには重ねて礼をもうす。先々の不安が減るのはありがたいことだ」


 カイカが手を合わせて頭を下げる。

 こうして、リザードマンの集落とは人の行き来が始まった。

 リザードマンの里は川に沿って川上、俺の足でなんとか日帰りできるといった距離だ。


 カイカとの何気ない取り決めだったが、この決定は大きな意味を持つことになる。

 泳ぎの巧みなリザードマンが川を素早く移動し、個人で物々交換に現れるようになったのだ。

 個人なので持ち込む品物がそれぞれで違い、なかなか賑やかになった。


 ただ、問題が1つ。

 リザードマンたちが、この拠点を『ウシカの里』と呼び始めたのだ。


「まあ、それで構わんけどもな」


 俺が適当に答えると、皆が渋い顔をした。

 特にウシカとケハヤは居心地が悪そうだ。


「いや、呼び方なんて自然発生でいいんじゃないか?」

「それはダメっす。この辺りでは種族の名前が里の名前に、里から分封した小さな集落は拓いた族長の名前になるのが普通っす。ここはベルクの里っす」

「いや、それなら鬼人の里だろう」


 意外にもバーンとコナンが激しく抵抗している。

 強いこだわりがあるようだ。

 しかし、鬼人は俺だけだし、鬼人の里ってのはなしだろう。

 かといってベルクの里はなかなか恥ずかしいものがある。


「べ、ベルクが決めたらいいと思うけど、ウシカの里はよくないぞ。好きな言葉やものでもいいし――」

「好きなものねえ……アシュリン?」


 アシュリンから凄いプレッシャーを感じたので口にしてみた。

 よく分からないが「かーっ、そんなに私が好きか!」とか喜んでるのでそっとしておこう。


「ふむ、無難なところで地名か。この森はなんと呼ばれているのだ?」

「も、森は森だな」


 スケサンの疑問にアシュリンが答えるが……それじゃここは森の里か。


「べ、ベルクとアシュリンの里!」

「いやいや、ベルクの里っす! アシュリン様はおかしいっす!」


 とうとうアシュリンとバーンが喧嘩を始めた。

 アシュリンがバーンを弓で叩いているが、じゃれあいみたいなものだろう。


「そういや、ピーターとか里の名前に希望はあるか?」

「えっ、僕?」


 とりあえずヤギ人にもという事でピーターに話をふってみた。

 また違った意見もあるかもしれない。


「うーん、カッコいいのがいいかな? ドラゴンハンターの里とか」

「カッコいいけど、ここにドラゴンハンターはいないぞ」


 俺が突っ込むと皆がどっと笑い、モリーが「もう、やめてよっ」と恥ずかしそうにピーターをたしなめた。


「じゃあモリーとフローラはどうだ?」


 水を向けるとモリーは「わ、私はその」とうろたえ、フローラはチラリとコナンと目配せをした。


「鬼人の里です」


 フローラはコナンと同じ意見だ。

 というか、目配せしたの見てるからな。


「あの、聖霊王の里はどうですか? スケサンさんは聖霊の王様に仕えていた戦士ですし」

「いやいや、それだと俺が聖霊王みたいじゃないか」


 それに聖霊王なら聖霊王国だと思う。

 まあ、その辺は適当だ。


「なかなかしっくりこないものだな」

「ふむ、焦る必要はなかろう。1度決めたらコロコロ変えるものではないからな」


 スケサンがなんとなくまとめ、解散となる。

 各自の宿題だ。


(それにしても、名前ねえ)


 リザードマンの里という外との付き合いがはじまり、名前が必要になった。

 この意外な難題に俺は頭を抱えることとなる。




■■■■



名もなき集落


ベルクが3年かけて拓いた土地。

この2年は人口の変化がなかったが、ケハヤを迎えて久しぶりに人が増えた。

食料には余裕があるようだ。

現在の人口は14人

鬼人――1人

スケルトン――1人

エルフ――3人

リザードマン――6人

ヤギ人――3人

ウシカの子供たちがいるのでリザードマンが多い。

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