31話 祭り

 冬の森。

 俺の目からみれば寒々しく、人の住めぬ死の世界だ。


 しかし、森と共に生きてきたワイルドエルフにはそうではない。

 いまも俺とコナンは食料や繊維を採取している。


「ここですね。ここを掘ったらでてきますよ」


 コナンが指示するところを掘り進めると、なにかの幼虫がわんさか出てきた。


「うへっ、ウジャウジャいやがるな。食えるのか?」

「もちろんです。ただ土のなかにいますので、土の味がしますけど」


 土の味がする幼虫……あまり食欲が湧かないが、これも食料である。


「それにしてもこの土は真っ黒でふかふかだな。畑に持っていくか?」

「そうですね、少し持ち帰ってウシカさんに確認しましょうか」


 片腕が不自由なコナンだが、最近はこうして森にでることも多い。

 狩りや漁をするには心もとないが、森の知識を活かして食料や木の繊維を集めている。

 これはこれで大切な役割なのだ。


「お、これはハコベです」


 コナンが地を指で示すが、俺にはまったくわからない。


「む、どれだ?」

「こいつですね。食べられますし、利尿作用があります」


 コナンが草を摘んで見せてくれてもサッパリわからない。

 これは幼い頃からの経験の蓄積があるのだろう。


「うーん、これか?」

「それはセリですね、食べられますよ。よくご存じで」


 俺の摘んだ草もコナンは籠に入れる。

 さっきの草のつもりだったが違ったらしい。


「よく似た毒草もありますからね、根のかたちで見分けるのがいいですよ」

「そうか、気をつけよう」


 相づちを打つものの、実はサッパリ分からない。

 俺が食べられる草を集めるのはひかえた方がよさそうだ。


 そのまま俺たちは食べ物を回収しながら歩き、目的の木を見つけた。

 樹皮から繊維がとれるニレの木だ。


「この木ですね。下に切れ込みを入れればキレイに樹皮がとれます。日のあたらない方は皮が薄い。そちらは残すのが肝心です」

「へえ、全部とらないのか」


 コナンが真面目な顔で「もちろんです」と頷いた。


「全ての皮を剥いでは木が死んでしまいます。我らは木の善意で樹皮を分けてもらう立場です。そのようなことは恥ずべき行いです」

「よくわかった。肝に命じよう」


 彼らワイルドエルフの中では森の木々は人と同じように霊魂があると信じられているようだ。

 切れ目を入れた樹皮は驚くほど簡単にはぐことができる。


「分けてもらったら、こうして木を縛ります。これをやらないと樹皮がめくれて木が死んでしまいます」


 3分の1ほどを採取した木に、樹皮の1部を巻きつけて縛る。

 木の大きさにもよるが、この木は2ヵ所でいいそうだ。


「本当は繊維を染色し、さまざまな模様を編み込むんですが、あれは祖霊を祀る意味がありますから我々にはできません」

「そうか。まあ、その辺は俺には分からんな。鬼人は戦装束しか飾ることがないからな」


 鬼人の町には装飾のたぐいはほぼない。

 質実剛健こそが美徳なのである。

 例外は戦場で目立つための戦装束だけだ。


「鬼人の戦装束ですか、どんな感じなんですか?」

「鉄の投げ槍に鉄兜だな。鎧は硬く煮固めた革、盾は木製に鉄の縁取りだ。剣や手斧も使うな」


 俺の言葉を聞いたコナンが怪訝な顔をする。

 何かおかしなやり取りをしただろうか?


「鉄とはベルク様のナイフの素材でしょう? それが装飾になるのですか?」

「ああ、そういうことか。戦士の戦袍せんぽうや陣羽織は派手だぞ。戦で目立つために兜に飾りをつけたり、剣の鞘を毛皮でつくったりもするな」


 どうやらコナンは飾りつけの話が気になったようで、熱心に陣羽織のがらなどを訊ねてくる。


 コナンのお気に召さなかったようだが、鍛鉄はメチャクチャ高価なので身につければ一種のステータスにはなるのだが……ワイルドエルフは鉄を使わないので、このあたりは理解できなくとも無理もない。


「へえ、どんな模様なんですか?」

「色々だな。こんな――だんだら・・・・(ギザギザ模様)やしま・・みたいな目立つ模様もあるし、絵や文字を入れたのもある」


 俺が地面に模様を描くと、コナンは「おもしろい」と食い入るように顔を近づけた。

 どうやら気に入った模様があるらしい。


「複雑な模様は無理ですが、この片身替かたみがわり(左右で色や模様が違う衣類)くらいから作りましょうか」

「はは、それはいいな。樹皮の服は丈夫だし、故郷でも評判になりそうだ」


 2人で回れば作業も早い。

 いつの間にかかごも食料や樹皮で満杯だ。


「荷物持ちでついてきた甲斐があるな」

「助かります。私1人ではどうしても――」


 帰路、雑談の途中でコナンの表情が変わる。

 長い耳がピクリピクリと動いているところを見るに、何か音を捉えたようだ。


「獣か?」

「いえ、笛ですね。ヤギ人の娘……フローラの石笛ですよ」


 俺にはまったく聞こえないがコナンには聞こえるのだろう。

 エルフは耳がいい。


「石笛か、たまに吹いてるみたいだな」

「はい、はぐれた家族に呼びかけているんでしょうね。あまり皆とも馴染めてないようですし……笛の音は遠くまで聞こえますから」


 コナンはヤギ人とつかず離れずの距離感だが、よく見ている。

 積極的に交わろうとしているモリーやピーターと違い、フローラはいつも独りだ。

 明らかに新しい環境に馴染めていない。


「コナンは拠点にいる時間が長いだろ? フローラにたまに声をかけてやってくれよ」

「……私がですか?」


 コナンは驚くが、適任だと思う。

 モリーやピーターはスケサンやアシュリンと仲がいいし、バーンは狩りの担当だ。

 それにウシカらリザードマンより、古参のコナンの方が色々と聞きやすいだろう。


 なによりコナンは物腰が柔らかくて穏やかだ。

 俺なんかよりフローラも接しやすいだろう。


「そうですね、群れからはぐれて生きる不安は分かります。気をつけて見ていましょう」

「ああ、大人になれば外に出て仲間を探すもよしだが、いまは無理だろう。たまに様子を見てやってくれ」


 しばらく歩くと、俺の耳にも笛の音が聞こえた。

 なんともいえない、あとを引くような寂しげな音色だ。


(仲間を探しに、か……)


 自分の根がなくなるような不安は俺も知っている。

 自発的に故郷を捨てた俺ですら不安だったのだ。

 戦に巻き込まれて家族と引き裂かれた彼女の心中は察するにあまりある。


(もし、だ。他の皆が仲間を求めて出ていきたいといいだしたら……俺は送り出せるだろうか?)


 もし、アシュリンやスケサンが仲間を探しに行くといい出したとき、どうするのかと自問する。


 答えは、でなかった。




☆★☆☆




 拠点に帰るとずいぶんと賑やかだ。

 アシュリンとバーンが獲物を吊るして皮をはいでいるらしい。


 獲物はウサギ、キツネ、リス、オオカミなどさまざまだ。

 ずいぶんと大猟だったようで多くの獣が吊るされている。


「すごいな、オオカミは2匹もいるぞ」

「へへ、コイツらがキツネを狩っているとこを横取りしたんす」


 バーンがしめすキツネを見れば、首や後ろ足に噛み跡があり首の骨が折れているようだ。


「もったいないな。こんなに艶やかな黒い毛皮なのに」


 この森のキツネは黒い。

 タヌキと間違えそうだが、独特のふっさりとした毛皮はやはり魅力だ。


「冬はな、獲物は少ないけど狩りは簡単なんだぞ。葉っぱや草がなくなるし、ゆ、雪で足跡も追いやすいしな」


 アシュリンがウサギをチマチマとさばきながら笑っている。

 たしかに彼女のように腕のある狩人からすれば、獲物の多寡など問題にならないのかもしれない。


「そうそう、熊も冬眠中で出てこないっす」

「も、もともとこのあたりに熊はあまりいないけどな」


 ワイルドエルフの3人は獲物の処理も完璧だ。

 雑談をしながらみるみるうちに毛皮をはいでいく。


 毛皮はいくらでも使い道があり、衣類や靴はもちろん寝具にもつかうし、玄関に垂らして風避けにもする。


 食べきれない肉も燻して保存し、骨は加工して道具に、霊魂も祀ってこの地の守り神にするらしい。

 全てが森の恵みであり、驚くほど無駄がない。


「豊猟ですからね、弓を献じましょう」


 珍しくコナンが弓をとり、獲物の前に座る。

 矢を射るのではない。

 弓を軽くかじり、弦を叩くように音を出す。


 弓鳴りは不思議な音の広がりがあり、そこに玄妙な『なにか』を感じさせる。


 コナンはひとしきり演奏を終え弓から口を離す。

 すると子供たちやモリーは「わっ」と歓声をあげて喜んだ。

 寡黙なウシカや女ウシカも嬉しげに目を細めている。


「弓には対に笛が必要だ。フローラ、弓に合わせてくれ」


 コナンがフローラに声をかけ、弓の演奏を再開した。

 あまりにも愛想のない、だが不器用な優しさがそこにある。


 フローラは戸惑いの表情を見せていたが周囲に促されて笛を吹く。

 曲なんてものはない。

 ただ感じるまま、獣たちの霊を慰め森に感謝を捧げる演奏だ。


 さらにカッカッコッコッと乾いたリズムが加わる。

 いつの間にかウシカが大小の骨を打ち合わせて音を出し始めたようだ。

 軽妙なリズムが心地いい。


 ワイルドエルフにとって狩猟とは単なる生業ではなく宗教であり日々の祈りでもある。

 きっと源流にあるのものはヤギ人もリザードマンも同じだと思う。

 3人の音は不思議な共振をし、首の折れたキツネが笑うようにカタリと口を開けた。


 アシュリンが歌い、俺も釣られて手拍子を打つ。

 するとバーンが不思議な動きで躍りはじめ、釣られてモリーやピーター、ウシカの子供らも踊り出す。

 バーンの振りつけはよく見れば狩猟を模したものだと分かるが、子供たちはまったく分からない。

 恐らくは即興だろう。


 皆がバラバラに、1つの演奏をする。

 なんとも奇妙で、なんとも俺たちらしい宴だ。


 春が近づく季節、この日、この地ではじめての祭りが生まれた

 そして、これは毎年の行事となる。




■■■■



弓琴きゅうきん


特別な楽器ではなく、弓そのものの形状をしている。

狩猟の中で生まれ、世界中で親しまれたであろう楽器。

共振器はなく、弓を咥えた口の中で音を響かせ弦を叩いたり弾いたりして演奏する。

ミュージカルボウとも。

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