8話 予期せぬ悪天候

 エルフの集落を襲撃した翌日、にわかに俺の生活に変化が訪れた。

 なんとワイルドエルフたちから貢ぎ物があったのだ。


「なんだろうな?」

「これをやるから見逃してくれという意味さ」


 俺は寝ていたので姿を見ていないが、スケサンが観察していたらしい。

 彼らは川向こうに物だけを置き、そそくさと消えたようだ。


「毛皮、木の実、布、塩塊……これは酒だな」

「毒かもしれんぞ」


 スケサンが「気をつけろ」と注意をうながすが、眺めていても仕方がない。


「とりあえず運び込むか。毛皮や布はベッドに使えるな」

「いや、それよりも酒の入ったかめだろう。これは使えるぞ」


 なんだかんだでスケサンも喜んでいるようだ。


 エルフたちの乱入で放置してあったベッド作りも順調に進む。

 木の枠にツタを渡して固定しただけだけの粗末さだが、毛皮を敷いて布をかけるとなかなか立派である。


 この布は乾燥させた植物の繊維を編んでるようだ。

 ムシロみたいなものだが、あるのとないのでは大違いである。


「ふむ、エルフの服はこの布を染色したもののようだ」

「へえ、器用なもんだな」


 木の実は少しかじったが特に問題なさそうなので食べてみた。

 すっぱい。


「問題は酒だな……酔っぱらうのもアレだし、もったいないが捨てるか」


 スケサンも「毒を入れなるなら酒だ」と言っていたし、酔いつぶれるわけにもいかない。

 俺もそれほど酒に興味はないしな。


「酒はともかく、甕だな。小さな甕だが、使い道はいくらでもあるぞ」


 スケサンは「ほうほう」とか言いながらカラになった甕を眺めて喜んでいる。

 どうやら気に入ったようだ。


 甕があれば煮炊きもできるし、焼くだけの食事から解放される。

 これは嬉しい。


「まだ携帯食もあるし、このすっぱい木の実があれば余裕があるな」

「うむ、だが油断せず薪や食料は集めねばならんぞ」


 厳しい口調で「不意に動けなくなることはあるのだ」とスケサンが俺を諭す。

 首だけになって転がっていたスケサンの言葉だけに実感がこもっている。


 たしかに怪我や病気もあるだろうし、エルフのような外敵を撃退することもあるだろう。

 ちょっとしたことで薪や食料を集める時間はとれなくなってしまうのだ。


「そうだな。うん、ダラダラしてないで狩に出るか」


 俺はかごを背負い、弓を手にする。

 籠のおかげで狩猟のついでに薪を拾えるし、本当に便利だ。


「うむ、勤勉は美徳だ。今の状況に満足してはならん」

「やめてくれ、お小言は間に合ってるよ」


 俺たちは軽口を叩きながら歩き回り、矢を浪費しながらアナグマを仕留めた。

 大型の獣を捕らえるには心もとないが、これは便利だ。


「こうなると矢を作りたいな」

「うむ、槍と使い分けたいところだ」


 このアナグマは甕で煮て食べた。

 塩を入れただけの肉汁だが、なんと言うか……文明の味だった。




☆★☆☆




 翌日


 スケサンの言っていた『不意に動けなくなる状況』は思いの外、早くに訪れた。

 大雨が降り続けたのだ。


 初日こそアナグマ汁の残りと木の実、エルフの携帯食でしのいだが、2日目からはそうもいかない。


 どしゃ降りで森の全てが湿っている。

 薪がないし、狩に行くのもつらい。

 外に出るだけで濃密な湿気と雨の勢いで窒息しそうだ。


「仕方がない、こんな日もある。濡れた枝を拾って火のそばで乾かすしかないだろう」

「そうだな。少し集めとくか」


 スケサンの提案で近くの濡れた枝を集め火のそばで乾かす。

 しかし、食料は見つからなかった。

 1日食事を抜くのはつらい。


 3日目も雨は止まない。

 アナグマの骨や木の実の食べかすなどを甕に入れ、川辺に放置しておいたらカニがとれた。

 煮て食べたら酷い腹下しをした。


 4日目もどしゃ降り――どうなってんだ。

 本格的に家が雨漏りをし始めピンチだ。

 ベッドは湿り、床もぬかるみ始めている。

 火が消えないように火の周囲を少し土で高くした。

 この状況で火が消えたら、火起こしなんて無理だ。


「さすがにヤバい。家もヤバいが、火もヤバい。それに飯を確保しないと……」

「うむ、薪も必要だ。増水している川に近寄らず、森に向かうのがよいだろう」


 どしゃ降りの雨のなかを探索したが、視界が悪すぎる。

 薪はともかく、食料は見つからなかった。


 家に帰っても空腹と雨音で寝れやしない。


(明日も雨か……? このままだと動けなくなるかもしれないぞ)


 すさまじく怖くなって震えがきた。

 情けないが、死ぬのが怖い。

 塩だけをなめて飢えを誤魔化した。


 5日目、雨足はやや弱まったが川の増水がすごい。

 カニをとるためにセットした甕が流されてスケサンがしょんぼりしていた。

 食料は大きなトカゲを槍で仕留めることに成功。

 たまたま家のそばにいてくれてラッキーだった。

 でもトカゲって、大きさのわりにシッポくらいしか食べるとこがない。


「腹が減るとさ……すごくダルくて考えられなくなるんだよ」

「ふーむ、やはり生身は不便なものだな。食事や睡眠は羨ましくもあるのだが、こうなると大変そうだ」


 スケサンは平気そうだが、飲まず食わずでどうやって体を維持しているのだろう。


「スケサンは全く飲まず食わずで平気なのか?」

「うむ、スケルトンはそういうモノだ」


 よく分からないがそういうモノらしい。


 こんな時、話し相手がいるのはとても心強い。

 鹿の体の変なやつだが、頼りになる骨だ。


(ありがとな、スケサン)


 この時、俺は心の底からスケサンに出会えたことに感謝した。

 先が見えない不安は孤独では耐えられない。


 しかし、状況はさらに悪くなる。

 この後、川の水位が急激に上昇し、排水溝まで水が来た。

 せっかくここまで馴染んだ家だが、放棄も視野に入れねばならない事態だ。


 6日目、ようやく雨がやんだ。

 川の水位はギリギリ、排水溝をしっかり掘っていて助かった。


「ひえー、ギリギリだ。昨夜は不安で一睡もできなかったよ」

「うむ、だがこれは拠点を移す必要があるぞ。また同じような長雨がないとは限らないからな」


 たしかにスケサンの言うとおりだ。

 もう少し川から離れた場所に家を作る必要がある。


(家はもう少し大きくしたいとこだが……エルフの集落で見た家はどんな感じだったかな?)


 たった数日前のことなのに、もうかなり昔のことに感じる。

 それだけ長雨の衝撃は強かったのだ。


(雨がこんなに怖いとは考えたこともなかった)


 くもり空を見上げて安堵のため息が出る。

 早く太陽が見たい。


「おい、これはちょっとすごいぞ。こちらに来てみろ」


 周囲を見回りに行ったスケサンが呼んでいる。

 槍を引っ掴んで向かうと、なにかヌルヌルしたものを前足で抑え込んでいた。


「ナマズだ、かなり大きいぞ。水位が下がったため陸に取り残されたらしい」

「すごいな! 少し川沿いを見て回ろう!」


 籠を背負い、ナマズを入れる。

 このあと川魚、ナマズ、カメ、ドジョウ……本当に多くの生き物が拾えた。


「カメは殺さずツタで縛って排水溝に入れておけ。食べきれない魚は燻製にすべきだな」

「ああ、こうなると長雨に感謝しなきゃな」


 俺の言葉を聞き、スケサンは「現金なものだ」と笑う。


 このあとデカいナマズを2匹も食べて大満足だ。

 湿りきった家は川魚やドジョウをぶら下げて盛大に煙で燻して乾かした。


「これで2日はもつな。明日から引っ越し先を探そう」


 この夜、煙を焚き家が乾いたことで久しぶりに快適な睡眠がとれたのはよかった。

 ここ数日は湿気がすごくて床が泥みたいになっていたのだ。

 湿気が多いだけで疲れは溜まるらしい。




☆☆★☆




「おい、起きろ。客だぞ」


 スケサンが前足で突ついてくる。


「やめろよ、なんだよ」

「客だぞ。用件を聞いたがオヌシに会いたいに一点張りだ」


 めんどくさい。

 すごくめんどくさい。


(そもそも客ってなんだ? 昨日、ナマズの頭をやったカメの恩返しか……?)


 俺は乾かしていた靴を履き「めんどくせえ」とぼやく。


「ダラダラするな。棍棒くらいは持て。寝首をかかれるぞ」

「なんだよ寝首って」


 スケサンの小言に口答えをしながら家をでる。

 視線を上げると、そこには先日のエルフ3人組がいた。




■■■■



川辺でのキャンプ


水が豊富にあることは野外生活で重要なことである。

しかし、反面で上流などで豪雨があると一気に増水する場合もあり大変危険。

どうしても川辺でキャンプを設営したいときは周囲の流木などを確認しよう。

流木がある位置は『そこまで水が来たことがある』というサインである。

最低でもそこからは外れる用心はしたい。

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