第328話 星を見る人⑧ 愛する人へ

〈ガド、月のクルケアンの西門にて〉


「エラム、敵は何体向かっている?」

「二十体、半数は空からくるぞ。いずれもラシャプ神の大きさと同じだ。ガド、気をつけて」

「あぁ、分かっているさ」


 ガドは全ての敵を平面で受けきる愚を避け、タファトとイグアルに側方からの攻撃を依頼する。炎と水の両壁を以って敵の進路を固定化し、正面の一点のみに絞るつもりだった。そして空はフェルネスに、正面は自分とサラ導師が担当する。


「神様の成り損ないと戦うとは、人生って分からないものだな」


 少し前までは兵学校の訓練生として悲鳴を上げながらしごかれていたはずだった。それがバルアダンとの縁により憧れの飛竜騎士団に入り、今は月の沙場で戦っているのだ。自分が強くなったという思いはない。ただ、強くあらねばという気持ちが昔と変わらないだけなのだ。

 炎の壁が獣を焼き尽くし、水の刃が獣を切り刻む。そして怒りに咆える獣がついにガドの前に殺到していった。月の魔力を受け、往時の力を取り戻しているサラが権能杖を振るい、土を岩よりも固い杭に変化させ獣の脚を穿った。


「ガド、動きが止まった獣を狙うのだ。ただし深追いはするなよ」

「御助力感謝します、サラ導師!」


 ガドは馬の手綱を握り疾走する。一対一では勝てない相手であるが、こちらには頼もしい味方がいるのだ。恐れるものは何もない。サラの攻撃によって一瞬動きが止まった獣の首を狙い、神殺しの槍でとどめを刺す。数体を屠った時、自分が黒い影に覆われたことに気付いた。


「ガド、天頂からくるぞ!」


 エラムの叫びに、周りを見ることなくガドは馬首をめぐらした。獣の上方からの攻撃は大地に巨大な穴を作り爆風をまき散らす。ガドは体勢を崩し、獣の爪が叩きつけらるのを視界にとらえ、覚悟をして目をつむった。痛みは感じないが、ただ温かいものが皮膚の上を流れているのは負傷をしたのだろうか。目を開けるとそこには家族の死の遠因ともなった男が身を挺していたのだ。肩を獣の爪によって斬り裂かれながら、手に取る槍は獣の喉を貫いている。


「フェルネス、馬鹿野郎! 俺なんかをかばってどうするんだ」

「飛竜騎士団がこの程度の傷で死ぬものかよ。それに生きてこの戦いに勝つのだと約束をしたではないか。ならお前も死んではいけないはずだ」


 そう言ってハミルカルを駆り、頭上の敵と戦いを始めたのである。空を縦横無尽に動く竜と人を暫し眺め、ガドはその強さに憧れを感じていた。いつか自分もあの高見に辿り着くのだ。そしてバルアダン、フェルネスらと肩を並べて戦いたい……。


「そうだ、そのためにも生きて帰るんだ!」


 ガドは槍を握りしめ、獣たちの群れへと突入する。何体の敵を倒した時だろうか、いつの間にか彼にとって痛ましい記憶が砂場に再現されていた。


「あれは父さん?」


 過去の記憶でできたクルケアンが、父ダルダの死の場面を再現しているのだ。魔獣と原始の獣が入り混じり、過去か現在かの区別がつかないまま、ガドは父の横で戦っている。だが、血を流して魔獣に挑む父の命はまさに尽きようとしていた。


「父さん、俺の声が聞こえるか、父さん!」

「これは幻聴か? ふふっ、俺も長くはないということか。息子の声が聞こえるなんてな」

「父さん、俺だよ、ガドだよ!」

「あぁ、もしかして衛士の方か? もう耳がはっきりとは聞こえないんだ。すまないが、息子に伝えてくれないか、父はお前を愛していると、これまでも、そしてこれからも……」

「そんな、生きてくれ、死なないでくれよ」


 ガドは記憶の再現である父を掻き抱く。ダルダは目を薄く開け、震える手でガドの頬を撫でた。


「クルケアンを守る若き衛士殿、泣くもんじゃないぞ? ほら俺が作った水道橋を見なよ、立派だろう? クルケアンももっともっと住みやすい都市にして見せる。だから、泣くのはやめて笑ってあの街を守ってくれ」


 ガドは声が届かないと知りつつも父の名を叫ぶ。そして必ず守るとその手を強く握りしめた。安心させるため半ば笑い、半ば耐えきれずに泣くガドにダルダは微笑んだ。


「あぁ、衛士殿、良い顔をしているな。強さも優しさも俺の息子といい勝負だ。ありがとう、最後に成長した息子の顔を見たような――」


 父の姿は掻き消え、次に母の声が後ろで響いた。


「アルル母さん……」


 そこには過去の母が、タファトと自分、そして妹の命を守るためゆっくりと魔獣に向かって歩き出している光景があった。ガドは自身が獣のような声を上げていることも気づかず、彼女を襲う魔獣に突撃をする。魔獣の姿は神殺しの槍で消え去り、そこには倒れた母の姿だけがあった。


「母さん、俺だよ、ガドだよ!」

「あぁ、神様、目は見えなくとも愛する息子の声が聞こえます。あなたの祝福を否定した私に御慈悲を下さるなんて……」

「母さん、ごめん、間に合わなくて。ごめん、あの時は弱いままで」

「何を謝っているの? いい子のあなたが謝ることなんてないはずよ。あぁ、この力強い手、そして優しいのは変わらずだけど強そうな声、きっと成長したガドがここにいるのね」

「そうだよ、もうあれから十年がたったんだ。俺、飛竜騎士団に入ったんだぜ、悪い奴らと戦って、みんなを守ってさ、それから、それから――」

「何て立派に育ったのかしら。できることならばこの目で見たかったけれど、もうお別れのようね。……ねぇガド、最後に母さんの願いを聞いてくれる?」

「もちろんさ、何でも言ってよ、母さん」


 アルルは震える手でガドの顔を包むように触っていく。目の代わりにその姿を心に焼き付けるように、そして泣くガドを赤子のようにあやすように。


「ガド、幸せになってね」


 そう言い残すと、アルルの姿も父と同じように消えたのである。迫りくる獣を怒りに任せて打ち払い、ガドは西門を見る。そこには数体の獣が突破し、エラムとトゥイが立てこもる砦に近づこうとしていた。妹を眼前で失った記憶が頭に巡り、ガドは槍を握りしめる。


「させるものか、させるものか!」


 ガドは傷つくのもいとわず、獣の中に身を投げ入れた。そして獣に押し切られたタファト、サラ、イグアル、フェルネスが西門に集い、あの日果たせなかったことを思い描き、戦っていく。


「ここからやり直すんだ。幸せな未来を掴むんだ!」


 ガドの絶叫と共に眼前の獣が打ち倒され、残る半数の獣たちは距離を取った。だが神の成り損ないを相手にガドらも疲弊しており、このままでは敗北は必至であった。


「みんな、諦めるなよ。俺達は今度こそ勝つんだ」


 その言葉にタファトがよろめきながらも前を向く。イグアル、フェルネスもそれに続き、サラは劣勢の中、感動を込めて呟いていた。


「ダルダ、アルルの魂よ、ガドを見るがいい。お主達は未来のクルケアンの礎を作ったのだ。技術によってクルケアンは支えられ、子によってそれが守られるであろう。誰もあの子の意志を、大事な人を守る想いを押し潰すことはできぬ」


 その時、クルケアンが淡く光り出し、それに応じて上空のタニンが戦場に向かって巨大な咆哮を上げた。それに合わせるようにエラムとトゥイの体から光が生まれ、そして離れていく。一同が何が起きるのかと辺りを見渡した時、眩い閃光がはじけ飛び、そしてクルケアンの西門にラシャプとモレクの巨体が現れたのである。エラムが驚き、ラシャプの名を叫ぶ。


「エラム、そしてトゥイよ。我らの魂の欠片を月に運んでくれたこと、感謝する」

「ええ、兄の言う通り。なれば、あなた達に恩返しをさせて下さい」


 白き獅子と蛇が巨大な体を原始の獣たちにぶつけ、そしてかみ砕いていく。その姿を見ながらトゥイがあることに気付き、やめてと声をかける。


「二人とも、あなた達はサリーヌに会うためにここまで来たんでしょう。欠片でしかない魂で戦うなんて無茶よ。それに姿がどんどん薄くなっているわ」

「聞いたか、モレク。我らを二人、と言うてくれたぞ」

「ええ、嬉しい言葉です。残り少ない魂を実体化して戦う甲斐があるというもの」


 二柱の神は笑い合い、そして眩しいものを見るようにエラムとトゥイを眺めた。


「サリーヌには愚かな神がいたという事でも伝えておいてくれ」

「それだけで十分です。そのためなら命が尽きても惜しくはない」


 そう二人に告げると、ラシャプは獣に牙を突き立てながら笑い声を上げる。


「モレク、こんな心地よい戦いは初めてだ。なぜだろうな」

「さて、違いがあるとすればあの二人とその仲間を守るということでしょう」

「なるほど、バルアダンが何度でも立ち上がり、我を追い詰めたのも分かる。これほどに力が湧き出でてくるのだから」


 こうして西門での戦いは神々の登場で戦局を変えていった。同じ頃、メルカルトとダゴンもタニンの咆哮を聞いてある行動をとろうとしていた。否、正確にはタニンではない。その咆哮に込められていたのはバァルの意志だったのだ。神々よ、仲間を守るために戦え、そうバァルは敵対していた神々に伝えたのであった。

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