第282話 天国への階段② お祭り騒ぎ


 食べ物やお酒、それを見上げながら騒ごうというささやかな内容は、ギルドのリベカ様、天秤のギルドイオレペレーのメシェクさんによって派手な内容に取って代わった。屋台は出るわ、舞台を作るわで市民の好奇心を煽りまくっている。


「……ねぇエラム、やっぱりクルケアンの市民はお祭り好きね。ハドルメへの宣戦布告が出るかどうかっていうときに、こんなにも活気にあふれている」

「それは君の宣伝によるところも大きいと思うよ、トゥイ。だってあんな張り紙をされちゃ、行くしかないじゃないか」

「ふふっ、物語を読むのも作るのも大好きだもの。私の宣伝文もたいしたものでしょう」


 街のいたるところに野掛けへの案内が張られている。そこにはたった一文、トゥイ女史謹製の売り文句が書かれているのだ。正午に時計塔が動き出す、たったそれだけの文章は、市民の好奇心を急激に高めるものだった。塔が動くはずはない、いや、アスタルトの家だぞ、あの時計塔には何か仕掛けがあるに違いない……憶測が憶測を呼び、市民の目は明日を待たずに時計塔にくぎ付けだった。余りの騒ぎにシャヘル教皇は飛竜騎士団に警護を依頼したほどである。元老のトゥグラトも騎士団の兵力を避けられるのなら、と黙認したらしい。


「そうそう、ウェルが演劇をしたいって叫んでいたわよ。なんでも「愛の物語」という劇なんだって。いったいどんな内容かしら、きっと素敵な物語よ」

「……あれはたぶん取り消しになるんじゃないかな、さっきまで暴れるウェルをぼろもうけ団とザハグリムさんが必死に抑え込んでいたから」


 残念そうなトゥイの顔を見て僕は苦笑する。ツェルアさんから内容を聞いてはいたのだ。あれは絶対恥ずかしい、今はよくても後で関係者が絶対後悔する内容だ。だって自分達の恋の成就を人前で演じるなど、身震いがする。さすがはウェル、大物というべきか。


「ぼろもうけ団の人、おじいちゃんやおばあちゃんたちを手伝ったり、道や家の修理に参加したりしているみたい。貴族の若様ってもっと遠い存在だと思ったけれど、案外平民と同じなのね」

「ウェルに染め……感化されたこともあるはずだけど、楽しそうにしているのを見ていると、本質は一緒なんだろうね。貴族と平民、きっと何か壁のようなものがあっただけなんだ」


 その壁を破壊したウェルは、自分のやったことの大きさを理解していない。そして彼女は百人の団員を連れて、ガド小隊に復帰したのだ。聞く話によると、彼らは整列して一斉にガドに敬礼をしたらしい。


「ガド小隊長! 隊員が増えたよ、こいつらはあたしの子分さ、いいように使っておくれ」

「なぁ、ウェル。俺の気のせいかな、奴ら飛竜に乗っているんだが?」

「うん、ハドルメのオシールさんが譲ってくれたんだ!」

「……そうか。あのハドルメの将軍がねぇ」

「いい人だよ、オシールさんは。賭場を開いても許してくれるし」

「……あと、子分たちはザハグリムと親しいようだが」

「あぁ、みんな大貴族の息子たちさ。上層へ行って奪い取ってきた!」

「……そうか。ところでウェルの左手の薬指に指輪があるようだが、エラムとトゥイと同じでいい人でもできたのか?」

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました。あたしはザハグリムと婚約したんだ!」

「俺やミキト、ゼノビアが未来のクルケアンに行っている間に何があったんだ。さっぱり事情が分からん!」


 そういって頭を抱えたらしい。こうしてガド小隊は弱体化した飛竜騎士団と並ぶ戦力を持つことになった。そこに隊員であるティドアルさんも合流し、ガドにその出自を述べたらしい。


「ガド小隊長、お久しぶりです」

「ティドアルか、長く留守にして済まない。いろいろと報告したいが、情報の整理で頭がいっぱいでな……」

「まずは小隊長の健闘を称えさせてください。バァル神との戦いの勝利、お見事でした」

「いや、あれはイルモートやエルシードらの助けがあって……ってなんでそのことを知っている」

「私はアッタルの生まれ変わりなのです」

「は?」

「あの時、あなたの強さにあこがれ、そして人になることができたのです。私はもう一度あなたと共に戦いたかった。小隊長が事情を知らない時はお話しできませんでしたが、ようやく胸のつかえがとれました」

「アッタルだって!」

「神人の力はほとんど残っていませんが、改めてティドアル、ガド小隊として復帰します。よろしく、小隊長」


 かわいそうにガドはもう一度頭を抱え込んだらしい。

 それでも気を取り直して、現状の問題を解決しようとしているのが彼らしい。

 何でもガド小隊は、クルケアンを守るために市民集会後に大空洞に潜り、セトとエルの救出作戦と行うとのことだ。そこにベリアさんや、タファト先生、イグアルさんが合流するとのことだ。


「だから、エラム、市民集会では思いっきりはでにやってくれ。第二小隊の潜入がばれないくらいにな」

「派手にするのはメシェクさんだよ。でも必ずそれは果たす。だからセトとエルを頼むね。やっぱりあいつらがいないと……」

「設計のためだけに部屋に引きこもれない、そうだろう?」

「違いない」


 したり顔のガドがおかしくて僕は笑い出す。ガドもつられて笑い、僕の肩をたたいた。そして真顔に戻ってこういったのだ。


「セトとエルを助けた後なんだが、俺たちアスタルトの家だけでやりたいことがある。勝手に死んでしまった、第一小隊隊長に会いに行くんだ」

「……月にある死の国へ行っても、サリーヌを生き返らせるのはできないと思うよ」

「それでもだ。それにもうじき帰ってくるバルアダン隊長も連れていく」


 そうだ、思えば僕たちは彼女にお別れの言葉もいっていない。

 友人として、アスタルトの家として、僕らは彼女に何かをしたいのだ。

 バルアダンさんを連れていくことが彼女のためになるなら、それをすればいいのだ。


「でもシャヘル教皇の精神を経由して死の国へ行っても夢の中のサリーヌにしか会えない。それにそこで無理やり起こせば死の国は崩れてしまうんだ」

「だからこそ直接会いに行こう。夢でもなく、精神のうちでもなく、あいつの魂に直接にな。……難しいことは考えるな、方法はセトとエルが何とかしてくれるさ」


 あいつらは悪戯の天才だからな。ずるでもなんでもいいから道をこじ開けてくれるはずさ、とガドが笑った。

 

 それは少し憂いを含んだ、大人びた笑顔だった。

 少し置いて行かれたようで悔しく思う。

 僕はみんなと一緒に歩いていきたいのだ。


 さみしそうな僕の顔を見て、ガドは何か気づいたらしい。そして今度は昔のガドの顔で大笑いをする。


「ティドアルから聞いているぞ。評議会を動かし、婚姻を利用してハドルメとの一時的な和平をもぎ取り、過去のクルケアンを観測して結びつけ、そして明日の市民集会でクルケアンを下層から変えようとする野心家が、僕は普通です、って顔をするんじゃない」

「そ、それはみんなの助けがあったから……」

「お前だよ、エラム」

「僕?」

「そうだ、お前だから力を貸してくれたんだ。だからもっと偉そうにしておけ。でないと俺が嫉妬するぞ?」


 ガドはそういって僕の胸を強く小突いた。


 日が沈み、工房も魔道具と蝋燭の明かりだけが闇の世界を拒絶している。明日の準備の疲れもあって、もう寝ようと寝台に腰を掛けた。

 ふと思い立って、角灯の蝋燭の光だけを残して明かりを消す。

 弱弱しいその光はまるで月のようだ。光が揺れるたびに闇がわずかに侵食しようとする。

 サリーヌはその淡く小さい光で、大きな闇に包まれて眠っているのだろうか。

 恐ろしいはずだ、震えているはずだ。

 でもそれに耐えられる強い想いもあるのだろう。


 でも僕は知っている。

 アスタルトの家みんなが知っている。

 サリーヌはみんなと食事をするのが大好きっていうこと。

 そして仲間で一番のさみしがりや屋だということを。

 

 だからバルアダンさんと、タファト先生、そしてみんなで迎えに行くんだ。

 忘れないでね、サリーヌ。

 ほら、エルがいつもいっていただろう?

 アスタルトの家は強欲だってことを。

 

 僕たちは君が一人で耐えているのは我慢できない。

 だから、会いに行くよ、サリーヌ……。


 その日は蝋燭を消せずじまいで、あとで事務長のソディさんから小言をもらってしまった。天気は快晴、サルマたちによると、もう市民は集まってきているらしい。まったくクルケアンの市民も強欲だ。こちらとしても負けないくらいに派手な市民集会にしてみせよう。

 

 月からでもそのお祭り騒ぎが見えるように。



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