第260話 死者の都⑤ 永遠を君と②

〈アドニバル、世界の狭間にて〉


「ロト兄さん!」

「……おや、目覚めたかい坊や」

「お姉さんは誰?」

「ただの魂の抜けた幽霊みたいなものさ。そうさね、昔はナンナといわれていたかね」

「何かお婆ちゃんみたいな話し方だね。変な人!」


 ここはいったい何処だろう。星空がやけにくっきりと見える。そして太陽でもなく、月でもなく、青い星が大きく空に浮かんでいるのだ。ナンナさんが僕の背後を指さし、慌てて後ろを振り向く。そこには巨大な階段都市が存在していた。


「ようこそ、死者の都クルケアンへ」

「クルケアン? だって都市はまだ下層しかできていなくて……。それに何で僕の名前を知っているの?」

「君の前の人生を知っているからさ。ただ、五度目となる今の人生は知らないね」

「?」

「いいんだ、分からなくてもよろしい。しかし祝福でこの狭間を渡るのではなく、落ちてきた者は初めてだ」

「僕、ここに落ちてきたの?」

「あぁ、そうさ。きっとこの髪飾りのおかげだね。私の祝福が籠められている」

「母さんの髪飾り!」

「サリーヌは優秀な祝福者だ。前にバルアダンが来た時、ここにもよっていったからね。あの時もサリーヌの魔力が導いていたさ」

「……お姉さんは誰? 父さんと母さんの知り合い?」

「あぁ、知っているとも。それ以外の人の事もね。ここは死者の都、死んだ魂の思い出が眠る場所さ。バルアダンとサリーヌの思い出だってある。見たいかい?」

「見たいけれど……、死者の都ということは死んでしまったの?」

「これこれ、簡単に涙を見せるものではない。世界はね、繰り返しているんだよ。だから見せるのはこれまでの世界。アドニバルが今生きている世界より前の話さ。違いなんてほとんどない。……だから問題なのだがね」


 ナンナさんは父さんの若い姿を見せてくれた。強い魔獣を打ち倒し、皆から声援を受けている。横にいる神官の人は友達だろうか?言い争いをしつつも、二人で次々に悪そうな人たちをやっつけている。

 あ、あれはお母さんだ! 父さんの部下として活躍していた頼もしい小隊長、って聞いていたけれど、父さんをいつも見つめている。これは騎士というより恋する乙女ってやつだ。これはいつか怒られた時の為に覚えておこう。母さんは父さんの横にいつもいて、手を握り合ってましたって。きっと顔を真っ赤にして僕を怒ったことなんか忘れてしまうはず。


 ……父さんが母さんをティムガの草原に連れ出して何か真剣に話している。

 あれ? 母さんが嬉しそうな顔で泣いている。

 あぁ、そうか。おめでとう、父さん、母さん。


「みんなに会いたくなっちゃった。ナンナさん、どうすれば帰れるの?」

「坊やは因果を外れてしまった。タダイの呪いによって孤独を強いられることになる。坊やはね、誰もいない場所にしかいけないのだ。そう、四度目の終わりにして五度目の始まりの時代にいくことになる」

「父さん達やエリシェ姉ちゃんとも会えないの?」


 それにトゥグラトさん、オシールさんやシャマールさん、シャプシュ爺ちゃん……。

 会えないなんて嫌だ、僕は絶対、みんなの許へ帰るんだ。

 だって諦めないってエリシェ姉ちゃんと約束したから。


「いや、会える。生き抜けば誰とも会えるのだ。それでいいなら道を示そう。坊やは神々の祝福をその身に受けている。サリーヌの首飾り、エルシードの願い、そしてフクロウの木彫りはイルモートの加護がね。坊やは、望まぬ限り死ぬことはないのだよ」

「死ぬことはない? それってすごい事だよね」

「そうだ、特にエルシードの願いは強い。これは祝福ではあるが、呪いだ。死ねない、ということは辛いことでもある。今ならそれを解き放ち、ここで死ぬこともできるし、始まりの時代で生きて死ぬこともできる。アドニバルよ、よく考えて選択せよ」


「分かった、僕はみんなと会うまで生き続ける」

「……簡単に言うものでない。いつか世界の果て会えるとしても、数百年の歳月が必要なのだぞ」

「それでもいい。だって僕は諦めないから」

「眩しいのう、眩しいのう。あいわかった。坊やを送り出してやろう。今の私は精神ゆえ、祝福を与えることはできぬが、その魂を強くすることはできる。シャヘルよ、こちらに来て手伝え、そうだ、死者の都の薬草を飲ませるのだ。くじけそうなときに、これまでの死者がこの坊やを励ませるようにな」


 普通の神官のおじさんが出てきて、苦そうな薬草の調合を始めた。そして僕に飲むように勧める。僕はきっと飲み干した後で変な顔をしたに違いない。だっておじさんが笑って頭を撫でてくれたから。そしてその人は尋ねるのだ。お母さんは、幸せだったかい、と。僕が頷くと、何度も何度も頷いて、また薬草のお代わりをくれたのだ。覚悟を決めてもう一回飲み干した後、ナンナさんが僕をクルケアンの頂上まで連れて行ってくれた。


「お前なら兄と共に世界を変えられるはずだ。……そうか、フェルネスの最後の選択だけではまだ不足だった。因果から外れたお前の存在こそが世界を救う鍵となるのだ」

「また会おうね、ナンナさん」

「普通、私に会うときは死んだ時だというのに、まったく、この坊やときたら」


 ナンナさんのとびっきりの笑顔を見ていると、世界が黄金に光り輝きだして僕はまた意識を失う。

 次に目を覚ました時は、ちゃんと空は青く、地面もあって、鳥が飛んで、草原もあって……。

 普通の世界だった。いや、違う。ただ、半ばから倒壊したクルケアンの姿が普通ではないと語っている。


「終わって、そして始まった、か」


 この世界の人々は無気力で、争いばかりしている世界だった。

 あぁ、何年たっただろう、獣や魔獣を駆っているうちに、シャマールさん程の背丈になっていた。強くもなったと思う。

 そして僕は、いや私はゲバルという町の住民に請われて自警団の団長となっていった。

 多くの人が争う中、できる限り犠牲を少なくして味方に引き込み、生活の糧を与えていく。父さんのように威厳はないけれど、私は私なりに住民と共に生きていた。


 しかし、ハドルメのギルアドの廃城に立て籠もった賊との戦いで、奇妙な武器に打たれて倒れこむ。父さんの軍隊が持っていた短筒槍アルケビュスのような火器だろうか、胸に空いた傷はエリシェ姉さんの力で塞がるものの、赤い光が侵食してきて、体の自由を奪う。何とか仲間を退散させて、私は城の前で倒れこんだ。諦めてはいけない、生き抜くんだ、この世界に来て数えきれないくらい口にした言葉を今度も呟く。その時、賊が再び火器を私に向けているのが視界に入った。まずい、あの武器は呪いでもある。何とか防がないと……。

 父さん、あなたのような力が欲しい。個人としての強さ、そして多くの仲間と戦い抜く力を!


 眩しい光が目の前に出現した。

 賊たちはその光を見て城内に撤収する。その光は私を守っているらしい。

 やがて光が語りだす。


「私はバァル。武の祝福をもたらす神だ。強きヒトよ、私は地上に平和をもたらすためにここに来た。地上には魂だけ降ろしたので、君の体を貸して欲しいのだ。何、地上の争いが終われば直ぐにでも君の体を返そう」

「いいですよ」

「即答だな、優しそうな顔をして豪胆なヒトだ」

「ふふ、神様と話すのは慣れているんです。賊の武器で魂が弱まっています。こちらも治療に専念するので、体をぜひ使ってください」


 こうして私の精神の内に神様が住むこととなった。バァルは私の体に多くの祝福があるのを知って驚いたらしい。君は何者か、ときかれたので、アドニバル、ただのアドニバル、と答えておいた。

 しばらくして、バァルが操る体、その目を通して見て驚いた!

 バァルは若い頃のエリシェ姉さん、トゥグラトさんと戦っているのだ。死者の都で会ったナンナさんもいる。

 何より懐かしい人に出会えた。あのシャマールさんがこの時代に来ていたのだ。懐かしさに魂を震わせていると、バァルが不審に思って精神の内で語りかけてくる。


「君はエルシードとイルモート、そしてあの剣士を知っているのか?」

「勿論さ、私にとっての大事な家族だ」

「神をからかうのは良くないぞ。器たる君だから許すが、気をつけるがいい」

「なぁ、バァル、きっと君は負ける」

「何故だ、アドニバル」

「シャマールさんはハドルメ最強の剣士だし、エリシェ姉さんの拳骨も痛い」

「エリシェというのはエルシードか、確かに彼女が怒ると宥めるのには苦労するが」

「そうだろうとも。それにね、バァル。あのガドという少年、きっと君はあの子に負けるよ。彼は諦めるということを知らないんだ。私は知っているぞ。神様っていうのは諦めない人に弱いということを」

「なぜそう言い切れる、アドニバル」

「そう、そうそれ、最近やっと私の事を名前で呼ぶようになった。最初はヒトとしか呼ばなかったのに。諦めずにバァル、バァルと呼び続けた私の勝利だ」

「ふん、お前のような頑固者に付き合うのが面倒になっただけだ」


 ナンナさんが巨大な闘技場を作り、バァルとガドたちが戦っている。

 その戦いの中で、バァルの魂は悩みだしていた。ヒトの強さとは、命とは何か……。

 そして周りをシャマールさん達に囲まれた時、私に言ったのだ。


「アドニバル、私は負けた。いや、武力ではなく魂の強さで勝てないと気づいてしまった。恐らくやつらは私を殺すだろう」

「はっはっは、私の言った通りに負けただろう」

「死のうとしている時に、お前は何でそんなに楽観的なのだ!」

「バァル、ガドを見てごらん」


 半ば意識を失ったガドが、バァルを助けるように身を乗り出し、手を広げた。その瞬間、バァルは本当の意味での敗北を魂で認めたのだ。これでよかったんだ、バァル。ほら、皆の手を取ってごらんよ。きっと温かいはずだから……。


「バァル、気をつけろ、何かが来る!」


 嫌な気配を感じ、私はバァルに警告を発する。空が割れ、あのタダイが姿を現したのだ。


「タダイが、主神の従者タダイが呪いを振りまきにやってきた!」

「タダイだと? アドニバル、君は一体……」


 バァルは部下の神人と共にタダイや獣の騎士団に立ち向かう、しかし、赤い光が広がると、バァルも神人も姿を変えていくのだ。


「あぁ、体が原始のものへと変わるのを止められない。君の体だが私の魂との適合が強すぎたようだ」

「この体は、もしや飛竜か?」

「そうだ、飛竜の姿こそ智慧なき時代の私の体だ。もはや天界に戻れず、また君に体を返すこともできない。獣の本能でこの体は動くことになるだろう。死という解放さえ君にあげられないのだ。……本当にすまない」

「いいんだよ、バァル」

「何だと? 大体、いつも君は物事をあまり深く考えずにだな」

「まぁまぁ、落ち着いて。だって、これからも精神の内では二人で、ってことだろう? 数百年たっても孤独じゃないんだ。こんなに素晴らしいことはない!」

「……降参だ、アドニバル、君にも人にも」

「時間だけはたっぷりある。私の昔話を聞くかい?」

「あぁ、聞こう。その後でこちらの昔話を聞いておくれ」


 勿論だ、友よ。

 話し終えたら永劫の時を生きる友人同士、

 竜の目を使って世界を見ていこう。

 諦めずに生き続ければ、きっと会いたい人に会えるんだよ。

 改めてよろしく、バァル。

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