第183話 バルアダン隊②
〈バルアダン達、ギルアドの城にて〉
ラバンからの書状に目を通したバルアダンは部下達に招集をかけ、善後策を協議していく。
「直にサリーヌが正式な使者として命令書を持ってこの城に来るそうだ。ハドルメとの交渉次第だが、オシール殿の協力も仰ぐことになる」
「でも魔獣討伐は和平協定の条文にあるはずです。何か気になることがおありで?」
「神殿の奥の院の調査に向かったアスタルトの家のセトとエル、そしてサラ前元老(プロ・ナギ)、ラメド元老、元将軍のヒルキヤ殿、車輪のギルドのギデオン殿、ハドルメのシャマール殿とその従者シャンマが行方不明となった。…ガド達を護衛につけた調査隊だ」
「ガド達が!」
セトとエルを知っているウェルだけは少し怒ったようにバルアダンを見ていた。バルアダンはその様子を気にしながら言葉を続ける。
「外交的に大きな問題であり、ハドルメが和平協定を破るに足る失態だ。現在クルケアンの戦力はアナトの神獣騎士団第三連隊、そして我々の混成旅団のみだ。アサグ殿の連隊は別任務でクルケアンを離れているらしい。我々が北へ動けば戦力に勝るハドルメがクルケアンを襲撃する場合も考えられる」
「馬鹿なことを!」
「そうだ、ウェル、しかしそういう事態になる可能性がある以上……」
「違う、隊長、貴方が何を馬鹿なことを言っているんだ!」
ウェルの物言いに他の隊員は肝を冷やすが、しかし何となくウェルの気持ちが分かっていた。自分たちの上官がいつもらしくないのだ。
「隊長、さっきからセトやエル、ガド、ミキト、ゼノビアの事について何にも触れていない! ヒルキヤさんだってお爺さんでしょう? どうしてさ、何か言ってよ!」
「……助けに行けない。クルケアンの民の安全が最優先なんだ!」
「どうして! 隊長がいけなくても私達なら名分が立つはず。私達に行けと命令をしてください!」
全員が立ち上がってバルアダンに向けて姿勢を正す。彼らとてバルアダンが自分の弟妹同然であるセトとエルの救出に行けないのは分かっている。公人としての鎖が敬愛すべき上官を縛っているのだ。しかし、だからこその自分達なのだ。命令とあれば喜んで死地へ行くことができる。彼らは上官の為にその命令を待っていた。
「お前らまで死なせてたまるか! ガド達の時よりも少ない人数を送り込んでも無駄死にするだけだ。あぁ、こんな時になぜセトやガドの側に私はいないのだ!」
うな垂れて、椅子に倒れこむ上官に倣うように全員が膝を落とす。バルアダンの握りしめられた拳からは血が滴り落ちており、その無念さを全員が知る。
「助けに行く必要はありません」
その声に一同が驚いて振り返ると、露台にサリーヌと飛竜のタニンが舞い降りたところであった。
「バルアダン隊長。サリーヌ、ただいま戻りました」
「よく戻ってきたサリーヌ。詳しい話を色々聞きたいが、助けなくていいとはどういうことだ」
「サラ導師は亡くなりました。……しかしガド達は生きて戻ってきます」
全員の顔に血色が戻る。しかし同時に、なぜサリーヌはそのことを知っているのだろうと疑問を持った。サリーヌはニーナと共に見た幻影の事を語った。そしてそれが今の世界とは違う時代であることも。
「そうか、戻ってくるというのか……。しかしそれ以外の者達は絶望的か」
「いいえ、決してそうではないのです。情報を集めるしかありませんが、サラ導師は死の直前、私を見ていました」
「何?」
「はい、時間の揺らぎを超えて確かに私と目が合いました。そして時期を待て、と言ったように思えます。あのサラ導師がクルケアンの危機に手を打たずして亡くなられるとは思えません。いつになるか分かりませんが、きっと彼らは戻ってきます。だから今はフェルネスの事を優先にお考え下さい。時間の揺らぎの中ではガドは見事に戦っていました。次は私達が彼に倣う番です」
隊員たちが力強く起立し、上官の前に整列をする。彼らの最前列に立ったサリーヌはバルアダンを見つめた。バルアダンはその目を静かに受け止め、決意を込めた目で部下達に向き合った。隊員はいつものバルアダンに戻ったことを安堵し、また心強く思う。我らが隊長が、あの目をしているからこそ、自分たちは剣を取り敵に向かっていけるのだ。
「バルアダン中隊、敵は大森林へ逃げ込んだフェルネスとその一味だ。中隊はイズレエル城の旅団と合流し、遠征の準備を行え。特にウェルとラザロはギルドや隊商と交渉し、物資の準備を行え。黒き大地に補給基地を作るため、隊商のガムド殿と補給計画を相談するように。サリーヌとザハグリムは私と共に此処に残ってハドルメとの折衝を行う。分かったな!」
「は!」
全員が一斉に敬礼をし、高揚感の内に自室へと戻っていった。バルアダンがぎこちなくサリーヌを呼び止め、サリーヌはやや上ずった声で返事をしてその場に残る。ウェルは退室する際にバルアダンに別件を報告し、サリーヌの肩を軽く叩いて、彼らを振り返ることなく自室に向かって歩いていった。
「サリーヌ、よく無事で戻ってきてくれた。疲れているところ悪いが詳細を聞きたい」
バルアダンは露台に小さな円卓と椅子を並べ、少量の酒と肴を用意した。そこにいるタニンに声を掛けようとするが、鼻を鳴らしてティムガの草原に飛び立っていった。
「あの子ったら、気を回して……」
「ん、タニンがどうかしたのか?」
「いいえ! 何でもありません」
「それでは詳細を聞こうか」
「はい、エラムとトゥイの婚姻はそれはもう、素晴らしい式でした」
「ん?」
「アバカスさんが証人で、アナトさんが婚姻の儀の神官となり、私とニーナが付き添いとして手を引いたんです。皆の祝福の歌が評議会を包んで、やはり憧れというか、正直トゥイ達が羨ましいというか」
「何だと?」
「それで今回の事件が落ち着いた後、バルのお父様とお母様と夕食を共にする機会があったのですが、そこでバルの小さい頃のお話をたくさん聞けました」
バルアダンはヤム達の襲撃とセト達に関する報告を聞きたかったのだが、とりあえずガド達の安全を信じているサリーヌとしては、エラム達の婚姻こそが心中の半ばを占めていたのである。それに婚姻の儀について記した自分の手紙もバルアダンは読んでいるものと思っていた。
バルの両親であるラバン、ユディとの食事はやや緊張したが、彼らのもてなしによって、笑顔が絶えない団欒の時間を過ごすことができた。何やらユディから、サリーヌの婚姻の時にはどんな衣装がいいか、ぜひ
「待ってくれ、サリーヌ。君は一体何を言っているんだ?」
「え、私の手紙に関することですが? もしやお読みになっていないので!」
「す、すまない。先にラバン将軍の手紙を読んで頭が真っ白になっていて……」
たちまちのうちに機嫌が悪くなるサリーヌをバルアダンは必死に宥めた。彼女の機嫌が直ったのは、バルアダンがウェルからこっそり渡された女性用の装飾品をサリーヌに贈った後であった。
その様子を城壁から隠れるようにしてみていたウェルはため息をついた。そしてそれに同意するかのようにタニンが吼え、空を飛んで草原へと去っていった。
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