第157話 賢者の死⑦ シャマールとバァル

〈シャマールとバァル〉


「さて、神にどこまで通用するか、試させてもらいましょう」


 シャマールは魔人と化しながらバァルに近づいていった。


「ほう、勝てぬとは分かっているのだな」

「その通りだ。だが、戦神というのは戦場だけの勝敗しか見えぬらしい」


 シャマールは皮肉を込めてそう言った。彼の体に翼が生え、顔が竜に見紛うように変化してく。


「魔人というより、竜人というべきだな」

「……この体の内において、魂を喰らい合う蟲毒の結果、私だけが生き残った。ハドルメの竜の血因が凝縮されたのがこの身だ」

「自分の運命を呪うか、シャマール?」

「ここに来るまでは、しかし今は違う!」


 彼らは互いに抜剣し一歩近づいた。一息、呼吸をした後に、同時に踏み込んでその刃を振り下ろす。周囲に音高く羽鳴りが響きわたり、ハドルメの魔人は翼と尾も用いてバァルよりも早く態勢を入れ替え、その首筋に一撃を叩きこんだ。音を立てて甲冑に亀裂が刻み込まれる。バァルはシャマールの剣に刃を立てて回転し、そのまま至近距離からの振り下ろしを放った。シャマールの兜と胸甲に亀裂が入り、両者は後ずさって距離を取った。


「シャマールよ、お主がいた世界では一番強かったのか?」

「まさか、私より強い者は二人いる。兄上とバルアダンだ。特に武の祝福者のバルアダンは別格だ。個人として完膚なまでに敗北したばかりか、将器においても彼は私の遥か上に在る」

「またもや、バルアダンか。確かガドという小僧の中隊長だな。なぜそんな低い立場の者をお前程の男が拘るのか」


 バァルはシャマールを好敵手とみていた。神である自分が勝つにしろ、ここまで打ち合えるの男には広寒宮でも会ったことがない。できれば自分の部下にしたいくらいなのだ。あの神に挑んだ勇敢なガドという少年も、バルアダンはどの世界でも最強だと語っていた。自分が認めた男達が口を揃えて賞賛するバルアダンに、バァルはわずかながらの嫉妬と、好奇心を持つようになっていた。それに精神の中に会って自分と同居するもう一つの魂が自慢げにこう語るのだ。どうだ、すごいだろうと。


「アドニバル、後にしろ!」

「?」

 

 シャマールは突然叫ぶバァルを警戒しつつ、その隙を見て後方の様子を確認する。


「どうやらガド達は騎兵を半分程打ち破ったようですね」

「……そのようだな、鉄塔兵が子供に負けるとは」

「流石はバルアダン中隊、といったところでしょう。この世界には来ていませんが彼の中隊には月の祝福者も含まれている」

「武と月の祝福者が揃っているのか、これは恐ろしい」

「私は彼に王の姿を見た。我らの世界をまとめるのはあの男しかいない」

「王だと! 好奇心だけでなく殺意も沸いたわ。王は神に挑む存在、この世界に現れるのであればその首を刎ねてくれようぞ」

「神が人を恐れて何になる、ガド達を見るがいい」


 バァルは打ち負かされた鉄塔兵たちが止めを刺されず、傷の手当をされている光景を目の当たりにして絶句した。


「バァルよ、人は変わっていくぞ。後は神が変われば、我らは共存できるのではないか?」

「世迷言を!」


 衝撃に耐えかね、バァルは感情に任せた一撃を放った。人間にはありえない力で押してくるバァルに、シャマールは次第に抗しきれなくなっていく。刃音が空気を切り裂き、それを受け止める毎に魔人の腕が耐えかねて血しぶきが舞う。三十合を撃ち合った時、膝を屈したのシャマールだった。


「よくこれほどに打ち合った。褒めてやるぞ。神に抗った自分を誇りながら死ね」


 バァルの一撃をシャマールはその爪で受け止めた。肉が割かれ、骨を砕かれ、シャマールの左腕は切断される。剣はその勢いを減じず、左脚にも赤黒い裂け目を残した。


「おとなしくしておれば苦しむこともなかったろうに。生き恥を晒すな、シャマール」

「生きることが恥だと? 我がハドルメの民は魔獣や魔人と化しても生き続けたのだ。大事な人を、故郷をもう一度見るために! バァル、生きることに価値を見出せない愚かな神は、終に愛を理解できないのか!」


 剣を脚に突き刺したまま、シャマールは片手で剣をバァルに突き刺し、そのままバァルの胸元へ倒れこむ。


「シャマール、見事であった」


 バァルはシャマールの体を受け止め、床に寝かせた。


 ……大事な人に会いたい、この男はそう言っていた。故郷や大切な者を愛することができるのが人間なのだと。神にそれが理解できないということは、神はヒトより劣っているのだろうか。ふとバァルは我が身を振り返った。果たして自分は誰か会いたい存在はいるのだろうか。そして彼の目の前にもう一人のヒトが現れた。飛竜に乗り、鉄槍を構えたガドであった。


「ガドか」

「バァル、後はお前ひとりだ」


 バァルは鉄塔兵が全て捕縛か、戦意を失っていることを知った。命を失ったものは誰もいない。戦場で敵を助けるなど、神の我が身では考えつかない愚挙だ。いや、シャマールの言葉の本質を考えれば、神こそが愚かなのか。


「よろしい。神とヒト、どちらが優れているか、ゲバルの民の前ではっきりと示してやろう」


 バァルはシャマールの血で染められた剣を構えた。

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