第141話 鉄門回廊②


〈エルシャ、奥の院へ向かう〉


「神官兵のタダイです。奥の院へのご案内に参りました」


 彼は少しよどんだ眼をして、上目遣いにこちらを見やってそう言った。タダイはわたし達と同じくらいの歳だろうか? いや、そうではない、幼くも大人のようにも見えるのだ。それは誰でもない、そう、他の誰とも比較できないあやふやな印象だった。


「セト、ガド、ミキト、ゼノビア、準備はできてる?」

「少しセトが眠そうだが大丈夫だ。野営の備品や魔道具のランプもなどもそろっている。ミキト、ラバンさんからもらったあの武器は持っているか」

「あぁ、試作品の短筒槍アルケビュス皮帯ベルトに装備している。威力は強いが、近距離でないと当てられん。弾も装填するのに時間がかかる。使いどころはガドが指示してくれ」

「エル、セト君が壁にもたれかかって寝ているんだけど……」

「セト、目を覚ましなさい!」

「あぁ、君か、エルシード……」

「エルシード? もう、まだ寝ぼけているの?」


 わたしはセトの頬を軽くつねる。


「あぁ、エルか、僕は大丈夫だよ」

「まだ寝ぼけて! さぁ、早く行くわよ」


 エラムとトゥイに見送られ、私たちは学び舎を後にした。タダイに何回か話しかけるものの、彼は沈黙したままわたし達を神殿に連れていく。神殿出身のサラ導師は先日から不在で、奥の院の入り口で待つという旨の置手紙があった。


「こちらでお待ちください」


 そこには旧フェルネス隊で、今は神官兵のガルディメルさんが待っていた。


「お久しぶりです。ガルディメルさん。先日は挨拶する機会がなく、失礼いたしました」

「そんなに身構えなくてもよろしい。施薬院の時はこちらも任務だった。そして今回の任務では味方なのだ。短い間だが共に任務を行えることを嬉しく思う」


 ガドが一歩進み出てガルディメルさんに詰め寄った。そう、施薬院の時に直接彼と戦ったのは彼だった。


「そんなに割り切れるものなのですか?」

「そうだ。ガド小隊長。仕える者の命令に沿って行動する、それが兵士だ」

「仕える人の命令が間違っていたら?」

「人を選ぶのは自分だ、ガド小隊長。フェルネス隊長に仕えることを決めたのは私達自身なのだ。後悔はなく、また任務であれば君たちに対してわだかまりを持つ必要を感じない。……そこのエルシャにしてやられた悔しさはあるがね」

「水に流していただけますか?」

「皮肉だな。水だけでなく、石や煉瓦の濁流で撃退されたのは初めてだ。……おかげで子供殺しをしなくて済んだ。その点は感謝している。また、最後は城外に優しく着地させてくれたしな。エルシャ、その点では君に借りができたのだ。だから、今回の任務でそれを返すつもりだ」


 そういってガルディメルさんは、武骨にうなずいた。


「ガルディメル様、シャマール殿一行が到着されました」

「通してくれ、タダイ、あぁ、シャマール殿、今回の調査ではよろしくお願いします」

「フェルネスの部下のガルディメル殿ですね。私としてはフェルネス隊の君がいて好都合だが、ハドルメの民を集めてクルケアンの神殿は何を考えているのやら」

「お気を付けください。和平が成ってすぐですので、我ら面倒な存在を暗殺するは考えにくいですが、事故という線も考えられます」

「うむ。しかしそれは力で食い破るとしましょう。設計者オグドアドの、ヤムと神殿の協定はどうなっていますか」

「シャマール殿、部外者の彼らの前です。ご自重ください」

「いいのです。セト、エルシャ、そしてバルアダン中隊の兵よ。私はバルアダン殿に期待しているのです。ハドルメに来てほしいとさえ思っている。今回の調査で私達のことを君たちにも知って欲しい。……ガルディメル、続けてくれ」

「はい。賢者ヤムと元老トゥグラトとの協定では今後討伐した魔獣の半分をクルケアン側に引き渡す代わりに、ハドルメの建国の支持と物資供給、そしてクルケアンの奥の院の探査の許可を得るものでした。奥の院には地下三層に渡って神殿の施設が建設されており、それより下層は洞窟となります。古代に迷い込んだ魔獣も多く、また魔獣の実験で放棄された廃棄物も多いためその討伐を願う、とのことでした」

「クルケアンのために掃除をしなければならないのか……。だが、それでも魅力的な調査だ。しかしトゥグラトは真実とやらを何処まで知っている?」

「測りかねます。ただ、半世紀ほど前からヤム殿とのつながりがあったと聞き及んでいます」

「……ガルディメル、貴方はヤム率いる設計者に仕えているのか、それともハドルメに仕えているのか?」

「私はフェルネス様にお仕えするのみです」

「それはハドルメと同義ではないと?」

「ハドルメがフェルネス様の味方であれば、何も問題はございますまい」

「……無論だ、フェルネスは私とオシール兄上の弟も同然だった」

「シャマール様! そろそろ出発を致しましょう」


 シャンマという少年がシャマールさんを促した。私たちは彼らの話から気付いたことは一つのだ。ここにいるのはクルケアンの家とハドルメの関係者ばかりということ。恐らく唯一の例外がタダイだ。この調査団に大きな被害があれば国が動く。今回の調査は神殿の好意なのだろうか、それとも罠だろうか。

 タダイが奥の院の入口へ案内する。それは暗い回廊内にある鉄門だった。サラ導師がそこで権能杖を二本持ってたたずんでいた。


「揃ったようだね。では奥の院へいこう。私は地下一層までしか知らない。そこの空き室を拠点とし、更に下層へ向かうとしよう」

「サラ導師、一般的には奥の院はどういう扱いなんでしょうか」

「歴代教皇の遺体安置場であり、就任の儀式をする場所でもあるという。しかし地下一層より下からは血臭が漂ってくる。恐らく実験やそれに関する儀式が行われていたとみるべきだろう」


 タダイを先頭に私達は鉄門の前に立つ。タダイが首飾りを掲げ、その魔力をかんぬきに通した時、鉄門は大きく音を立てて開いた。血の匂いがひどい。これは魔獣の匂いだ。


「これほどまでに魔獣の匂いがひどいとは。この瘴気にやられかねん。セト、浄化せよ」


 セトが短剣を抜き放って魔力を込める。赤く光った刀身をかるく振るうと、たちまちのうちに瘴気は消え去った。


「ほう、それがセトの力ですか。魔獣の魂すらも解放したと聞く」

「はい。魔獣石も可能です」

「クルケアンの魔獣石を開放すれば、ハドルメの民の魂も安らぐというものだ」

「はい、いつかは、それを為そうと考えています」


 セトは呟くようにそう言った。いつも元気なセトらしくない。緊張をしているのだろうか?


「ありがとう。きっとハドルメは、君に感謝するだろう。人化ができないと分かれば君の手で彼らを救って欲しい。……神殿がどう思うかはわからぬが。どうなのだ、ダダイとやら」

「魔獣石の解体でしょうか? 神殿は先の評議会で魔獣石のこれ以上の増加を認めず、通常石材を用いた横への都市拡張に賛成しております。もはや解体してもよろしいのかと」


 タダイは、わざと魂の解放から逸れた返事をした。シャマールさんが舌打ちを堪えるように端正な顔をゆがめる。


「よい。その件はすでにトゥグラトへの謁見の際に確認した。それよりもな、タダイ」


 シャマールさんはタダイを背後から切りつけた。


「シャマールさん!」


 わたしは叫び声をあげる。タダイが斬られたと思ったのだ。でも結果の予想に反してタダイは天井に張り付いていた。岩の天井の窪みを利用して、手と足の指のみで体を固定しているのだ。


「なぜ神殿は機関の者を派遣するのだ。お主の身のこなしから暗殺などの任をこなしてきたものであろう」

「確かに特務の任についておりますれば、そのような誤解を受けても仕方ありませぬ。しかし、だからこそ先導としてこの任を務めております。小物を斬って満足するシャマール殿ではありますまい。剣を引かれよ」

「まぁよい。われらの後ろにつかないでもらおう。シャンマ、タダイと共に先導をするように」

「はい、シャマール様」


 この中でシャンマが一番若い。見習いといっても十歳になるかどうかの年頃だ。なにかシャマールは特別な配慮をしているように思える。そのシャンマが恐る恐るタダイに話しかけ、タダイはそれを無視して先へ進む。控え室と思わしき部屋に通され、わたし達は荷物を置いて小休止した。部屋とは名ばかりの、岩がむき出しとなった洞穴みたいな空間が広がっている。


「この部屋は女神の間と呼ばれております。ここを拠点に下層へ参ります。机と椅子、資料棚を用意します」

「サラ導師、なぜここは女神の間というのでしょう。クルケアンの神殿ならイルモート神を祀ると思うのですが」

「はるか昔に、一柱の女神像があったらしい。祈りをささげる乙女の像でとても神々しかったと聞く。すでに失われているがな」

「……サラ導師、その像はどこへいったのでしょうか」

「シャマール殿がお気になさるとは。ハドルメでは女神を信仰しておいでか」

「確かにハドルメは女神エルシードを信仰しております」

「成程な。その女神像は、神に捧げられるために地下最下層の大空洞の祭壇へ捧げられたと聞く」

「……大空洞ですか」

「伝説では悪神が眠るという。おそらくイルモートだと思うが、クルケアンの神殿そのものがその封印という言い伝えもあるのだ」

「シャマール様、どうかしましたか?」

「何でもない、シャンマ」

「それでは皆様、下層への入り口がこの部屋を出たところにあります。第三層は儀式の間なれば立ち入りは遠慮いただき、洞窟へと進んでいきましょう」


 そこは階段というよりも、巨大な穴が広がっていた。直系十アスク(約七十二メートル)もあろうその穴の縁には石切階段があり、わたし達はゆっくりとそこを下ってゆく。階段は三人ほどは歩ける幅があるが、内側は奈落の底に続くと思うと歩く気はしない。ミキトが岩を蹴って、聞き耳を立てる。


「音もしない。いったいどのくらいの深さがあるんだ?」

「小隊長、ランプを」

「あぁ、ガド小隊、セトとエルを内側にして、外側からランプを照らすぞ。タファトおばさんの力を込めてあるので普通の三倍は明るいはずだ。直視して目をくらまさないように」


 ガド達の明かりによって、逆にその穴の闇の深さが浮かび上がる。悪神を封印したのもうなずける話だ。

 

「シャマール殿」

「何だ、タダイ」

「先ほど女神像が捧げられたとお伝えしましたが、訂正します」

「どういうことだ」

「女神像はこの穴に投げ捨てられたのです」

「何だと!」

「いかがなされた。クルケアンが像を捨てたところであなたが怒る道理はないでしょう。それも百年以上も前の話です」

「そうだな。私がとやかくいう理由もない」

「もし穴の底にその像があれば持ち帰ればよろしい。神殿はハドルメのとの友情を第一に考えますゆえ。それにその像はハドルメとクルケアンの友好の象徴とも言われておりました」

「物知りだな、タダイよ」

「噂に過ぎませぬ。ハドルメの勇者とクルケアンの神官の娘が恋に落ち、その娘が石化したとか……。おや、シャマール殿、どうなさいました、怖い顔をしていらっしゃる」


 シャマールさんはそれ以上何も言わず、皆も黙って冥府のような穴を降りていった。瘴気が強くなり、セトは再び短剣を取り出してその赤い光を下層へ解き放った。


 何か変だ。普段のセトなら無造作に力を解き放つことはしないはずだ。そしてその剣は抜身のまま手に握られている。

 そして下の方で魔獣の鳴き声が聞こえ、一同が身構えた瞬間、セトが穴の底へ飛び込んでいったのだ。


「セト!」


 わたしの悲鳴が洞窟中に響き渡った。


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