第110話 都市建設の家畜
〈セト、祝福の意味を知る〉
「バル兄、気を付けていってらっしゃい」
「サリーヌ、ガド、わたしとセトがいない分、バル兄の事を頼むね」
僕たちはそう言って、バル兄達が黒き大地へ行くのを見送った。
……昨日あったことはいえなかった。出征前のバル兄たちを困らせたくなかったからだ。
バル兄たちが見えなくなるまで手を振った後、活気づいている工房に戻り、ソディさんと打ち合わせをする。
「ソディさん、出資者の説明会はいつになりましたか?」
「明後日ですね。会場は神殿の大聖堂です」
「大聖堂!」
「シャヘル猊下も市民への広報効果を狙ってのことでしょう。大したものです」
僕やエルが走り回ったおかげで出資者は百人を超えた。また、
「当日、少なくとも千人近くは集まると思いますよ」
「う~、よし、やる気が出てきた! セト、口の祝福の力、見せてあげるからね」
エルがこぶしを突き上げて、気勢を上げた。まったく逆境に逞しい幼馴染ほどありがたいものはない。二人で盛り上がっていると、サラ婆ちゃんが三十二層まで降りてきた。
「セト、それに皆、済まないが作業を一旦やめてほしい。私から伝えたい真実があるのだ」
その顔は珍しく疲労のあとが見て取れた。彼女らしくないその雰囲気に、昨日の教皇が言い放った、人を家畜と同様に扱う政策に関する事なのだろうと気付いた。
サラ婆ちゃんは三十三層外壁の露台に皆を連れてきて、しばらく風に当たった後で語りはじめた。
「皆に伝えたいのは神の祝福の事だ。技能に祝福などありはしないのだ」
僕たちは驚きの声を上げた。
「元老と神殿が結託して四百年間行ってきた紛い物の政策だ。初等教育で個人の能力をある程度把握してから、訓練生になる前に神の祝福と称して適性な学び舎やギルドに送り込むためのものだった」
「婆ちゃん、何のためにそんなことをしたの?」
「クルケアンの発展に寄与させていくためだ。神から祝福を受けた子供達は、喜んでその生産性を高めたのだ。恐らく四百年前に人口が減少した時に、強制ではなく少しでも自発的に都市復興を果たすための装置であったのだろう。私も含めた支配者側はな、人の生き方を縛ってしまったのだ。教皇が言ったことは正しい。それは都市のために人を家畜化するものだった」
エラムが露台から黒き大地を眺めながら呟いた。
「じゃぁ、僕には技の祝福なんてないんですね」
「そうだ、エラムよ。個人としても、元老であった身としてもまずは君たちに謝罪する。済まなかった」
そう言って、サラ婆ちゃんは次の評議会で祝福の件を公にするよう主張するつもりだと語った。
「良かった、神の祝福なんてものがなくて」
「!」
そう言ったのはエラムだった。
「だって、今、僕が設計しているのは自分の能力なんでしょう? 今、僕は自分のしたいことを、自分の力でやっている。いや、皆と共にできている。サラ導師、真実を伝えてくれてありがとうございます。これで胸を張って仕事が、生きていくことができる」
「あぁ、エラム、お前は強い子だ」
「思い出した、エラムはトゥイから祝福を受けていたんだ!」
「そうそう、エラムはトゥイから努力の祝福をもらったんだよね」
「結局、僕はトゥイから祝福を授けられていないなぁ」
「セトとエラムはお互いを祝福すればいいと思うよ?」
トゥイが目を輝かせて提案した。
なるほど。確かにそうだ。エルを見ると、彼女が期待を込めて僕を見つめている。
「ええと、エルシャよ。汝に……口と手の祝福を授けよう」
「一緒じゃない! わたしの口が悪いっていうこと? それに手が早いっていうことかしら?」
そう言ってエルは力いっぱい僕の頬を引っ張る。神殿が彼女に口と手の祝福を授けたのはあながち間違いではなかったんだ。
「ち、違う(違わないけれど)、ほら、星祭りでも皆の前で演説していたし、次の神殿での集会もきっとエルの話術でうまくいくと思ったから!」
「ほう、ならば手は?」
少しだけ頬をつねる力が弱まる。よし何とか助かりそうだ。
「手はね……アスタルトの家の運営手腕さ!」
僕は少し口が引きつりながらも何とか答えることができた。
「はい、嘘ね、ではお仕置きをします」
理不尽にも支部長は僕の頬をこねくり回すのだった。なぜ嘘がばれてしまったのだろう?
「エル嬢ちゃん、そこまでにしておくんだ。きっとセト君は恥ずかしがっているんだよ。きっと君にふさわしい祝福を授けてくれるさ」
「本当、セト?」
イグアルさんめ! 衆人環視の中でいいたくなかったのに。僕は覚悟を決めてエルに告げる。だってエルへの祝福なんて昔からこの言葉に決まっている。
「エル、僕は君に家族の祝福を授けるよ」
「家族!」
トゥイが感極まったように両手を握り、イグアルさんは口を開けっぱなしにし、エルは顔を真っ赤にして僕を見ている。
「セト、もう、なんでこういう時に。……も、勿論嬉しいんだけど」
「エルも嬉しい? 良かったぁ!」
「え、ええ嬉しいわ。セト……」
「エルは皆と仲良くなるからね、小さいときも、今も、君は人を引き付けて、いつも君の周りにいる人は家族のように安心するんだ。これからも家族の祝福の力をふりまいてくれ」
笑顔で笑った僕に、エルの本気の平手打ちが襲った。
「なんでぇ!」
サラ婆ちゃんとタファト先生、そしてトゥイが冷たい目で見ている。エラムとイグアルさんはエルを宥め、後で男同士で話をしておくから、と何やら約束している。
「さて、話の続きだが、もうお前たちのおかげで心の重石が取れたわ。本当の意味の祝福は存在する。太陽、水、月、武の四つだ」
「サラ導師、わたしやイグアルさんの水は本物なんですね?」
「あぁ、そうだ。魔力とは別にその祝福はクルケアンになくてはならないものだ。しかし、その者の数は減少している。月の祝福は、私と、師匠と、サリーヌと……ダレト」
「水の祝福は、私とエル嬢ちゃんとあと大塔にいる七人」
「太陽の祝福は私を含めて五人」
「武はバル兄ただ一人!」
「そうだ。そしてその数は年々減少している。月はもともと少ないのだが、恐らくこの三十年で誰もいなくなるだろう。そのときにこのクルケアンは都市機能を維持できなくなる」
そうか、だからシャヘルさんも、先生の義兄のダルダさんも魔力や祝福を必要としない都市建設を考えていたのか。
「誰かが死んでも、もう恐らく祝福を持つものは出てこないだろう。セトやダレトとサリーヌのような例外を除いてはな」
「僕の印の祝福は?」
サラ婆ちゃんは黒き大地を指さした。その細い指の先に、バル兄が目指す黒き大地が蜃気楼のように揺れている。
「お前の祝福は特別だ。魔人から魔獣の力を抜いたり、魔獣を消し去ったりと、お主の力は破壊に特化したものと思っていたが、もしかしたら間違っていたかもしれぬ。もとの在るべき形を、本質に戻すのがお主の本当の力だと今では思っている」
だから、お主の力であの黒き大地を豊かであった昔の状態に戻してはくれないだろうか、そうサラ婆ちゃんは言ったのだ。
「クルケアンの中層、上層は廃棄せざるを得ない。下層のみでは人口が多すぎる。我らが生きるためには横へ広がるしかないのだ。祝福や魔力に依らない都市機構と、都市の拡大を同時に我らはしなければならない」
あぁ、未来が見えた。
サラ婆ちゃんのおかげで僕の力の使いどころがようやく分かったような気がする。
「サラ導師、大変です!」
ソディさんが露台まで駆け込んできた。あのソディさんが慌てるだなんて、何があったんだろう。
「今、ギルド長から使者が来たのですが、太陽の祝福者一名、水の祝福者二名、何者かに暗殺されたとのこと」
目の前が真っ暗になった。クルケアンは誰かの悪意によってその破局を速められている。悔しさで短剣を握りしめながら僕はこう思う、一体誰が、何の目的でそんなことをするのか、と。
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