第103話 神の鉄槌⑥ 亡国の騎士団

〈神の鉄槌、第五段〉


 黒き大地の祭壇にてラメドたちは予想通り、オシールの率いるハドルメ騎士団と邂逅した。両軍が空で対峙する中、アナトとニーナが進み出てオシールとの会談を要求する。


「そこの魔獣の騎士団よ、代表者と話がしたい。戦うにしろ、和するにしろ、まずはお互いを知ってからだとは思わんか?」

「ハドルメ騎士団だ。我らを魔獣扱いするとは、クルケアンの民は今も昔も変わらぬらしい」


 オシールとその弟のシャマールが進み出る。


「そこの黒き大地の魔獣はクルケアンの民に害をなしている。邪魔をするならばそなた達も排除するのみだ」

「お主たちが魔獣と呼ぶのは我らハドルメの民の成れの果てだ。わが国民を害するお前たちこそ退くがいい」

「国民だと? 人外の国があるのか?」


 シャマールが怒りで剣を引き抜こうとするのをオシールはその目で制した。オシールは距離的にこの会話がクルケアンの兵に聞こえていないことを確認し、アナトに再び向き合った。


「アナトよ覚えておくがいい。クルケアンが我らがハドルメの民を魔獣化したのだ。……我ら四百年、死ぬこともできずこの大地を彷徨っておる」

「魔獣は死なぬだと?」

「あぁ、体が滅べば魂がここに戻りて復活する。永遠の苦しみを味わうのだ。神殿の、憎きイルモートの呪いだ」


 そう言ってオシールは遠く南に聳そびえ立つクルケアンを眺める。


「しかし石になってしまえば苦しみを味わうこともない。復活することもない。皮肉なことだ。我らは長年、クルケアンが高く積み上げられるたびに悔しさを味わい、鎮魂を願うのだ。……あれは我らが墓標よ」

「嘘だ、神殿がそんなことをするはずがない。神の愛を、その慈悲を伝える代行者が神殿だ。そのような無体なことをするはずがない。それになぜ今頃になって出自を明かし騎士団を率いてきたのだ」

「お主たちで言うところの、魔人化の技術を手に入れたのよ。おぞましい技術だが戦力は整いつつある。既に何人かは異形とはいえ、往時に近い姿を取り戻した。これから我らの復讐が始まるのだ」

「魔人化だと、そのような神も許さぬ所業をお主たちは!」

「お主たちの技術だ。神殿の実験の成果を譲ってもらったのだ。取引でな。憎き相手であるが、神殿もその立ち位置を変えつつある。恐らくこの数年で未曽有の変化が訪れるだろう。その時までは休戦となった」

「何を馬鹿な! 我らは戦いに来ているのだぞ?」

「感謝する。これで多くの民がこれで魔人となって復活する。魔獣の半分ほどは神殿に渡さねばならないがな。さて、話し合いは終わりだ。アナトよ。何よりこの会談で解決するとは思っておらぬ。ハドルメとクルケアンは並び立てぬのだ。しかしな、戦う前にお主に問いたかったのだ」

「……何をだ」


 呻くようにアナトは呟いた。


「妹と共にこちらにこい、アナト。我らは共に魔人化している仲間だ。クルケアンの時の流れに置いていかれるより、ハドルメの民となって同じ時間を過ごせ」


 今はまだ考える時間をやろう。ただし、神殿にこの会談の内容は言ってはならぬ。また神殿を信じてはならぬ。さもなくば永遠に殺されることになるぞ、オシールはアナトの耳元でそう囁いた。


「クルケアンの民よ、我らハドルメの民はここに建国を宣言する! この黒き大地は汝らのものに非ず、我らの土地である。それを許さないのであれば、自身の正義は己が剣によって証明せよ!」


 飛竜騎士団がざわめいた。その最後の言葉は彼らの騎士叙任の時のものだった。あの騎士団は自分たちと何処かで繋がりがあったのだろうか、と、騎士たちがお互いを見やり、自分たちの手綱が揺れている事に気付いた。老いた飛竜たちの眼が赤く光って涙を流している事を彼らは知った。


「飛竜よ、私の声が聞こえるか。……久しぶりだな。我が友よ。俺は遂に戻ってきた。この四百年、望みもしない主人に仕えたその苦労、本当に済まなかった。さぁ、古の盟約に基づき、我がハドルメ騎士団に帰還せよ!」


 飛竜がその鞍上の騎士を振り下ろした。血の泥濘である黒き大地がその衝撃を吸収したものの、多くの騎士が戦闘不能となり、苦悶の声を上げる。

 飛竜はオシールのもとに駆け付け、甘えるようにその周辺を飛び回る。その数、六百体。人よりもはるかに長く生き、交配も稀な飛竜の殆どがクルケアンを裏切ったのだ。いや、飛竜にしてみれば忠誠を誓った主人が戻ってきただけであっただろう。


 オシールは残る飛竜にも声を掛ける。


「若き飛竜よ。汝らの親は我らの盟友だ。お主たちも我が国へ来い」


 オシールを知らない若い飛竜は戸惑い、親の方へ向かって悲痛な声を上げた。親は呼びかけるように子に声を上げる。

 そこに大きな老竜が現れ、雷鳴のような声を上げたのだ。歩兵を引き連れて行軍していたバルアダンとその騎獣タニンが両軍の間に割って入ったのだ。


「タニン、古き友よ、クルケアンに与すというのか!」


 オシールは叫ぶ。タニンの鳴き声を受けて若い竜は飛竜騎士団に押しとどまった。そしてタニンはバルアダンと共にオシールに対峙した。


「そうか、タニン、お前はその男に未来を賭けるというのか。お前らしい……」


 オシールはバルアダンの精悍な表情を見ながら独白した。寂しそうな顔は、やがて決意に代わり、クルケアン軍に対し、宣戦布告を行う。


「これより、ハドルメ国は都市クルケアンに対し、宣戦を布告する。まずはこれを見るがいい」


 一人の老人が魔獣に騎乗して前に進み出た。その下には前日の魔獣の遺骸が積み上げられていた。バルアダンは道中、魔獣の遺骸が半分ほどだったことに疑問を持っていたが、恐らく夜のうちに魔獣が運んでいったのであろうと得心した。しかし、その理由は分からない。そしてバルアダンは老人がどこかで見た人物であると気付く。


「ヤム殿? ヤム殿ではないか!」


 バルアダンは思わず叫ぶ。そこには貧民街であった老人が、そこで魔獣に殺されたはずの老人がいたのだ。そしてアナトの横から、お爺ちゃん、というか細い声をバルアダンは確かに聞いた。

 老人は権能杖を振りかざし、魔獣の遺骸を瞬く間に城壁に変えていった。


「ハドルメの民よ。今は石と化して休むがいい。全てが解放されるその日まで」


 クルケアンの軍の前に、自分たちの都市の半分ほどの高さを持つ城が、そして魔獣と飛竜の騎士団が傲然と立ちはだかったのだ。相手の戦力もさることながら、飛竜騎士団を中心に心を折られた兵士たちは次々と地面に膝を落としていった。

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