第96話 北伐③ 威力偵察

〈バルアダン、北伐の途上にて〉

 

 北伐四日目

 この日の午前中に続々とクルケアン連合軍ともいうべき、軍と神殿の部隊が集結してきた。シャムガル将軍率いる第一軍団および工兵・輜重兵、ラメド団長が率いる飛竜騎士団、フェルネス、アナト、アサグ率いる神獣騎士団が既に基地に到着し、それぞれの荷下ろしと、城壁の建設に乗り出していた。第二軍団は私達の報告によって建設された三か所の基地への補強作業が終わり次第、輜重と伝令・防衛の兵を残して明日には合流する手筈となる。


「明日、払暁に黒き大地へと侵攻する。目的は魔獣の殲滅、および魔獣の発生原因の調査だ。その後は城塞を建設し、大地の浄化を行い、北の森への探索への拠点とする。明日のために、敵の規模を知りたい。魔獣が群れを成しているのか、それとも単独なのか。将官による威力偵察によって最終的な作戦を決定する」


「飛竜騎士団からは私、ラメドとバルアダンの二名、それに副官を出しましょう」

「それでは、神獣騎士団からはフェルネス、アナト連隊長とそれぞれの副官をその任にあてましょう」

「半刻後に出発とする。監視も怠らぬように」


 会議が解散し、私はラメド団長に声をかける。


「ラメド団長、私には副官がつけられておりません。大隊長の副官から誰かを派遣願えませんか?」

「そうだったな、まだ中隊長であったなぁ。いや、かまわん、第一小隊長を副官代わりに連れていけ」

「あまり、サリーヌをアナトとニーナに近づけたくないのです」

「過保護だな」


 ラメド団長は容赦なく断じた。


「過保護、ですか」

「いつかはサリーヌも気付く。セト君達もな。あの子たちの成長を待っていると思うが、儂からすればお主のほうが弱い。出城での試合もそうだ。もう少しで死ぬところだったではないか。いや、あの瞬間だけは、斬られてもいい、と思っていたのだろうて。バルアダン、お前は弱い、だから多くの人の支えを必要とする。サリーヌに支えてもらえ」

「まるで、兵学校の校長のようですね。そうか、私はまだまだ弱いですか」

「あぁ、まだ儂から見れば訓練生だ。大人扱いされたくば、周りをうまく巻き込むことだ。いや、お主を慕って多くの若者が近くにいるではないか。恐らく、待っているのではないかな」


 お主が心を開いてくれるのを、弱みを見せてくれるのを。それを戦友というのではないかね、そう言って、ラメド団長は私の肩を強く叩いき、笑って去っていった。


「サリーヌ、私と共に威力偵察だ。ガド、二刻ほど留守にする。それまでの間、魔獣を想定とした集団戦の訓練だ。特にガド小隊は搦め手として状況を動かしてもらう。ラザロ、ユバルの突進力を生かした戦術を実現できるよう連携を強めておいてくれ」


 タニンに二人用の鞍を設置する。


「タニン、いよいよ実戦だ。頼んだぞ」


 タニンが低い声をあげて頷き、飛翔の準備を始める。


「さぁ、サリーヌ、黒き大地へいこう」

「お供します」


 サリーヌに手を伸ばし、鞍の後方に引き上げる。


「飛べ、タニン!」


 竜が羽ばたき、上空に舞う。基地のはるか上空では、すでにラメド、フェルネス、ガルディメル、アナト、ニーナがその騎獣を駆って待機していた。


「フェルネス、儂が初動と撤退の指示を出すが、その後はお主が指揮を執れ。魔獣との実戦はお主が一番の経験者だ」

「鬼将軍といわれたラメド団長の言葉とは思えませぬな。しかし、了解です。任されましょう。バルアダン! ハミルカルもタニンに対抗意識を持っているようだ。楽しみにしているぞ」


 フェルネスはハミルカルを駆って私達の前方に位置取った。


「アナト殿、そしてニーナ殿、飛竜騎士団の腕前をお見せしましょう」


 私はアナトとニーナにも声をかけた。ニーナは少し身体を強張らせた後、一礼した。

 後ろのサリーヌの気配を探る。突然、元の自分の名前を呼ばれて動揺するかと思ったが、気配から察するに落ち着いているようだ。アナトは返礼のつもりで声をこちらに掛けようとしたのだが、ニーナに急かされて、フェルネス隊長の後を追っていた。


「サリーヌ、この偵察が終わったら、君に話さなければならないことがある」

「はい。バルから話されるのを待っています。だから、今は生き残ることを最優先に考えて……」


「さぁ、バルアダン、神獣に置いていかれるな、行くぞ!」


 ラメド団長と共に、拍車をかけ、全速力で黒き大地へ飛び立った。

 一刻もしないうちに魔獣の腐ったような血の匂いに包まれる。眼下には黒き大地が広がっている。そうか、黒き大地とは魔獣の血で染まった大地のことであったか。


「あそこを見ろ、魔獣が湧き出ている!」


 ラメド団長が呻くように叫んだ。黒き大地の中央にある高台に、小さな神殿らしきものがある。その神殿には天井はなく、柱が数本直立しているのみだった。それは祭壇なのかもしれない。そこから赤い光が発するとともに魔獣が一体、泡のように生れ落ちてくるのだ。魔獣は意思があるように黒い大地の端へ移動しく。


「バル、大地が揺れている!」

「もしや、この大地の大半は魔獣で埋め尽くされているのか!」


 魔獣の血で染まった大地の上で、おぞましく蠢いているものを見ながら身震いする。その数、数万。数の上では圧倒的に魔獣が有利だ。だが、人間には頭脳がある。作戦の妙を得れば対抗できないはずはない。しかし、それでも代償は大きいだろう。

 フェルネスが祭壇を指さした。


「バルアダン、あれを見ろ、人らしき者がいるぞ」

「何だと……!」


 高台の祭壇に古めかしい服を着た人がいる。それは魔獣の使役者の様にも思えた。


「フェルネス、あの祭壇を探りましょう! 空を飛ぶ魔獣に警戒し、駆け抜けながら状況を確かめるしかない」

「承知、ラメド団長は後方で遊撃を、それ以外は俺に続け!」


 神獣と飛竜が縦列となり、一条の槍のように空を割いていく。空を飛べる魔獣が私達に気付き、飛び掛かるが、加速しきった私達に下方から追いつけるはずもなかった。

 ただ、祭壇を守るように前方から待ち受ける魔獣が五体ほどいた。


「速度を落とすな、魔獣に囲まれるぞ、バルアダン。俺の横へこい。前の半分は任したぞ!」


 フェルネスは突撃槍を構えた。ハミルカルは頭を下げ、主人の視界を確保した。片手で握った手綱と拍車とで騎獣に指示を与える。私もそれにならって突撃槍を構えた。こちらはタニンに動きを任せ、目の前の敵に集中する。


 雷光を意味するハミルカルがその名の通り、雷のように速度を減じることなく回転しながら魔獣へ向かっていった。光が走り、槍が一体目の魔獣に突き刺さる。


「まだだ、左前!」


 そして魔獣を突き刺したまま、二対目の魔獣に激突する。叫び声が上がり、二体の魔獣は貫いた槍と共に大地へ落ちていった。


「タニン、こちらも行くぞ!」


 右前の魔獣の翼を槍で引き裂き地に落とす。そのまま上空へ旋回し、勢いをつけて降下する。もう一匹の魔獣が後続のアナトに牙を向けた瞬間、上方からその頭蓋を槍で貫いた。

 そのまま祭壇に向けて前進する。


「あと一体!」


 突撃槍を構えて正面から対峙しようとした瞬間、投槍が私の兜の横をかすめて音を立てて飛んでいった。魔獣の口に吸い込まれた槍は、そのまま顎と喉を砕いて反対側へ突き抜けていったのだ。魔獣は空中で絶命し、黒き大地に消えていった。


「神獣騎士団もいいところを見せねばな」


 アナトがそう平然と言い放った。何という剛腕だ。強い戦士でもあったダレトではあったが、それは力より技が上回っていた。この力は人に出せるものではない。べリアやアサグの魔人化した膂力を思い出し、呻き声が漏れた。


「祭壇を半周して撤退だ」


 祭壇を回りながら観察をする。そこには老人と壮年の男性が二人いたのだ。頭巾を被っておりその表情は見えない。次第に遠ざかる彼らを見ながら、ラメド団長と合流し、追いかける魔獣を振り切って前線基地に戻った。


 彼らはどういう立場であそこにいるのだろう。クルケアンを憎んでいる者なのか、それともここに住んでいる者なのか。……それとも人ではないのか。

 ニーナが軽く震えているのが目に入った。アナトが騎獣をよせ、自分の鞍の前に乗り移らせ、何やら言葉をかけてやさしく抱きしめた。

 

 後ろを見やるとサリーヌが、その様子をじっと見つめていた。やがて私の背にもたれかかり静かに泣き始めた。

 あぁ、彼女は知っていたのか。

 私は彼女が落ちないよう、その手を私の腰に回させ、握りしめることしかできなかった。

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