第51話 バルアダン隊

〈バルアダン、百二十層への潜入前〉


 昼過ぎ、私は工房に向かうダレトとレビを見送っていた。


「二人とも引き際だけは間違えないでくれ」

「あぁ、命を最優先にするさ。バル、君が突入したらレビの保護を頼むぞ」


 目的の場所は鉄鎖で封印された部屋だ。そこには工房には不釣り合いな広間があり、ダレトはそこで権能杖の力を解放を要求されたという。壁を破壊するのではと躊躇うダレトに、神官のナブーは自信をもって催促したとのことだ。


「この壁は特殊な祝福で守られています。滅多なことでは傷つきませんぞ」

「ナブー神官、しかし印の祝福は未知数です。責任は取りませんがよろしいな」

「いいでしょう。印の祝福と同じく希少な月の祝福の魔力、どちらが強いか興味もある」

「月の祝福ですと? ならサラ導師が込めた力ですかな?」

「い、いえ、サラ導師では……なんにせよ壊れれば修復します故、ささ、力をお見せ下さい」


 ダレトは月の祝福はサラ導師しか持っていないはずなのだと私に説明をしてくれた。壊れても修復できるというのは別の祝福者の存在を意味しているのだという。


「武の祝福を持つバルと同じで、月の祝福を受けた者がその存在を隠し通すことは難しい」

「……なら神殿の庇護があるという事か」


 ダレトは頷き、そして彼が広間の壁を一部破壊したことを教えてくれる。ナブーは最初驚いていたが、それはやがて歓喜に変わったらしい。


「素晴らしい! これほどの力とは……!」

「しかし、壁に少し穴を開けた程度ですよ」

「いや、斧や槌、砲でも壊せない壁を破壊したのです! その力が解明できればきっと猊下もお喜びになるはず!」


 喜ぶナブーに適当に相槌を打ちながら、ダレトは壊れた外壁の場所を観察しており、潜入後の脱出口として使うのであれば、月の祝福で修復される前に行うべきだと彼は結論付けたのだ。


「前に仕掛けた宝石を爆破するから、バルとレビが騒ぎを大きくしてくれ。その隙に広間に潜入し、夜を待って調査を行う」

「もし壁が修復されればどうやって抜け出る?」

「サラ導師の魔力が込められた短剣を使う。僕一人通り抜けるぐらいの石なら抜き取れるはずだ」


 レビは何か思いつめたように考え込んでいる。緊張しているのだろうか、と思ったのだが、彼女の目はダレトを見ていた。……自分よりダレトの身を案じているのだろう。せめてその想いに応えようと、私はダレトにフクロウの首飾りを渡すことにした。


「ダレト、お守りだ。これを身につけておけ」

「神のお守りなんて僕はいらないよ」

「セトがくれたお守りだ。神々より頼もしいだろう?」


 お守りを押し付けて二人を見送った後、私は竜の手配を願うべく騎士館へ足を向ける。ちょうどフェルネス隊長が竜達を前に何やら考え事をしていた。


「隊長、今夕巡回に出るので竜をお借りしたいのですが」

「……そうか、お前がいたな、バルアダン」

「何のことでしょう?」

「お前の騎竜を決めようと思ってな。力強い竜は好きだろう?」

「もちろんです」

「少々わがままだが、きっとお前なら乗りこなせるはずだ」


 その竜はタニンといい、クルケアン中を棲み処としているらしい。だが最近こちらに顔を出すようになり、これを機に調教しようということだった。


「鞍はつけといてやる。その間、ベリア団長に騎竜が決まったと報告をしてこい」


 百九十層にある騎士館は兵舎を兼ねるだけあってかなり大規模だ。また、来客用の応接室や宿泊室、簡単な宴をするだけの広間もある。責任者であるベリア団長の執務室は中央にあり、豪勢な内装が施されていた。だが即時対応を旨とする騎士団くらしく、団長室に扉は設けられていない。


「バルアダンです。タニンを騎竜とするので報告に参りました」

「ほう、あの暴れん坊のタニンをか。押し付けられたかもしれんが、いい竜だぞ」

「押し付けられた?」

「調教しようとした騎士が三人、骨を折られて寝台で呻いておる」

「……」

「入り口に突っ立ってないでさっさと入ってこい。私も貴様に伝えることがあるのでな」


 私と同じく武の祝福持ちの団長が低い声で招き入れる。軋むような音が部屋に響くのは団長の義足の音だった。長椅子に座るように目で促され、一通の命令文を提示される。文の最後に軍の責任者であるシャムガル将軍の署名が見て取れた。


「元老のシャムガル将軍から指示があった。バルアダン、貴様を隊長にするということだ」

「……恐れ多いことながら若輩の身、諸先輩方を差し置いてそのようなことはできません」


 見習いの騎士である私が、いきなり隊長になるなど無理がある。固辞しようとした時、団長は笑って私を制止した。


「まぁ、落ち着け。何も今から隊を創るわけでもない。今後の話だ。個人的には今すぐにでも隊を任せたいのだが、他の隊から騎士を引き抜くわけにもいかん。見習い騎士ならその部下も見習いでよいとのことだ。数年たてば皆、精強な若者になっているだろう」

「見習いで編成する隊?」

「二個小隊をくれてやる。飛竜騎士団所属だが、部下に竜はあててやれん。貴様のタニンと馬からなる混成の騎士団となるが、そのくらいなら先任の騎士も納得するだろう」


 若い英雄とそれが指揮する部隊の活躍を市民は見たいのだと、ベリア団長は苦々しく告げる。


「政治が絡んでいるが、それでも市民の期待には応えないといかん。バルアダン、貴様は兵学校にて十人選抜し、速成で訓練してお主の部下とせよ」

「了解しました。軍務はどこか他の隊と協同するのでしょうか」

「隊独自で行え。巡視・警備の範囲は下層とする。だがひよっこ共の集まりに無理はさせるなよ。魔獣が出てきた場合は報告が最優先だ。訓練生を失うことがないように」

「はっ!」

「隊の編成はひと月以内に行え。運営の助言はフェルネスに求めよ。編成予算は通常の隊の二割だ。飛竜のえさ代がない分、そのくらいで我慢しておけ」

「問題ありません。ご配慮ありがとうございます」


 べリア団長に敬礼をし部屋を出る。そしてタニンの調教をしようとすると、事情を知っていたらしいフェルネス隊長が声をかけてきた。


「やったじゃないか、ついに隊長だな」

「訓練生の見習い隊長です。これは責任が重い」

「いいじゃないか。これで俺とお前の隊で魔獣討伐を競うことができるというものだ」

「……競うものではないでしょうに」


 上官に対して方言だっただろうか。フェルネス隊長は鋭い目つきで私を刺した。


「いや、戦士にとって大事なことだぞ。お前はもっと高みを目指さないといかん。お前が成長して手合わせするのが楽しみだ」


 騎士としてではなく、戦士としてという表現が気にかかるが、私は一礼して隊長の元を離れ、タニンのもとに向かう。この老竜は緩慢に首を振り、尊大な表情で私が背に乗ることを許可してくれた。それだけで周りの騎士達が驚きの声をあげる。


「あのタニンが背に乗せることを了承したぞ!」

「昨日は乗ろうとして近づいた騎士を叩きのめしていたのになぁ」


 騎士達の反応から、ベリア団長が言った通り私が貧乏くじを引かされたのが分かる。だがなぜだろうか、私はこの竜に乗れそうな気がしていた。彼の背に乗り、手綱を握る。そして腿を引き締めて空に上がった。下方で湧きおこる騎士の歓声を耳にして、ほっと一息をつく。その時、老竜の瞳に生気が宿り、じろり、とこちらを見た。そして笑うように目を細めると一気に下層に向けて降下し始めたのだ。


「タ、タニン、言うことを聞け!」


 必死で手綱を引き、制止させようとするがこの暴れ竜は言うことを聞かない。しかし反抗するわけでもないのだ。今も私が落ちないように飛ぶ姿勢だけは配慮してくれている。やがて下層の外壁に座っている女性の近くへ舞い降りたのだった。


「いったいどうしたんだ、タニン――」


 竜が前脚を器用に動かし、爪を牙にあてる。人なら静かにしろという仕草に私は困惑をした。だが女性の鼻歌が聞こえてきた時、タニンがそれに耳を傾けていることを知った。


 愛しい我が子よ

 カルブ河のように穏やかに

 眠気をもよおした小鹿のようにその瞼を閉じていて――


 女性が唄っているのは子守歌だろうか。しかし鼻歌混じりのその音に、明らかに子供の声が重なるのだ。奇妙なことに周囲を見渡しても誰もいない。やがて女性がこちらに気付き、その顔を見てしまった。


 セトを監視している神官兵のサリーヌだった。だがセトの兄として、そして騎士として身構えるよりも早く、彼女の羞恥で赤く染まる顔を見てしまう。結局、盗み聞きの謝罪をして、お詫びとタニンの希望もあり彼女を乗せてクルケアンを一周することになった。

 目を回していた彼女だが、慣れてくると楽しさを見出したらしく、その瞳を揺らすようにして笑っていた。何となくこのまま飛び回っていたい気持ちが湧きあがったとき、気ままなタニンが騎士館まで私達を連れていくのだ。調教に出たはずなのに女性を連れてきたと先輩の騎士からからかわれ、気まずい思いのまま彼女を大塔まで送る。別れ際に謝罪を繰り返すも、最後に彼女が見せたお礼と笑顔に救われたような気がした。

 

 騎士が女性に振舞う対応にしては情けなく、反省をしなければならないだろう。だがこれからは戦士として振舞えばいいのだ。フェルネス隊長の言ではないが、こちらの方がしがらみが少なくていい。

 夕日が雨雲に隠れ、ぽつりぽつりと小雨が降りだし始めた頃、私はタニンと共にクルケアン北壁を巡回していく。その時、想定通りに百二十層で小規模な爆発があった。下層に被害が出ないよう城壁が割れるだけに留めているのもダレトらしい。煙に一番近い露台バルコニーに飛竜をよせ、魔道具の工房へと足を踏み入れる。


「巡回の飛竜騎士団だ。煙が上がっているが、事故か、魔獣か! 誰か状況がわかる者は!」


 大声をあげて騒ぎ立てる。計画通りにレビが飛び出てきて、爆発だ、爆発だ、と騒ぎ立てて私に報告をする。わざとらしく二人で会話をして視線と注意を自分に向けさせた。集まってきた警備の神官はレビをなだめながら、その責任者らしき一人が私に報告をする。


「騎士殿、すまないが大したことではない。恐らく神器の暴発だろう。未熟な制作者が造った神器が暴発することはままある。さぁ引き取ってくれないか」

「こちらは軍務で来ている。もちろん神器の暴発というなら隊長や団長に報告するが、現場を見せてほしい」

「ここは神殿管理区域だぞ」

「ここはクルケアンだ。神殿の聖域ならともかく、治安を守る騎士団に火災と破壊の現場を見せない法があるものか。それとも何か後ろ暗いことをしているのか?」


 ちらりと視線を警備の兵の後ろに向けると、ダレトが鉄鎖を解こうとしている。まだ気づかれてはならないと、私は挑発を続けていく。ついに神官兵が剣の柄に手をかけた。


「騎士風情が我らに指図をするのか!」

「これはしたり、軍務といっておりましょうぞ。……隠し立てするなら力づくで通させていただく」


 その時、太った神官が汗をかきながら出てきて、警備の神官兵を下がらせる。おそらくこいつがナブーだろう。


「これこれ、お前たち騒ぐでない。騎士殿がおっしゃっていることに何も間違いはないのだ。……失礼、騎士殿、彼らも事故現場を見せたくないのではありませぬ。こちらもどの神器が暴発したのか、分かりかねておりましてな。もしかしたら同じように他の神器が暴発するかもしれず、それで騎士殿の立ち入りを迷っていたのですよ」


 視界の隅でダレトが開錠の魔道具を使って部屋に侵入したのを確認する。そしてレビがその魔道具を回収し、詰所に元通り安置した。よし、ここまでは筋書き通りだと思った瞬間、私は叫び声をあげそうになる。


「!」

「どうしました、騎士殿?」


 扉が魔力で閉まり切る前にレビが飛び込んでいったのだ。最後に彼女と交わした視線は、謝罪をしているようにも見えた。


「……いえ、若輩者でございまして、周りが見えず失礼をいたしました。あなたがここの責任者でいらっしゃいますか?」

「ナブーと申します。では神官殿、こちらへ」


 私は神官に囲まれて暴発現場に連れていかれた。私はその部屋で時間をかけて見分し、また、調査内容をゆっくりと懐紙に書き込んでいく。鉄筆と顔料をナブー神官に要求して時間を稼ぐ当たり、我ながらダレトに似てきたと思い苦笑する。


「……騎士殿、もうその辺でよかろう。こちらも仕事があるのでな、帰っておくれ」

「お時間を取らせました。以後お気をつけあれ」


 タニンに乗ってその場を去りながらも、私の胸騒ぎが収まることはない。レビがあそこで飛び込んでいくとは思いもよらなかった。だが、二人の安全は私が保障しなければならない。何か変事があればタニンとともに再度突入をしなければならないだろう。神殿との全面対決となれば、今日までの英雄扱いが、明日からは罪人へと変わるかもしれない。だがそれは望むところであり、二人の人生は私の名声よりも遥かに大事だった。

 やがて雨が強くなり、クルケアンの通りから人が消えた。私は好機とばかりタニンに騎乗し、再度百二十層を目指す。ダレトが破壊したと思われる外壁の欠片が露台バルコニーに散乱し、そこから光が漏れ出ている。


 その隙間から私は見てしまった。

 人が鎖でつながれている光景を、

 半数が人か魔獣か判じがたいものであったことを。

 それは人から魔獣を作る工房だったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る