第48話 私の居場所

〈レビ、自室にて〉


 気を失ったサリーヌだったけれど、少し休めばすっかり元気になった。ちょうど昼になったことだし、彼女にアスタルトの家のみんなとご飯を食べないかと誘う。


「……神殿で待っている仲間がいるの。食事はそこでとっているから」

「そっか、またの機会にするか。面白い奴らがいるから絶対に紹介するね」


 あたいはサリーヌの仲間はどんな人達だろうと気になった。セトのように元気な男の子がいるのかな。それともエルのようにお転婆な女の子かもしれない。無論、あたいはトゥイ側のお淑やかな女の子に属するのだけど、そういう子もいるのだろうか。


「私の仲間はアヌーシャ隊に所属しているの。生まれつき病気を持っていたり、戦場で手足を失ったりして神殿に保護され、命だけは助かった人達」


 あたいは言葉を失った。サリーヌが説明してくれることには、彼らは仲間の治療をしてもらう代わりに剣を取っているということだ。仕事の内容について聞くと、サリーヌは明らかに言葉を濁している。きっと正規の神官兵ではできない汚れ仕事をやっているんだろう。


「うん、ならそのアヌーシャ隊も呼んでさ、こっちのアスタルトの家と大宴会しようよ」

「え、でも、私達は……」

「セトもダレトも気にしないよ。……いや、ダレトの方は遊び惚けていないで勉強しろって止めるかも」

「ふふっ、今日の様子なら反対されても言いくるめることができそうね」

「でしょう? なんだかんだで甘いんだから。まぁ、それはバル様も同じだけど」

「バル様……? あぁ、飛竜騎士団のバルアダン殿のことかしら」

「うん、あたいの命の恩人にして、セトの兄貴分。贔屓目なしに見てもクルケアンで一番強い騎士様さ! まぁ、ダレトもいい線はいっているんだけどね」


 その時のあたいの顔がおかしかったのか、サリーヌはくすくすと笑う。何でもダレトのことになるとあたいは辛口になるらしい。


「レビ、もしかしてダレト神官と仲がいいの?」

「……意外と乙女なのね、サリーヌって」


 そういえばトゥイはもちろんだが、最近はエルもそっち系に興味を持ちだした。年頃といえばそうであるのだが、何かむず痒い。サリーヌもそうなのか……と思っていると、彼女は慌てて首を振った。何でも恋愛ではなく、出来の悪い兄と世話をする妹の関係に見えたらしい。


「アヌーシャ隊では血の繋がりはなくとも互いを家族のように支えています。だからレビとダレトもそう見えてしまって」

「えっへっへ、そう見えるかな」


 すこし照れてしまって、手で頭を掻く。でも見返したサリーヌは少し目を伏せていた。


「どうしたの?」

「ごめんなさい、私にも兄がいましたから、羨ましいなって思ったの」

「いたってことは……今はもう?」

「分からないの。十年前、魔障で神殿に運び込まれて治療を受けた時、昔の記憶を失ってしまったから」

「……捨てられたってこと?」


 不治の病に侵された家族を神殿にあずけ、あとは関りを持たない、というのは貧民街ではよくあることだ。それに魔障であれば暴発した魔力が自分だけでなく家族の命すら奪ってしまう。でもサリーヌははっきりとそれを否定する。


「でも絵画のような記憶が二つだけ心に焼き付いていたわ。そのうちの一つは、気難しい表情の男の子がいて私の看病をしている光景――」


 ほう、とため息をついてサリーヌは視線を過去に向けていた。そしてその男の子はきっと兄さんで、元気そうだったから今も生きているはずだと呟いた。

 もう一つの記憶は薬師の神官とのことだ。病床の彼女を診察し、薬を煎じてくれたらしい。


「このまま神殿にいればその薬師の方に出会えるかなと期待しているの。その方は兄さんのことを知っているかもしれないから」

「十年前ならもうその人は出世しているかもね」

「……優しいけれど頼りなさそうな印象の薬師様だったから、偉くはなってないかもね」


 そう言って席を立ったサリーヌに、あたいはきっと会えるよ、と声をかける。神殿に向かう彼女の背を見送ると、なぜかダレトの世話を焼きたくなった。


「どうせ部屋を汚くしているんでしょうに。仕方ないから掃除してやりますか」


 今日の午後は魔道具の工房にまた行くことになっている。あたいはその準備もしようと隣のダレトの部屋に入る。服や道具が散らかっているが、家具は少なく趣味の品もない。まったく、必要最小限という言葉がこの部屋にはふさわしい。おかげで片づけはすぐに済んだのだけど。

 でも今日は一つの違和感をこの部屋に覚えていた。少しだけこの部屋に色がついたような気がするのだ。


「あれ、絵が飾ってあるや」


 小さな木板に絵が貼り付けられている。手に取ると誰かの肖像画らしい。眉をしかめて想い人かなと邪推し、その絵に近づいた。でも絵に描かれていたのは妙齢の美人ではなく、小さな、それでいて儚げな感じのかわいい子だ。


「ダレトの妹かな」


 さぞかし兄と妹、仲が良かったのだろう。きっと今と同じで妹に怒られる兄であったに違いない。絵を戻して部屋を出ようとした時、また違和感に包まれる。


 いや違う、これは既視感だ。

 どこかでこの女の子を見たことがある。

 貧民街だろうか、いや違う。

 最近のはずだ。

 エルではない、トゥイでもない……。

 サリーヌだ。

 この子が十年たてば、サリーヌのような美しい女性になるだろう。


 百層でダレトがサリーヌを見た時に狼狽した理由がようやくわかった。

 この絵を取り出したのも、サリーヌと妹を重ね合わせているのだろう。

 

 ……違う、違う、違う!

 重ね合わせているんじゃない。

 だって最近のあいつは素の表情をよく見せるようになった。

 なぜ? それは昔に戻りつつあるからだ。

 きっとダレトは確信しているんだ、サリーヌが生き別れの妹だって。


 急にあたいの居場所がなくなったような気がした。この広いクルケアンで、また一人ぼっちになったように思えて、涙が止まらなくなる。


「紳士の部屋に無断で入るのはいかがなものか、レビ」

「ダレト……」


 その時、ダレトが部屋に戻ってきた。でもあたいの表情を見ると、あたふたと様子を聞いてくる。


「どうした、泣いているのか。もしや置いていかれたかとでも思ったか?」

「……ごめんなさい」


 ダレトはため息をつき、あたいの頭をぽん、っと叩いて同行を促す。


「さぁ、今日も忙しくなりそうだ。共に行動する以上は覚悟をしておけ」

「……うん」


 ごめんね、ダレト。

 今、ここにあるべき未来は、

 あたいではなく、生きていた妹のはずなんだよね。

 もし、あたいが本当の妹だったらどんなに幸せだったろう。


 私は身震いした。

 これは嫉妬だ。家族を失い、再び手に入れた私の嫉妬なのだ。

 何て嫌な女だろう。さっきまで友人ができて喜んでいたのに……。

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