第39話 トゥイの祝福

〈エラム、アスタルトの家の仲間と共に〉

 

 星祭りの日の課題は、その日の正子(零時)、下層の広場からクルケアンの頂上を見上げた時に現れる星を観測することだ。みんなのおかげであと数回の観測で精細な予測ができるところまではきた。でも観測自体は難しいものではなく、他の訓練生も同じように予測を出してくるはずだ。本当にこれでいいんだろうか? 何か気づいていないことがあるのではないだろうか……。僕はそんな心配に駆られてタファト先生に相談する。すこし色々あってふさぎ込んでいたのもある。とどのつまりは誰かに話を聞いてほしかったのだ。

 

「星祭りの依頼、内容が簡単すぎやしませんか? 経験からでもある程度は予想できますし、競争になりにくいと思うんです」 

「そうね、時には踏みとどまって、自分の立ち位置を見直すのはいいことだわ。こういう時は視点を変えるの。私達が星を観測するのはなぜかしら」

「それは訓練生の課題だから……」

「観測も課題も手段でしかないわ。相手に何かを伝えるため、知ってもらうための手段なの。だから想いを推し量らないとね」

「……ギルドが訓練生に課題を通して何かを知って欲しい?」

「上出来ね。星と君達とギルド、それらを結び付ける何かを観測しなさい。もっともこれは観測機アストレベではできないものだけど、そういうの得意な子がいるでしょ?」

「……そうですね」


 僕は頷き、学び舎を出てどうしようかと考え始める。いや、考えるまでもなく、セルとエルの顔が思い浮かんだのだ。計算はともかくとして、あの二人ならきっとクルケアン中の全てを結びつけられる。だって僕とは違い、特別な存在なんだから。


 エルはいったい何者だろう。百層で青空が広がったように見えたけど、あれは違う。エルが発した青い光が空のように見せたのだ。僕は夜空が青く変わる一瞬、月と星々を見てしまった。うずくまりながらも慌てて観測機アストレベを手に取り、夢中で位置を測ったのだ。


「クルケアンの頂上よりはるか上、人が行く着くことのできない空の中……」


 そんなとこ、神様の住むところだ。そこへ導くエルの力を思うと、急に僕の計算が地べたをはいずるような惨めなものに思えてくる。


 ……セトもそうだ。アサグ神官はセトの力が大神殿を満たしたと言っていた。エルやイグアル導師の顔色が変わったことから、印の祝福というのは何か強い力があるんだろう。それこそ、教皇猊下が関心を示すような。


 僕に何ができるのだろう。友人として彼らの力や正体を暴きたいとも思わないが、無力感で体がだるくなってしまう。


「僕に強い祝福があれば、セトとエルにも――」

「エラム、もしかしてセトとエルのことを羨んでるの?」

「トゥイ! いつからここに?」

「えーとね、悩みながら外に出ていったあたりからかな」


 ……僕とトゥイは街路をあてもなく歩きながら、昨日のことを語り合う。顔なじみのおじさんやおばさん達が僕達をみてからかうが、トゥイは動じずに笑顔で手を振って、時折タダで食べ物をもらっている。幼馴染ながら、その性格は羨ましい。


「……羨んでる、か。そうかもしれない。何かだんだん欲が深くなったみたいだ。病気の時は寝台から出たいと思っていたし、神薬イル=クシールをもらって動けるようになってからはセト達の力に憧れているんだ。手の祝福っていっても、ありふれたものだしね」

「他の人には?」

「バルアダンさんやダレトさんの強さは憧れて当然さ。それに魔獣に向かっていったレビやガドの勇気だって。僕には到底手が届かないものだしね」

「なら――私は?」

「その、みんなに大事にされる性格かな。食べ過ぎると太っちゃうよ」

「大丈夫、全部私が食べるわけじゃないもの。はい、どうぞ」


 口に干し葡萄を押し込まれて、僕は目を白黒させた。エルの影響か、最近のトゥイは少し悪戯を仕掛けてくる。口を押えて慌てて飲み込めば、いつの間にか家の近くに来ていた。


「じゃぁ、次は私の番。エラムを羨ましいな、って思っていることね」


 そういって、トゥイは彼女にしてみれば大声を出して、街の人達に、エラムのいいところは何ですか、と問うたのだ。


「え、ええ、トゥイ?」


 慌てる僕に、多くの人が集まってきた。


「エラムのいいところかい、そりゃぁ手先が器用なことさ」

「そりゃぁ、本をたくさん読んでいることさね。農家や職人も、教えてくれって、よく訪ねてきているし」

「体が元気になってからは、よくトゥイちゃんと一緒に子供達に本の読み聞かせをしてくれてねぇ」

「ほら、街で一つの浮遊床が壊れたとき、あっという間に直してくれたじゃないか。役人に任せれば金はせびられ、また壊れやすい修理をされるとこだったぜ」


 セトとエルに比べれば小さな成果だけど、街の人々は次々に褒めてくれる。照れてしまって、もうやめてと言うのだけど、みんなのお喋りは止まることがない。


「わたしは大丈夫なんだけど、他の仲間はそそっかしいからね。エラムがいないと落ち着かせるのに大変なのよ」

「そうそう、特にすぐに騒いで頬を抓る、お転婆な女の子を止めてくれるのはエラムぐらいなんだもんなぁ。なんだかんだでトゥイは眺めて笑っているだけだし」

「あら、そんなお転婆な女の子、アスタルトの家にいたかしら。わたしは違うとして……あ、もしかして!」

「ええ、あたいかい! 冗談でも良しとくれよ。これでも淑女呼びされたこともあるんだから」

「お前ら、騒いでいないでちゃんとエラムを褒めたらどうだ。俺たちにはできない設計や作業をしてくれて、なおかつそそっかしい仲間を落ち着かせてくれる、だろ?」

「もちろんよ! それに……エラムのすごいところは、トゥイの心をしっかりと掴んでいることね。誰かさんと違って」

「それはトゥイの優しさあってのことだよ。誰かさんと違って」


 人ごみの後ろから聞きなれた声が響く。やがて大人達をかき分けてきた、笑顔の仲間達に囲まれた。トゥイが僕の手を取って、言葉の一つ一つに想いを込めてこう告げてくれる。


「エラムのいいところは、努力をし続けること。そして最後に必ず成功することよ」

「……あと一年だとしても?」

「ええ、あと一年だとしても。だって私の分を合わせれば二年でしょう。それに……」


 トゥイの言葉を受けてみんなが考えている。病弱だったことはともかく、神の二つのイル=クシールの効果があと一年とは伝えていない。でも僕が時間が欲しいのだと伝わったのか、わいわいと相談をしていた。


「よくわからないけど、僕も一年をあげるよ?」

「セトがそういうのなら、わたしは二年ね」

「じゃ、あたいは三年だ」

「なんだ、じゃ俺は四年かよ!」


 みんなの人生の大安売りを受けて、街の人達もそれに合わせて手を挙げていく。人生五回分ほど溜まったところで、大声で感謝の言葉を叫んで何とか止める。流石にそれ以上の人生は長すぎるよ。でも元気づけられたことは確かだ。


「トゥイ、ありがとう。こんな僕でもみんなと一緒なら何かできそうな気がする」

「うん、知ってる」


 さて、めでたし、めでたしで終わるのかと思ったが、トゥイは僕の手をまだ離さない。


「トゥイ?」

「私は昔から知ってるの。エラムがいつか大きいことをするんだって。だからその自信になるように、おまじないをしてあげる。神殿の祝福より効果があるかもよ」


 トゥイが咳払いをして、偉い人のように厳かに僕に言い渡した。


「ごほん……汝、エラムにこのトゥイが努力の祝福を授ける。この祝福はあきらめず、努力を続けることで最後には望む物が手に入るすばらしいものである。よいな?」

「はい、トゥイ様」

「ただ、この祝福は仲間と共に達成するものである。さぼり癖のある仲間のお尻を叩いて、支えていく覚悟はあるか」

「もちろんです。難しいその役目、お任せください」


 通りを埋め尽くした人たちが拍手をしてくれる。いつの間にか大仰なことになっていたようだ。そして少し顔を赤らめたトゥイが、祝福をくれる最後の条件を持ち出した。


「よろしい。では最後に……いつも支えてくれる大事な人に悩みや感謝の気持ちをちゃんと伝えること。幼馴染だからといって、言葉を省略してはいけないからね!」


 通りが急に静かになり、視線の全てが僕に集まった。


 まいった、彼女にしてやられた。これでしり込みをしているようでは情けないというものだ。一瞬、反面教師であるイグアル導師の顔が思い浮かび、僕は決心する。トゥイが握ったままの手を引き寄せ、もう片方の手で彼女の腰を抱き寄せ、耳もとで誓う。


「ありがとう、トゥイ。おかげで元気が出た」

「良かった、実はかなり心配していたんだ」

「……君に誓うよ。僕は絶対あきらめない。それに僕と君にしかできないことを積み上げて、きっとクルケアンの頂上にみんなを導くことを」

「うん、約束だよ」


 さっきよりも盛大な拍手が沸き起こり、街の人達はいい土産話ができたと満足げに仕事に戻っていった。エルはなぜかいたく感動したようで、しきりにセトに視線を送っていたけど、やがて無反応なセトの頬を抓り始める。僕はさっそく誓いを果たすべく、咳払いをしてみんなを落ち着かせ、今後の方針を確認する。


「大廊下での観測で手ごたえは得た。あとは岬の灯台ともう一か所で観測すれば精度の高い予測ができる。でもこの依頼には絶対、何か別の意味があるんだ。セト、エル、君達にはそれを探って欲しい。なぞなぞは僕よりも君達の方が得意だろう?」


 二人が勉強や観測よりも面白い目的を得たとばかりに頷いた。特にエルは大きく伸びをしてから、安堵の息を漏らす。


「よかった、観測ではエラムに頼りきりだったから、ようやく出番が来たって訳ね!」

「僕も百層に案内をしただけだったし……。よーし、じゃどこに忍び込もうか? ギルドかな?」


 盗人みたいなことをいうセトに、さすがにそれはしないでねと釘を刺す。でも同時に二人から頼られていたことを知り、嬉しく思っていた。努力の祝福を彼らのために使うと改めて誓いつつ、昼を過ぎていることを知り、みんなで慌ててタファト先生の学び舎に走るのだった。


 この時まではギルドに潜入とか、盗人のようなことをするとは考えてもいなかった。やるとしてもセトかエルであり、二人をちゃんと見ておけばよかったのだ。しかし予想とは裏腹に、それを実行した仲間がいた。レビが中層の魔道具工房、そして下層の薬草園に忍び込んだと聞いたのはこの日からわずか数日後のことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る