第501話 製薬工場


 居住区画で行われている激しい戦闘音を聞きながら、製薬工場がある区画に向かって走っていると、前触れもなく胸部に強烈な衝撃を受けてしまう。突然のことに驚いて、足がもつれてその場に倒れてしまう。しかしワスダは冷静だった。彼は一瞬だけ遅れて聞こえてきた銃声の方角に向けてアサルトライフルの掃射を行うと、片手で私を掴み、建物の陰に乱暴に放り投げた。

 狙撃された方角に視線を向けると、工場から伸びる鉄塔に潜んでいた戦闘員の輪郭が赤い線で縁取られて、遮蔽物に隠れるのが見えた。それを確認すると、ワスダは舌打ちしながら建物の陰に入った。


「狙撃手だな」と、ワスダは弾倉の装填を行いながら言う。「距離があるから油断した。敵の姿が見え過ぎるっていうのも考えものだな」

「そうだな」私はそう言うと、身体を起こして胸部の状態を確認する。弾丸は装甲の隙間から侵入していたが、ハガネによって強化された金属繊維の戦闘服で止まっているようだった。貴重な外套に穴が開いたのは痛手だったが、カモフラージュの効果は失われていなかった。


 そこに容赦なく弾丸が飛んできて、音を立てながら我々が潜んでいた建物の壁面を削っていく。制圧射撃が目的ではなく、明らかに我々を狙った攻撃だった。確認のために腕を出してみると、銃弾が飛んできて遮蔽物に跳ね返って大きな音を立てた。

「どうするよ」と、ワスダは呑気に言う。「いつまでもこんな場所で時間を無駄にはできないぞ」

「大丈夫だ。すぐに動けるようになる」視界に表示されている地図を確認すると、狙撃手らしき戦闘員のもとにハクが恐ろしい速度で接近しているのが見えていた。「ハクが敵を始末してくれる」


 通りの向こうに敵の輪郭線が見えると、ワスダは素早くライフルを構えて、戦闘員の右胸を撃ち抜いた。戦闘員が膝を折って前のめりに倒れると、ワスダはさらに二発の銃弾を撃ち込んで死んだことを確認する。

 戦闘員の死を見届けると、私は立ち上がって遮蔽物から出ようとする。

「待て」と、ワスダは照準器から視線を外しながら言う。「こいつは何の音だ?」

 地面がわずかに振動していたことに気がつくと、雨にけぶる通りの向こうから多脚型戦車が姿を見せる。戦車の周囲には戦闘員たちの輪郭も多数表示されていた。と、次の瞬間、彼らは我々に向かって一斉射撃を開始した。


「次から次へと、よくもまぁこんなに傭兵を集められたな」と、ワスダは呆れながら言う。

 銃弾が側を飛んでいく風切り音を聞きながら私は言った。

「製薬工場には、それだけ金をかける価値があるんだろう」

「金のなる木ってやつか」

 私はライフルを構えると、多脚型戦車に向かって小型擲弾を数発撃ち込む。戦車の装甲に弾かれて戦闘員たちの足元に転がり落ちた擲弾は、騒がしい破裂音を立てながら周囲に金属片をばら撒いた。


 無数の金属片が身体に食い込んで、大量の血液を流して倒れ込んだ戦闘員を踏み潰しながら、多脚型戦車が接近してくるのが見えた。私はライフルを手ばなすと、太腿のホルスターからハンドガンを抜いて、こちらに向けられた戦車の主砲に向かって貫通弾を撃ち込んだ。砲口から侵入した貫通弾は、砲身を破壊して、そのまま多数のセンサーを搭載していた砲塔を内部から破壊する。すると砲身の隙間や車両内部から派手に炎が噴き出して、多脚型戦車は炎に包まれながら動きを止める。

 私が戦車の相手をしている間、ワスダは物陰から顔を出したり引っ込めたりしていた戦闘員を撃ち殺しながら前進していた。


 けれど前線に向かう部隊と鉢合わせになったのか、武装した複数のヴィードルを引き連れた別の多脚型戦車が姿を見せる。すぐに貫通弾を撃ち込もうとしてホログラムで投影された照準器に視線を合わせると、機関銃の音が鳴り響いて、ヴィードルから無数の銃弾を浴びせられる。

 ハガネは攻撃に即座に反応し、大盾を形成して銃弾を受け止めると、蓄えられたエネルギーを一気に放出する。凄まじい衝撃波を受けたヴィードルは横転して建物に衝突する。しかし搭乗者は攻撃を諦めていないのか、コクピットから這い出ると、ヴィードルの機関銃を手動で操作しようとする。


 そこに目がくらむような閃光が通過して、ビームの直撃を受けた戦闘員と機関銃は融解する。視線を動かすと、夜の闇に浮かぶサスカッチの姿が見えた。真鍮色のモジュール装甲は炎上する多脚型戦車の炎に照らされて輝いていた。

「来てくれたのか、トゥエルブ」

 私の言葉に反応するように、サスカッチの砲塔に接続されていたトゥエルブの本体は、カメラアイをチカチカと点滅させながらビープ音を鳴らした。そして敵ヴィードルに対して重機関銃を向けると弾丸を容赦なく撃ち込んでいく。


「掩護に感謝するぜ」ワスダは無人機だと思われる敵多脚型戦車に向かって駆けていくと、人間離れした身体能力で瞬く間に砲塔に跳び乗り、背中から伸ばした多関節アームを砲塔に何度も突き刺していく。サソリの尾のようにも見えるアームが突き刺さるたびに、レーザー検知装置や環境センサーが破壊されて、無人機は無力化されていく。しかし旧文明期以前の旧式戦車だとはいえ、センサーを破壊された際の対策に抜かりない。


 戦車の後部から複数のセンサーを搭載したドローンが空に向かって打ち上げられると、ドローンは折りたたまれていた回転翼を展開して空中に留まり、カメラアイをワスダに向けて戦車の目の代わりをする。ワスダは自分自身に向けられた戦車の機関銃に気がつくと、多関節アームで銃座を破壊して戦車から飛び退いた。


 私はショルダーキャノンを使って空中に留まっていたドローンを素早く撃ち落とすと、盲目になった戦車に向かって立て続けにワイヤーネットを撃ち込んだ。ネットを構成するワイヤーは旧文明の鋼材を含んだ柔軟性のある合金であるため、システム異常を起こしている戦車では安易に逃れることはできないだろう。

 動きを止めた戦車をトゥエルブが破壊しようとしていたが、戦闘後に鹵獲するつもりだから破壊しないでくれと頼んだ。トゥエルブは残念がっていたが、やがて別の標的を見つけて攻撃を継続した。


 狙撃手を処理しに向かっていたハクが戻ってくると、我々はサスカッチと共に行動しながら工場を目指すことにした。トゥエルブは車体に跳び乗ってきたハクを退けようと、砲塔を左右に動かしていたが、ハクは遊んでもらっていると勘違いして楽しんでいた。

 武器の製造工場として使われていた倉庫を横目に、製薬工場がある区域に接近する。しかし製薬工場に侵入するためには、検問所前に防衛線を敷いていた処刑隊を殲滅する必要があった。


 すでに我々の報告を受けていたのか、戦闘員はサスカッチに向かってロケットランチャーでの攻撃を行う。しかしサスカッチの特殊な装甲の前では無力だった。トゥエルブはロケット弾に注意することなく、遮蔽物として道路に設置されていたコンクリートブロックを破壊しながら進み、処刑隊を圧倒していく。けれど彼らが旧文明の兵器と思われる長筒を担いで姿を見せると、私はサスカッチに注意を促した。


 重機関銃で身体がズタズタにされていく仲間を余所に、戦闘員たちはサスカッチに向けて長筒を構える。すると筒の尖端が十字に展開して赤紫色のレンズが見えるようになった。次の瞬間、高出力のビームが発射される。

 サスカッチの装甲にビームが直撃すると、見る見るうちに赤熱して、そして装甲は溶け出していった。トゥエルブは損傷した多数のモジュール装甲を切り離すと、機体の周囲にシールドを応用した強力な力場を生成してビームを屈曲させて、攻撃を防ぐのと同時に、すぐに反撃を始める。


「兄弟、今のうちに工場に侵入するぞ」

 ワスダの言葉にうなずくと、検問所に向かって駆ける。

「ハク、トゥエルブの掩護を頼む!」

 戦闘員の胸に脚を突き刺していたハクは、そのまま死体を持ち上げるようにして脚を振って返事をしてくれた。


 検問所の先には旧文明期の灰色の施設が見えた。巨人の石棺にも見える特徴のない構造物の周囲には、激しい雨の中でも飛行が可能な回転翼型ドローンが複数確認できた。施設の警備を行っている機体なのだろう。

『あれに見つかったら、施設に配備されている機械人形がやってくるかもしれない』

 カグヤが光学迷彩を起動してドローンの姿を隠すと、私も外套に備わっている環境追従型迷彩を起動して周囲の環境に溶け込む。

「カグヤ、人造人間の姿は確認できたか?」

『ううん。でも施設の端末に接続できれば、監視カメラの映像を使って探し出すことができるかもしれない』


 サスカッチから発射された閃光が周囲を青白く照らすと、ドローンはトゥエルブが暴れている方角に向かって飛んでいった。近くに他のドローンがいないことを確認すると、我々は工場内に続く入り口に向かって走った。工場に侵入する際には、生体認証のためのスキャンを受ける必要があったが、我々が近づくだけで入り口に使用されていたシールドが消えてなくなった。

「気に入らないな」と、背後からワスダの声が聞こえた。「誘い込まれているみたいだ」

 建物内に入ると地下施設に続く通路と、工場で製造された薬品が集められる倉庫に向かうための廊下が見えた。いずれの通路も白い鋼材によって天井や壁が覆われていて、床には毛足の長い絨毯が敷かれていた。


『レイ、倉庫に繋がる通路の先で、動体反応を検知した』

 カグヤの声が聞こえると、青い線で縁取られていた偵察ドローンが通路の奥に向かって飛んでいくのが見えた。

「避難してきた住人の反応か?」

『どちらかと言えば、機械人形の反応に近いかな』

「倉庫内で使用されている作業用ドロイドの反応なのかもしれないな」

『念のため確認してくるよ』

「了解、俺たちは――」そう口にしたときだった。紺色のロングコートを身につけた人物が曲がり角から姿を見せて、そのまま倉庫に向かって歩いて行くのが見えた。

「今の錯覚じゃないよな」

「あれは教団関係者だな」ワスダはアサルトライフルの弾倉を確認すると、その場にライフルを捨てて、ホルスターからハンドガンを抜いた。「恐らく奴が機械人間だ」


 広い倉庫には金属製の棚が並び、数え切れないほどのコンテナボックスが確認できた。明るい倉庫の先には搬出口が確認できたが、シャッターは全て閉じられていた。その所為なのか、処刑隊と交戦しているサスカッチの音や、雨の音すら聞こえてこなかった。

『周辺一帯の鳥籠で使用されている薬品は、すべてこの場所から出荷されていたんだね』と、カグヤはドローンに周囲のスキャンをさせながら言う。

 カグヤの声を聞きながら、戦闘に備えて外套を脱ごうとすると、外套はそのままハガネに取り込まれてしまう。するとインターフェースに外套に関する項目が出現して、着脱が可能になったことが表示される。必要に応じて外套が形成されるようだった。ワスダは液体金属に取り込まれていった外套を見て困惑していたが、私も同じように驚いていた。


 が、静寂に支配された倉庫に靴音が響くと、私はハンドガンを抜いて通路の先に視線を向けた。

「あぁ、どうして私に真実を告げたのでしょうか」と、男の独白が聞こえてきた。「知識とは恐ろしいものです。あれほど美しかった星々が、今では恐怖の対象に変わり、私は夜になっても眠ることさえできない。あぁ、畏れる神よ。何よりも美しいラピスラズリの瞳で見つめられ、私はいずれ自らの墓の奥底に沈み込むと信じていた。しかし私は貴方に玩ばれ、今も暗い世界の底にいる。あぁ、恐ろしい。私はただただ恐ろしいのです」

 通路の向こうから歩いてきたのは、金属製の頭蓋骨をもった人造人間だった。


「私は今もこうして貴方の膝下にひざまずき、約束された日がやってくるのを願っている。しかし貴方は――」そこまで言うと、人造人間は口を閉じて我々を見つめた。その瞳はぼんやりと発光していた。

「そうでしたか」と、人造人間は続ける。「これが貴方からの答えだったのですね」

 人造人間が恐ろしい速度で駆けてくると、ワスダは躊躇うことなく簡易型貫通弾を撃ち込んだ。人造人間は弾丸を避けることができずに、腹部に銃弾を受けて後方に吹き飛ぶと、金属製の棚を倒しながら薬品が詰まったコンテナボックスに埋まる。が、すぐに這い出してきた。教団のロングコートは裂けていて、旧文明の鋼材を含んだ金属製の骨格が見えていた。


「かつて空からやってきた神々は、我々に知識を与えてくれました。その頃、地上にはヘビもいなければ――」

 独白を続けていた人造人間に対して、ワスダは立て続けに貫通弾を撃ち込んでいく。凄まじい衝撃を受けて人造人間は壁に衝突するが、何事もなかったかのように立ち上がってみせた。

「兄弟、どうやらあいつは俺を追っていた連中とは出来が違うみたいだ」

『それに、精神を病んでるみたい』と、カグヤがポツリと言った。

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