第500話 解釈


「よう、兄弟」ワスダは倉庫内から、雨が降りしきる通りの監視を続けながら言う。「ここで何を待っているんだ?」

「俺たちが通ってきた地下通路を使って、仲間が装備を運んでくるんだ」

「装備? なんの装備だ?」

「スナイパーライフルだよ」

「あいつらが背負っている不格好なライフルが、その狙撃銃じゃないのか」

 ワスダはそう言うと、髑髏を象ったマスクを部隊に向けた。

「こいつは化け物を殺すための装備で、これからやろうとしていることには不向きなんだ」と、私は背負っていたライフルをワスダに見せながら言った。

「なら、装備を交換してから来ることはできなかったのか?」

「化け物に対処したあと、すぐに移動することになったからウェンディゴまで戻る時間がなかったんだよ。でもその時点で手配は済ませていたから、もうすぐ到着するはずだ」

 そう言って地下に続く気密ハッチに視線を向けると、装備の調達に向かっていたヤトの戦士が姿を見せる。彼女の後方には軍用自律型輸送ヴィードルがいて、四本の生体脚をつかって軽快な動きで倉庫内にやってくる。


 ミスズたちは輸送ヴィードルのコンテナボックスから狙撃銃を手に取ると、代わりに試作ライフルをコンテナに入れていく。

「これで攻撃の準備ができました」ミスズはライフルの弾倉を確認しながら部隊を集めると、もう一度作戦の確認を行う。それから部隊は環境追従型迷彩を備えた外套を羽織って、タクティカルゴーグルのナイトビジョンを起動する。ゴーグルの電子装置が正常に機能して視界が補正されると、部隊は倉庫の大扉から外に出て、雨のなか倉庫区画を離れて戦闘が行われている居住区画へと向かっていった。

「俺たちも行こう」と、私もナイトビジョンを起動しながら言う。

「それで、兄弟。俺たちは何をするんだ」

「狙撃部隊が仕事できるように、援護してやるのさ」

「援護ね……」


 輸送ヴィードルがコンテナボックスを閉じて、倉庫の隅に並べられていたスチールボックスの横に隠れるようにして動かなくなったことを確認すると、倉庫を出てワスダと共に居住区画に向かう。諜報部隊から鳥籠の簡単な地図を入手していたので迷うことはなかったが、地図がなければ同じような外見をした倉庫が並ぶ区画で迷子になっていたかもしれない。


 私は倉庫の壁に描かれた数字を見ながら言う。

「それにしても広いな」

『大きな鳥籠だからね』カグヤの声が聞こえると、先行する偵察ドローンがカメラアイを点滅させる。

「どれくらいの人間がここで暮らしているんだ?」

『正確な数はわからないけど、数千人は暮らしているんじゃないのかな』

「文明が崩壊した世界だとは思えないな」

『それだけ安定した暮らしができるんだよ』

「二重の防壁に、製薬工場の恩恵か……」

『廃墟の街でゴミを拾って生活している子供たちにも、ほんの少しだけその恩恵を分け与えることができれば、この世界も少しは変わっていたのかもしれない』

「バカげた選民思想が、人類の発展を邪魔しているのか……」

『住人は防壁の外に不死の化け物が徘徊しているってことを知っているからね。他人のために快適な生活を脅威に晒すようなことはしたくないんだよ。きっと』

「そしてストリートチルドレンは大人を憎む略奪者になり、不死の化け物を増やす手助けをしている。どうしようもないな」

『そうだね……複雑な問題だから、一方的にどちらかが悪いってわけじゃないんだけどね』


 倉庫区画と居住区画をつなぐ通りには警備隊の検問所が設けられていたが、そこにいるはずの隊員の姿はどこにもなかった。先行した狙撃部隊が対処したのかとも思ったが、どうやら警備隊は前線に派遣されていて、検問所は最初からもぬけの殻だったようだ。

『待って、レイ』カグヤの声が聞こえると、偵察ドローンは警備隊の詰め所に入っていく。『警備隊が使ってる端末に侵入して、鳥籠のシステムを掌握できるか確かめてみるよ』

「簡単にできると思うか?」

『旧文明期の施設を管理しているシステムじゃないから、それほど難しくないと思う』


 検問所の建物に入って外套から滴り落ちる雨粒を払っていると、光学迷彩で姿を隠していたワスダが急に目の前に現れる。

「こんどは何をするんだ?」と、ワスダは髑髏のマスクを私に向ける。

「戦闘を有利に進めるために、警備隊の端末に侵入するんだよ。だから端末を探すのを手伝ってくれ」

「了解」ワスダは適当に答えると、室内に入っていってガンラックに並べられていたアサルトライフルを手に取る。


 ちなみにワスダが姿を隠すのに使用している技術についてはわかっていない。我々が使用している環境追従型迷彩とは異なり、周囲の環境をスキャンして色相や質感を再現するのではなく、センサーにも検知されない熱光学迷彩の技術が使われている。そのことはわかっていたが、その技術を使用するための外套等の装備がないことが不思議だった。皮膚そのものに特殊な加工が施されているのかもしれないが、戦闘服が一緒に透明になる理屈がわからなかった。


「兄弟、こいつを見てくれ」

 戦闘糧食のパッケージや空の缶詰、それに空薬莢で散らかった休憩室を歩いて、ワスダが入っていた扉の先に向かう。その部屋の壁には無数のディスプレイが並んでいて、無骨な装置が壁際に設置されているのが目に入る。どうやら倉庫区画のあちこちに設置されている監視カメラの映像が表示されているようだ。それらの映像のなかには、防壁の向こう側につながる地下通路の映像も確認することができた。

「俺たちが使った通路じゃないな」と、私はディスプレイを眺めながら言う。

『すでに出口を塞いでいた別の通路だね』と、カグヤが言う。『戦闘から避難してきた人たちでいっぱいみたいだね』


 処刑隊の姿は確認できなかったが、狭い通路は非戦闘員の住人で混雑していて、そこにはなぜか武装した住人の姿があった。

「なんでこいつらは武装しているんだ?」

「さぁな」と、映像を見ていたワスダが言う。「それに、厄介な状況になっているみたいだ」

 教団派の住民と揉めているのか、旧式のアサルトライフルで武装した若者の集団は壮年の男をリンチしているようだった。

「マズいな」と私はつぶやく。「このままだと関係のない子供たちが争いに巻き込まれる」

 実際、その通路には幼い子供を抱いた若い父親や母親の姿が確認できた。


「そもそも、どうして住人がその通路にいられるんだ?」と、ワスダはテーブルに載っていた紙箱から弾薬を手に取ると、それを予備弾倉に装填しながら言う。「俺たちを襲った機械人形はどうしたんだ?」

『防御システムで管理されていない通路だからだよ』とカグヤが答える。『警備隊のシステムで管理されているから、住人が避難してきても問題にならなかったんだよ』

「管理されていないって、そんな都合のいい場所があるのか?」

『地下通路のいくつかは製薬工場にも繋がっているから、それの影響だと思う』


「防御システムを使って、機械人形を派遣することはできるか?」と私は訊ねる。

『できるけど、何をするの?』

「あいつらがバカなマネをする前に、あの騒動を終わらせる」

『ここの装置を使ってシステムに接続できるかわからないけど、なんとかしてみる』

 偵察ドローンからフラットケーブルが伸びると、検問所に設置されていた大掛かりな装置に接続される。


「もう遅いんじゃないか」

 ワスダが言うように、ディスプレイに映っていた若者たちは壮年の男に銃弾を撃ち込むと、その男を庇おうとした別の男性にも銃を向けて発砲した。

「急いでくれ、カグヤ」

 天井の一部が開閉すると、自爆型ドローンが出てきてライフルを構えていた青年に向かって飛んでいく。そして接触と同時に爆発して青年の頭部を吹き飛ばした。音声は聞こえてこなかったが、爆発の所為で混乱状態になった人々が死体の側を離れていく様子が確認できた。その青年と一緒に暴れていたものたちは、天井から出現したブーメランにも似たドローンの姿をみると、手にしていたアサルトライフルを床に投げ捨てた。


「それが兄弟の正義か」と、ワスダは笑いをこらえながら言う。「教団関係者なのかもしれない男を殺してくれた善良な住人を、それも未来ある若者を殺すことが」

「善良な住人は、無抵抗の人間を殺したりしないさ」

「それなら画面の向こうに立って、殺しの指示を出している兄弟も立派な悪人だな」

「問題を解決したんだよ。これであの場にいる子供たちは争いに巻き込まれずに済んだ。なにが気に入らないんだ?」

「気に入らない? 俺が?」と、ワスダは笑う。「まさか。なんだったらそこにいる住人を全員殺しても、俺はなんとも思わねぇよ。ただ、お前の正義とやらの底が見えたってだけの話しだ」

「俺が偽善者だと?」

「いいや、兄弟は自分を善良な人間だって偽ることすらしていない。ただ自分に都合がいいように善行を解釈して、力を振るっているだけだ」

 私はワスダの不気味なマスクをじっと見つめていたが、彼の言葉に答えず、住人が避難しているかもしれない他の通路の確認をカグヤにお願いした。もしも住人同士の争いが起きていたら、機械人形を使って仲裁するように頼んだ。


『それとね』と、カグヤが言う。『検問所のシステムは、鳥籠内にいる処刑隊や警備隊の携帯端末とも繋がっているから、彼らの端末が発している信号を追うことで、敵の正確な位置情報が入手できるかもしれない』

「ついてるな」とワスダは言う。「それが上手く機能してくれたら、やつらの裏をかくことができる」

『うん。さっそく部隊と情報を共有するね』

 カグヤの言葉のあと、簡易地図に敵の位置情報が赤い点で表示されるようになった。どうやら検問所の側に待機している部隊もいるようだ。その部隊が潜んでいる建物の方角に視線を向けると、障害物を透かして敵の輪郭が赤い線で浮かび上がるのが見えた。と、そこに接近するハクの信号が確認できた。


 ハクは敵部隊が潜んでいる建物に侵入すると、瞬く間に室内を制圧していく。ハクによって胴体を切断された敵の輪郭線が視界から消えていくと、ハクは建物を離れて、我々のいる場所に向かってくる。

「他に何か情報が得られそうか?」と、私は太いケーブルが幾重にも繋がっている装置を見ながら訊ねた。

『ううん。ここで得られるものは何もない』

「それならミスズたちの掩護に行こう」

「待ってくれ、こいつも持って行く」と、ワスダはロケットランチャーを拾い上げると肩に提げた。


「ずっと気になっていたんだけど、そのランドセルはなんなんだ?」

「こいつか?」ワスダは振り向くように背負っていたランドセルを見せた。するとユニコーンをアニメ調にデフォルメしたキャラクターのホログラムが投影されて、私に向かってウィンクした。「こいつは秘密の道具入れなんだよ」

「秘密にしては、目立ちすぎるように思うけど」

「そうか? 大人しいデザインだと思うけど」


 検問所の外に出ると、水溜まりで遊んでいたハクと合流する。

『レイ、ミスズの部隊が配置についたよ』と、カグヤが言う。

「イーサンの部隊は動けるか?」

『うん。ウミの操作でウェンディゴも入場ゲートに向かってきているから、防衛線を敷いていたヌゥモの部隊もタイミングを合わせて一斉攻撃を始める』

「俺たちも急いだほうがいいな」


『レイ』と、ハクの可愛らしい声が聞こえると私は足を止めた。

「ハク、どうしたんだ?」

『みつけた』ハクの思考電位を受信した端末によって、鳥籠の簡易地図が拡張現実で表示される。

「製薬工場がある区画だな」と、ワスダは目の前に現れた地図を眺めながら言う。「そこに何があるんだ?」

『これ』そう言ってハクが触肢でそっと触れたのはワスダのマスクだった。

『髑髏のマスク……もしかして、人造人間のこと?』

「人造人間?」と、ワスダはハクから離れながら言う。「なんのことだ?」

「守護者の身体に意識を転送した信徒たちのことだよ」

「あの機械人間のことか」


 敵部隊がこちらに接近してきているのを地図で確認しながら私はカグヤに訊ねた。

「司祭と一緒に来た奴らの生き残りなのか?」

『ううん。そいつらはヌゥモとウミのウェンディゴが殺した』

「なら教団関係者の幹部のなかに信徒が紛れ込んでいた?」

『居住区画に潜んでいた宣教師の可能性もある』

「製薬工場の地下には、住人のほとんどが避難しているシェルターがある。そいつを放っておくのはヤバいんじゃないのか?」

 ワスダはそう言うと、片膝をついて通りの向こうからやってきていた敵部隊に向けてロケットランチャーを構えて引き金を引いた。

 ロケット弾は地面擦れ擦れを飛んでいって、敵部隊後方の壁に衝突して無数のコンクリート片を撒き散らした。けれど敵部隊は洗脳された戦闘員の集まりだったのか、爆発に尻込みすることなく向かってくる。


 私は歩兵用ライフルを構えて引き金を引く。その瞬間、先頭を走っていた戦闘員の頭部が破裂するように飛び散るのが見えた。ワスダもロケットランチャーを捨てて立ち上がると、アサルトライフルのセミオート射撃で戦闘員を撃ち殺していった。

 激しい雨によって視界が悪い状態であるにも拘わらず、正確な射撃を行っている我々から隠れるように、処刑隊は検問所の側に設置されたコンクリートブロックに逃げ込もうとした。しかしハクが吐き出した糸によって足を絡め取られると、その場に倒れて身動きができなくなってしまう。我々はその隙に戦闘員を射殺していった。


 すると居住区画から激しい銃声と破裂音が聞こえるようになった。

「イーサンたちが動いたみたいだな」

 戦士たちからリアルタイムで受信している戦局を確認していると、敵が放ったロケット弾が飛んでくるのが目の端に映った。すぐに行動しようとしたが、ハクのほうが早かった。ハクはロケット弾に向かって細長い糸を吐き出して張り付けると、触肢を器用につかって糸を掴んで、そのままロケット弾を振り回して敵部隊に目掛けて投げ返した。破裂音がして肉片が周囲に飛び散ると、敵の反応が消える。

「それで」と、ワスダが言う。「どこから始める?」

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