第498話 防衛システム


 雲を割るように空に向かって伸びていった青い閃光が消えると、急激に冷やされた雨は雹に変わり、廃墟の街に大量の氷の塊が降ってくるのが見えた。けれどそれは一時的な現象で、すぐに激しい雨に戻っていった。すべてを凍りつかせる閃光を放った第三の眼は、己に与えられた役割を終えると、眼から漏れていた氷霧が消えて眠るように静かになった。

 第三の眼から閃光を射出する際に、反動でのけぞっていた首に手を当てると、粉々に砕けた姿なきものたちの死骸を見つめる。


『左腕の仕返しはできたみたいだね』と、カグヤが言う。『満足した?』

「ああ」私は笑みを浮かべながらうなずくと、近くにいたハクのもとに向かう。「恐らくこいつがこの世界にやってきた最初の個体だ。姿なきものたちが増えていった原因がこいつにあるなら、化け物の分裂も止まるだろう」

『オリジナルの個体か……他の個体が分裂できないことを祈ろう』

 カグヤの言葉にうなずくと、ハクが怪我をしていないか確認する。

『けが、ないよ』

 ハクは可愛らしい声で答えると、今も戦闘が続けられている鳥籠に向かって脚で持ち上げた。夜闇を切り裂く閃光が見えた次の瞬間、空気を震わせる特徴的な射撃音が廃墟の街に轟いた。


『姿なきものたちに対する狙撃だよ。今の一撃で化け物の一体を処理できた』と、カグヤが言う。

「あと三体か」そう口にした瞬間、別の閃光の瞬きが見えた。「これであと二体」

『狙撃が失敗したときのことを考えて、レイとハクも狙撃ポイントに戻って』

「了解」

 先程、化け物を狙撃するのに使用したライフルを確認すると、射撃の際に熱をもった小型核融合電池がビニールを溶かしていて、打ち付ける雨を水蒸気に変化させているのが見えた。私はすぐに予備の電池を装填して、使用済みの電池をタクティカルベストに備えつけられた専用のポケットにしまう。

 それから忘れないうちに破壊されていたショルダーキャノンを修復すると、ハクと共に汚染地帯の側を離れて、鳥籠を囲む第一の防壁内に侵入する。


 カグヤが指定した狙撃ポイントに到着する頃には、ミスズの狙撃でもう一体の姿なきものたちが処理されていた。これで残るのはあと一体だけになった。私はインターフェースを使ってワヒーラから周辺一帯の索敵情報を入手すると、試作ライフルの射撃音に引き寄せられた新たな姿なきものたちがいないか確認する。化け物の追加がないことがわかると、ハクと手分けして周辺一帯に集まってきた人擬きを処分することにした。


 ハクと別れて道路の中央に立つと、まるで旧文明期以前のゾンビ映画のように、人擬きの群れが駆けてくるのが見えた。試作ライフルを肩に提げると、スリングで背中に固定していた歩兵用ライフルを構えて、接近してくる人擬きに銃弾を撃ち込んでいく。引き金を引くたびに金属を打ち付ける小気味いい射撃音が聞こえる。が、人擬きは何処からともなく湧いて出てきて、射撃が間に合わなくなる。


 宇宙軍から『輝けるものたちの瞳』とも呼ばれていた第三の眼から射出される光線は、莫大なエネルギーを消費する。だから旧文明の特殊な鋼材が含まれた瓦礫を大量に取り込む必要があった。使用後には、ハガネに蓄えられていた大量の鋼材が消費されて弾薬が生成できなくなるほどだった。けれどこの辺りでは瓦礫に困ることはなかった。


 私はハガネを操作して瓦礫に含まれる鋼材を取り込んで弾薬を生成すると、ショルダーキャノンを使って通りの向こうからやってくる人擬きにフルオート射撃で自動追尾弾を撃ち込んでいく。銃弾が命中するたびに人擬きの頭部が破裂して、脳の一部と骨片が辺りに飛び散る。と、そこに狙撃手が撃ち漏らした姿なきものたちが墜落してきて、通りを徘徊していた人擬きを圧し潰しながら転がってくる。


 イモムシにも似た化け物のぶよぶよとした身体はひどく損傷していが、それでもまだ動けるのか、化け物は鎌首をもたげるヘビのように頭部を持ち上げて、近くにいた人擬きに強烈な衝撃波を放って次々と殺していく。私はライフルを背負うと、肩に提げていた試作ライフルを素早く構える。そして化け物の頭部に照準を合わせて引き金を引いた。

 狙撃銃には適さない轟音と、ハンマーで殴られたような強い衝撃を肩に感じたときには、化け物の頭部は消滅していてグロテスクな体液を噴き出す胴体だけが残されていた。


 姿なきものたちは、これまでに遭遇してきた混沌の生物がそうだったように、驚異的な自己治癒能力はもっていないので、死骸に警戒する必要はなかった。けれどその死骸を目当てに、大量の人擬きが集まってきていたので、死骸に群がる人擬きごと死骸を火炎放射で焼くことにした。火だるまになった人擬きが、周囲の建物を炎で照らしながら徘徊することになったので射殺する必要があったが、大きな問題もなく姿なきものたちに対処することができた。


 雨脚が強まると、死骸の炎が鎮火していくのを見ながら近くの建物に入り、試作ライフルの電池を交換することにした。しばらくするとミスズとナミが狙撃部隊を連れて建物に現れた。

「お疲れさま」

 戦士たちに声をかけると、ミスズと相談しながらこれからの行動を決めることにした。すると拡張現実で投影された地図を睨んでいたミスズは、地図の一角を指差しながら言う。

「教団関係者が使用した逃走経路を使って鳥籠内に侵入して、処刑隊の背後に狙撃部隊を展開するのはどうでしょうか?」


『あの秘密の通路?』と、カグヤの声が聞こえる。『敵部隊が地下の通路に配置されていなければ、この状況を打開する切っ掛けになるかも』

 狙撃手で編成された部隊がこの場にいるのだ。カグヤの言うように、戦局に大きな変化を与えられるかもしれない。

「すぐに移動しよう」と、私は言う。「後方からイーサンの部隊を掩護できれば、俺たちはこの戦いを有利に進められる」


 鳥籠を囲む第二の防壁、そのすぐ側に地下に続く入り口が隠されている。我々は暗闇に潜む人擬きの注意を引きつけないように、できるだけ静かに、けれど迅速に動いて目的の場所に向かった。倒壊した建物が見えてくると、瓦礫の間に金属製のハッチが確認できた。

『待って、レイ』と、カグヤの声が聞こえる。『輸送機が近づいてくる』

「どうして輸送機が?」

 するとウミの声が内耳に聞こえた。

『拠点で暇そうにしていたので、独断で彼を連れて来ました』

 我々の上空にやってきた輸送機が高度を低くして、兵員輸送のコンテナハッチを開閉すると、人影が飛び下りてくるのが見えた。


「待たせたな、兄弟」と、綺麗な三転着地を決めたワスダが言う。

「なにしに来たんだ?」ナミはワスダの軽薄な態度に呆れながら言う。

「なにって、兄弟の窮地を救いに来たのさ」

 ワスダは膝についた泥を払うと、高度を上げながら飛んでいく輸送機に手を振ってウミに感謝する。

「それで?」と、ワスダはハクの姿を探しながら言う。「これからどうするんだ?」

「えっと……」

 ミスズが困惑した表情で私を見つめると、私はワスダに現在の状況を説明した。

「敵の背後に回るか……悪くないな」ワスダは剃り上げた頭を撫でたあと、ニット帽を被り直して床に設置されていた気密ハッチを見つめる。「そいつを開放することはできるのか?」

『もちろん』

 カグヤの操作するドローンが何処からともなく現れると、気密ハッチをスキャンするためのレーザーを照射する。それから機体の一部を開閉して、細長いケーブルを伸ばすと、ハッチに収納されていた操作盤に直接ケーブルを接続した。


「なんでもありだな」と、ワスダは呆れながらドローンの作業を見守る。

 すると前線に残ったアーキ・ガライに代って、狙撃部隊を率いていたクーパーが私のとなりにやってくる。クーパーはイーサンの傭兵部隊に所属していた古参兵で、背が高く屈強な肉体に、長い顎髭が特徴的な強面の男だった。普段は狙撃手として経験の浅いアーキを補佐しながら狙撃部隊をまとめていて、ヤトの戦士たちからの厚い信頼も得ていた。そのクーパーが声に出さずに言った。

『あの男のこと、信用できるのか?』

『難しいな』と、私も声に出さずに言う。『けど、裏切る心配はしていないよ』

『なにか根拠でも?』

『ワスダにはなにか大きな計画がある。そしてその計画には俺たちの協力が必要だ』

『ここで俺たちを害する訳がない……か、根拠はそれだけなのか?』

 私が肩をすくめてみせると、クーパーは深い溜息をついて、それから狙撃銃を肩に担いで仲間のもとに戻った。


 気密ハッチが開くと、地下通路の照明が自動的に灯っていくのが見えた。それから、やはりと言うべきなのか、旧文明の地下施設なだけあって、入り口にはシールドの薄い膜が張られていて、原理はわからなかったが雨や泥が侵入できないようになっていた。

『注意してね』とカグヤが言う。『防衛システムが作動しているから、施設に備えられた自動攻撃タレットを警戒する必要がある』

「システムをハッキングして、俺たちを味方だと認識させることはできないのか?」

『通路の先に操作端末があるから、接触接続ができればなんとかなるかも』

「端末の正確な場所はわかるか?」

『ダウンロードした地図を送信する』

 拡張現実で投影された地図が我々の視界の先に表示される。


「鳥籠内に続く通路と、製薬工場に繋がる道があるみたいですね」と、ミスズが地図を見ながら言う。

『目的の場所までほとんど一本道だけど、道中に警備用機械人形の待機室があるんだよ。だから戦闘は避けられないと思う』

 カグヤの言葉に私は首を傾げる。

「地上の機械人形とは別のシステムで管理されているのか?」

『そうだよ。地下通路に配備されてる機械人形は、警備隊が使ってるシステムじゃなくて、施設の防衛システムによって管理されているんだ』

「ややこしいな」

『鳥籠を占拠したあとのことを考えれば、機械人形は無傷で残しておきたい。だから戦闘は避けて欲しいんだけど、この状況だと難しいかもしれない』


「それなら俺にまかせてくれ。その操作端末がある場所まで連れて行ってやるよ」

 ワスダはそう言うと、腕を伸ばしてドローンを捕まえようとする。

『ダメだよ』とカグヤが言う。『侵入者用のセキュリティが幾重にも組まれているから、このドローンを使っても防衛システムには侵入はできない』

「ならどうするんだ?」

『レイのもつ権限でシステムを掌握する。でもそのためには――』

「兄弟が接触接続する必要があるんだな?」

『そういうこと』

「それならさっさとやっちまおう」

『やっちまおう』と、音もなく忍び寄っていた白蜘蛛はワスダを驚かせる。そしてクスクスと笑いながらハッチの先を覗き込む。


「この先の通路はハクが通れないくらい狭いみたいだ」と私は言う。「だからハクはこのまま防壁を跳び越えて、ヌゥモの部隊と合流してくれないか?」

『レイは?』と、ハクが身体を斜めに傾ける。

「さすがにこの人数で壁を乗り越えたら敵に気づかれる。俺たちは地下を通って鳥籠内に侵入するよ」

『ふぅん。わかった』ハクは身体を震わせて水滴を飛ばすと、防壁の向こう側に向かって一気に跳び上がる。

 白蜘蛛がいなくなると、我々は不思議な膜を越えて階段を下りていく。短い階段の先には、白いつるりとした鋼材で覆われた廊下が見えてくる。他の旧文明の施設同様に清潔な環境が維持されている。


『この先に侵入者を攻撃するレーザータレットが設置されてるから注意してね』

 カグヤの言葉にナミは顔をしかめる。

「具体的に、私たちは何を注意すればいいんだ?」

『侵入者を探知するセンサーがあちこちにあるから、接触しないように進むしかない』

「センサー?」ナミはタクティカルゴーグルを使って廊下の先を見つめる。「特に何も見えないけど?」

『旧文明期の施設だからね。ナミが好きなアクション映画みたいに、目に見える形でセンサーやらなにやらが設置されている訳じゃないんだ』

「それは残念」と、ナミは本当に残念がる。


 カグヤは地下通路の図面をダウンロードすると、ドローンに通路をスキャンさせながら安全な経路を部隊の端末に送信していく。我々は視覚化された情報をもとに、ゆっくりと通路を進んでいく。ある程度のところまでやってくると、通路のさきに警備用ドロイドの無骨な姿が見えてくる。四角い胴体に蛇腹形状のチューブに保護された長い腕、そして太くて短い脚をもった旧式の機体だ。


「妙だな……」と、クーパーは狙撃銃のスコープを覗き込みながら言う。「どうして旧文明の施設にあんな古臭い機械人形が配備されているんだ?」

「さあな」と、ワスダが前に出る。「あれがなんであれ、俺たちをこの先に行かせる気はないみたいだぜ」

 通路を塞ぐようにして行く手を阻む複数の警備用ドロイドの機体の周囲に、目に見えるほどの強力なシールドが発生すると、腕が変形してレーザーガンになるのが見えた。どうやらあの機械人形は、我々が良く知る旧式の警備用ドロイドじゃないようだ。

「やっぱり破壊するしかなさそうだな……」

 ハガネの鎧を甲冑にも似た戦闘形態に変化させると、私は機械人形との戦闘に備えた。

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