第497話 報復


 負傷者を拠点に移送するための輸送機が夜闇にまぎれて飛び立つと、我々はウェンディゴのコンテナで装備の最終確認を行い、姿なきものたちの出現に備えることにした。

 ガンラックから細長い銃身をもつ狙撃銃を手に取る。まだ試作段階のライフルは角筒状の銃身をもち、藍白に綺麗に塗装された装甲パーツで覆われていたが、銃身の上部に小型核融合電池を装填するための開閉機構が後付けされたように溶接されているのが確認できた。その装填口からは赤と黒のフラットケーブルが銃口に向かって伸びていて、ケーブルを束ねるために使用された青色のビニールテープが幾重にも巻かれた不格好なライフルになっていた。


 いかにも試作品といったライフルのシステムチェックを実行しながら、予備の電池をいくつか手に取ってベルトポケットに入れていく。

「カグヤ、前線で展開している狙撃部隊は?」

『トゥエルブが指揮する機械人形の部隊と入れ替わるようにして前線から離れて、今はこっちに向かってきてるよ』

 私は感触を確かめるように、ライフルを構えながら言う。

「教団が派遣した増援部隊を攻撃する無人機は?」

『爆撃機は攻撃のタイミングを合わせるために、進路を変更しながらゆっくり鳥籠の上空に接近してきている。攻撃の予測時間を表示するから、そっちで到着時間を確認して』


 視界の隅にタイマーが表示されたのを確認すると、敵増援部隊の監視を続けている昆虫型偵察ドローンから受信していた映像を網膜に表示する。ドローンのカメラアイに使用されている暗視装置によって、教団のロングコートを着た集団の姿がハッキリと捉えられていた。部隊は移動速度を変えることなく真直ぐこちらに向かってきていた。


「敵増援部隊は順調に廃墟の街を移動しているな」

『うん。まるで意思のない機械人形の行進を見ているみたいだよ』とカグヤが言う。

 信徒たちが人擬きの襲撃に遭わないことが気になったが、それよりも気になっていたことを訊ねることにした。

「なぁ、カグヤ」

『うん?』

「信徒で編成されたあの集団は、教団が派遣した部隊で間違いないんだよな」

『そうだろうね』

「それはつまり、教団の連絡員がどこか近くに潜んでいて、この状況を教団に報告していたってことでもあるんだよな?」

『通信妨害装置の影響で外部との連絡手段を失っていたから、少なくとも鳥籠の関係者が報告することはできなかった。だからその考えは間違っていないと思う』

「教団は俺たちからの攻撃を想定して、あらかじめ連絡員を潜ませていたと思うか?」

『五十二区の鳥籠を監視させていただけなのかもしれないし、あの金髪の司祭が報告した可能性もある』

「なんで鳥籠の監視なんてするんだ?」

『教団の強引な政策に反感を抱いている住人が多く残っているからだよ。支配体制が盤石じゃないって理解していたんだよ』


「支配体制か……」

 私は溜息をつくと、装備の確認を終えていたミスズたちと簡単な打ち合わせを行う。我々は増援部隊の侵入経路を予測し、ピンポイント爆撃のあとに出現すると思われる姿なきものたちを狙撃するための最適な場所を決めていく。しかし防壁内に侵入した増援部隊がどのような動きをするのかは、そのときにならなければ分からない。だから空爆地点が変更されても迅速に対応できるように、あらかじめ狙撃ポイントに適した場所を数箇所決めておく必要があった。


 我々は狙撃部隊と合流すると、戦士全員に試作品の狙撃銃を装備させて、戦士たちが担当することになる狙撃ポイントを伝える。狙撃には本来、狙撃手に同行して狙撃を支援する観測手が必要だが、その役割はカグヤが行うことになっていたので、狙撃手はそれぞれが担当するポイントにひとりで移動することになる。

 廃墟での単独行動は人擬きや昆虫型変異体に襲撃される危険性を高めるが、広範囲をカバーするため、リスクを承知でひとりでも多くの戦士を狙撃ポイントに配置することにした。そしてそれはミスズとナミも例外ではなかった。彼女たちも別々の場所で化け物の出現に備えることになっていた。


 狙撃手たちが外套に備わる環境追従型迷彩を起動して、廃墟の街に広がる暗闇に姿を隠すと、ミスズとナミはハクを連れて狙撃地点に向かう。隠密性が高く、廃墟の街を自在に移動することのできるハクは、狙撃手たちの援護ができるように、街の暗い通りを徘徊している人擬きに対処しながら仲間の動きに注意を向ける。

 私はピンポイント爆撃が行われる予定地点に向かうと、爆撃地点を見下ろすことのできる建物を探し、その建物の屋上で待機することにした。カグヤとウミの予測が外れなければ、増援部隊はこの場所に姿を見せるはずだった。


「なぁ、カグヤ」と、私は雨に濡れながらしゃがみ込む。「教団はこの鳥籠の支配を諦めていないと思うか?」

『すぐには諦めないと思うよ』

「俺たちが鳥籠を占領したからといって、すべての問題が片付くって訳じゃないんだよな……」

『うん。私たちにとって重要なのは、この戦闘に負けないことだけど、やりすぎて住民を感情的にすることも避けなくちゃいけない。暴動が起きたりしたら、今までのすべてが無駄になるかもしれないからね』

「暴動?」と、私は顔をしかめる。「鳥籠の住人は教団の支配に反感を抱いていたんじゃないのか?」

『でも教団の支配を全面的に受け入れて、教団の政策に反対する人々を攻撃していた住人もいたでしょ?』

「諜報部隊が仕掛けた例の排斥運動のことか?」

『そう。教団が鳥籠を支配していた間、利益を得ていた住人がいたことも考えなければいけない』

「それは厄介な問題だな……」


『道徳的なタブーを持たないからこそ、彼らは血に飢えた獣のように容赦なく同胞をリンチして殺すことができた』とカグヤは続ける。『私たちはそんな人間の相手をしなければいけない。場合によっては、私たちがそういう人々を処刑、あるいは鳥籠から追放しなければいけなくなるかもしれない』

「鳥籠を管理する義務が生じる……俺たちがそれを怠たれば、攻撃されていた側の住人が、今度は攻撃する側になって争いを繰り返すことになる」

『自分たちが今までされてきたことに対して、鬱積した怒りをぶちまけるのに好都合な相手がいることを彼らは知っている』

「相手……教団の支持者だな」

『うん。所謂、教団派と呼ばれる人々の顔や名前、そして住所も知っているはずだからね。報復する相手には困らない」

「住人の対立をコントロールできなかった場合、どんなことが起きると思う?」

『鳥籠は教団派の拠点になるかもしれない』

「一般的な住民と異なり、教団の支持者には強力な後ろ盾がある……そして彼らは、危険な思想をもった武装勢力を鳥籠に引き入れることもできる……」

『想定していた事態だけど、複雑な問題だよ』


 内耳に通知音が聞こえるとインターフェースに簡易地図が表示されて、防壁に接近してくる敵増援部隊の位置が確認できるようになる。

「予想した通りの侵入経路でやってきたみたいだな」

『うん』と、カグヤが返事をした。『でも防壁内に侵入したあと、彼らは部隊を分けるかもしれない。すぐに爆撃できるようにウミと準備するから、レイも安全圏まで退避して』

「了解」

 義手からワイヤロープを射出して建物の間を素早く移動すると、決めていた狙撃ポイントに向かう。しばらくすると、カウントダウンするウミの声が内耳に聞こえてきて、三度目の空爆が行われる。目がくらむような白熱光のあと、暗闇に浮かび上がる爆炎が空高く立ち昇るのが見えた。と同時に、凄まじい衝撃波によって崩れかけていた廃墟が瓦礫の山に変わっていく様子も確認できた。


 爆撃の余韻が残るなか、私は退避させていた昆虫型ドローンを呼び戻して増援部隊の状況を確認する。しかし暗視装置による粗い映像では、巻き上げられた砂塵と爆撃のクレーターが見えるだけだった。どうやら敵部隊はミサイルの直撃を受けて、跡形もなく消滅したようだった。カグヤはミスズたちにそのことを報告すると、姿なきものたちの襲来に目を光らせた。


 私は背負っていた試作ライフルを手に取ると、ビニールで覆われていた小型核融合電池の接続箇所が雨に濡れていないか確認する。ライフルは高密度に圧縮された鋼材を射出する電磁加速砲でもあるので、弾倉がしっかりと装填されているのかも再度確認する。それから雨に濡れるのを気にせず建物屋上で腹這いになると、化け物が現れるのを我慢強く待つことにした。


 ビニールを叩く雨音が気になりだしたころ、ワヒーラから受信していた索敵マップに姿なきものたちの反応が表示された。

『来たよ』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。『全部で三体――いや、四体だ』

 反応があった方角に視線を向けて、ナイトビジョンで化け物の姿を確認する。

「イモムシの姿をした大型の化け物だな」

『姿なきものたちのなかでも、比較的脅威度の低い種類だね。標的が大きいから、狙撃も難しくない』


 簡易地図を確認すると、その四体の化け物からだいぶ離れた場所から接近してきている個体がいることに気がついた。これで化け物の数は全部で五体になった。

「カグヤはミスズたちの狙撃を支援してくれ」

『レイはどうするの?』

「ハクと一緒に最後の奴を迎え撃つ」私は立ち上がるとライフルを素早く背負って、となりの建物に向かってワイヤロープを射出する。


 しばらくしてハクと合流すると防壁を越えて、汚染地帯の側にポツンと建っていた十八階建ての建築物の屋上に向かう。雨と強風で環境は最悪だったが、風向きのおかげで汚染物質の影響はなかった。

「ハク、敵の気配を感じるか?」

『もうすぐ、みえる』ハクは姿勢を低くして、眼を真っ赤にしながら腹部を上げる。

 暗い空に視線を向けると、時折ぼんやりと青白く発光していた高層建築物の間を通って、小型の化け物が飛んでくる姿が見えた。

「……あいつだ」

 マネキンにも見える奇妙な姿をした灰色の化け物は、半身が焼けただれていて、コウモリの翼に似た器官は一部が欠損して歪な形状をしていた。その化け物には見覚えがあった。あれは確かに私の左腕を食い千切った個体だった。


 私はその場に片膝をつくと狙撃銃を構えて灰色の化け物に照準を合わせる。恐ろしい飛行速度で接近してきていたが、私は心を落ち着かせてから引き金を引いた。射撃の反動と共に空気をつんざく特徴的な射撃音が廃墟の街に轟いた。

 けれど狙撃は成功しなかった。どうやって気がついたのか想像もつかないが、化け物は自身に対する脅威が迫っていることを察知すると、フグのように身体を膨らませて、凄まじい速度で飛んできた鋼材を逸らして弾いてみせた。しかしその際に跳弾した鋼材によって翼を負傷して、飛行バランスを失いながら迫ってきた。


 私とハクに襲いかかろうとして真直ぐ飛んできていた化け物は、建物屋上に設置されていた空調設備に勢いよく衝突して、辺りに金属片と肉片を撒き散らしながら転がる。だけどまだ安心することはできない。私とハクは攻撃の姿勢を保ったまま、化け物の動きに警戒する。

 化け物が鉄屑の中からゆっくりと這い出てきて、上半身を起こす姿が見えると、ハンドガンに持ち替えていた私は貫通弾を立て続けに撃ち込だ。しかし化け物は肉体を操作して、身体の全面に灰色の肉壁を形成して貫通弾を逸らしていった。跳弾によって貫通弾は周囲の建物に直撃して轟音を立てながら建物の一部を破壊していくが、化け物の肉壁を破壊することはできなかった。


 するとハクは強酸性の糸の塊を吐き出して、化け物が形成した肉壁を溶かしていった。そこにどんな秘密があるのかは分からなかったが、貫通弾を防ぐことのできる肉壁もハクの糸には敵わなかった。私は化け物が感じているであろう戸惑いの隙を突いて重力子弾を撃ち込んだが、化け物はいたって冷静だった。

 灰色のマネキンは壁として使用していた肉塊を切り離すと、重力子弾を避けながら恐ろしい速度で接近してきた。私は化け物の動きに対応できなかったが、ハクは接近してくる化け物の動きに合わせて脚を振るった。しかし攻撃は躱され、反対にハクは化け物に蹴り上げられてしまう。その蹴りにはハクの巨体を軽々と持ち上げるほどの威力があった。


 だけどハクは攻撃を諦めていなかった。空中で体勢を立て直すと、化け物に向かって脚を振り下ろそうとする。その瞬間、甲高い破裂音が鳴り響いて、化け物が放った衝撃波をまともに受けたハクが建物屋上から落下していく姿が見えた。ハクのことは心配だったが、化け物は考える時間を与えてくれなかった。

 背中を見せていた化け物が首を回して私に頭部を向けると、のっぺりした顔の中心で閃光が瞬くのが見えた。その刹那、私は凄まじい衝撃波を受けて跳ね飛ばされそうになる。けれど全身を硬質化してくれたハガネのおかげで、私は彫像のようにその場から動かなくなっていた。


 それが気に食わなかったのだろう。化け物は猛然と駆けてくると、目に見えない速度でハガネの鎧に何度も拳を叩きつけて装甲を破壊しようとした。殴られるたびに装甲の表面が剥がれて、凄まじい衝撃を受けた。が、装甲を解除するのは死を意味しているので、私は鎧の状態を変化させることなく、ショルダーキャノンだけを操作して化け物に重力子弾を撃ち込もうとする。しかし化け物は腕を伸ばしてショルダーキャノンを破壊しようとする。私はすぐに装甲の状態を変化させて腕を動かすと、化け物の手首を掴んで動きを止めた。


 けれど化け物は背中から腕を生やして、ショルダーキャノンを掴もうとする。そこにハクが現れて、完全に油断していた化け物の三本目の腕を切断する。

『レイ! まだ腕が残ってる!』

 カグヤの声が聞こえたかと思うと、化け物の肩から生えた四本目の腕がショルダーキャノンをぐしゃりと握り潰すのが見えた。

「実は俺にもまだ切り札があるんだよ」

 私はそう言うと、足元に転がる大量の瓦礫を素早くハガネに取り込んで、それらに含まれていた鋼材をエネルギーに変換した。するとフルフェイスマスクの額についていた第三の眼から、真っ白な氷霧が漏れ出し、周囲の空気を一変させていく。


 私から逃れようとして暴れる姿なきものたちを押さえつけながら、私は化け物に向かって光線を放った。耳をつんざく甲高い発射音と共に細長い光線が撃ち出されると、それは化け物の身体を縦に綺麗に切り裂き、遠くの建築物に直撃して、空に向かって縦方向に貫通していった。

 しかし身体を切断された化け物からは、グロテスクな内臓や体液が飛び出ることはなかった。私の腕を食い千切った姿なきものたちは、切断された箇所から凍り付き、やがて粉々に砕け散っていった。

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