第465話 誠意
暗闇に潜んでいた悍ましい生物の群れは、鮮やかな赤い液体に濡れた顔を一斉にあげると、カグヤの操作するドローンから発せられていた光に白濁した眼を向けた。このままではドローンに襲いかかってくるのではないのか?
そう思った瞬間だった。何処からか騒がしい物音が聞こえると、その場にいた無数の人擬きは素早い動きで散り散りになりながら部屋を出ていった。
『レイ、人擬きがそっちに向かった。気をつけて!』
カグヤの声が内耳に聞こえると同時に、建物から溢れ出した数十体の人擬きが、建物の裏手に移動していたハクに襲いかかる。そして我々の存在を嗅ぎつけた数体の人擬きも、建物の窓や崩れた外壁から姿を見せると、叫び声をあげながら我々に向かって猛然と駆けてきた。
「ワスダとソフィーは予定通り輸送ヴィードルの護衛を頼む」と、私はライフルのストックを引っ張り出しながら言う。「俺は前に出て応戦する」
「おう、こっちは任せとけ」
人間離れした獣のような動きで駆けてくる人擬きに対して、ワスダとソフィーは容赦なく簡易型貫通弾を撃ち込んでいく。銃弾が生み出す凄まじい衝撃によって人擬きの身体は破裂するように爆発四散し、内臓や手足が辺りに飛び散っていく。が、人擬きの数は多く、そのほとんどの個体は変異が進行している脅威度の高い個体だった。そのため、安易に殲滅することは困難だと思われた。
また人擬きは、建物の壁面に張り付いて空間を最大限に利用する立体的な動きを見せながら襲いかかってくるため、銃弾を命中させるのにも苦労することになった。
背中に無数の腕を生やした人擬きは、四足動物のように真直ぐ駆けてきたかと思うと、急に進行方向を変えて建物に跳びつくと、そのまま壁を蹴って私に突進してきた。すんでのところで噛みつき攻撃を避けると、通り過ぎようとしていた人擬きの足首を掴んで地面に放り投げる。人擬きはもんどり打って倒れると、すぐに体勢を立て直して襲いかかってこようとする。
その人擬きの頭部に銃弾を撃ち込んで射殺すると、今まさに倒れようとしていた人擬きの後方からもう一体の化け物が接近してくる。弾薬をショット弾に切り替えると、跳びかかってきた人擬きに焼夷散弾を撃ち込んだ。派手に飛び散る火花と共に人擬きは後方に吹き飛ぶと、身につけていた戦闘服の切れ端から立ち上がる炎を消すように地面を転がる。けれど散弾で身体の至る所を穴だらけにされた人擬きは、やがて力尽きて動かなくなる。と、その人擬きを踏み越えるようにして、数体の人擬きが接近してくる。
「カグヤ、援護を頼む!」
ライフルによる射撃を継続しながらハガネを操作して、液体金属で形成した鎧で全身を覆うと、カグヤの遠隔操作でも攻撃が行える『ショルダーキャノン』を左肩から背中の一部にかけて形成する。角筒状の短い砲身を持つ特殊なキャノンは、ハガネの鎧に合わせた黒と赤の塗装がされたシンプルな形状の兵器で、射撃を行う際の射角を確保するため、短いアームで砲身が支えられる構造になっていた。
〈自動追尾弾を選択しました。攻撃目標を指示してください〉
音声合成によって作られる女性の事務的な声を聞きながら、まるで昆虫のように建物の壁に張り付いて移動する人擬きに視線を向けると、それらの人擬きに攻撃用の標的タグが貼り付けられていくのが見えた。私の視界に入らない人擬きも、カグヤのドローンによってタグが貼り付けられる。そしてショルダーキャノンによる自動攻撃が始まる。
液体金属によって形成されている兵器の基本的な性能は、ハガネに取り込んだ秘匿兵器がベースになっているので、火力や射撃精度の心配をする必要は無かった。我々に接近してきていた人擬きは、立て続けに撃ちだされる自動追尾弾によって次々と地面に叩き落とされ、そして絶命していった。その間も私はライフルを構えて接近してくる人擬きに対して射撃を続けていたが、砲身は私の動きに合わせて、銃口が動くように自動制御されているため、照準に大きなブレは見られなかった。
私は射撃を続けながら、上空の鴉から受信していた映像でハクの様子を確認する。建物から溢れ出した人擬きの群れは白蜘蛛にも襲いかかっていて、数体の人擬きがハクの身体にしがみ付いている様子が確認できた。ハクは身体を大きく動かして、自身に組みついていた人擬きを振り落とそうとしていたが、思うようにいかないみたいだった。
「ワスダ、このまま建物の裏手に回ってハクと合流する」
「了解、ついて行くから先導してくれ」
我々は護衛対象である輸送ヴィードルに背中を向けるようにして位置取ると、互いの背後と輸送ヴィードルの動きに注意しながら、奇声をあげて接近してくる人擬きに射撃を継続して移動した。建物の裏手に繋がる狭い歩道には施錠された金属製の柵が設置されていたが、ショルダーキャノンから撃ちだした貫通弾で破壊して歩道に入っていった。
高い建物に挟まれた薄暗く狭い歩道に入って上方を見上げると、左右の壁を伝って移動する人擬きの群れが見えた。
「反重力弾を使う」と、私はインターフェースに表示される弾薬を選択しながら言う。「カグヤ、重力場の効果範囲を制御してくれ」
『任せて』
ショルダーキャノンから、壁と壁の間の空間に撃ちだされた紫色の発光体は、上方に向かってしばらく進むと、空中でピタリと静止して、甲高い金属音を響かせた。すると建物の外壁を移動していた無数の人擬きが壁から離れるように、ふわりと空中に浮き上がって動きを止めた。そしてもう一度、空気をつんざく金属音が鳴り響く。その瞬間、空中に浮かび上がっていた無数の人擬きが発光体に向かって引き寄せられ、凄まじい力によって圧し潰されていくのが見えた。
しかしその間も建物から出現する人擬きの数は増えていく一方だった。
「冬の間、奴らは獲物にありつけなかったからな」と、ワスダは人擬きに銃弾を撃ち込みながら言う。「腹が減っていて、いつにも増して狂暴化してるんだろう」
「飢餓状態の人擬きの恐ろしさは分かっていたつもりだけど、こんなに多くの化け物を一度に相手するとは思っていなかったよ」と、私も引き金を引きながら言う。
『レイ、周辺一帯の人擬きが騒ぎを聞きつけて集まってきてる。厄介なことになる前に、早くハクと合流しよう』
カグヤの言葉に返事をしようとしたとき、建物上方から跳びかかってきた人擬きがソフィーに向かって真直ぐ落下しているのが見えた。私は反射的に左腕を伸ばして、左手の先から人擬きの頭部に銃弾を撃ち込もうとした。しかし手の平から銃弾は発射されず、代わりにショルダーキャノンから弾丸が発射されて人擬きの頭部を吹き飛ばした。どうやらキャノンと同時に義手を使うことはできないようだった。
すると別の人擬きが義手に噛みついてきた。私はそのままショルダーキャノンで人擬きの首に銃弾を撃ち込むと、その胴体を蹴り飛ばした。首から千切れるようにして身体を失った人擬きは、それでも義手に噛みついていたままだったが、それに構わず歩道の先に設置されていた柵を貫通弾で破壊した。
「流石だな、兄弟」とワスダが言う。「でもそれくらいのことは俺にだって簡単にできる」
何故か私に対抗意識を持ったワスダは、サイバネティックアームを変形させると、前腕に収納していた鋭い刃で跳びかかってきた人擬きの頭部をスパッと切断する。
「どうだ?」とワスダはニヤリと笑みを見せる。
「油断しないでください!」と、ソフィーは切断されて地面に転がっていた人擬きの頭部に銃弾を撃ち込みながら言う。「相手は不死の化け物なんですよ!」
「ちょっとしたおふざけだよ。マジになるなよ」
「気持ちは分かりますけど、はしゃぎ過ぎです」
ソフィーはワスダを睨むと、頭部を失いながらもジタバタと暴れていた人擬きの胴体に銃弾を撃ち込んだ。ワスダは苦笑いすると刃を収納した。
歩道から大通りに出ると、人擬きに対して強酸性の糸を吐き出しているハクの姿が見えた。次々と向かってくる人擬きは糸の塊を受けると、水が沸きたつような音と共に皮膚から蒸気が立ち昇り、肉や骨が溶けて身体に大きな穴が開いていく。
「ハク、大丈夫か?」私はそう言うと、ハクの脚や腹部にしがみ付いていた無数の人擬きに自動追尾弾を撃ち込んでいった。
『もんだい、ない』と、ハクはいつもの調子で言う。『でも、めんどくさい』
「そうだな。数が多すぎてキリがない」
すると輸送ヴィードルを先導していたカグヤのドローンが近づいてくる。
『このまま戦闘が長引けば、姿なきものたちを引き寄せる可能性がある。向かってくる人擬きだけを相手にしながら後退しよう』
「撤退か……それならあいつを囮に使おう」ワスダはそう言うと、重機関銃が設置されていた土嚢の間に潜り込んで銃座についた。「こいつを弄っている間、俺に敵を近づけさせないでくれ」
私はハクとソフィーにヴィードルの護衛を任せると、機関銃の銃身を手早く交換しながらトリガーに何かの細工をしていたワスダの護衛についた。
「ひとつ訊いていいか?」と、私は人擬きの群れに応戦しながら言う。「どうやってサイバネティックアームの攻撃機能を使ったんだ?」
「どうやっても何も、てめぇの腕を動かしただけだろ?」と、ワスダは手元の作業を続けながらぶっきらぼうに言う。
「拠点に招待したとき武器を没収した。そのときに義手と、それからそのピンク色のリュックで隠している多関節アームに備わる攻撃機能も一時的に制限したんだ。気がついていただろ?」
「まぁな」
「それなのに、どうして普通に義手を攻撃形態に変形させることができたんだ?」
「言っただろ。俺は特別なんだよ」
「答えになってないな」と、私は人擬きに散弾を撃ち込みながら言う。
「てめぇのその出鱈目な装備と一緒だよ。俺の身体には旧文明の軍用規格のインプラントパーツが使用されている。そいつらはハッキング対策が施された上等なものなんだよ」
「つまり、武器を取り上げる意味は無かったんだな」
「意味はあったさ」とワスダは苦笑する。
「どんな意味が?」
「俺たちの誠意を見せることができた」
「誠意ね、今は騙された気分だよ」
「悪いな、兄弟。でもそいつはてめぇ個人の問題だ。俺たちは信頼を得るために武器を手放したんだ。この狂った世界で武器を手放す意味は分かるよなぁ?」
「ああ」
「それなら『騙された』なんてみみっちいこと言ってんじゃねえよ」
「どうしてなんだ?」
「なにが?」と、ワスダは機関銃に弾薬を装填しながら言う。
「どうしてそこまでして俺たちと手を組もうとしているんだ?」と私は訊く。「ワスダなら廃墟の街でレイダーギャングを束ねて、簡単に大きな組織をつくれるだろう」
「そうだな。根性がありそうな連中を集めて『ワスダ組』なんて馬鹿げた名前を付けて遊ぶのも悪くない。でもな、どうせやるなら、もっと大きなことがしたいだろ?」
「大きなことか……」と、私は溜息をついた。
実際、ワスダなら簡単にレイダーギャングを束ねられると考えていた。生きる目的も無く、ただ群れることを好む集団は、確かな命令系統が無いまま廃墟の街を徘徊している。そんな奴らは、頭さえ徹底的に潰してしまえば、拍子抜けするほど力ある者の下に付こうとする。そしてそれだけの力とカリスマ性をワスダは持っていた。
「それにな」とワスダは続ける。「そんな奴らを五十人集めたって使いものにならないんだよ。俺が欲しいのはな、確かな信念を持って動く組織と軍隊なんだよ」
「自分自身の軍隊を組織することがワスダの目的なのか?」
「余計なことを言ったな」ワスダは舌打ちしながら機関銃のボルトを引くと、私に視線を合わせた。「準備できたぞ、あの人工知能に撤退の指示を出してくれ」
『人工知能じゃない』
カグヤはそう言うと、退却のための進行経路を輸送ヴィードルに送信する。
ワスダの操作によって重機関銃が騒がしい音を立てて銃弾を発射し始めると、我々は土嚢の側を離れ、ヴィードルの護衛をしながら後退していたハクたちと合流する。トリガーに何かしらの細工がされた重機関銃は無人で銃弾を吐き出し続け、その騒がしい音は周辺一帯の人擬きを引き付けることになった。土嚢に囲まれた機関銃は、やがて集まってきた大量の人擬きに破壊される。が、その頃には我々は戦地を離脱できているだろう。
執拗に追跡してくる数体の人擬きを殺しながら前進を続けると、我々のあとを追う人擬きはいなくなった。
「それで」とワスダは言う。「このあとはどうするんだ?」
「諜報部隊と合流する予定になっている場所に向かう」私はそう言うと、ハクのモコモコとした体毛を触りながら、ハクが怪我をしていないか確認する。
「それなら簡単だな。さっさと行こう」
『実はひとつ大きな問題があるんだ』とカグヤが言う。『これを見て』
上空の鴉から受信している映像を確認すると、目的地点に設定されていた建物付近に陣取る機械人形で編成された部隊の姿が見えた。
「警備隊の連中が配置した警備用の人形だな」とワスダは言う。
『うん。私たちの侵入にはまだ気がつかれていないから、偶然にそこに配置されているだけだと思うけど……』と、カグヤは言いよどむ。
「ハッキングして機体の操作権限を奪うことは出来ないのか?」
『それをやったら、警備隊が駆けつけてくる可能性がある』
「そいつは確かに厄介な問題だな」ワスダはそう言うと、通りの向こうを睨んだ。
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