第453話 閃光


 イアーラ族の戦士が戦闘に加わったことで、戦局が変化すると思われたが、実際は状況に大きな変化は生まれなかった。問題になっていたのは、接近しなければ貫通弾すら通用しない大型変異体の存在だ。多脚型戦車のサスカッチを操作するトゥエルブの強力なビーム兵器によって、着実に数は減っているようだったが、サスカッチだけで全ての大型個体に対処するのは困難なことだった。


 そこで助けになったのは、ミスズが増援として連れてきたイアーラ族の戦士たちだった。イアーラ族は、彼らが『ヴィチカバヤ』と呼ぶ旧文明の鋼材で造られた装備を所持していたので、中型の化け物相手なら問題なく対処することができた。戦士長であるラロに至っては、大型の化け物すら難なく相手にする活躍をみせていた。

 そしてイアーラ族の戦士は、ラロの指示によってミミズクの化け物との戦闘を開始していたので、私に対する煩わしい奇襲が減り、私個人は大型個体に対する攻撃に専念することができた。ちなみに輸送機を操縦していたミスズも、ヴィードルに搭乗してコンテナから飛び下りてくると、化け物たちとの戦闘に参加していた。


 ウミの遠隔操作で戦場から離れていく輸送機を眺めていると、化け物が凄まじい速度でこちらに向かって飛んできて、そしてサスカッチのビームによって熔かされるのが見えた。

『レイ、気を抜かないで』

 カグヤの言葉にうなずくと、上空の群れにハンドガンを向ける。弾薬は威力を制限した重力子弾を選択した。秘匿兵器から放たれた青白い閃光は、夜の闇を切り裂きながら真直ぐに進んで化け物の上半身を跡形も無く消滅させると、大樹の幹を貫通して何処かに消えていった。しかし威力を制限していたので、大樹の森に大きな被害が及ぶことは無かった。


 そもそも現在のような危機的状況で、大樹の森に与えるかもしれない被害について考慮すること自体が馬鹿げている行為に思えたが、樹木の存在が森の環境を維持するために必要なものだという認識が、重力子弾の使用を躊躇わせていた。汚染物質の除染に関連する能力が失われてしまったら、それこそ大樹の森は人々の住めない魔境に変化してしまう。しかし同時にそれが過剰な対応であることも分かっている。たとえ百本や二百本の大樹が失われようと、森の存在は揺るがない。それほど山梨県に存在する大樹の森は広大なのだ。


「でも方針を変えるつもりは無い」私はそう口にすると、先程よりも威力を制限した重力子弾を放つ。化け物の胴体を貫通した閃光は、拳大の穴を残し、運悪く後方を飛んでいた別の個体の翼にも大きな穴を残しながら大樹の幹を貫通して空の彼方に消えていった。

 まるで死肉を求めるハゲワシのように、虎視眈々と攻め入る隙を狙って我々の上空を旋回していた大型個体への攻撃に集中していると、炎から立ち昇る黒煙の向こうから化け物が突進してくるのが見えた。鋭い鉤爪に捕らえられないように、大盾を形成しようとするが、化け物はラロが振り下ろした槍の一撃で首を切断され、そのまま地面に衝突して動かなくなる。


 他のイアーラ族よりも大きな身体を持つラロは、立ち止まることなく駆けると、低空飛行していた化け物に向かって槍を投げつけた。凄まじい勢いで飛んでいった槍は化け物の胸部に深く突き刺さると、そのまま樹木の幹に化け物の身体を固定した。化け物は胸部を貫いていた槍から逃れようと、大量の血液を噴き出しながら暴れていたが、ラロは化け物の身体から槍を抜くと、目にも止まらない速度で槍を振り、容赦なく化け物の頭部を切断した。


 そのラロを襲うために、炎の明かりが届かない暗闇から凄まじい速度で飛んでくる化け物の姿が見えると、私は素早く弾薬を切り替え、網膜に表示されるターゲットマークに向かって銃弾を撃ち込んだ。化け物に見えたのは自分に向かって飛んできて、目の前で突然広がっていく金属ネットだけだったのだろう。化け物は金属製の網が絡みついた状態で、飛行速度を落とすことなく大樹の幹に衝突し、そして二度と動くことは無かった。


 周囲に素早く視線を向けると、ヴィードルのミニガンによって身体をズタズタに裂かれている複数の変異体の姿が見えた。足元には、まだ温もりのある化け物の死骸が転がり、その近くでは黒蟻に捕まった変異体に止めを刺しているイアーラ族の姿が見えた。サスカッチを操作するトゥエルブは、降って湧いたように入手した力を自慢するように、空気を震わせる鈍い発射音を森に響かせながらビームを連射していた。


 状況は好転しているように見えていた。それが現れるまでは。

 ビーム兵器を使いながら上空の大型個体を攻撃していたサスカッチから、ふいに空気をつんざく激しい破裂音が聞こえると、サスカッチの脚が圧し潰されるようにして破壊されるのが見えた。制御を失った車体が傾くと、射出されていたビームは大樹の幹に張り付いていたミスズが操縦するヴィードルのすぐ側を掠めて飛んでいった。トゥエルブが悲鳴にも似たビープ音を鳴らしていると、今度は砲塔が吹き飛んだ。


 戦闘機が音速を越えた際に発生させる衝撃波によって、空間に生じる破裂音にも似た騒がしい音が立て続けに聞こえると、飛行していたミミズクの化け物や、地面に墜落していた化け物が、組みついていた黒蟻と一緒に次々と圧し潰されて、血溜まりだけを残して消える。地面にできた奇妙な陥没と、血溜まりに浮かぶ羽毛を眺めていると、嫌な既視感を覚えた。


『レイ!』

 カグヤの声に反応して反射的に横に飛び退くと、破裂音と共に先ほどまで私が立っていた地面が放射状に陥没した。視線を上げると巨大な翼を持った灰色の生物が、地面に埋まっていた巨大な瓦礫の先にゆっくりと着地するのが見えた。

「カグヤ、あれは何処から来たんだ?」

『分からない。けど……あれは姿なきものたちだよ』とカグヤが言う。『今までの奴らと違う姿をしているけどね』


 異界から地球に渡ってきた『姿なきものたち』は、灰色のマネキン人形のような姿をしていて『のっぺらぼう』と呼ばれる妖怪のように、表情がなく、つるりとした頭部をもっていた。しかしそこに現れた生物は、オオカミにも似た四足動物のような身体を持ち、長い首の先には人間の頭部が生えていた。

「あれは本当に姿なきものたちなのか?」

『間違いない』カグヤがそう言うと、視界の隅に廃墟の街で遭遇した姿なきものたちの映像が表示される。旧文明期以前の宗教画で見られる天使の真っ白な翼に、のっぺりとした表情のない頭部は、確かに姿なきものたちのそれと見分けがつかないほど似ていた。


「どうして大樹の森に奴がいるんだ?」

『爆撃がいけなかったのかも……』とカグヤが言う。『迂闊だったよ』

 その姿なきものたちは、ミミズクの化け物とも敵対しているのか、無数の化け物が狂ったように鳴き声を上げて灰色の生物に襲いかかった。しかしオオカミの姿を持つ怪物は、少しも慌てる様子を見せずに、長い首の先にある人間の頭部にも似た顔をゆっくりと化け物に向けた。すると顔の先で閃光が瞬いて、次の瞬間には飛行していた化け物の身体が空中で破裂するのが見えた。

 まるで奇跡のように無から生みだされた衝撃波によって周囲の化け物が体勢を崩すと、灰色の怪物が顔の先でストロボライトのような強烈な閃光を繰り返し点滅させるのが見えた。その刹那、激しい破裂音を伴った衝撃波が複数発生して、ミミズクの化け物を瞬く間に殺していった。空中では行き場を失くした化け物の羽毛だけが残り、物悲しくゆらゆらと揺れていた。


 オオカミの姿をした怪物が化け物の処理に勤しんでいる隙に乗じて、私は怪物に向かってハンドガンの銃口を向けたが、ふと思い立って引き金から指を外した。

「カグヤ、ミスズに後退するように指示を出してくれ」

『どうするつもり?』

「化け物の処理は化け物に任せる」

 カグヤはしばらく黙っていたが、やがて私の思考電位を拾い上げて意図を察したのか、作戦に同意してくれた。

『それなら私は囮になってミミズクの変異体を誘き寄せるよ』

「あのイノシシのホログラムを使うのか?」

『うん。化け物をできるだけ多く誘き寄せて、ここで互いに殺し合わせる』


 カグヤの操作する偵察ドローンが光学迷彩を起動して飛んでいくと、私はラロの側に向かい後退することを伝えた。

『逃げるのか?』と、媚茶色の毛皮を持つラロは黄色い瞳を私に向けた。暗い森で見るラロの瞳は淡い光を帯びて輝いていた。

「いや」と私は頭を振る。「あの灰色の怪物を利用して鳥類型の変異体を減らす」

 ラロはオオカミにも似た怪物に鋭い視線を向けると、何処からか生じる衝撃波によって圧し潰されていくミミズクの化け物を睨んだ。それからラロは大きく息を吸い込むと、獣のような雄叫びをあげた。すると周囲で戦っていたイアーラ族の戦士たちが何処からともなく集まってくる。

『後退する』ラロの言葉にイアーラの戦士はうなずいた。


 カグヤの操作する偵察ドローンが、オオカミに似た生物の側で多数のホログラムを投影し始めると、森のあちこちからミミズクの変異体が集まってきて、そして同族を虐殺している灰色の怪物に襲いかかった。その間、我々は合流地点を決めると、襲いかかってくる変異体を処理しながら激しい争いを続ける化け物たちから距離を取った。その際、動かなくなったサスカッチの側から離れようとしないトゥエルブを説得する必要があった。

 強力な兵器を破棄してしまうことに躊躇いを持つ気持ちは理解できるが、今は諦めてもらうしかなかった。トゥエルブは大きなカメラアイを私に向けてじっと何かを考えていたが、やがてサスカッチに接続していたケーブルを切断して、我々と一緒に後退することを選んでくれた。


 爆撃によって燃え広がっていった炎の明かりが届かない暗がりまでやってくると、増援として駆けつけていたアルファ小隊と合流することができた。

「ペパーミントも来ていたのか?」

 私が驚きながらそう言うと、彼女は得意げにうなずいた。

「ハクとマシロの側を離れるなって言ったのはレイでしょ?」

「安全な場所で待機していてくれとも言ったんだけどな……それで、ハクは何処にいるんだ?」

「レイラ、あそこだ」テアがそう言って大樹の幹を指差すと、暗闇に妖しく浮かび上がる八つの眼が見えた。


 白蜘蛛はこちらに向かって飛んでくるミミズクの化け物に対して、自身の周囲に発生させた白藍色に発光する複数の球体から閃光を放って、化け物の身体を次々と切断していた。我々の周囲には、切断された箇所から凍り付いていった化け物の死骸が転がることになった。

『最初からハクにあの化け物の相手を任せていれば、こんなに苦労しなかったのかもね……』とカグヤが言う。

「そうだな」と、規格外の能力を持つハクの凄さにあらためて感心する。

「それはそれとして、この状況に最適な装備を用意した」

 ペパーミントはそう言うと、ショルダーバッグから狙撃用ライフルを取り出した。

「試作段階のスナイパーライフル?」と私は首を傾げる。

「そう。これを使って灰色の怪物を始末する」

「奴が現れたことを知っていたのか?」

「ずっと戦況を見守っていたから」と、ペパーミントは指先で自身のマスク叩いた。


 私はペパーミントから受け取ったライフルをまじまじと眺める。細長い銃身を持つライフルは、藍白に塗装された角筒状の装甲で覆われていたが、銃身の上部に弾倉を装填するための開閉機構が後付けされたように溶接されているのが確認できた。その装填口からは赤いフラットケーブルが銃口に向かって伸びていて、幾重にもダクトテープが巻かれた不格好なライフルになっていて、いかにも試作品といった形状をしていた。

「山岳地帯で入手した結晶を使った試作品か?」

 私の問いにペパーミントは頭を振った。

「いいえ、違うわ。これは従来通りの小型核融合電池を消費して、高密度に圧縮された鋼材を放つ電磁加速砲」

「これであの怪物がやれると思うか?」

「異界で出会った神さまが言ったことを忘れたの? あの怪物は圧倒的な攻撃力を持っているけど、防御力はそこまで高くない。それなら最高出力で放たれた鋼材でも充分なダメージを与えられるかもしれない」


『やってみようよ。射撃のタイミングは私が調整するから難しくない』

 ペパーミントは私がカグヤの言葉にうなずくのを確認すると、狙撃に使用される小型核融合電池をライフルに装填して、それからケーブルで接続された端末を操作して射撃に関する設定を入力していった。それが終わると、私はハクに頼んで遠くまでよく見渡せる大樹の枝まで連れて行ってもらうことにした。

「この場所からなら問題なく奴を狙撃できるな」そう言って狙撃ライフルを構えると、フルフェイスマスクの視界を介して灰色の怪物をロックオンする。


 試作品である狙撃ライフルには通常の照準器は疎か、ホログラムで投影される照準器も用意されていない。その代り、使用者の端末に接続されることで、インターフェースを表示するデバイスに直接狙撃に関する情報が映し出されることになっているようだった。

『チャンスは一度だけだよ』とカグヤが言う。『あの怪物がミミズクの変異体を攻撃したあと、一瞬だけ隙ができる。その瞬間を見逃さないでね』

「ああ、任せてくれ」

 息を潜めて視線の先に拡大表示される怪物を見つめる。ハクも緊張しているのか、先ほどから一言も話さなかった。


『レイ!』

 カグヤの声に合わせて、最高のタイミングで引き金を引くと、凄まじい反動と共に射撃音が轟いて、次の瞬間、灰色の怪物はすでに頭部を失っていた。怪物の周囲を飛行していたミミズクの変異体は銃声に驚いているみたいだったが、すぐに怪物に群がって、瞬く間にその身体を引き裂いていった。

「やったみたいだな……」と私は呆然としながら言った。

『そうだね。復活するような兆しも無い。ミミズクの化け物を掃討するために、ミスズたちに一斉攻撃の指示を出すよ』

「ああ、頼むよ」

 私はそう言うと、赤熱しながらライフルの装甲を熔かしていた小型核融合電池を排出させた。

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