第402話 石棺
カグヤの操作する偵察ドローンが、謎の骨に向かって扇状に広がるレーザーを照射しスキャンしているのを眺めていると、カグヤの声が内耳に聞こえる。
『墳墓ってことはさ、埋葬を行うだけの知識をもった知的生物が、この世界にいたってことでもあるよね』
「砂に覆われた都市遺跡があるくらいなんだから、それは確実だろう」
『なんだか急にキナ臭くなったね』
「そうか?」と、私は地中に埋まっていた無数の骨を見ながら言う。
『だって知識を持った存在がいるんだよ』
「でもその文明を築いた生物は、とっくの昔に滅んだのかもしれない。カグヤだってあの壮麗な都市が砂に埋もれているのを見ただろ? あれは幻覚なんかじゃなくて、この地に確かに存在している都市だった」
『そうだけどさ』とカグヤは唸る。『……こんなことになるなら、あの泥で出来た『根』は、ヤトを使ってさっさと切断しておくべきだった。そうすれば砂嵐に巻き込まれることなんてなかった……』
「カグヤの言うことには一理ある」赤黒い骨の側にしゃがみ込んでいた私は、そう言って立ち上がる。「でもフクロウ男が言っていたことも気になる。もしも秩序や混沌に連なる『悪意』を持った存在が、本当に俺のことを探しているのなら、ヤトを使うことで俺に辿り着く手掛かりを残すことになる」
『少しの間だけなら平気だよ』
「ここが地球なら、俺も試そうと思ったのかもしれない。けどこの場所は奴らが支配する領域だ。わざわざ危険を冒す必要は無い。それに、無数に枝分かれしている根の一部を破壊しても、すぐに再生されたら意味が無い」
『でもフクロウ男の言っていたことが事実なのかも私たちには分からない』
「たとえ嘘だったとしても、そこに何かしらの意図が含まれているのは確かだ。それなら、慎重に行動しても損は無いと思っている」
『……それもそうだね』と、カグヤは力なく答えた。
「それより、その骨に関して何か分かったか?」
『まったく分かんない』とカグヤは答える。『私たちが触れて良いものなのかも分からない。異界に存在する未知のウィルスに感染する前に、それは埋め戻した方が良い』
「それは想定していなかったな」
バックパックから軍用折り畳み式シャベルを取り出すと、それを使って奇妙な骨を丁寧に埋める。それから白蜘蛛に視線を向けると、イーサンと一緒になって地面を掘り起こしているハクの姿が目に入る。
「イーサン、何か見つけたのか?」
「こいつを見てくれ」
手招きするイーサンの側に行くと、掘られたばかりの穴に向かって、砂漠の砂のように細かな砂がサラサラと流れ落ちているのが見えた。そしてその先に石棺のようなものが埋まっているのが確認できた。どうしてそれを棺だと思ったのかは分からない。この場所を墳墓だと仮定しているから、そう思い込んだのかもしれない。しかしそれがどんなものであるにせよ、棺を暴くような行為は止した方が良い。そう思ってハクを止めようとすると、石棺をスキャンしていたカグヤの声が聞こえた。
『この石棺は空だよ……ううん、やっぱり何かあるみたい』
「なにかってなんだ?」
『石棺の内部には生物の痕跡が残っていないんだ。でも未知の合金を検知した』
「合金?」とイーサンが頭を捻る。「装飾品と一緒に遺体を埋葬するってやつか?」
『うん。でも正確には装飾品じゃなくて鋭利な刃物が収められているみたい』
「刃物……つまり、武器と一緒に何かを埋葬するつもりだったのか?」
イーサンの言葉にカグヤは答える。
『亡くなってしまった偉大な戦士と、その戦士が愛用していた武器を一緒に埋葬する行為自体は特に珍しいもことじゃないんだ。例えば古代ギリシャやエジプト、北欧でも一般的なことだった。でもここは異界で、さらに付け加えるなら、一緒に埋葬されているはずの遺体が何処にも無い』
「遺体がない?」と私は頭を傾げた。「石棺の外壁を通してスキャンしているから、内部に何があるのか分かりづらくなっているだけなんじゃないのか?」
『その可能性はあるけど、合金はしっかりと検知できているから何とも言えない』
『おわった』と白蜘蛛の可愛らしい声が聞こえる。それはひと仕事を終えたときの、確かな満足感が含まれた声でもあった。
「さすがだな、ハク」と、褒めずにはいられなかった。
『ハク、すごい』と、ハクはフンフンと息を吐きながら得意げに言った。
私はハクの体毛についた細かい砂礫を払って、それから地中に半ば埋まっている石棺に目を向けた。
長方形の石棺は、青碧色の大理石にも似た驚くほど綺麗な見た目をしていたが、それがどんな石で出来ているのかは見当もつかなかった。素手で触れてみて分かったことだが、表面はしっとりと湿っているにも拘わらず、手の平が痛くなるほど冷たく、また脈動するように微かに震える事もあった。
「こいつはヤバそうな代物だな」と、さすがのイーサンも後退りする。
「ハクには悪いけど、埋め戻した方が良さそうだ」
私もイーサンの意見に同意しながら言った。
『ちょっと待って』とカグヤが言う。『石棺の側に小さな箱がある』
棺の裏手に回ると、石棺と同様の見た目をした石箱が置かれているのが見えた。石棺が地中に出ている部分だけでも三メートルほどの物体であるのに対して、その箱は四十センチ四方の小さなものだった。
『どうするの、レイ?』とカグヤが言う。
「せっかくだから、中身を確認してみよう」
私はそう言って箱に触れてみたが、石材で出来た蓋はビクともしなかった。
「レイ、どんな感じだ?」と背後に立っていたイーサンが言う。
「ダメだ。まったく動かない」
「お前さんでも無理なのか」
「ああ。こういうときは接触接続でどうにか出来るんだけど、さすがに異界の石を操作することは俺にも出来ない」
「ハクはどうだ?」
イーサンの言葉に反応して白蜘蛛はお尻をカサカサと振って、体毛についた砂を宙に舞い上がらせた。それからハクは石箱に向かって触肢を伸ばして、箱の表面にそっと触れた。するとハクの触肢が触れた箇所を起点にして、箱の模様が渦を巻くように変化していった。それはまるで青碧色のインクに赤色を混ぜ合わせているような、不思議な光景だった。やがて未知の石材で出来ていた箱はぼんやりとした光を纏い、どろりと熔けていくように形態を変化させ、箱の内側に物体を形作っていった。そしてすりガラス状の台座を残して、箱は跡形も無く消えていった。
「それは?」とイーサンが覗き込む。
台座に載っているビー玉にも似た球体をスキャンしていたカグヤが言う。
『宝玉かな?』
「というか、ガラスで出来た義眼のようにも見えるな」
イーサンが言ったように、手の平に収まるほどの小さな球体は二つあって、その半透明の球体の表面には、シャボン玉に浮かぶ構造色のような複雑な色彩の模様が現れていた。色彩は絶えず球体の表面を流動していたが、その奥に山羊の瞳のように、縦長の瞳孔のようなものが存在していて、それは周囲の様子を窺うようにキョロキョロと動いていた。
「スキャンして何か分かったか?」と私はカグヤに訊ねる。
『さっきから役に立てなくて申し訳ないけど、地球上には存在しない物質ってことしか分からないよ。ガラス状の物体にも見えるし、ゼラチン状の物質にも見える』
「何だか禍々しいな……危険なものだと思うか?」
そう言って考え無しに眼球のような物体に向かって手を近づけた時だった。操作していないにも拘わらず、ハガネの液体金属が指先を移動し、球体に向かって一気に伸びる。そして台座にのった球体を包み込めるように一瞬で形態を変化させると、球体を丸呑みにしてしまう。私は驚いて後退るが、すでに手遅れだった。眼球のような球体は『ハガネ』に完全に取り込まれてしまう。
「レイ、大丈夫なのか?」とイーサンが珍しく慌てる。
「ああ」私は困惑しながらも返事をすると、急いでハガネのシステムチェックを行う。しかしハガネに変化が起きたようには見えなかった。
「額だ」と、イーサンが自身の額をトントンと指で叩いた。
「額がどうしたんだ?」
『見て、レイ』
カグヤのドローンから受信する映像で自分の顔を確かめる。すると鬼にも悪魔にも見える赤を基調としたフルフェイスマスクの額に、先程の球体がついているのが確認できた。そして奇妙なことに、それはキョロキョロと視線を動かし続けていた。
「これじゃ、変身ヒーローというより怪人だな」と私は他人事のように言う。
「第三の眼か……確かにヴィラン顔だな。それより、本当に大丈夫なのか?」
『レイ!』とカグヤが驚いて声を上げる。
ドローンの視界を通して自分自身の姿を見ると、額にある瞳から、霜のようなものがマスクの表面に広がっていくのが見えた。そして間を置かず、瞳から氷霧が漏れ出すと、瞳の先に白藍色に発光する光球が出現した。
『氷の瞳だ……研究施設の地下で戦った悪魔の瞳』
カグヤがそんなことをぼんやりと呟く。
悪魔にも似た化け物の存在を戦闘記録で知っていたイーサンがすぐに答える。
「あの化け物の瞳がどうしてこんな場所に?」
「この領域が、あの悪魔に関係する場所だから……?」と、私は目の前に発生した光球に戸惑いながら言った。
『あるいは、混沌の領域が誰かの願いを叶えたのか……』
「誰かって……」そう言って視線をハクに向けると、すりガラスの台座に残っていたもうひとつの球体に触肢をのせていたハクの周囲に、五つの光球が浮かんでいるのが見えた。
『みて』
ハクが無邪気な声でそう言うと、光球の周囲に氷霧が発生し、五つの球体の中心に集まる。そして耳をつんざく甲高い音と共に細長い光線が撃ち出される。それは墳墓の石組みの壁を貫通し、その周囲を瞬く間に凍り付かせていった。
『かっこいい』とハクはうっとりしながら言った。
「もしかして……ハクの望みなのか?」
雲散し目の前から消えていく光球を見ながら私はそう言った。
『恐らく……』とカグヤが言う。
「棺に供えられていた箱は」とイーサンが言う。「願いを叶えるための道具、あるいは願いをこの世界に誕生させるための卵だったのかもしれないな」
「死者の願いを叶えるための卵か……俺たちには想像も出来ないほど貴重なものだったんだろうな」と、ハクが出現させた光球を見ながら私は言った。
「俺たちが無断で使用したことが石棺の主に知られたら、激しく怒るだろうな」
『すでに死んでいて良かったね』とカグヤが軽口を言う。
ハガネのシステムチェックが終わると、内耳に女性の事務的な声が聞こえた。
〈――『輝けるものたちの瞳』とのシステム統合が完了しました。『暁の閃光』が使用可能になりました〉
「輝けるものたち?」
「急にどうした」とイーサンが私の呟きに反応する。
「球体を取り込んだハガネのシステムがそう言ったんだ」
「システムが? ……つまりデータベースには、あの悪魔に似た化け物に関する情報があるのか?」
『そうだね』とカグヤが答えた。『球体を取り込んだことで、データベースの機密情報の一部にアクセスできるようになった』
「情報が開示されたのか?」
『うん。更新されたハガネの仕様情報に、あの球体に関する項目が増えた』
「何が分かったのか教えてくれ」とイーサンは言う。
『宇宙軍では、あの球体のことを『輝けるものたちの瞳』って呼称していたみたい』
「その輝くものたちっていうのは?」
『えっと……白金山脈を越えて最果ての地に向かう際に『重力の底で蠢くものたち』が支配している氷に閉ざされた領域が存在していて、そこの地上世界を支配している生物の通称が、輝けるものたち』
「……それは何かの物語の設定なのか?」
『だったら良かったんだけどね。それで……『輝けるものたち』は、閲覧禁止に指定されている上位存在……の眷属で、彼らの肉体が失われる際に、光を見守り続ける瞳だけが残されるみたい。人類は『大いなる種族』の支援を受けて、回収した瞳を研究した。そして艦上戦闘機に搭載される兵器に技術を応用して――』
「どうした?」と黙り込んだカグヤに私は訊ねる。
『この記録が正しいのなら、私たちが戦った悪魔は、数多く存在する生物の内の一体に過ぎなかったことになる』
「いや、あいつが上位存在で、その眷属が他にいるってことじゃないのか?」
『ううん、詳細を知る権限は無いけど、宇宙軍のミッション・データベースにも、輝けるものたちとの会戦記録が残ってる。不死の子供たちの大部隊が参加した大規模な戦闘だよ。多大な犠牲を出しながらも、人類は輝けるものたちの群を退けることはできたみたいだけど……』
「けど?」
『余りにも被害が出たから、それ以降、人類は最果ての地への進攻を諦めた』
カグヤの言葉を聞いて、私は最果ての地について考えた。もしもその場所が、ハクと一緒に見た巨像以外に何もない荒野だとしたら、そんな場所に人類が侵攻する意味が分からなかった。
「それが本当のことなら恐ろしいな」とイーサンが言う。「でもあまり悲観することでもないんじゃないのか?」
『どうして?』とカグヤが訊く。
「悪魔を退けることができたなら、奴らを殺せる術を人類が持っていたことの証明でもある。その方法さえ分かれば、奴らと戦うことになっても生き残ることができるかもしれない」
『その考えは楽観的過ぎると思うけど……でもそうだね、旧文明の人類にはそれができた』
「何はともあれ、ハクが瞳を常に持ち歩けるように、ハクの脚に巻いてるリボンに瞳をつけられるか試してみよう」
イーサンの言葉を聞いてハクは地面をトントンと叩いて喜んだ。
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