第386話 巨漢


 周囲の索敵を行っていた警備用ドローンから受信する映像を確認すると、一メートルほどの体高を持つ三頭身の人形が、備蓄倉庫の開放された扉を包囲するようにして立っていた。鼻が異様に長い人形は、飴色の樹脂製の肌を持ち、紺色のロングコートを羽織っていた。そして全ての人形が、その小柄な体格に合っていないレーザーライフルを構えていた。

「人形たちが所持している武器は本物なのか?」

『本物ではないけど、攻撃能力はあるのかも』とカグヤが言う。

「ドローンのセンサーに反応しなかったのか?」

『ううん。今回は確認できた。それに出現した際の様子もハッキリと撮影できた』

「……つまり、奴らは亡霊なんかじゃなくて、やはり実体を持つ生物なんだな?」

『うん、これを見て』

 視線の先に表示されていた人形たちの映像が逆再生されると、まるで時計の針を巻いて時間を戻すように、玩具の兵隊たちのぎこちない行進が映し出される。廊下のある地点まで人形たちが戻ると、その姿は拳大の赤黒い肉塊に変化し、蠢きながら這うようにして壁を移動し、天井付近に設置されていた換気口の中に消えていった。そして映像が通常再生されると、換気口から小さな肉塊が姿を見せる。

「あの奇妙な生物は、施設に張り巡らされているダクトを使って移動しているのか?」

『そうだと思う』


『これが最後通告だ!』と、玩具の兵隊が可愛らしい声で言う。『抵抗すれば、皆殺しだ!』

『そうだ!』と複数の幼い声が続いた。『抵抗しなくても皆殺しだ!』

 チハルを連れた白蜘蛛が棚の間から姿を見せると、私は二人に戦闘の準備をさせる。それから廊下の先で待機していた数機のドローンに攻撃指示を出した。

 玩具の兵隊に向かって一斉にレーザーが発射されると、それまでドローンに無関心だった人形たちは驚き、人形劇を見ているようなコミカルな動きで慌て、そしてドローンに対して反撃を始めた。


 我々も戦闘に参加するが、倉庫に並ぶ金属製の棚で入り口から死角になる位置にいたので、人形たちを攻撃できる場所まで移動する必要があった。

 移動している間も、私は視界の隅に表示されるドローンの視点映像で戦闘の様子を確認していた。ドローンから発射されるレーザーでは、兵隊たちを傷つけることは出来なかった。と言うのも、兵隊の本体は恐らくあの泥のような奇妙な肉塊で、兵隊の姿を形作っているのは、実体のないホログラムのような何かだったからだ。だから幾ら攻撃しようとも、身体の何処かにある肉塊に攻撃を命中させない限り、兵隊を殺すことは出来ないのかもしれない。


 そして興味深い事はもうひとつあった。ドローンに対して攻撃を行っていた兵隊たちのライフルから撃ち出されるのは、レーザーでは無く、固形弾薬のような謎の物体だった。ドローンの装甲はシールドの薄膜で守られ、尚且つ機体の周囲に生成する重力場で向かってくる物体の軌道を逸らしていたが、それでも凄まじい勢いで飛来してくる物体が直撃し、機体のバランスを失う場面が何度もあった。


「カグヤ、兵隊の攻撃でドローンが破壊される可能性がある。だから手遅れになる前に退避するように指示を出してくれ」

『良いけど、どうするつもりなの?』

「グレネードでまとめて吹き飛ばす」

 コンテナボックスが綺麗に整頓され並べられていた棚から身を乗り出すと、兵隊たちの中心に向かって小型擲弾を数発撃ち出した。地面に落下し、滑るように兵隊たちの中心に転がっていった擲弾が破裂すると、旧文明の鋼材を含んだ無数の金属片が広範囲にばら撒かれた。


 兵隊たちの本体だと思われる小さな肉塊が、あの小さな身体の何処にあるのかは分からなかったが、全身を攻撃すれば問題ないと考えた。いささか強引な手段だと思ったが、効果はあったみたいだ。

 炸裂音と共に兵隊たちの身体は飛ばされ、そして消えていった。あとに残ったのは地面で蠢く拳大の肉塊だけだった。カグヤは通路の曲がり角で待機させていたドローンに指示を出し、機体下部に搭載しているレーザーガンで肉塊を攻撃させた。

 無数の金属片が刺さっていた肉塊はレーザーに焼かれると、瞬く間に表面を覆う気色悪いぬめりが無くなり、乾燥した泥のようになって崩れていった。


『驚くほど簡単に倒せたね』

 カグヤの言葉に頷くと、私はハクとチハルを連れて廊下に向かう。ドローンから受信する映像で、既に周囲に敵性生物がいないことは分かっていたが、それでも警戒しながら廊下を調べた。擲弾が破裂した際に生じた爆炎で、床は煤け黒くなっていて、その周囲に崩れた肉塊の残骸が残されていた。

「あの奇妙な生物がまだ近くに潜んでいるかもしれない」

 チハルに注意を促すと、私は奇妙な生物が出現した場所を調べる為に、ドローンの映像で確認していた換気口まで歩いて行った。すると床にカタツムリが這った場所に残す粘液のようなものがあって、それが換気口に向かって延々と続いている事に気がついた。

「カグヤ、ドローンを使ってダクト内部を調べてくれるか?」

『うん。任せて』

 私はハンドガンの弾薬を貫通弾に切り替えると、換気口の格子を破壊した。施設の設備を急に破壊した私の行動にチハルが驚いていたので、理由を説明することにした。


 説明を訊いたチハルは頷いて、それから言った。

「ダクトを利用して施設内を自由に移動していたのでしょうか?」

「それを今から確かめようと思っている。チハルにもドローンから受信する映像を転送するから、ダクト内の様子を一緒に見よう」

 チハルはこくりと頷き、フルフェイスマスクのバイザーを操作して頭部を完全に覆った。

 ドローンは機体内部にレーザーガンを収納すると、機体の中心についたカメラアイの照明を灯し、狭いダクト内部に侵入していった。ダクト内部には先程見た粘液が至る所に付着していたが、あの奇妙な肉塊の姿は何処にも無かった。

 しばらく進むと、動脈に詰まった老廃物のような肉塊によって、ダクトが覆われていた。肉塊の先に通じる隙間はあるみたいだったが、すし詰め状態になっていた肉塊によって、ドローンではこれ以上先に進むことは困難になった。

「居住区画に漂う嫌な臭いの正体が分かったよ」と私は呟く。


 寄り集まって巨大な肉塊になっていた奇妙な生物は、時折鼓動するように震え、肝臓のようにぬめりを持った体表を僅かに発光させていた。ドローンから受信する映像を拡大して確認すると、苔のようなものが肉塊の表面に付着していて、それが発光器のように機能していることが分かった。

「気持ち悪いですね……」とチハルは素直な感想を口にした。

「そうだな……カグヤ、あれは人擬きと関係があるものなのか?」

『確かに気色悪い肉の塊だけど、全く関係の無い生物だと思うよ。それに気になる事もある』

 カグヤはそう言うと、肉塊に絡みつくグロテスクな器官を拡大した。

「……あれは腸なのか?」

『うん、元は人間のものだったと思う』

「人間の……? もしかして人擬きの肉体を取り込んでいるのか?」

『チハルが言ってたでしょ? 奇妙なウサギが人擬きを食べていたって』


 通知音が内耳に聞こえると、我々の周囲を警備していたドローンがレーザーガンを展開し廊下の先にレンズを向ける。

『レイ、気をつけて。またあの奇妙な生物が来る』とカグヤが言う。

 廊下の曲がり角から姿を見せたのは、居住区画で我々のことを襲った奇妙な人形だった。

『やあ! また会ったね!』

 小柄な人形はそう言うと、強化プラスチック製の帽子を手に取って、我々に向かってちょこんと頭を下げた。

『僕はファンタズマ! 君たちの事を探していたんだよ』

 人形がそう言って顔を上げた瞬間、私はライフルの引き金を引いた。撃ち出された擲弾は人形に向かって真直ぐ飛んで、人形の目の前で炸裂し、前方に向かって扇状に金属片をばら撒いた。炸裂の衝撃で人形は後方に跳ね飛ばされ、壁に勢いよく身体を叩きつけた。


 もちろん今の攻撃で倒せるとは思っていなかったので、私は引き金を引いたあと、直ぐに人形に接近して火炎放射で焼き払った。樹脂製の肌を持つ人形の身体は、ビニールレザーのシャツと共にドロドロに熔けだしていった。

『痛みだ! これはハッピーな痛みだ!』

 今度こそ倒せたと思った瞬間、炎を浴びて熔けだしていた液体が寄り集まって、奇妙な肉塊に変化すると、私に向かって伸びてきた。


 危険を察知した『ハガネ』がすぐに反応し、マスクを形成してくれたおかげで、頭部に絡みついた肉塊の攻撃を防ぐことが出来たが、肉塊はマスクを締め付けるようにして私の頭部を覆っていった。

 視界を奪われ混乱した私は、頭部に絡みつく肉塊を剥がそうとして手を伸ばしたが、肉塊の力は凄まじく、どれほど力を入れても剥がすことは出来なかった。しかしそれは一瞬のことだった。ハクが鉤爪を使って人形の身体から伸びた肉塊を切断すると、頭部に絡みついていた肉塊は乾燥し砂のように崩れていった。


 真っ暗になっていた視界に光が戻ると、人形と対峙するハクの姿が見えた。熔けたように見えた人形の服装はもとに戻っていた。やはり肉塊の姿を形作っているのは、ホログラムのように実体のないものだった。熔けだしたように見えたのは、生物の本体である奇妙な肉塊だった。

 その人形は粘液に覆われたシャツを伸ばし、それを鞭のように出鱈目に振り回し、まるで遊んでいるようにハクに向かって歩いていた。

『お仕置きだ! 悪い子にはお仕置きが必要だ!』と人形は高い声で叫ぶ。

 チハルとドローンはタイミングを合わせたように、人形に向かって一斉にレーザーを放つが効果は無かった。それどころか、人形は身体の表面を操作し、姿そのものを変化させていった。


 ビニールレザーのシャツから人形の腕が伸びてきたかと思うと、強靭な筋肉を備えた人間の腕に変化していく。それはラテックスの黄色いパンツから伸びる足も同様だった。人間の皮膚を纏うと、今度はその皮膚から灰色の液体が染み出し、チハルたちが着ているのと同じ警備員用のバトルスーツに変化していく。そして全身に筋肉の鎧を纏った人形は、今では二メートルを優に超える巨漢になっていた。

『やあ』と大男は低い声で言う。『僕はファンタズマ』

 大男はハクを無視して私に向かって突進してきた。気がついた時には、大男の肩についていた標章が目の前に見えていた。それは視認性を低下させる灰色の暗い濃淡で塗られた『エボシ』の社章だった。


 咄嗟に両腕を交差し、衝撃に耐える為に腰を低くした。ハガネの液体金属も反応し、脛を保護するように形成されていた装甲から、ハリネズミのように無数の棘を地面に向けて伸ばし身体を地面に固定した。けれど全て無意味だった。恐るべき力で衝突されると、私の身体は破壊された地面の一部と共に浮き上がる。そして大男は、あろうことか吹き飛ばされようとしていた私に向かって素早く腕を伸ばし、足首を掴むと、私の身体を地面に思いっきり叩きつけた。背中への衝撃を察知した液体金属は、背中に向かって集まると、瞬時に衝撃を和らげる装甲を形成した。しかしそれでも私は凄まじい衝撃を受け、息を詰まらせる。


 ハクが化け物に跳びかかって鉤爪で化け物を攻撃する様子が見えたが、大男に擬態した化け物は、まるで背中に目がついているように簡単に攻撃を避け、ついでとばかりに私を廊下の先に放り投げる。視界がグルグルと回転し、壁に衝突して止まる。意識が朦朧とし、視界の隅が暗くなっていく。と、人工呼吸するように液体金属のスーツが膨張を繰り返し胸部を刺激すると、私は喘ぐように空気を思いっきり吸い込んだ。


 私はハクの援護をする為にすぐに立ち上がろうとするが、脚がもつれて前屈みになって倒れる。頭だけ動かして廊下の先に視線を向けると、背負い投げの要領でハクを軽々と投げ飛ばす大男が見えた。

『あの化け物は、何なの……?』とカグヤが驚愕しながら言う。

 次に大男の標的になったのは茫然と立ち尽くしていたチハルだった。太い眉を持つ禿げ頭の大男はニヤリと笑みを作ると、チハルに向かって歩き出した。

「逃げろ、チハル!」

 声を上げて立ち上がった時だった。大男の背後に肉塊型の人擬きが現れた。グロテスクな姿をした肉塊型は、不気味な悲鳴を上げ、大男に向かって無数の腕を伸ばしながら突進した。大男は舌打ちすると、人擬きに振り返る。


 そして邪悪な大男と、醜い人擬きが激突した。その凄まじい衝撃に巨体を持つ二体の化け物は互いに後退る。衝撃から立ち直ったのは大男だった。

 大男は構えると、大きな弧を描くように拳を振り抜くと、人擬きの頭部に拳を叩きつけた。衝撃波によって生まれた破裂音が聞こえた瞬間、人擬きの頭部にビッシリとついていた眼球が一斉に破裂し、頭蓋骨が砕けた。割れた頭部からは脳漿と共に脳の一部が噴出し、壁と床にべったりと飛び散った。

 湯気が立ち昇る体液と気色悪い脳をぼんやりと眺めていると、人擬きは無数の腕を伸ばして大男を掴まえた。そしてそのまま地面に押し倒し、大男の身体を貪り始めた。もちろん大男は抵抗し、人擬きと取っ組み合いになる。


 恐るべき化け物同士の死闘を横目に、ハクは触肢でチハルを抱えると、こちらに向かって一気に跳躍した。私もすぐに動き出すと、倉庫の中に入って粘土板と土偶を両脇に抱え、急いで廊下に飛び出す。

「ハク、撤退だ!」

『援護させる』

 カグヤがそう言うと、複数のドローンが撤退するハクの後方に飛んで行き、壁になるように縦に並ぶ。そしてレーザーガンを二体の化け物に向けながら、撤退を開始する。ハクに続いてドローンが居住区画の隔壁を通り過ぎると、私はすぐに隔壁を操作した。隔壁がゆっくりと閉じていく間も、化け物同士が戦闘で立てる熾烈な打撃音が聞こえていた。

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