第381話 玩具の兵隊


 居住区画の天井に設置されている複数のモニターに目を向けると、空に浮かぶ厚い雲に日の光が当たって、雲の縁が光っているのが見えた。地上に待機している旧式のドローンから受信する映像からも、まったく同じ光景が見られることから、施設の天井に映し出される空が、地上の何処かに設置されたカメラの映像によって、タイムラグを発生させること無く施設の天井に表示されていることが分かった。

 日がゆっくり昇り、空が色鮮やかに変化していくと、まるで濃い霧が晴れるようにしてパレードを続けていた奇妙な発光体はいなくなっていった。それらは日の光を浴びると、目に見える光の粒子となって拡散し、空間そのものに溶け込んでいくようにして消えていった。


「カグヤ、何が起きたか分かるか?」

 カグヤはしばらく唸って、それから言った。

『正直、あれの正体は全く分からないよ。実体を持って存在している何かに、実体を持たない蛍のような発光器官をもった『何か』が寄り集まって、玩具の街に相応しいキャラクターを形作っている可能性はあるけれど……それをする意味が分からないし、実体を持った『何か』が、発光体と共に何処かに消えてしまう理由も、その原理も分からない』

「そうか……ドローンを使ってスキャンした結果は?」

『パレードをしていた隅で、歩道を這うようにゆっくり移動していた『ナマケモノ』らしき発光体を見つけたから、こっそりスキャンしたけど、体内の中心に『何か』の塊がある事くらいしか分からなかった。せめて高い精度でスキャン出来る私のドローンがあれば良かったんだけど、今は地下区画の探索に使っているから……』

「塊か……それなら、俺が見たものは錯覚じゃなかったんだな」

『あの人形の体内で蠢いていた肉の塊?』

「ああ」


 パレードを監視していた警備用ドローンに帰還の指示を出すと、奇妙な行列が消えた通りをぼんやりと眺める。するとペパーミントの声が内耳に聞こえた。

『ねえ、レイ。まだ一台だけだけど、自律型輸送ヴィードルの整備が終わったわ』

「お疲れさま、すぐに『門』を開くよ」

『うん。待ってる』

 子供たちのいる建物を少し離れて歩道に出ると、目の前の空間に向けて腕を伸ばした。空間転移を可能にする『門』が出現すると、こちら側に向かって手を振るペパーミントの姿が見えた。彼女の隣には見慣れないヴィードルがあって、彼女から指示を受けるとゆっくりと身体を起こした。


 物資運搬用に特化した『輸送ヴィードル』の姿を説明するのはとても簡単だが、何度見ても不思議な造形をしていた。白を基調としたコンテナボックスの四方に、牡牛の太い脚に似た生体脚がついているのを想像すれば、それがいかにヘンテコなヴィードルだと分かると思う。機体の背中には、つまりコンテナボックスの上部には、伸び縮みする機械式のマニピュレーターアームが取り付けられていて、牡牛に例えるなら、短い首と頭部のある個所には、球体型のセンサーデバイスが搭載されていた。その装置には、カメラアイやレーザー照射を行う為のレンズが取り付けられていて、様々なセンサー制御機器が内臓されている。

 身体を起こした輸送ヴィードルは、朽葉色のラテックスに包まれた人工筋肉の動きを確かめるように、軽快に歩いてみせた。


 私が『門』を越えて拠点側に立つと、輸送ヴィードルは首についた球体型のセンサーを回転させ、カメラアイを私に向けると、ビープ音を鳴らして近づいてきた。胴体の両側には荷物を収納できるバックパックをぶら下げていて、その姿は山岳地帯で荷物運びをするロバにも見えた。

 輸送ヴィードルの状態を確認していたペパーミントが言う。

「お腹にヴィードルの制御機構が密集しているんだけど、装甲が薄かったから、砂漠地帯で入手できる鉱石と、旧文明の鋼材を組み合わせて製造した合金で、機体表面を覆う特殊な装甲を取り付けたの。だから強い衝撃を受けたとしても、機体の制御システムに異常が発生することは無いと思う」

「そもそもどうして大事な制御機構が、機体下部に搭載されているんだ?」

「その機体を設計したのは私じゃないから、それは分からないわ。でも……そうね、その機体は物資の運搬に使用されていたけど、前線に派遣されるような機体じゃない。あくまで後方支援の機体で、輸送機で戦地に運ばれることを想定されていた」

 何故だか輸送機の後部ハッチから、ロバにも似た輸送ヴィードルがワラワラと現れる想像をした。その姿は滑稽だったが、同時に不気味でもあった。戦闘用の機械人形があれば、人間がいなくても戦争は継続できる。


「後方支援が主な任務だから、機体の装甲を重視する必要が無かった?」

 私がそう訊ねると、ペパーミントは頷いた。

「ええ。それよりも積載量を増やす設計になっている。胴体のコンテナには窓もついているから、子供たちを乗せて運ぶのに適していると思う。姿勢制御モジュールも優秀で、揺れを全く感じないようになっているみたいだし」

 生体脚に触れると、僅かな温もりが感じられた。

「残りの二台も整備が終わったら連絡するね」

「ありがとう、ペパーミント」と私は素直に感謝した。

「気にしないで。レイの無茶な要求に答えられるように、徹夜には慣れているの」

「……苦労をかけるな」

「冗談よ。それより早く行った方が良いわ。門を維持するエネルギーだって馬鹿にならないんだから」

 視界の隅に表示されているタイマーを確認すると、輸送ヴィードルと共に『門』を通過する。その際には、私が僅かに先行し、機体に触れながら並んで門を通過する。居住区画に戻るとヴィードルをその場で待機させて、それから子供たちを起こしに行った。


 支度をした子供たちを連れて広場に向かうと、そこで彼らに食料を配る。プロテインとビタミンを多く含んだチョコレート味の固形食も全員に渡し、食べてもらう。それから広場の警備をドローンに任せると、子供たちを残して、居住区画から脱出する際に使用する経路の偵察に向かう事にする。既にドローンを使って隔壁を調査していたが、接触接続でなければ隔壁の開放は出来ないので、結局、自分自身の足を使って調べるしかなかった。


 輸送ヴィードルの歩行テストも兼ねようと思ったので、ヴィードルに指示を出して公園に来てもらうことにした。が、それがマズかった。幼い子供たちは輸送ヴィードルに夢中になって。機体の周りに集まってがやがやと騒ぎ出した。仕方ないので、ヴィードルのコンテナを開放し、乗車テストもすることにした。

 輸送ヴィードルは球体型のセンサーヘッドを回転させて、周囲にいた子供たちをスキャンすると、コンテナ上部の装甲を重なり合うようにして展開させると、機体側面に移動させたマニピュレーターアームを伸ばして子供たちを掴まえ、コンテナ内に入れていった。

 コンテナ内部は低反発素材のマットで覆われているので、子供たちが怪我をする心配はなかったが、長距離を移動する際は、毛布やら何やらを敷き詰めた方が良いのかもしれない。


 輸送ヴィードルは数人の子供を乗せると、軽快に歩いてみせた。子供たちを乗せたくらいでは、歩行に支障はでないようだ。ちらりと広場の隅に視線を向けると、幼い子供たちが白蜘蛛に寄りかかって、じっとこちらを見つめていることに気がついた。彼らは感情が希薄で、他の子供たちと違って、活発に動き回ることは無かった。

 ハクは丸めたタオルを自身の糸で包んで、ぬいぐるみのようなものを作って子供たちにプレゼントしていた。子供たちは柔らかな糸で包まれた蜘蛛にも似た塊を抱きしめたり、じっと揉んだりしていた。


『レイ、もう大丈夫だよ。機体は問題なく動く』とカグヤの声が聞こえた。

「分かった」

 カグヤに答えると、チハルを呼んで一緒に歩いて行くことする。

「広場の警備はドローンとハクに任せるから安心してくれ」

 心配そうな顔で広場を見つめるチハルにそう言うと、彼は頷いてくれた。

「分かりました」


 数人の子供がシズクと一緒になって、コンテナボックスの窓から私たちを見つめる。なんて事の無い移動だったが、それでも子供たちには楽しいイベントになっているのか、コンテナ内の子供たちは常に笑顔だった。

 目的の隔壁が見えてくると、輸送ヴィードルを待機させ、私とチハルだけで隔壁に近づいた。すると壁に設置されていた投影機によって警告が表示される。

「関係者以外、立ち入り禁止か……」

 隔壁の周囲に投影された侵入を規制する標識と発光するラインを眺めていると、一メートルほどの体高をもつ三頭身の人形が出現して、ぎこちない動きで歩いてくる。ホログラムによって投影されている人形は全部で四体いて、樹脂製の肌を持ち、ロングコートの軍服を身につけ、明らかにサイズの合っていない大きなブーツを履いていた。


『この地区は、解放軍によって制圧された!』と、その人形は幼い子供の声で言う。『玩具の兵隊に殺されたくなければ、黙ってアップルパイ広場に戻れ』

 人形はぶっきらぼうにそう言うと、肩に担いでいたマスケット銃を一斉に我々に向けた。

『大丈夫。この子たちは本物のホログラムだよ。だから危険は無い』

 カグヤの言葉に頷くと、私は隔壁に向かって歩いて行く。

「レイラさん! 危ないですよ!」

 チハルがそう言うと、玩具の兵隊は歩いている私に向けてマスケット銃を構えた。しかし慌てていたからなのか、銃を取り落として暴発させる。スピーカーから騒がしい銃声が聞こえると、ホログラムによって再現された白煙が立ち昇る。

『貴様!』と、玩具の兵隊は可愛らしい声で私に怒鳴る。『解放軍の兵士たる我々の言葉を無視するのか! かくなる上は――』

 人形の言葉を無視して素手で隔壁に触れると、剣帯からサーベルを抜いた人形たちが次々と消えていった。


『隔壁の開閉システムに侵入した。これで隔壁の開放はいつでも出来るよ』

 カグヤの言葉に頷くと、金属製のフレームによって補強されていた厚い隔壁の側を歩く。そして隔壁に設置された小窓から反対側の通路を覗き込んだ。何層にも重なる強化ガラスの向こうには、薄暗い通路が見えていたが、生物の存在は感じられなかった。

「カグヤ、通路に人擬きはいるか?」

『待ってて、動体センサーを起動する』

 隔壁上部から扇状にレーザーが照射されると、それは視覚で認識できるレーザーの波となって通路の奥に向かって広がっていく。

『……これが人擬きの反応なのかは分からないけど、隔壁の向こうには確かに何かがいるね』

「この先に備蓄倉庫があるんだな?」と私はチハルに訊ねる。

「そうです……」とチハルは不安そうに頷いた。

「分かった」

『どうするの?』とカグヤが言う。

「一旦、広場に戻ろう。イーサンと話して地上の部隊の様子を確かめてから、今後の事について考えよう」

『了解』


 輸送ヴィードルに乗って楽しそうにしている子供たちと並んで歩いて、道路に沿って投影されていた虹のホログラムを幾つかくぐると、でっぷりと太ったドラゴンの横を通り過ぎる。十メートルはありそうなドラゴンは、金銀財宝で飾られた巨大なベッドに横たわっていて、退屈そうに煙の輪を吐き出していた。

 広場に戻るとペパーミントから連絡がきたので、残りの輸送ヴィードルを回収する為に『門』を開くことにした。


「ねえ、レイ」とペパーミントが黒髪を耳にかけながら言う。『居住区画の管理システムに侵入しようとしていたら、興味深いものを見つけたの』

「役に立つ情報か?」

「ええ。施設で何が起きたのか、その手掛かりになる情報だと思うわ」

「分かった。向こうに戻ったらすぐに連絡する」

「うん。気をつけてね」


 輸送ヴィードルを連れて施設に戻ろうとすると、ヴィードルのコンテナからマシロが顔を出した。マシロは人型の肉体を持つ『御使い』と呼ばれる不思議な生物だ。すらりとした長い手足は、付け根からフサフサとした白い体毛に覆われていて、上半身と下腹部には体毛が一切無く、薄桜色の綺麗な肌が露出していた。その為、今は身体を冷やさないようにハクの糸で編まれた首巻と腹巻をしていた。

 マシロは異界の領域に生息していた蚕蛾と、人間の遺伝子を掛け合わせて人工的に産み出された生物でもあった。驚くほど美しい顔立ちをしていたが、眼には瞼が無く、ぱっちりとした黒い複眼があるだけだった。そして黒髪からは、櫛型の長い触角が二本伸びていて、背中には白い翅がついていた。


 そのマシロはふわりと白い翅を動かすと、重力を無視するかのように空中に浮き上がり、私の側に飛んでくる。普段はウッドチップが大量に敷かれたハクの巣に籠っているが、寒さに弱い為か、今は拠点の地下に用意された部屋でぼんやりとしていることが多かった。

「残念だけど、マシロは一緒に来られないんだ」

 私がそう言うと、マシロは表情の分からない綺麗な顔を私にじっと向けて、それから頷いた。

「マシロ」とペパーミントが柔らかな口調で言う。「何が起きるか分からないから『門』に余り近づかないで」

 ペパーミントの言葉を聞くと、マシロはこくりと頷いて、のんびりとした動作でペパーミントの側に飛んでいった。


 居住区画に戻って輸送ヴィードルの機体に異常が無いか確認していると、袖を引っ張られる。振り向くとシズクが立っていた。

 私はシズクと目線を合わせる為にしゃがみ込んだ。するとシズクは小さな手で口を覆うと、私にそっと耳打ちした。

「とてもおおきな『ようせい』さんがね、かがみのさきにいたよ。レイは『てぃんかー・べる』と、おともだちなの?」

 私は頭を傾げて、それから納得して頷いた。

「ああ。彼女の名前はマシロって言うんだ」

「ましろ?」

「そうだ。シズクもきっと友達になれるよ」

「すごい! ようせいさんとおともだち!」

 嬉しそうにしていたシズクをチハルに任せると、私は広場のベンチに座る。


「見つけたのはこれよ」

 ペパーミントがそう言うと、インターフェースに映像が表示される。

 映像には薄暗い部屋にいる男の顔が拡大されて映っていた。頬のこけた痩せた男で、異様に落ち窪んだ目がギラついていた。呼吸は荒く、無精髭の生えた口元は汚れている。

 かつては見目良い男だったのだろう、その面影は残っていたが、今は見る影も無い程に草臥れていた。

『食べ物が欲しいんだ』とその男は言う。『腹が減ってしょうがない……』

『食べ物なら貴方の目の前にあるわ』と画面外から女性の声がする。

 拡大された映像が引いていくと、喰い散らかされた大量の食品が男の目の前のテーブルに載せられているのが見えた。

『食い物だ!』と男は急に動き出すと、目の前の食品を貪る。

 それから映像は早送りされる。

 しばらくすると男は食べるのを止めて、ぼんやりと食品を見つめる。

『頼む。腹が減ってるんだ』と、男はまるで認知症のように言った。

『それはね』と女性の声が聞こえる。『貴方のお腹が裂けているからなの?』

『……何を言っているんだ?』

 男は唇を震わせてそう言うと、おもむろに椅子から立ち上がる。そして自身の腹からぶら下がる腸を見つめたあと、それをそっと持ち上げると口元に運んだ。

『食い物だ……』

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