第354話 複合商業施設 re


 作戦行動中、長距離狙撃で支援してくれていたノイと合流すると、我々は放置車両が多く残された高架道路を移動して、多脚車両ヴィードルを止めていた場所まで向かうことになった。


 道路上に放置された車両には雑草が繁茂はんもしていて、それらの草の間に人間の骨の一部が残っているのが見えた。彼らの荷物も朽ちた車両内に残されているのが確認できた。しかし生活用品と衣類の多くは、長い間この場所で太陽や雨風に晒されたことによる経年劣化で、かつての面影が僅かに分かる程度の残骸に変わり果てていた。


 それは車両も同様で、赤茶色に錆びた車体は、触れた先から塗装が剥がれ落ちていく。旧文明の鋼材を含んだエンジンなら残っているかもしれないと考えたが、すでにエンジンは取り外されていて、スカベンジャーたちの手で何処かに持ち去られていた。


 道路のつなぎ目から折れるようにして斜めに崩れていた道を利用して、我々は高架道路の下に向かう。するとゴミや瓦礫がれきに埋もれた公園が見えてくる。その公園の中心には、緑青ろくしょうに覆われた銅像が並んでいる。


 人間の骸骨と機械人形の骨格をかたどった奇妙な立像だ。それらの像が何を表現している作品なのかは分からなかったが、その銅像の台座に隠れるようにして多脚車両が止められているのが見えた。


『レイ!』

 どこからか幼い声が聞こえると、マシロを背に乗せたハクが銅像を軽快に飛び越えながら近づいてくるのが見えた。私のすぐとなりに立っていたリリーは、突然あらわれたハクの姿を見て身体を硬直させる。


「大丈夫っすよ」ノイがリリーに言う。

「ハクとマシロはいい子なんで、きっとすぐに仲良くなれます」


 リリーはノイに手招きしてしゃがませると、小声で耳打ちした。

「あの大蜘蛛に襲われて、食べられたりしない?」


「ハクが食べるのは悪い子だけっすね」

 ノイの冗談に彼女は顔を青くする。

「悪い子は食べられる……」


 ノイに揶揄からかわれているだけだと教えたあと、ハクとマシロのことを紹介した。これから拠点で一緒に暮らすことになる仲間だから、リリーに危害を加えてはいけないことも丁寧に説明する。


 ハクはある種の〈精神感応〉にも似た能力を使って、リリーに直接言葉を伝えて彼女を驚かせたあと、触肢しょくしで彼女の身体に触れて何かを確かめる。その間、リリーは緊張して一歩も動かなかった。そのリリーの栗色の髪が気になるのか、マシロもリリーのそばにふわりと飛んでいくと、彼女の髪に触れながら顔を近づけて匂いを嗅いでみせる。


 その様子をずっと見ているわけにもいかなかったので、モカにリリーのことを任せると、背負っていた荷物を車両の後部コンテナに積み込む。ちなみにモカとリリーはよく知る間柄だったので、安心してリリーのことを任せることができた。


 輸送機で迎えに来てもらうことになっていたので、我々は合流予定の場所に向かって移動しなければいけなかった。


 多脚車両はノイに操縦してもらい、リリーは後部座席に座っていたモカの膝に座ってもらうことにした。リリーは小柄だったので、モカの負担になることはないと考えたが、それでも休憩を挟む必要があるのかもしれない。


「合流地点は近い」とモカとリリーに言う。

「少し窮屈かもしれないが、我慢して欲しい」


 彼女たちがうなずくと、ノイはキャノピーを閉じて車両を進めた。

「カグヤ、周囲の偵察を頼む」


 するとカグヤの遠隔操作で、小さな昆虫型ドローンが四方に飛んでいくのが見えた。

『ミスズと連絡を取ったけど、輸送機はもうこっちに向かって来てるみたいだよ』とカグヤが言う。『だから私たちも急いで合流地点に向かおう』


 高架下にある公園を出ると、低い建物が連なる住宅地を進んだ。廃墟になった住宅地では倒壊した多くの建物と共に地面を穿うがつクレーターを見かけることになった。それらのクレーターには雨水が溜まっていて、緑色の水面を持つ深い池が広がっていた。


『この辺りにはクラスター爆弾でも投下されたのかな?』

 偵察ドローンを使って崩れた建物をスキャンしていたカグヤの言葉に反応して、ぐるりと周囲を見渡し、倒壊した建物を眺める。


「広範囲に渡って建物が破壊されているから、その可能性はあるな」

『住宅地にクラスター爆弾を投下するって、すごい暴挙だよね』


「そうでもないさ。もしも住宅地が人擬きの感染者で溢れていたら、感染を広げないためにも、その手段を取る他ないんじゃないのか?」


『他にやり方はいくらでもあると思うけどな……』


「健常者を巻き込む可能性があるから、それが適切な対処方法じゃないのは確かだ」と、瓦礫に埋もれた機械人形の残骸を見ながら言う。「けど、機械人形で対処しようとした痕跡も残っている」


『つまり爆撃は、彼らの最終手段だった?』

「おそらく……」


 太古の遺跡のようにも見える住宅地。その崩壊した建物に絡みつく枯れたツル植物の間を通って、ハクが建物に侵入していくのが見えた。ハクは長い脚を器用に使い、無雑作に積み上げられた瓦礫を退かしていく。


『中性子爆弾を使えば、住宅地をこんなに破壊しないで済んだのに』

 カグヤが素っ気無く言う。

「怖いことを言うんだな」と、ハクの動きに注意しながら言う。


『そうかもしれないけど、中性子爆弾に似た原理を持つ兵器が使われていたと思うよ。現に汚染地帯に林立する高層建築群は無傷だけど、放射性物質が多く残っているでしょ?』


「その放射性物質をもっってしても、人擬きの群れを殺せなかった。だからこの場所では、単純に大きな破壊を生み出す兵器が採用されたんじゃないのか?」


『汚染地帯と呼ばれる場所には、中性子爆弾を使わなければいけないような脅威が存在していたってこと、なのかな?』


「異界からやってきた生物なのかもしれない。通常兵器ではどうやっても殺せない生物が実際に存在していることは、俺たちが身をもって知っている」


『〈混沌の領域〉からやって来た〈バグ〉を汚染地帯で多く見かけるのは、それが理由なのかもしれないね』


「ハクの姉妹たちも汚染地帯を棲み処にしていたし、汚染地帯の何処かに、今も異界につながる空間のゆがみが残されているのかもしれない」


『それは知りたくなかった不都合な真実だね』

「ああ。異界の門に関しては、地球に来ていた兵士たちが対処してくれたことを切に願うよ」


『人類の兵士か……それなら、汚染地帯には〈不死の子供〉たちが使っていた装備が転がっているのかもね』


「そうだな。でも汚染地帯は俺たちの戦力でも探索は難しいだろうな」

 何の成果も得られなかったのか、ハクは瓦礫を弄るのを諦めて、クレーターでつくられた池のそばに向かった。そして水面に発生していた藻を叩いて、バシャバシャと水をはね上げて遊んでいた。


「ハク、その汚水で綺麗な体毛が臭くなるよ」

 私がそう言うと、ハクは池のそばを離れて建物の壁面に飛びつく。ハクの体毛は水を弾く性質があるので、秋の冷たい小雨も弾いていたが、さすがに体毛に絡みつく水草や藻を弾くことはできなかった。


 マシロは急に飛び上がったハクに驚くと、ふわりと翅を広げてこちらに飛んでくる。

「寒くないか、マシロ?」


 彼女は口を動かさずに「大丈夫」だと伝えると、先行していた車両に向かって飛んでいく。ちなみに彼女の体毛も水を弾く性質を持っていたので、雨に濡れることを気にしている様子はみられなかった。


 瓦礫に埋もれた住宅地を移動していると、短い通知音が内耳に聞こえる。

『レイ』とカグヤが言う。

『傭兵と思われる武装集団が、この先にある商業地域を移動しているのが確認できた』


 昆虫型ドローンから受信する映像を見ると、揃いの戦闘服にチェストリグやボディアーマー、それに頭部全体を覆うコンバットヘルメットを装備した集団が確認できた。


 すぐに多脚車両を操縦していたノイと情報を共有する。

『俺たちを追跡してきた部隊には見えませんね』


 ノイの言葉にうなずいたあと、映像を確認しながらたずねる。

「それならあの集団は、鳥籠と関係のない組織に所属する傭兵なのか?」


『そうみたいですね。今はハクたちと一緒なので、彼らを刺激しないように何処かに隠れたほうがいいと思います。こっちにはマシロもいるので、危険な変異体と認識されて、容赦なく攻撃してくると思います』


「……なら、連中に見つからないように安全な移動経路を探すか」

 住宅地を抜けて商業地域に入り、かつては複合商業施設だと思われる巨大な建物が林立する区画に向かう。ドローンから受信する映像を確認していると、集団の周囲を飛行している物体の存在に気がついた。


 白を基調とした塗装が施されたドローンで、後部に二つの大きな電動ローターと、機体の回転や姿勢制御を行うための補助ローターが左右に四つ取り付けられているのが見えた。


 それは静穏性に優れた電動ローターを持つドローンだったが、機体の周囲に〈重力場〉を生成して飛行するタイプの機体ではなく旧式のドローンだった。しかし機体の状態は良く、機銃や索敵に使用するセンサー、それにカメラアイを搭載しているのが確認できた。


『高価な代物だけど、旧文明の〈販売所〉で普通に購入できるタイプのドローンだよ。民生品モデルだけど索敵能力は高い偵察ドローンだから、注意は怠らないでね』


「廃墟の探索にドローンを使用する傭兵部隊か……練度の高そうな部隊だな」と、率直な感想を口にした。


『戦闘に特化した本格的な傭兵部隊みたいだね。私たちが普段、相手にしている野良のレイダーとは格が違う』


 ハクとマシロを近くに呼ぶと、傭兵たちの進路を確認しながら隠れるのに適した場所を探す。上空を飛んでいた〈カラス型偵察ドローン〉も近くに呼んで、建物内に避難させる。それからカラスの翼に搭載した簡易型の〈環境追従型迷彩〉を使用して、羽の表層を変化させて瓦礫に擬態させる。


 薄暗い建物内に車両を入れると、ノイはキャノピーを開いた。それから彼は、指輪型端末スマート・リングを介してタクティカルゴーグルに表示していた映像を見ながら言う。

「ずいぶん装備のしっかりした部隊ですね」


「人数も多いし、名のある傭兵団なのかもしれない」

「戦闘は避けたほうがいいですね。もしも連中の狙いがレイラさんの首にかかっている賞金なら、大変なことになりますからね」


「この雨で乱戦になるのは避けたい……」

 リリーとモカが足を伸ばして休憩できるように、彼女たちが車両から降りるのを手伝う。それからハクと協力して、建物に人擬きが潜んでいないか確認しにいく。


 商業施設として利用されていた建物入り口の安全確認が済むと、地下鉄へと続くフロアの様子を確認しに行く。瓦礫とゴミ、そして雑草に覆われていて地下に続く階段は完全に塞がれていた。


 別の場所を偵察していたハクと合流すると、ノイたちが待っていた場所に戻った。

「人擬きはいないみたいだけど、この雨の所為せいで危険な生物が建物に迷い込んでくる可能性がある。だから用を足すときには、ハクかマシロと一緒に行動するようにしてくれ」


 それからしばらくして雨音に耳を澄ませていると、薄暗い建物の奥、吹き抜けになっている通路に設置されていたエスカレーターから、大きな何かが転がってくる音が聞こえてきた。


 モカとリリーは緊張した表情を浮かべる。

「ノイは彼女たちと残っていてくれ、俺が確認してくる」

 そう言うと、ハクとマシロを連れて建物の奥に向かう。


 総合案内所と大きく表示されたホログラムが薄闇の中でまたたいているのが見えた。その先には情報端末を販売していたと思われる店があった。しかし店内はひどく荒らされていて、情報端末はひとつも残されていなかった。スカベンジャーたちによって持ち出された後なのだろう。


 吹き抜けになっているガランとした通路は、天井が崩れていて外の光が射し込んでいた。その光の筋によって赤茶に錆びたエスカレーターと、人工物に絡みつく植物の緑が強調されて幻想的な空間を創り出していた。しかしその不思議な空間の中に、人擬きが佇んでいるのが見えた。


『上階から落ちてきたのかな?』カグヤが言う。

『他にもいるかもしれない。どうするの、レイ?』


 珊瑚色の肌を持つ片腕の人擬きをじっと見つめて、それから頭を横に振る。

「この建物全体が人擬きの巣だったら、上階にはもっと多くの人擬きが潜んでいるかもしれない」


『戦闘になったら、傭兵たちに私たちの存在が知られるね』

「ああ、だから人擬きは刺激せずに放って置こう」


 建物内に潜む人擬きは、基本的に日中は動き回らない。だから刺激しなければ彼らが襲ってくることもないの。植物とヘドロ、それにゴミに埋もれていた衣料品店を物色していたハクとマシロを近くに呼ぶと、人擬きを刺激しないように戻ることにした。


 建物入り口に戻ると、時間が過ぎていくのを大人しく待った。しばらくすると、昆虫型ドローンから傭兵たちの動向が伝えられる。安全になったと分かると、我々は輸送機の待つ場所へと向かった。


 雨はしとしと降り続いていたが、それからは順調に移動することができた。そして無事に輸送機で待つミスズと合流することができた。

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