第257話 建設人形 re


 ぼんやりとハクの様子を眺めていると、地面にミミズがった跡のような模様を書いているのが見えた。ハクはソレを何度か消しては、書き直してから地面をとんとんと叩く。


『すごい?』

 頭のなかに幼い女の子の声が聞こえると、ハクのとなりに立って地面に描かれた模様をじっと眺める。するとカグヤの声が内耳に聞こえた。

『もしかして、カタカナで名前を書いたのかな?』


 ハクに視線を向けると、何かを期待するように大きな眼で私を見つめていた。すぐに〈データベース〉に接続すると、「子どもを褒める方法」で検索をかけて、出てきた文章を素早く確認する。


 そこにはこう書かれていた。「子どもは鋭いので、関心を持って具体的に褒めること。そして子どもが意欲的に行動し、挑戦したことを褒めることが大切」なのだと。


 私は咳払いすると、大袈裟おおげさになり過ぎないように注意しながら言った。

「カタカナを使って名前が書けるようになったんだな。これは中々すごいことだ」


『そうでもないけど』

 ハクは機嫌よくそう言うと、地面をベシベシと叩く。

「とくに『ハ』の字がよく書けていると思う。払いと止めが絶妙だ。ハクは天才なのかもしれない」


『そうかな?』ハクが腹部をカサカサと揺らす。

「ああ、文字を教えたばかりだけど、頑張って練習したから書けたんだろうな」

 感心しながらそう口にすると、ハクはピタリと身体からだを寄せたあと、ミスズとナミがいる場所に向かって跳躍する。おそらくミスズたちにも名前が書けたことを自慢するのだろう。


「〈データベース〉をそんな風に使う人なんて、はじめて見たかも」

 声がして振り返ると、鼠色のフード付きツナギを着たペパーミントが立っていた。


「子どもは感情に敏感だからな、注意しないとすぐに機嫌が悪くなる」

 私の言葉にペパーミントは眉を寄せる。

「子どもの知り合いでもいたの?」


「……わからない。なんとなくそう思ったんだ。それより、どうして俺が〈データベース〉を使ったのが分かったんだ?」


「これ」ペパーミントは指輪を私に見せた。

「私たちは今、この端末を介してネットワークを共有しているでしょ?」


「俺が何を調べたのかも分かるようになっているのか?」

「そういうこと」ペパーミントは悪戯っぽい笑みを見せる。


「それは知らなかった……でも困ったな。何を調べたか知られるのはいい気分がしない」

「プライベートモードに切り替えればいいのよ」


「プライベート?」

 インターフェースの設定画面を開いたあと、端末の設定項目を調べる。


「それにしても、今日も暑いわね」

 フードで顔を隠しているペパーミントに視線を向ける。

「そのフードの所為せいなんじゃないのか?」


「そうだけど、ここは日差しが強いから」

 彼女の視線を追うと、広大な湖が見えた。

「仕方ないさ」

 我々は現在、族長会議が開かれる〈母なる貝〉の聖域に来ていたのだから。


 鳥籠〈スィダチ〉で行われた話し合いから数日。森に点在する各鳥籠の族長たちに聖域で会議が開かれることを通達し、会議のための準備が行われているあいだ、我々は時間を無駄にしないためにもひと足先に聖域に来ていた。


 目的は聖域の地下トンネルにある〈建設人形〉の回収だった。輸送機を入手してから、日帰りで〈スィダチ〉と聖域を往復できるようになったので、気楽な気持ちで聖域に来ることができていた。


 聖域に同行したのはミスズとナミ、それにペパーミントとハクだった。もちろん〈御使みつかい〉であるマシロも一緒だった。イーサンたちは鳥籠の警備を手伝うために〈スィダチ〉に残ることになった。


 大規模な戦闘があって以降、死体や血液が発する臭いに引き付けられるようにして鳥籠の周囲には、サルの変異体や危険な昆虫が姿を見せるようになっていた。


 周辺一帯の警備を手伝っていたヌゥモ・ヴェイが指揮するアルファ小隊は、ゲンイチロウに気に入られるほどの活躍をしていた。だから警備の支援を依頼されたことも仕方ないと思っている。


 依頼と言っても、現在の〈スィダチ〉が我々に差し出せるものは何もないので、ヌゥモをはじめヤトの戦士はほぼタダ働きだったが、族長から貴重な遺物を提供すると言われていた。それをヌゥモに伝えると、彼は警備を手伝うことを快諾してくれた。遺物は装備の類だと聞いていたので、ヌゥモたちに渡してもらう予定だった。


 大樹に視線を向けると、カイコの変異体でもある〈御使い〉たちと話をしていたマシロが視線に気がついて、姉妹たちのそばを離れてこちらに飛んでくるのが見えた。


「もういいの、マシロ?」

 ペパーミントがそうたずねると、マシロはこくりとうなずく。我々が輸送機で聖域に戻ってくると、姉妹たちはマシロが帰ってきたことに興奮し、大騒ぎになった。もちろん、危険なことは何もなかった。姉妹たちはマシロが聖域の外で見て、体験してきたことが気になっていて、マシロを囲んで話に花を咲かせていた。


 マシロと合流したあと、我々は地下トンネルに続く入り口へと向かうことになった。ちなみにマシロは姉妹たちと区別ができないくらい容姿が似ていたので、姉妹たちの中からマシロを簡単に見つけ出せるように対策していた。


 その方法は単純だった。以前、廃墟の街にある宝石店で入手していたサファイアの原石に発信機を仕掛け、スィダチの職人に首飾りとして加工してもらい、それをマシロに身につけてもらっていた。昆虫の牙に原石を埋め込むという森の民ならではの装飾品になったが、マシロは喜んで身につけてくれていた。


 どうやらマシロは、ハクが身につけていた宝石のことがずっと気になっていたようだ。だから自分も綺麗な宝石が身につけられることを喜んだ。首飾りはマシロが透明になるさいに障害になりそうだったが、ハクの糸を参考にした新素材の開発に目途がついていたので、とりあえず問題ないと考えていた。


 マシロの姉妹たちも大事な戦力なので、いずれ彼女たちが身につけられるような装備を製作する予定だった。透明になることの障害にならない衣類を製作できれば、大きな助けになるだろう。


 高層建築のように林立する木々の間をしばらく進むと、大樹の根元に地下トンネルに続く避難経路があるのが見えてきた。


 今回は〈母なる貝〉の格納庫から地下に向かうのではなく、この避難経路を使って地下に向かうことになっていた。


 避難経路の入り口は直径七メートルほどの大樹の幹の根元に設置されていて、錆びの浮いた鉄製の巨大な門で厳重に閉じられていたが、我々が近づくとマーシーの遠隔操作で開いた。門の先にはテーブル型の昇降機が設置されていて、我々はそこから地下に移動することになる。


「入り口の門も新しいものに変えないとダメですね」

 ミスズの言葉に同意してうなずく。

「たしかに聖域はマシロの姉妹たちが警備しているけど、それでも危険な昆虫が入り込む可能性は捨て切れない。それに聖域の場所が知られるようになれば、遺物を狙う略奪者があらわれるかもしれない」


「〈建設人形〉を入手したら、試運転に門を造ってみれば?」

 ペパーミントがそう口にすると、ミスズは目を見開いて驚く。

「そんなに簡単に造れるものなのですか?」


「ええ、故障していなければ問題なく造れると思う」

「旧文明期の技術は、やっぱり魔法みたいなんですね」


 世界が荒廃していなければ、遺物が存在するこの世界をもう少し好きになれたかもしれない。あるいは快適に生きられるだけの基盤があれば、遺物は最高の玩具になっただろう。


 昇降機が動き始めると、マシロはハクの背にそっと乗った。すでに地下トンネルには来ていたので、彼女の好奇心を刺激しないのだろう。


「ハカセは今日もいないんだな」ナミが手すりに寄りかかりながら言う。

「ああ、ハカセは森で調べ物があるようだ」


「でも鳥籠から出て行って、二日も経ってる」

「ハカセは何かに夢中になると、周りが見えなくなるんだよ。ナミはハカセに何か用事があったのか?」


「いや」ナミは鈍色にびいろの髪を揺らした。

「でも暇だったからな、私も森に連れて行ってほしかったんだ」


「たしかに最近は鳥籠の警備以外にやることがなかったからな」

 ナミは退屈な日々を思い出して顔をしかめる。そのさい、彼女の首筋から覗くうろこが照明の僅かな光を受けて空色に輝くのが見えた。


「だから今日は良い気分転換になった」彼女はそう言って笑みを浮かべる。

「それは良かった」


「あの輸送機って乗り物にはまだ慣れないけど、空を飛ぶのも悪くない」

『わるくない』と、ハクがナミの真似をする。


「兵員輸送のコンテナは棺桶みたいにクソ狭いけどな」

『ん、くそせまい』


「ハク、それはマネしちゃダメです」

 ミスズが注意すると、ハクは腹部を揺らしながらコロコロ笑った。


 我々は薄暗いトンネルを線路沿いに歩いて封鎖された区画に向かった。

「〈建設人形〉が故障していなければいいけど」

 ペパーミントはそう言うと、我々の前方を歩いていた白い軍服姿の女性を睨んだ。


『それは大丈夫』と、拡張現実で表示されていた赤髪の女性が言う。

『ちゃんと建設人形から信号を受信しているし、〈小型核融合電池〉を交換してあげれば、すぐに動き出す』


「動かなかったときには、貴方をあの忌々しい水槽から出して、宇宙船の窓から放り出してやるから」

『残念ね、私は地上でも問題なく生存できるから、そんなことをしても無駄ですよ』


「なら燃やしてあげるわ」

『炎は私の表面組織を焦がすだけで、効果はほとんどありませんよ』


「それなら――」

 ペパーミントとマーシーのやり取りを聞きながら、トンネルの先に視線を向ける。封鎖区画のトンネルの壁は、旧文明の鋼材を含んだ特殊なコンクリートでおおわれていて、軌道車両のための線路もきっちりと敷かれていた。


 区画を閉鎖するために使用されている金属製の厚い門を取り払い、線路のそばに放置されている中途半端に使用された資材を退かせば、すぐに封鎖解除ができるだろう。


 他部族の長や〈スィダチ〉の幹部たちが聖域に来るときのために、ついでにこの封鎖区画も開放したほうがいいのかもしれない。他部族の長はともかくとして、〈スィダチ〉の族長や呪術師が聖域に来るさい、今まで通り森の中を移動するのは危険過ぎると考えていた。


 目的の機械人形は、放置された輸送コンテナのそばに眠るようにひっそりとたたずんでいた。その〈建設人形〉は初めて見るタイプのものだった。


 人形と言っても人型なのは上半身だけで、まるでダンプカーの荷台のようなものが機体の後方についていて、その荷台の左右からは人工筋肉の詰まったどっしりとした脚が四本伸びていて巨大な機体を支えていた。


 太く長い腕には建設のさいに使用される装備が取り付けられていて、機体のフレームは赤色で染められ、装甲と荷台は鈍い藍鉄色の塗装がされていた。〈建設人形〉は全高が四メートルほどで、荷台部分を含めて全長が八メートルほどあったが、其の手の〈建設人形〉にしてはずいぶんと小さな機体に見えた。


『特殊な環境下を想定した〈建設人形〉だからね』

 マーシーがそう言うと、彼女の姿を模した赤髪の女性は建設人形の脚に寄りかかる。


「鉱山とか、狭い場所での作業を想定した機体ってこと?」

 ペパーミントの問いに彼女はうなずく。

『そうだよ。ペパーミントが管理していた工場にはなかったの?』


「ええ、このタイプの機体を見るのは初めてよ」

 カグヤの操作するドローンが何処からともなく飛んでくると、荷台の様子が分かる映像を送信してくれた。荷台には、横浜の拠点に設置された〈建設機械〉同様の粉砕機がついていて、資材を放り込んだら即座に粉砕できるように太いローターが取り付けられているのが確認できた。


「資材をその場で加工するみたいだな。使用される技術の割には、ずいぶんと大雑把な機械なんだな」


 マニピュレーターアームの中央に視線を向けると、何かを排出するための穴があるのが確認できた。横浜の拠点で防壁を築いたときに見た粘度の高い液体が、そこから出てくるのかもしれない。どうやら解体と建設が同時にできる機体のようだ。


『彼はね』マーシーが胸を張りながら言う。

『〈スケーリーフット〉って言うんだよ』


「スケーリーフット?」

 疑問を浮かべると、拡張現実で情報が表示される。


身体からだの一部が硫化鉄で出来たうろこで覆われた巻貝のことだね』

 カグヤが説明してくれる。

『熱水から出る硫黄と鉄を利用して、身体の構造を維持しているみたい』


 拡張現実で表示された軟体動物の画像を見ながら言う。

「熱水……深海生物なのか?」


 マーシーが得意げに言う。

『そう。自在に鋼材を加工することができるこの子にピッタリの名前でしょ?』


「たしかに相応しい名前だ。……それにしても、すごい遺物だな」

「レイ」とペパーミントが言う。「ショルダーバッグを」


 肩に提げていたカーキ色のショルダーバッグをペパーミントに渡す。すると彼女はショルダーバッグの〈空間拡張〉から、弁当箱にも似た長方形の〈小型核融合電池〉を次々と取り出して地面に並べていく。十五センチほどの電池はずっしりと重たい。ハクとマシロは電池が気になるのか、恐る恐る電池に触れようとしていた。


「ミスズとナミも手伝って」ペパーミントが言う。

「〈建設人形〉の電池を交換する」

 我々は〈小型核融合電池〉を手に取ると、ペパーミントのあとについて歩いた。

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