第187話 奇襲 re


 建物屋上からはみどりに色づいた廃墟の街が見えた。建ち並ぶ廃墟の壁面には、わさわさとうごめく三十センチほどの昆虫の姿がちらほら見えたが、廃車が放置された道路に人擬きの姿は見かけなかった。眼下の街並みから視線を外すと、私の真似をして建物の縁から身体からだを乗り出して廃墟の街を眺めていた白蜘蛛に声をかける。


「ハク、今日は何処どこかに遊びに行かないで、ちゃんと一緒にいてくれよ」

『んっ!』と、ハクの幼い響きを持った声が聞こえる。

『いっしょ、いる!』


 フサフサしたハクの体毛を撫でながら、〈カラス型偵察ドローン〉から受信している映像を確認する。


 周辺一帯の様子を確認し終えると、ウェンディゴで待機しているミスズと連絡を取る。

『レイラ、どうしました?』と、彼女の普段通りの落ち着いた声が聞こえる。

「そっちの状況はどうだ?」

『相変わらず静かですね。付近に敵の反応はありません』


「ナミも一緒だから大丈夫だと思うけど、何かあったらすぐに連絡してくれ」

『わかっています。レイラも支援が必要なときはいつでも私に声をかけてください」

「そうだな」と苦笑する。

「頼りにしてる」


 ミスズとの通信が終えると大通りの先に目を向ける。我々がいる場所から一キロほど先に、重武装の護衛を引き連れた奴隷商人の一団が見えた。


『レイ』とカグヤの声が内耳に聞こえる。

『爆弾の設置が完了したみたいだよ。いつでも建物を吹き飛ばせる』

「アレナの部隊は?」

『爆発に巻き込まれないように、安全な場所まで後退こうたいしてる最中だよ』

「了解」


 隠密行動を得意とする〈アレナ・ヴィス〉の部隊には、〈旧文明期以前〉の倒壊しそうな建物に爆薬を設置してもらっていた。それらの建物は標的である奴隷商人たちの進路上にある。想定した通りに建物を破壊することができれば、一行の動きを止めることができる。我々は爆発に混乱する傭兵たちに奇襲を行う予定だった。


『レイラ殿』と女性の声が聞こえた。

『狙撃位置につきました。いつでも攻撃可能です』


「部隊の様子は?」と〈アーキ・ガライ〉にたずねる。

『問題ありません。戦士たちには建物屋上に向かうさいに、建物内に巣くう人擬きと遭遇しないように、建物の外壁に設置された非常階段を使うように指示を出しておきました』

「了解。待機している間も背後には注意してくれよ」


『狙撃手が集中して攻撃を行えるように、二人一組で行動させています。何かあれば観測手が対応するはずです』

「でもアーキはひとりだろ」


『レイラ殿に 頂いたスコープとマスクがあるので、私に観測手は必要ありません』

「だからだよ。背後から攻撃されないように上空のカラスの映像も確認して、常に周囲に注意してくれ。人擬きは何処どこにでもいるからな」

『了解しました』


『レイ、そろそろだよ』とカグヤが言う。

『奴隷商人の一団が目標の場所に近づいたら、攻撃を開始する』


 カグヤの言葉にうなずいたあと索敵マップを確認する。その詳細な周辺情報は、横倒しになった高速道路の高架下に待機させている〈ワヒーラ〉から受信していた。


「標的の奴隷商人は確認できたか?」

『ううん。でも集団の中心に見える紺鼠色こんねずいろの大型多脚車両は、イーサンが送ってくれた画像と一致してる。あれは奴隷商人のヴィードルで間違いないよ。車体の細かい傷も一緒だし』


 拡張現実で表示される画像を確認して、それから実際に視線の先にある大型車両を見比べる。たしかにその多脚車両は奴隷商人が所有している車両で間違いない。四角い箱型の操縦席の後部には、廃墟で捕えた人間を収容するための頑丈な金属製のコンテナを積載していた。


『それに商人を護衛してる傭兵団もイーサンの情報通りだよ』

 揃いの鉛色の戦闘服を着た傭兵団の中には、火炎放射器のタンクを背負い、道路に飛び出してきた昆虫を焼き殺している者もいた。その傭兵団の動きは統率がとれていて、勝手に隊商の列から離れる者はひとりもいなかった。彼らは危険なものがないか常に目を光らせ、忠実に護衛任務を遂行していた。


 索敵マップの表示範囲を広げたあと、周辺一帯の動体反応を確認する。

「カグヤ、あれが何か分かるか?」

 地図上で点滅を繰り返す赤色の点を拡大する。


『複数の反応が一箇所に集まってる。昆虫の反応にしては大きい……レイダーギャング、それとも別の武装集団かも』

「このタイミングで遭遇したくない連中だな……敵対的な勢力なのか確認しに行く」

『襲撃はどうするの? もうすぐ攻撃を始めるよ』


「少し様子を見るだけだ。ハクならすぐに行って戻ってこられるはずだ」

 退屈だったのか、屋上に転がる瓦礫がれきを突っついていたハクがトコトコやってくる。

『レイ。どこ、いく?』


「敵が近くに来ているかもしれない、これから確認しに行こうと思っているんだ」

『ならずもの、たおす?』

「ああ、悪い連中だったら倒すことになる」

『ん。はく、まかせて』


 ハクは長い脚を伸ばすと、ぬいぐるみをく子どものように私をきかかえる。


 すぐに射撃が行えるようにライフルの位置を調整したあと、ユーティリティポーチから偵察ドローンを取り出す。するとカグヤの遠隔操作によって機体の周囲に重力場が発生して、ふわりと機体が浮き上がる。


「いつもみたいに、あの小さなボールを追いかけてくれるか?」

『ぼぉる、まるい』

「ああ、丸いボールだ」

『どして、まるい?』

「どうしてだろう?」

 首をかしげると、ハクは幼い子ども特有の無邪気な声で笑う。


『誘導するから、ちゃんとついてきてね』

 ドローンが動き出すと、ハクも通りに向かって飛び上がる。

 密集するように建ち並ぶ廃墟の屋上を跳躍しながら、ハクは素早く移動する。


 反応があった地点には小さな公園があって、赤茶色に錆びた遊具が確認できた。そのすぐ側にはヴィードルが止められていた。その車両は商人がよく使う大型のモノで、後部には商品を運ぶためのコンテナを積載していた。


「身を守るための最低限の装備を持つ人間が数人……敵だと思うか?」

『みすぼらしい格好は傭兵には見えないね』とカグヤが答える。

『探索中のスカベンジャーかも』


 廃墟の街で組合に所属するスカベンジャーと、敵対的な略奪者を見分けるのは至難しなんわざだった。スカベンジャーや略奪者は決められた制服を着ていないし、決まった縄張りを持っているわけでもない。それどころか彼らは一様に汚い身形みなりをしているため、略奪者や浮浪者とまったく区別がつかないときがある。


 そのスカベンジャーと思われる集団は、公園の隅にある小さな砂場の周りに集まっていて、彼らは焚き火の炎で野生動物の肉を焼きながら談笑していた。


『レイ、戻ろう』とカグヤが言う。

『これ以上ここで時間を無駄にしたら、奇襲が成功しなくなる』

「連中のこと、どう思う?」

『誰彼構わず戦闘を仕掛けてくるような人間には見えない』


「そうだな」と私は彼らの笑顔を見ながら言う。

「探索を成功させたのかもしれない」

『それなら、他人の揉め事に首を突っ込むようなことはしないはずだよ。余計なことをして死んだら意味がないからね』


 スカベンジャーたちから離れると奴隷商人のもとに向かう。我々が見逃した集団は危険な略奪者だったかもしれないが、それを断定することができない以上、無闇に攻撃することはできなかった。今は彼らが敵にならないことに祈るしかない。


「建物を爆破することで、一時的に生じる混乱に乗じて奴隷商人をさらう」


 言葉にしてみれば至極簡単な作戦に思えたが、実際には多くの困難に直面することになる。建物を爆発するタイミングを見誤みあやまってもいけないし、混戦の最中、標的に逃げられてしまわないように常に細心の注意を払って行動しなければいけない。奴隷商人の大型車両を強襲し、標的をさらうのはアレナ率いるヤトの部隊だ。


 アーキ・ガライの狙撃部隊には、戦士たちが撤退するさいに支援してもらうことになっていた。


『レイ、準備ができたら言って』

 カグヤの言葉にうなずいたあとホルスターからハンドガンを抜いて、眼下に見える奴隷商人の多脚車両に銃口を向けた。

「カグヤ、射撃と同時に作戦を開始してくれ」


 弾薬を〈貫通弾〉に切り替えて両手で構えると、ホログラムの照準器が浮かび上がる。そのまま照準をヴィードルの脚部に合わせると、躊躇ためらうことなく引き金を引いた。


 甲高い金属音と共に大型車両の脚が破壊される。一瞬の間があって、道路沿いの複数の建物が立て続けに爆発した。私は倒壊していく建物の位置を確かめながら、敵の動きに注視する。砂埃すなほこりと黒煙が立ち昇ると、奴隷商人を護衛していた傭兵たちの叫び声が聞こえ始めた。


 黒煙の間から傭兵の指揮官らしき男の姿が見えた。彼が部隊を指揮していたか断定することはできなかったが、彼の気取った真っ赤なベレー帽が目立っていたのは確かだった。指揮官らしき男は脚部を破壊され動きを止めた大型車両に駆け寄ると、操縦席を覗き込んだ。護衛対象である奴隷商人の無事が確認できたのか、男は周囲の傭兵たちに指示を飛ばして始めた。


 きびきびと動く指揮官に視線を合わせると、攻撃標的用のタグを貼り付ける。その情報は〈戦術データ・リンク〉を介して、瞬時にヤトの部隊と共有される。


「アーキ、ターゲットマークが付いた男が見えるか?」

『はい、確認しました』

「そこから狙撃することはできるか?」


 言葉を言い終えるのとほぼ同時に、指揮官らしき男の胸から血煙が噴き出す。

『始末しました』

「さすがだな」と私は苦笑する。


 傭兵たちは狙撃に気がつくと、物陰に身を隠し、建物屋上に向けて出鱈目に射撃を行う。すぐに弾薬を〈小型擲弾てきだん〉に切り替えると、火炎放射器のタンクを背負った傭兵に撃ち込んでいく。男が背負っていたタンクが爆散すると、周囲の人間を巻き込みながら勢いよく燃え上がる。その炎から逃れようと数人の傭兵が道路脇の側溝そっこうに飛び込むのが見えた。


 しかし雑草に覆われた側溝には、一メートルほどのフサフサとした梅紫色うめむらさきいろの毛に覆われた異様なケムシがいた。ケムシの変異体は突然あらわれた傭兵たちに驚きブヨブヨと太った身体からだを震わせた。そのさい、体毛の間から紫色に発光する鱗粉りんぷんのようなモノが撒き散らされた。その奇妙な鱗粉に触れた傭兵たちが次々と悲鳴を上げる。


 空中に漂う鱗粉に触れた戦闘服はたちまち穴が開き、身体からだのあちこちにスプーンでえぐり取られたような傷を作っていった。皮膚にできた穴からは絶えず血が噴き出し、壮絶な痛みからか傭兵たちは悲鳴すら口にできず、草むらに倒れると二度と動かなくなった。


 仲間の死に気がついた傭兵たちはすぐに行動した。彼らは側溝に潜んでいた哀れなケムシに向かって五十発以上の弾丸を撃ち込み、火炎放射で焼き殺した。その間も傭兵たちは周囲に制圧射撃を続け、奴隷商人の車両に何者も近づけないようにしていた。


 ハクは私を抱いたまま集団の中心に飛び込んだ。白蜘蛛の登場で恐慌状態きょうこうじょうたいおちいった傭兵たちに対して、私は冷静に、そして的確な射撃を行っていく。弾薬の消費を抑えるために通常弾で攻撃をしたが、それでも充分に強力な弾丸は、傭兵たちのボディアーマーを容易く貫通した。


 傭兵たちは一斉射撃いっせいしゃげきを行うが、ハクは脚の先に糸の塊を吐き出し、長い脚を器用に使って身体からだの前面を隠すように糸を広げる。その半透明な糸は一枚の布のように隙間がなく、傭兵たちが撃ち込んだ銃弾を受け止めていた。


 そこに何処どこからか撃ち込まれたロケット弾が飛んでくると、ハクは細い糸を飛ばして空中でロケット弾を捕える。ロケット弾は進行方向が変わり、煙の尾を引きながら奴隷商人のヴィードルに着弾する。


 傭兵たちが爆発の衝撃にひるみ射撃が止まると、ハクはロケットランチャーを構えていた傭兵に素早く接近した。ハクの動きに戸惑っている傭兵を尻目に、白蜘蛛は脚の一振りで傭兵の身体からだを両断した。ハクの鉤爪によって引き千切られた男の胴体は、内臓を撒き散らしながら傭兵たちの頭上に降り注いだ。


 アレナ・ヴィス率いる隠密部隊は傭兵たちの混乱を見逃さなかった。道路脇の構造体に身を隠しながら奴隷商人が潜んでいると思われる多脚車両に接近すると、ヴィードルの周囲に展開していた護衛の傭兵たちを一掃する。そして炎と黒煙が立ち昇る多脚車両に取り付いた。


『レイラさま』と、アレナ・ヴィスの声が聞こえる。

『奴隷商人を確保しました』

「標的で間違いないか?」

『はい。すでに女神カグヤさまに確認を取りました』


「わかった。掩護えんごするから、奴隷商人をその場から連れ出してくれ」

『承知しました。予定通り合流地点に向かいます』


『作戦を次のフェーズに進めるよ』とカグヤが言う。

『アーキの部隊はアレナの部隊を支援しながら後退して』


 傭兵たちに襲いかかったハクと別れると、瓦礫がれきの間から手を伸ばしていた人擬きを射殺する。瓦礫がれきに埋もれていた人擬きが戦闘音で目を覚ましたのだろう。


『ミスズはワヒーラを回収したあと、ウェンディゴとの合流地点に向かって』

 カグヤがそう言うと、すぐにミスズの声が聞こえる。

『了解です。すぐに向かいます』


 一斉射撃を続ける傭兵たちの攻撃から逃れるため建物の柱に姿を隠す。するとパワードスーツを装着した傭兵が、ハクに向かって重機関銃を乱射しているのが見えた。白蜘蛛は撃ち出される数百発の弾丸を避けながら、踊るように傭兵たちの間を飛び回る。私は弾薬を火炎放射に切り替えると、パワードスーツの傭兵を生きたまま焼いた。


 装甲で保護されていないケーブルや電気回路が破壊されるとスーツは動かなくなるが、燃えている男は悲痛な叫び声をあげながら、フレームの間でもがき続けていた。すぐに頭部に銃弾を撃ち込んで黙らせると、義手に刃を仕込んでいた傭兵の攻撃を避ける。興奮している傭兵は大声でわめいていたが、その言葉を無視して銃弾を撃ち込む。


『部隊の撤退を確認した。レイもすぐに戦線を離れて』

「了解」

 ハクに抱きかかえられると、執拗な攻撃を続ける傭兵たちをその場に残し戦場から離脱した。

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