第182話 空間の歪み re


 輸送機の残骸から物資を回収してから数日、我々は〈砂漠地帯〉にやってきていた。目的はそこで採掘できる鉱物資源だった。我々は周辺一帯を管理していた〈紅蓮ホンリェン〉によって、採掘権を与えられているので、自由に鉱物資源を手に入れることが可能だったが、何処どこから手をつければいいのか分からない状態だった。


『すごく不自然な場所だよね』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。

 素通しガラスのようにけている〈ウェンディゴ〉の車内から砂丘さきゅうを眺めていると、すぐそばに球体型の小さなドローンが飛んでくる。


「たしかに高層建築物が林立する街の只中ただなかに砂漠があるのは不自然だ」

 私はそう言うと振り向いて、遠くに見える高層建築群に視線を移した。まるで蜃気楼しんきろうのように、廃墟の街並みはぼんやりとしている。


『この砂漠には、異界の住人も迷い込んでいたみたいだし、やっぱり〈混沌の領域〉につながる〈転移門〉が砂漠の何処どこかにあるのかもしれないね』

「それは〈砂漠地帯〉の奇妙な広さを説明する助けにはなるだろうけど、正直、異界とつながっているなんて考えたくもないな」と、素直な気持ちを口にする。

『そうだね……』


「それより」と私は話題を変える。

何処どこで採掘を始めるんだ?」

『旧文明の建物が埋まっている場所がいいんじゃないかな?』

 カグヤの適当な返事を聞きながら、あれこれと考える。


「理由を教えてくれ」

『以前、砂漠で出会った採掘業者の人たちを覚えてる? あの人たちは大掛かりな機械を使って砂を掘り返していて、その場所は旧文明期の建物のすぐ側だった』

「そう言えば、レイダーギャングに襲撃されていた人間を助けたことがあったな……」

『うん。彼らは建物の周辺から鉱石を手に入れていた。だから私たちも――』


「それはいい考えね」と、ペパーミントがカグヤの言葉をさえぎる。

「闇雲に掘るよりも、ずっといい考えだと思う」


 鮮やかな露草色つゆくさいろのフード付きツナギを着たペパーミントにたずねる。

「〈作業用ドロイド〉の準備はできたのか?」

「もちろん」と、彼女は笑みをみせる。

「採掘のための装備に換装かんそうしてあるから、あとは起動するだけ」


「作業用のドロイドは全部で何体連れてきたんだ?」

「十四体、それから戦闘用の機械人形が三体」

「それなりの数が用意できたんだな」


「製造ラインを増やして、やっとこれだけの数が揃えられたんだけどね」と、彼女は黒髪を揺らす。「掘削試験のための基地を築いたら、機械人形もっと増やす予定」

「大規模な施設になりそうだな」

「貴重な鉱物が得られる機会を無駄にしないためにも、最善を尽くすつもり」


『レイ、見て』

 カグヤの声に反応して視線を動かすと、奇岩が立ち並ぶ不思議な場所が目に飛び込んできた。ウェンディゴはその奇岩の間を通って、五十メートルほどの高さの岩壁に近づいていった。砂漠に出現した巨石は、砂漠に埋もれた高層建築物の一部で、大きくかたむいた建物の下は、広範囲にわたって日陰になっていた。


 ウェンディゴを操作していた〈ウミ〉は、その日陰のなかに車両を止めると、後部コンテナを開いてワヒーラを出動させた。索敵に特化した車両型ドローンは、円盤状の装置を回転させながら周辺一帯の情報を取得していく。するとウェンディゴの車内、向かい合わせに設置された後部座席の中央にホログラムで投影されたディスプレイが浮かび上がり、ワヒーラから受信する索敵マップが表示された。


 ホログラムを見つめていたペパーミントが言う。

「周辺に採掘業者は見当たらないわね」

『危険な生物の姿も見当たらない』と、カグヤは付け加える。

「決まりね。ここに基地をつくりましょう」

 ペパーミントは笑顔をみせると、後部コンテナにつながるハッチの向こうに消えていった。


 私は荒涼とした大地に視線を戻してからカグヤにたずねる。

「この場所のこと、カグヤはどう思う?」

『大丈夫なんじゃないのかな』と、彼女の操作するドローンが近づいてきた。

『廃墟の街から相当な距離があるから人擬きの襲撃を心配する必要もなさそうだし、砂漠を管理している鳥籠〈紅蓮ホンリェン〉からも距離がある。だから彼らに干渉かんしょうされる心配もないと思う。問題があるとすれば――』


「問題?」

『あの〈インシの民〉って呼ばれている奇妙な住人の住処すみかが近くにあるってことかな』

 不意に昆虫に似た異形の人型種族のことを思い出した。

「〈混沌の領域〉からやって来た種族だって、ヌゥモが言っていた連中のことだな」


『うん。私たちと接触したときには敵対する様子は見せなかったけど、ここで資源の採掘を始めたら、どんな反応を見せるのか想像できない』

「ならペパーミントに言って、別の場所に移動するか?」

『ううん、最悪の事態を想定して最低限の備えだけはしておこう。他の場所に移動しても安全だとは限らないし』

「危険は何処どこにでも潜んでいるか……」


 ウェンディゴのコンテナから出ていく〈作業用のドロイド〉の行列を眺めていると、鈍色にびいろの長髪を綺麗にんだ〈アーキ・ガライ〉がやってくるのが見えた。彼女は私の姿をみつけると、やわらかな表情で微笑ほほえんだ。


 ヤトの一族が使う古い言葉で『大樹たいじゅ』という意味の名を持つ女性で、彼女は一族の中でも際立った狙撃の腕を持っていた。今日は〈作業用ドロイド〉の警備をしてもらうために、彼女の部隊に同行してもらっていた。


 どれほどの期間、砂漠で掘削試験を行う予定なのかは分からないが、いくつかの部隊を編成して交替で採掘基地の警備をしてもらおうと考えていた。とは言うものの、本格的な採掘ができるようになるまでには、それなりの時間がかると思われるのであせる必要はないだろう。


「レイラ殿」とアーキ・ガライが言う。

「準備が整いました。すぐに戦闘部隊を展開できます」


「〈戦術データ・リンク〉に接続して、ワヒーラから受信する情報は確認したか?」

「仲間たちと地図を確認して、監視に最適な場所も把握しています」


「それなら、さっそく周辺の警備を頼むよ。外は暑いから水分補給は忘れないでくれ」

「承知しました」

 闘いの予感に高揚こうようしているのか、アーキ・ガライはニヤリと微笑ほほえんだ。


 搭乗員用のハッチから外に出ると、強い日差しから顔を守るようにガスマスクを起動して頭部を保護する。肺に入れる空気がひんやりしたモノに変わると、〈作業用ドロイド〉に指示を出しているペパーミントの側に向かう。


「まずは基地を警備する戦士たちのための待機所をつくってもらうつもり」

 機械人形の行列は基地の建設予定地まで歩いて行くと、特殊な溶剤を混ぜ合わせた砂で、かまぼこ型の建物をつくり始める。


「あなたたちはコンテナから機材を運んできて」

 黄色と黒の縞模様しまもようの塗装がされた機械人形は、ペパーミントの言葉にビープ音で答えると、コンテナに向かってゆっくり歩いて行く。旧式の〈作業用ドロイド〉は頭部と一体化した胴体を持っていて、足は太く短かった。対照的に腕は長く、作業のための装備が取り付けられていた。


 あっという間に建てられていく茶鼠色ちゃねずみいろの建物をぼんやり眺めていると、ミスズとナミがやってくるのが見えた。


「レイラ」とミスズが言う。

「私たちもアーキたちと合流して、周辺の警備をしたほうがいいでしょうか?」


「いや」と私は頭を振る。

「ミスズとナミはペパーミントについていてくれ」


 彼女は興味津々きょうみしんしんといった様子で琥珀色こはくいろの瞳を私に向ける。

「レイラはどうするのですか?」

「俺はあの建物の中を調べてくる」

 そう言って岩壁に半ば埋まっている建物を指差ゆびさした。


 その廃墟には、砂に埋もれていない中層から侵入することになった。建物の窓ガラスはとうの昔に割れていて、その存在を示すガラス片も周囲にはなかった。建物の外壁は旧文明の鋼材を含んだ鼠色のツルリとした建材で、砂に汚れてはいたが経年劣化は確認できなかった。


 その建物は廃墟の街にある高層建築物同様、数世紀もの長いときを存在し続けていたとは思えない堂々とした姿を見せていた。


 薄暗い建物に入っていくと、階下につながる階段が窓から入り込んだ砂で完全に埋まっているのが確認できた。上階を探索することにしてその場を離れる。階段に響く自分自身の足音に耳を澄ませていると、カグヤの声が内耳に聞こえた。


『レイ、ワヒーラから受信してる索敵マップに不思議なモノが映った」

「不思議なモノ……? それは生物なのか?」

『わからない。けど建物内に複数の反応が確認できた』

 索敵マップを確認すると、動体反応をしめす赤い点が明滅を繰り返しているのが見えた。


「廃墟を住処すみかにしている変異体か?」

『わからない』

 カグヤの声には緊張が含まれていた。


 ホルスターからハンドガンを抜くと、警戒しながら階段を上がる。砂に埋もれたガラクタを確認しているときだった。ふと通路の向こうにたたずむ人影を見る。

『レイ、通路の先に反応を確認した』

「了解、すぐに確認する」


 壁際に並んだ窓から差し込む光で日陰になっている場所に〝それ〟はたたずんでいた。暗くてその姿をハッキリと確認することはできなかったが、それはこちらに向かってゆっくり歩いてきているようだった。


『レイ、なんだか変だよ』

「なにが?」と、接近してくる黒い影にハンドガンの照準を合わせた。

 それは異様に長い腕を持っていて、天井に頭がつくほど背が高かった。

『ワヒーラの動体センサーが異常な反応を見せてる』


 それが窓に差し掛かかると、そいつの姿がハッキリと確認できるようになった。

「ヴィードル工場で見た変異体だ……」

 大きな窓から差し込む光に照らされたのは、枯れ枝のように痩せ細った身体からだを持つ背の高い、深紫色こきむらさきいろの肌をした老人に似た姿の変異体だった。


『どうしてあの変異体が砂漠にいるの!?』

 カグヤの声を聞きながら後退あとずさる。

 のっそりと歩いていた老人は急に立ち止まると、白目のない真っ黒な瞳を私に向ける。


「気づかれた?」

 恐怖によって、ほぼ反射的に引き金を引いた。甲高い金属音と共に銃弾が撃ち出され、その衝撃でハンドガンを握っていた腕が反動で持ち上がる。けれど〈貫通弾〉が化け物に命中することはなかった。


 目の前から消えたと思った老人は、私のすぐ背後に立っていた。

『レイ!』

 騒がしい警告音を内耳に聞きながら横に飛び退く。間一髪のところで老人の蹴りをかわすと、すぐに老人にハンドガンを向けた。


「いない……?」

 素早く視線を走らせて老人の姿を探した。

『ワヒーラからも反応が消えた』

「ミスズたちは無事なのか?」と、周囲に目を向けながらたずねる。


『とくに変化はないみたいだよ』

「彼女たちが狙われる可能性は?」

『老人が何処どこに出現するか分からないから、私には何とも言えない』


 突然、薄闇の中から異様に長い腕が伸びてきた。すぐに銃口を向けて老人の手に向かって弾丸を撃ち込んだ。けれど老人の姿はけるようにまたたく間に視界から消えてしまう。


『レイ、ナミがこっちに向かって来てる!』とカグヤが慌てる。

「ダメだ。今は誰も建物に近づかせるな」

 突然背中を押されて床に膝をつく。振り向くが背後には何もいなかった。


『レイ?』

「クソっ、遊んでいるつもりなのか?」


 マスクから得られる視覚情報を確認して、老人が残したわずかな痕跡を見つけようとするが、そもそも何を探せばいいのかも分からなかった。すると窓から吹き込んでくる砂に埋もれそうになっていた部屋の前に、〈空間の歪み〉としか表現できないモノが出現していることに気がついた。半透明のガラスがゆがんでいて、今にも割れそうになっているような、そんな不思議な光景だった。


「あれはなんだ?」

『あそこにもあるよ』

 カグヤはそう言うと、通路の先に存在する別の〈空間の歪み〉を赤い線で縁取る。


 するとそのうちのひとつから老人の禿げ上がった頭部があらわれるのが見えた。すぐに射撃を行うが、老人はふと消えて、別の〈空間の歪み〉から姿を見せる。


『何あれ、もしかして空間転移……?』と、カグヤが唖然あぜんとする。

「わからない。けどっ」

 ハンドガンの形状が変化して、銃身の内部に青白い光の筋があらわれると、天使の輪にも似た青白く輝く輪が銃口の先に出現するのが見えた。


 射撃の準備を終えたハンドガンを構えたまま、老人が姿を見せるのを待った。警告音が頭の中で鳴り響き、赤色の線で縁取られた変異体の一部があらわれると、空間に生じた亀裂きれつに向かって引き金を引いた。


 撃ちだされた光弾は閃光となって、〈空間の歪み〉からい出てこようとしていた老人と一緒に、螺旋らせんを描くように亀裂の中に消えていった。そして次の瞬間、轟音がして振り向くと、亀裂のなかに消えたはずの閃光が私の背後、建物の壁を破壊しながら空に向かって飛んでいくのが見えた。


『やっぱり〈空間の歪み〉は互いにつながってるんだ』

「そんなバカな」と、カグヤの言葉に頭を振る。

『でも、あの亀裂に侵入した閃光は、空間にできた別の亀裂から出てきた』


 すると廊下の先に老人が姿を見せる。傷ついているようには見えない。

 ハンドガンの銃口を向けると、老人はおだやかな眼で私を見つめ、そして消えていった。


 困惑しているとカグヤの声が内耳に聞こえる。

『老人の反応が完全に消えた……』

 周囲に視線を向けると、赤色の線で縁取られていた〈空間の歪み〉も消えていった。

「もう反応はとらえられないのか?」

『たぶん……私には分からないけど』


「どうして工場地帯にいた変異体が砂漠にいるんだ?」

『違うよ。あれは工場にいた老人じゃない』


 カグヤはそう言うと拡張現実で二体の老人の画像を並べて表示する。

『よく見て、左に映っているのが工場で遭遇した老人。それで右に映っているのがさっきまでここにいた老人』

「胸に傷がある……」


 ついさっきまでこの場にいた老人の胸には、肉をえぐられたような大きな古傷があった。二体の違いは傷痕以外にも身長や腕の長さにわずかな差が確認できた。老人型の変異体が複数存在することも驚きだったが、その化け物に傷をつけられる何かが存在していることにもひどく驚いた。


『建物内に複数存在していた反応も消えた』

 どこかで砂がサラサラと流れ落ちる音が聞こえた。

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