第162話 強襲 re


 白蜘蛛に対する一斉いっせい射撃が始まると、洞窟の壁に銃声が反響する。私は予定を変更してハクの掩護えんごに向かうことにした。〈環境追従型迷彩〉を起動すると、身を隠していた石筍せきじゅんの側を離れる。


 半魚人たちとの戦闘が始まったら、ペパーミントには捕らえられている人々を開放するために鉄の棒が突き刺さっている場所に向かうように頼んでいた。私とハクが敵の注意を引き付けている間に、人々を救い出してもらう算段だ。


 捕らえられている人間の中に少しでも気骨きこつがあって、戦う意思のある人間がいれば、我々の戦闘に加勢してくれるかもしれない。


 ヘドロのようにまとわりつく泥濘ぬかるみに足を取られないように駆けると、ハクに襲いかかるための準備をしていた半魚人の集団を強襲する。


 右手にハンドガンを握ると、思考電位だけで弾薬を〈自動追尾弾〉に切り替える。

『〈自動追尾弾〉が選択されました。攻撃目標を指示してください』


 機械的な合成音声を発する女性の声を内耳に聞きながら、標的である複数の半魚人たちに視線を向ける。すると石筍せきじゅんの陰に隠れていた半魚人が、標的用の赤色の線で輪郭が縁取られる。その半魚人の一体に目を向けると、標的として選択されたことを示すタグが頭部に表示される。


 素早く視線を走らせると、隠れていた残りの半魚人たちも標的として設定していく。

『攻撃目標を確認。〈自動追尾弾〉の発射が可能です』

 引き金を引くと乾いた射撃音が連続で鳴り、複数の標的に向かって弾丸が発射された。


 私が半魚人たちの背後に忍び寄るまでの間、化け物は私の存在に少しも気がついていなかった。それが迷彩の効果なのか、ただ単に油断していたからなのかは分からない。とにかく半魚人たちは頭部に銃弾を受けて、糸が切れた人形のようにその場に倒れた。


 半魚人たちは何が起きたのか理解していなかったのだろう。けれど、それは仕方のないことだ。私でさえ〈自動追尾弾〉の仕組みは分からないのだ。


 ハクを相手にしていた半魚人たちのギョロリとした大きな眼が最後に映し出したのは、仲間の身体からだを引き裂く白くて大きな蜘蛛だったに違いない。


 半魚人たちの死体の側に屈みこむと、彼らが使用していた旧式のアサルトライフルを拾い上げる。〈自動追尾弾〉は強力な攻撃だったが、思っていたよりもずっと弾薬の消費量が激しい。先の読めない状況で無闇やたらにハンドガンの弾薬を消費したくなかった。


 半魚人たちの身体からだを漁り、ライフルの予備弾倉をいくつか確保する。それから石筍せきじゅんの陰から顔を出して、ハクの様子を確認した。


 地底湖の側には石筍せきじゅんがほとんどなく、障害物の少ない空間になっている。地底湖に向かってわずかな傾斜けいしゃがあることが関係しているのかもしれない。その少し手前には火柱を上げる焚き火があって、ハクはその奥にある石柱の側で半魚人たちと戦っていた。


 半魚人たちからの執拗しつような射撃を受けると、ハクは身動きが取れなくなってしまう。小銃から発射される弾丸はハクの体表を傷つけることはできないが、衝撃による痛みはあるのだろう。ハクは近くにいた半魚人の身体からだに脚を突き刺すと、そのまま死体を持ち上げて盾として使っていた。


 私は石筍せきじゅんから身を乗り出すと、こちらに背を向けていた半魚人たちに対して射撃を始めた。攻撃していることを気づかれることなく、六体ほどの半魚人を殺すことができた。しかし〈環境追従型迷彩〉によって姿は隠せても、弾丸が発射されるさいに発生するマズルフラッシュはどうにもならなかった。


 半魚人たちはすぐに物陰に身を隠すと、私に向かって出鱈目でたらめに銃弾を乱射してきた。見当違いの場所に弾丸が命中していたが、おおむね私が隠れていた石筍せきじゅんに弾丸が直撃していた。パラパラと石筍せきじゅんの破片が散らばるなか、私は弾倉の装填を行い、機会を見計らいながら射撃で応戦する。


『レイ』とカグヤの声が内耳に聞こえた。

『ペパーミントが目的の地点に到着したよ。半魚人たちにはまだ気づかれてない』

「わかった。俺はこのまま敵の注意を引きつける」


 射撃を継続して最後の弾倉が空になるまで撃ち尽くすと、石筍せきじゅんの陰に隠れながら接近して来ていた半魚人の頭にライフルのストックを叩きつけた。化け物の頭部はへこみ、大きな眼球が飛び出した。


 その半魚人の身体からだを押しやると、そのすぐ背後から迫ってきていた青年の身体からだにぶつける。足がもつれて前のめりに倒れた青年の頸椎けいついを砕くようにしてみつけると、その手からアサルトライフルを拾い上げて接近する化け物に対して射撃を再開する。


『レイ、敵の増援だ!』

 カグヤが操作するドローンの映像を確認すると、地底湖から次々とい出てくる半魚人の姿が確認できた。それらの半魚人のなかには完全に変態した魚人もいて、炎に照らされたうろこがヌメヌメと光を反射していた。


 注意がそれたときだった。頭部と胸に銃弾を受けた衝撃で思わずる。素早く石筍せきじゅんの陰に隠れると、胸の痛みに顔をしかめる。頭部に対する攻撃はガスマスクが完全に防いでくれていたが、胸に受けた衝撃はボディアーマーだけでは防ぎきれなかった。しかし至近距離での射撃だったのにもかかわらず、弾丸は貫通していなかった。


 私を撃った半魚人の女は、狂ったように銃の乱射を続けていた。私は石筍せきじゅんの反対側から走り出ると、全力で振りかぶったライフルのストックを女の顔面に叩きつけた。仲間の割れた頭部から飛び散る血液やら何やらを身体からだに受けながら、それでも走って逃げようとする半魚人にハンドガンの銃口を向ける。


 逃げ出したのは背骨が大きく曲がった青年で、彼は何かを喚きながら必死に走っていた。けれど動きは遅かった。青年の太腿を撃ち抜くと、そのまま彼の側に向かう。痛みに泣き叫ぶ青年の頭部にライフルのストックを叩きつける。二度目で頭蓋骨が割れ、三度目で脳が飛び散った。


 ひどく汚れたライフルをその場に放ると、半魚人の死骸から別のアサルトライフルを拾い上げた。弾倉を抜いて残弾を確認すると、ハクを囲んで攻撃を行っていた化け物に対して容赦のない掃射を行う。数体の半魚人が倒れると、その死体を乗り越えるように別の半魚人が向かってくるのが見えた。


 それらの半魚人は甲殻類の甲皮こうひを加工した鎧のようなモノで身体からだを保護していた。私は弾薬が尽きたライフルを半魚人に向けて投げると、右手首の刺青から刀を出現させた。


 最初に飛びかかってきた半魚人の肩口から入った刃は、そのまますべるように半魚人の胴体を両断して左足から抜けた。刀を振り抜いた勢いのままに身体からだひねり、刀身の角度を変えて、左手から飛びかかってきた半魚人の腕を切断する。


 腕を失くし、痛みに叫んでいる半魚人の首に刀を突き入れると、後方から飛びかかってきた化け物に組み付かれる。肩にみつかれ、鋭い爪が脇腹に突き刺さっていくのを感じる。左腕の感覚は完全に戻っていなかったが、左手で胸元のナイフを抜くと、半魚人の眼に突き刺した。化け物が目を押さえながら離れると、その首をねた。


 身体からだの節々に痛みを感じていたが、半魚人の血と生命力を吸った刀が歓喜に震え、私にも力を分け与えてくれる。おかげで疲れることなく刀を振り続けることができた。


 斬り裂かれた腹からこぼれ落ちる内臓を見つめる半魚人を蹴り飛ばすと、目の前に立つ二メートルを超える大柄の魚人と対峙する。その魚人は甲殻を削って作った無骨な槍を握っていて、低い唸り声を上げると、私に向かって凄まじい速度で槍を振り下ろした。


 しかし〈ヤトの刀〉は叫びにも似た甲高い音を洞窟に響かせると、化け物からのあらゆる打撃を完全に防いでみせた。


 一瞬の隙をついて魚人のふところに跳び込むと、その首を刃の先で撫でた。

 魚人の頭部は泥濘ぬかるみに落ちたが、それでも化け物は薄闇の中を三歩ほど歩いてみせた。切断面から噴水のように血が噴き出すと、魚人はその場にくずおれた。それからさらに四体の半魚人を殺し、返り血と内臓で汚れながら戦い続けた。私が立っていた場所を中心にして、半魚人たちの死骸が積み重なっていった。


 しかし私も無傷とはいかなかった。身体からだの至るところが魚人の爪や牙によって傷ついていて、外套がいとうの迷彩はもう機能していなかった。正直、傷よりもこたえたのは貴重な外套が損傷したことだった。瀕死の状態で汚泥の中をいずっていた魚人の背中に刀を突き刺すと、その生命力を奪う。


「カグヤ、ペパーミントの様子はどうだ?」と、周囲に目を向けながらたずねた。

『ジョージを含めて、多くの人間を解放したよ。それで今は、捕らわれていた人たちの装備がまとめて保管されている場所に案内してるところ』

「保管されていたのか?」


『うん。半魚人たちは、まさか自分たちが捕らえた人たちに逃げられるとは思ってなかったんだろうね。奪った武器はまとめて保管されていて、その場所を警備する半魚人もいなかったんだ』

「そうか、なら半魚人たちにはまだ見つかっていないんだな」


『うん。捕らわれている残りの人たちも、ペパーミントが解放してる』

「それなら、もう少し注意を引きつけるよ」

『無理しないでね』

「わかってる」


 カグヤとの通信が切れるのとほぼ同時に突き出された槍をかわすと、刀で槍を切断し、宙に舞い上がった穂先をつかみ半魚人の胸に突き刺した。仰向けに倒れた半魚人は駄々をこねる幼い子どものように足をバタつかせ、そして動かなくなる。


 ハクの掩護えんごに向かうため、地底湖に向かって走り出す。焚き火の側を通るとき、急に飛びかかってきた魚人と揉み合うようにして地面を転がる。倒れた拍子に刀を取り落としていたので、胸元のナイフを抜いて化け物を刺そうと考えたが、ナイフは少し前に、別の半魚人を殺すために使っていて回収していなかった。


 魚人は私の首元にみ付こうとして首を伸ばす。その咬みつきを防ごうとして右腕を前に突きだした。前腕に食い込んだ化け物の牙は、じりじりと肉を裂いていく。私は魚人から逃れようとして、その頭部を何度も殴ったが、左腕に思うように力が入らなかった。その間も化け物の牙はきつく食い込んでいく。


 魚人のうなり声の間に、小さなささやき声を聞く。すると墨で描いたような黒いヘビが魚人の身体からだにするするといあがると、えらのついた太い首にみついた。魚人は驚き私の側を離れると、自身の首に噛みついていた黒いヘビを引き離そうと腕を伸ばした。しかしヘビは魚人につかまれた瞬間に墨のような液体に変わり、私の右手首に染み込むようにして消えていった。


 ヘビに噛まれた魚人はしばらくぼんやりと立っていたが、やがて膝をつくと血反吐ちへどを勢いよく吐き出し、顔から前のめりに汚泥に倒れると激しく痙攣した。


 私は立ちあがると腕の傷を確認する。何度か手を握り感触を確かめる。痛みはあったが我慢できないような痛みではなかった。そのうちナノマシンが痛みを失くしてくれるだろう。太腿のハンドガンを抜くと、ハクのもとに向かう。


 ハクに対して射撃を行っている数人の半魚人を背中から撃ち殺すと、彼らが所持していたアサルトライフルを拾いあげる。素早く弾倉の確認を行い、ハクに群がる半魚人に弾丸を撃ち込んでいく。


 弾倉が空になると死体から素早く弾倉を回収し、装填を行うと射撃を継続した。しばらくすると、人間の姿を保った半魚人たちを殺し尽くしたのか、武装した半魚人の姿は見られなくなった。


 だから完全に変態した魚人を撃ち殺すことだけに集中する。向かってくる魚人には容赦なく弾丸を浴びせて、地底湖に逃げるモノに対しても射撃を行う。弾薬が尽きるとライフルをその場に捨て、別の小銃を拾い上げて攻撃を継続する。

 敵の姿がなくなると、足元にライフルを捨ててハクのもとに歩いていく。


 ハクは興奮状態なのか、体毛を逆立て、眼を赤く発光させながら地底湖に潜んでいた魚人を威嚇していた。しかし歩いてくる私の姿を見つけると、普段の雰囲気を取り戻す。


「大丈夫か、ハク?」と、周囲の警戒をしながらたずねる。

『ん。ハク、たおした』

 ハクは可愛らしい声でそう言うと地面を叩いた。そのさい、ハクの体毛からねっとりとした黒い血液が滴り落ちる。


「怪我はしていないな?」

『んっ! けが、ない』


 腹部をカサカサと振るハクの身体からだに触れながら、怪我をしていないか丁寧ていねいに確かめる。どうやらハクの体毛についていた血液は、すべて半魚人たちからの返り血だった。私は安心してホッと息をつくと、妖しく発光する石柱に視線を向けた。


 近くで見ると石柱が奇妙な威圧感を持って迫ってくる感覚がした。そして暗闇から響いてくる小さなささやき声が大きくなった気がした。そのほとんどが意味を持たない音だったが、時折、聞いた事もない言語で語りかけてくる声も聞こえた。


 それらのわずらわしい音に気を取られないようにガスマスクの機能を使い、特定の音を完全にシャットアウトしようとしたが、奇妙なささやき声だけは継続して聞こえてきていた。まるでハクと話をしているときのように、その声は頭の中で直接響いていたのだ。


 石柱に目を向けると囁き声は大きく響いた。

「そうか」と、私は柱にハンドガンを向ける。

「お前が俺を呼んでいたんだな」


 石柱にハンドガンを向けると、地底湖から姿を見せていた魚人たちは激昂げきこうし私に向かって唸り声を上げた。それを無視してハンドガンの引き金に指をかけたときだった。突然、石柱を中心にして衝撃波が生じた。


 その衝撃波が暗闇の向こうに消えると、地鳴りが発生し落石が起きる。そして地底湖の水面が不気味に泡立つと、見たこともないような巨大な生物が姿をあらわした。それはのっそりと地上にあがってくると、巨大な水掻みずかきで石柱を抱きしめた。

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