第100話 狙撃形態 re


 砲撃によって廃墟の街に雷鳴にも似た轟音ごうおんが響き渡る。私はハクの脚につかまりながら、眼下に広がる廃墟の街に視線を向ける。砲弾から撒き散らされる毒ガスによって街は深緑色の煙にくもっていた。


 砲弾の炸裂音によって、廃墟に身を潜めていた人擬きや昆虫の変異体が通りに出てくるのが見られた。けれどガスマスクのフェイスシールドを通して拡大表示された生物は、人擬きを残して、毒ガスによってもがき苦しむようにして絶命した。


『拠点周辺の変異体掃討の手間がはぶけるね』

 カグヤの皮肉を聞き流すと、うんざりしながら砲弾が飛んでくる方角に目を向けた。

「このまま人擬きも死に絶えてくれたらいいんだけどな……」

『襲撃者は、あんな強力な化学兵器を何処どこから調達したんだろう?』

「軍の備蓄庫を掘り当てたんだろう。迷惑な連中だ」


『軍の施設か……ねぇ、レイ。ヤトの戦士たちの避難も完了したみたいだよ』

「拠点に避難したのか?」

『うん、もう拠点の敷地内だよ。あそこなら防壁から展開されるシールドがあるから、毒ガスも防げるからね』

 カグヤはそう言うと、我々が拠点にしていた廃墟の保育園に設置されている監視カメラの映像を表示してくれた。


 拠点敷地内の映像には、砲撃から避難してきたヤトの戦士たちが困惑する様子が映し出されていた。魔法やら不可思議な能力が当然のように使用される異界で生きてきたヤトの一族にも、砲撃は未体験の攻撃だったのだろう。


「ミスズたちが捕まえた侵入者に、拠点の正確な位置が知られるかもしれないな……」

『別の場所に避難させる?』

「いや、ミスズたちの命を優先する。そのまま拠点内に避難させよう」

『分かった……ん?』と、カグヤが曖昧な返事をする。


「どうしたんだ」

『それなんだけど……』

「けど?」

『たった今ミスズから連絡があって……ちょっと待って』

 カグヤがミスズと何やら話している間、ハクが登っている建物に視線を向ける。


 高層建築物は頂上に登るにつれて細く鋭くなっていた。まるで鉛筆削りで綺麗に整えたような建物は、周囲の建物よりもずっと高く、建物を登り始めて半分を少し超えた所だったが、それでも周辺一帯の建物の屋上が観察できるくらいの高さまで登っていた。


 ハクはあっと言う間に建物を登って、高層建築物の頂上に到着しようとしていた。頂上付近は風が強く、空気の循環じゅんかんを制御するガスマスクの機能がなければ、息を吸うのにも苦労していただろう。


 眼下に見える廃墟の街では、襲撃者たちからの砲撃が今も続いていた。正確に私を狙って行われていた砲撃は、今では廃墟の街に対して行う無差別攻撃に変わっていた。


『レイ』

「ああ、聞こえているよ」

「捕らえていた侵入者たちが、ひとりを残して死んじゃったみたい』

 カグヤの言葉に私は困惑する。

「死んだ? どういうことだ。自殺に使用できそうな危険物は取り上げていたんだろ?」


『たしかなことは分からないけど、事前に毒を飲んでいたみたいだよ。みんな白い泡を吐き出したかと思うと、全身を痙攣けいれんさせて、呼吸できないまま苦しんで死んでいった。そのときの映像を見てみる?』

「いや、見ない」と私はきっぱり言う。


『はじめから死を覚悟して侵入したのかな?』

「俺たちが捕まえようとして、目の前で自殺した男も連中の仲間なのかもしれないな」

『でも、誰かに依頼されてレイの調査をしてるって、ミスズたちにすぐに吐いたんでしょ?  そんなやつらに死ぬ覚悟があったとは思えない』

「つまり、連中は依頼主に毒を飲まされていた可能性があるのか」


『はじめから使い捨てるつもりでやとったってことだよね。何のためにそんなことをしたんだろう?』

 私は廃墟の街にとどろく砲撃音に注意を向けた。

「俺たちの注意を引くためのおとりだったのかもしれない」


 拠点を監視していた男性と接触してから砲撃が始まった。それもひどく正確な砲撃だった。まるでそこに私がやってくると分かっていたような、そんな攻撃だった。

『自殺した男は、レイを拠点の外におびき寄せるための囮だったってことか』

「カグヤ、詳しい話はあとだ。今は砲撃に対処しよう」


 建物屋上に到着すると、白蜘蛛はそっと私をおろす。

『レイ、ついた』

 ハクの可愛らしい声に答えるように、体毛を撫でながら感謝する。

「ありがとう、ハク」

『ん』ハクはベシベシと地面を叩くと腹部を震わせた。


 我々が立っていたのは半壊した離着陸場りちゃくりくじょうの中央で、そのヘリポートのすみには着陸の操作をあやまったのか、旧文明期の見慣れない形をした航空機があるのが確認できた。しかし機体前方を引きるようにして着陸したのか、大破した状態で放置されていた。航空機のことも気になったが、今は砲撃に対処することを優先しなければいけない。


「カグヤ、ワヒーラは順調に移動しているか?」

 離着陸場を離れて建物のはしまで移動すると、眼下に広がる廃墟の街をにらんだ。〈ワヒーラ〉は索敵範囲外から攻撃してくる敵を探すために、カグヤの遠隔操作で街の中を走っていた。

『うん。砲弾が飛んでくる方角は分かっているから、〈ワヒーラ〉の索敵範囲内に敵をとらえるのも時間の問題だよ』


 拡張現実で表示されるディスプレイで地図を確認すると、〈ワヒーラ〉を示す青い点と一緒に移動するもうひとつの点が確認できた。

「カグヤ、この反応は誰のモノだ?」

『ヌゥモの反応だよ』

「ヌゥモ……どうして彼が〈ワヒーラ〉と一緒にいるんだ?」


 〈ヌゥモ・ヴェイ〉は、ヤトの族長である〈レオウ・ベェリ〉の息子だ。ヤトの一族が使う古い言葉で〈赤い雲〉というのが彼の名だ。そのヌゥモがどうしてワヒーラと一緒に行動しているのか分からなかった。


『護衛を引き受けてくれているんだよ。〈ワヒーラ〉には発煙弾発射機が設置されているだけだからね。もし敵に発見されて戦闘になっても、スモークグレネードしか使えない』

「だからヌゥモが護衛を?」

『うん。この間、車両や機械人形の整備に関係する施設が使えるようになるかもしれないって話をしたでしょ?』


「たしか〈不死の導き手〉から入手していた〈記憶装置〉で、拠点の管理システムに接続できる権限とソフトウェアが手に入ったから、閉鎖されていた区画が使用できるようになるかもしれないって話だったな」

『うん。それでも〈ワヒーラ〉は替えのきかない貴重な〈遺物〉なのは変わらない。だから丁寧に扱わないとダメって話もしたでしょ』

「だから護衛を引き受けてくれているのか」

『うん』

律儀りちぎだな」


『レイラ殿』と、そのヌゥモから通信が入る。

 ヌゥモの位置情報を確認しながら状況についてたずねた。

『〈ワヒーラ〉が敵の所在を突き止めました』

 地図を確認すると、敵の位置を示す印が表示される。

「こっちでも位置は把握した。ヌゥモは引き続きワヒーラの護衛をしながら、近くで待機していてくれ」

『承知しました』


「ヌゥモ、助かったよ。ありがとう」

『いえ、我々は〈ヤト〉に仕える戦士であると同時に、レイラ殿の戦士でもあります。気にしないでください』

「ヌゥモがヤトの戦士なのはもちろん分かっている。けど何事にも感謝は必要だよ。俺たちは仲間なんだから」

『はい』


「さてと」

 ひとりつぶやいたあと、ふともものホルスターからハンドガンを引き抜いた。

『レイ、もうすぐカラスが標的上空に到着する』

 カグヤの言葉のあと、カラスから受信する映像が表示される。


 まず目についたのは、改造された大型ヴィードルだった。それは商人が好んで使うタイプの車両だったが、改造されていて巨大な砲塔が取り付けられていた。ヴィードルの周りにも大勢の人間がいて、一定の間隔を置いて撃ちだされる砲弾の装填作業を行っていた。


 襲撃者たちは統一されたデザインの白い防護服を着ていて、しっかりと訓練されているのか、砲弾を装填する動きには無駄がなかった。

「砲撃をになう専門部隊だな……」

『傭兵組合の人間だね』

「あいつらもやとわれか」

『レイを狙っている人物は、相当な資金力があるみたいだね』

「そのようだな……」


 ハンドガンで使用されている専用の弾倉を抜いてベルトポケットに挿すと、代わりの弾倉を腰のユーティリティポーチから取り出した。それは〈七区の鳥籠〉にある〈兵器工場〉を管理していた〈人造人間〉のペパーミントから貰ったモノだった。


 ちなみに〈鳥籠〉というのは、旧文明期の施設の周りで暮らす人間の共同体がつくった集落のことだ。誰が〈鳥籠〉と言い出したのかは分からないが、ずっと昔から人々はそう呼んでいる。


 私が取り出した弾倉は、厳密に言えば弾倉ではなかった。弾倉の形をした紺色のブロックでズシリと重たかった。それは旧文明の〈遺物〉である私のハンドガンのために、ペパーミントが造ってくれたモノだった。


 彼女は研究を目的として〈第二種秘匿兵器〉の複製を試みたが、〈兵器工場〉の設備をってしても複製することはできなかった。


 〈兵器工場〉には小火器を改造するために使用される特別な設備があった。所定の位置に小銃を入れると、装置の内部で限定的な重力場が発生して、浮き上がった小銃はパーツごとに完全に分解した状態になり、装置に設置されたディスプレイで銃器の各種操作が行えるようになっていた。


 その装置は主に銃器の整備や改造、専用パーツの作製に使うモノだとペパーミントに説明されたが、とくに操作しなくても見ているだけで楽しい機械だった。

 工場にいる間、私はジュリと一緒になって色々な小銃を装置の中に入れて自動で分解され整備が行われていくさまを眺めていたが、試しに入れた〈第二種秘匿兵器〉は分解されることなく、装置の中で浮き上がっただけだった。


 それでもペパーミントが工場の〈データベース〉から掘り起こした設計図で、ハンドガンに使用できる専用パーツの作製を試みた。その結果がこの弾倉だった。

 ハンドガンに装填することで、正確で強力な長距離射撃が可能になるとのことだったが、弾倉は一度の使用にしか耐えられない不完全なモノだった。


 ハンドガンに弾倉を装填すると、インターフェースに表示されていた弾薬の項目に、見たことのない警告表示と共に〈狙撃形態〉という項目が出現する。


「警告表示は……正規品じゃない? そんなことまで分かるのか?」

『そうみたいだね』と、カグヤが感心したように言う。

「使用できるのか?」

『それは大丈夫みたいだよ。問題は、一度の射撃が限界ってことだね』

「攻撃を外さなければいいんだな」

『うん。私とレイなら外さない』

「なら問題ない。カグヤ、狙撃形態に変更してくれ」


 ハンドガンの形状が変化してスライドが十字に開くと、紺色の液体が銃身内部にプツリと次々と染み出すのが見えた。やがてそれは粘度の高い液体となって漏れ出して、ハンドガンの銃身を包み込んでいく。液体はピストルグリップを握っていた手も一緒に包み込んで、手を固定してグリップから離れないようにした。


 やがてハンドガンは形状を大きく変えていき、従来の狙撃銃とまるで違う細長い長方形の角筒へと変わる。ピストルグリップは細長い筒と一体型で、筒の内部に手首まで挿入するようにして握る形になっていた。


 ハンドガンが新たな兵器に形作られるときの現象は、拠点の防壁を建設したときに見た現象に似ていた。それは旧文明期の魔法のような、驚異的な技術だった。


 日の光を一切反射することのない漆黒の角筒は、その外見からは想像もできないほど軽かった。しかし照準がブレないように、兵器の周囲に展開されているかすかな重力場が兵器の重心を制御していて常に安定していた。


 銃口を廃墟の街に向けると、フェイスシールドに拡大表示された街の様子が映し出された。どうやら照準器を覗き込んで、標的に照準を合わせる必要がないようにできているみたいだった。インターフェースに接続されていて、着弾地点をリアルタイムで表示してくれるようだ。


 兵器を構えると地面に膝をつけて、左手を角筒の前方下部にそっとえた。

『ペパーミントの言うことが正しければ、射撃のさいの反動は相当なモノになる。だから注意してね』

 カグヤの言葉にうなずいたあと、背後を確認する。

「ハク、俺が吹き飛ばないように身体からだを押さえていてくれるか?」

『ん、おさえる』

 ハクは私の背中に両方の触肢しょくしをちょこんと置いた。


 私は砲撃を続ける大型ヴィードルに兵器の銃口を向けた。すると拡大表示された大型ヴィードルが見えた。ふと思い立って兵器に接続されていたフェイスシールドの表示を消すと、数十キロ先の大型ヴィードルの姿を完全に見失う。もう一度接続すると、大型ヴィードルの姿が映し出されて、車体の細かな傷まで確認できるようになった。


「〈第二種秘匿兵器〉か……本当に不思議なハンドガンだ」

『うん、不思議でとても恐ろしい兵器だ』


 兵器の銃身、何の特徴もない角筒の先端に向かって青白い光が幾何学的きかがくてきに走り、その光に沿うように細長い銃身が分解され、複数のパーツに分かれて空中に浮かび上がる。それらのパーツは互いの重力場に干渉して、銃身内部から発せられる電光でつながり、一定の距離を保ったまま浮遊していた。


 銃身内部にはプラズマ状の球体が鈍い光を放って浮かんでいたが、次第に全ての色を吸収し閉じ込めたかのような漆黒の小さな球体に変わり状態が安定した。


 フェイスシールドに最適な射撃位置が表示されると、銃身がかすかに動いて標的に照準を合わせた。

『いつでも撃てるよ、レイ』

「ありがとう、カグヤ」

 私はそう言うと、深く息を吸う。


「これから射撃を行う。準備はいい、ハク?」

『へいき』

 私は息を止めると、反動に備えて引き金を引いた。


 すると奇妙な感触を指先に残しながら、肩が外れるような強い衝撃を受けた。建物も同様で射撃のさいに生じた衝撃で激しく揺れていた。ハクがいなければ私は空に向かって吹き飛んでいたことだろう。


 撃ちだされた光弾は小さくて全く見えなかった。

 射撃の反動のすさまじさに比べれば銃声は些細ささいなものに感じられた。フェイスシールドに表示されていた標的の車体に小さな穴が開いたかと思うと、車体は内側に凹み車体後部が一気にふくらんで白熱した。一瞬の間のあと、周囲にいた人間を巻き込みながら大型車両は爆炎と共に破裂した。


 周辺一帯には車体から溶け出した金属が飛び散り、それに触れた者の身体からだも溶かしていった。そして大型ヴィートル後方に置かれていた大量の砲弾にも、溶けだした金属が降り注ぎ、砲弾に穴をあけていった。


 すると砲弾に出来た唯一の開口部に圧力がかかり、毒ガスが勢いよく噴射して、漏れ出した煙があたりを覆っていくのが見えた。生き残ったわずかな人間も深緑色の毒煙に呑み込まれていく。


 射撃を終えた兵器の内部では、漆黒の球体が灰色の石のような塊に変わっていった。複数に分かれ宙に浮いていた兵器のパーツも、ひとつに合わさり元の長方形の角筒に戻った。そうして角筒は徐々に灰色に変わり、変化した箇所は乾いた泥のようにボロボロと地面に落ちると粉々になり風に散らされていく。手元に残ったのはハンドガンだけだった。

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