第76話 供給源 re


 ハクに手を振ると、私とミスズは螺旋階段に続く白い壁の入り口に向かった。ハクとここで別れてしまうことが心配だったので、この場所で我々の帰りを待ってもらうより、先にウェンディゴのもとに戻ってもらうことにした。


 ハクなら迷わず地下を進んでいけるし、ワヒーラにはハクの生体情報が登録されているので、遠隔操作をしなくてもハクのあとを追いかけてくれる。それにもしも何か起きても、ウェンディゴの警備に残っているウミが、ハクのサポートしてくれるはずだった。


 階段を上がりながら、今までワヒーラにあずけていたバックパックの中身を確認する。階段が何処どこに続いているのかは分からないが、少なくとも地上にある白い柱の向こう側にはたどり着けた。この先に命に係わるような脅威があるのかはハッキリとしないが、備えだけはしっかりとしていたかった。装備の確認が終わると私はバックパックを背負った。


「レイラ」

 ミスズの声に反応して顔をあげると、階段の先に明るくて清潔な廊下があるのが確認できた。それは明らかに旧文明の施設だった。


 あまりにも呆気なかったので拍子抜けしそうになったが、この場所が兵器工場に続いているのは確実だ。廊下の両側にはいくつかの扉があって、扉は施錠されておらず簡単に開いた。我々は小銃を構えると、扉の先を慎重に調べていくことにした。


 照明が灯された部屋には、飾り気のない白いテーブルがひとつとイスが四脚おかれていた。そのどれもが新品のように傷ひとつなかった。テーブルの上には口径別の銃弾が数発適当に載っているだけだった。

 弾丸の先端が潰れているように見えるホローポイント弾を手に取って確認してみたが、とくに変わったところのない普通の弾丸だった。


 他の部屋も同じようなモノだった。換気がされていて掃除が行き届いた施設は、先ほどまで我々がいたすなほこりが舞う地下の坑道と異なり清潔で、私とミスズの恰好はひどく場違いに見えた。


 しばらくすると、我々が歩いて汚した床を掃除するために、壁の低い場所から小型の掃除ロボットが出てきて床を磨き始めた。掃除ロボットは旧文明期の施設で見慣れたタイプのモノで、保育園の拠点にもいる自律型の機体だった。


 私とミスズは廊下の突き当りにある隔壁かくへきの前に立つ。天井付近の壁が左右に開くと、機体の周囲に重力場を発生させて浮遊する球体型のドローンが出てきた。そのドローンの周りには陽炎かげろうのような、大気の揺らめきがかすかに確認できた。


 拳大のドローンは我々の側までやってくると、瞼を開くように装甲を上下に開いて赤紫色のレンズを露出させた。そのレンズの中央から赤いレーザーが照射されると、私とミスズはスキャンされていく。


『■■■■所属のレイラ・■■■を確認、通行を許可します』

 機械的な合成音声のあとに短い警告音が鳴る。

『不明個体の存在を確認。これより通行が制限されます』


 短い警告音が鳴ると、隔壁かくへきの周囲にホログラムによる多数の警告表示が投影される。

『警告、直ちにこの場から』

 しばらく沈黙が続く。

『――制限を解除。通行が許可されました』

 ホログラムが消えると、隔壁かくへきがゆっくり開いていく。


『明らかに何者かの介入があって、ミスズに通行許可が与えられた』

 フワフワと浮遊するドローンが壁に収納されていく様子を眺めながらカグヤに答えた。

「何者であれ、助かったよ。ここで引き返すのだけは勘弁だからな」

『施設に関する権限を持つ人間がいるってことだよね』


「ずっと昔に放棄された鳥籠だって話だけど」

『レイはマリーの話を信じているの?』

「まさか。初めから胡散臭うさんくさい依頼だと思っていたよ。けどカラスを使って上空から確認したとき、兵器工場に人間の姿は見当たらなかった」

『たしかに機械人形しか見なかったね』

「それに、これだけの規模の施設を人間が管理しているなんて話は聞いたことがない」


 隔壁が完全に開ききると、その先に四角い部屋が見えた。

「エレベーターでしょうか?」と、ミスズは目を細めながら言う。


 そのエレベーターは施設全体がそうであるように、ツルツルとした白い壁で覆われていて無機質だった。エレベーターに当然設置されているはずの操作パネルがついていないことは大した問題にならないと考えていた。そのエレベーターは拠点にある私の寝室よりも広くて、ダブルサイズのベッドをいくつか並べる余裕がありそうなほど広かったからだ。


 問題は他にもあった。施設の他の場所同様、異常に清潔だった。壁も天井も曇りひとつないツルツルとした金属で覆われ、床には毛足の長い黒色の絨毯が敷き込んであった。こんな高価な絨毯は別の旧文明期の施設でも見たことがなかった。


 我々がエレベーターの中に入っていくと、言葉のまま音もなく扉が閉まった。恐らくエレベーターは下降していたのだろうと私は考えた。しかし本当のところは分からなかった。あまりにも静かで動きがなかった所為せいで、方向の感覚が失われてしまったのだ。


 上昇していたのかもしれないし、あるいは停止していたのかもしれない。ただ状況を考えれば、それは兵器工場に向かっているのだから、上昇していても不思議じゃなかった。それとも地下深くにあるという王国へと向かっているのかもしれない。それは分からない。


 とにかくエレベーターはおそろしく静かだった。海底にいるような静けさに耐えられず、私は何かをせずにはいられなかった。


 タクティカルヘルメットをバックパックの専用フックに引っかけると、ガスマスクの側面を指で軽く触れた。するとフェイスシールドがマスク内に収納された。ミスズも同様に装備を外すと、額に掻いていた汗を拭って、それからガスマスクのシールドを再度全面に展開した。


 ミスズはガスマスクのシールド部分にインターフェース等の情報を表示しているので、シールドがなければ困るのだ。タクティカルゴーグルのような、扱いやすい装備も持ってくればかったのかもしれない。


 幸い施設の気温は一定に管理されていて、地下区画の坑道で感じていた蒸し暑さは一切感じられなかった。代わりに頬を撫でるような気持ちのいい冷たい微風が、どこからか吹き込んできていた。


「ハクは大丈夫でしょうか?」

 不安な表情を見せるミスズに答えたのはカグヤだった。

『うん。大丈夫だよ。ワヒーラと順調にトンネルを進んでる。すでに探索を済ませた経路を使って帰ってるから、危険な生物に遭遇することもないと思う』

「このまま何事もなければいいのですけど……」


『人擬き以外のほとんどの生物がハクを恐れているみたいだから、きっと問題ないよ』

「そうですね」ミスズはうなずいて、それから思い出したように言った。「ところで、カグヤさんは〈オートドクター〉がどのような遺物なのか、ご存じなのですか?」

『古い型の〈オートドクター〉なら知ってるよ。データーベースで見られるからね』


 カグヤは私とミスズのために〈オートドクター〉の画像を表示してくれた。

 寝具のようにも見える装置からは、タコのように複数の鉄の足が伸びていて、それぞれの足の先にはメスやら鉗子といった手術道具が取り付けられていた。


 それを見たミスズは、眉を八の字にして素直に感想を述べた。

「大きいですね……見つけても持って帰るのは大変そうです」

『そうかも。でもその画像の〈オートドクター〉はずっと昔のモノだから、きっと小型化してると思うよ』


 動きのないエレベーターに不安になり始めたころ、エレベーターの扉は開いた。扉は何の前触れもなく突然、音もなくスルスルと開いたのだ。私はミスズに視線を送ると、ハンドガンを構えながらエレベーターを出た。


 しばらく何もない廊下を進むと、左手が素通しのガラスになっている通路に出た。通路は真直ぐ伸びていて、終わりがないように思えた。ガラスの先にはトンネルのような筒状の空間が広がっていて、その中を何かが信じられない速度で通り過ぎていた。


 カグヤが表示してくれたスーパースローモーション映像を見ながら、ミスズがたずねる。

「……電車ですか?」

「電車? もしかして超電導リニアみたいなものか」と私はカグヤに訊ねた。

『少し違う、旧文明期の技術で周囲の壁に重力場とシールドを生成して物体を浮遊させて動かしてるんだ』


 ガラスの向こうに見えていた長いトンネルを見ながら言う。

「重力場って……。どれだけの規模のリアクターがあれば、そんなことができるんだ?」

『見当もつかないよ』


「レイラ」

 通路の先からミスズの声が聞こえた。

 彼女の側に向かうと、ミスズは壁の側に投影されていたホログラムディスプレイを眺めていた。ディスプレイには完全に機械化された兵器工場の製造ラインの映像や、新式小銃の広告映像などが映し出されていた。


 広告はアニメーションで、見たことのないモデルのスキンスーツと強化外骨格を着た女性が、デフォルメされたアサルトロイドを相棒に、宇宙の何処どこかにある赤い惑星を探検している映像だった。


 赤い大地からいて出てくるのは触手しょくしゅだらけの奇妙な宇宙生物で、女性は手にしたアサルトライフルであっという間に生物を肉片に変える。という趣旨の広告だった。最後に小銃のディテールが画面いっぱいに表示された。

「М14ですか?」と、ミスズが銃の名前を読み上げながら首をかしげた。

『ジャンクタウンにある軍の販売所でも売っていない武器だね』とカグヤが答えた。


「見ろ、カグヤ」

 広告映像のあとに表示されたのは路線図のようなモノだった。

『横浜第十二核防護施設って……ジャンクタウンだよ』と、カグヤはすぐに反応した。

「他にもいくつかの鳥籠が表示されている」

『そうだね……鳥籠として使われていない場所もある』

「人間が暮らしていない場所ですか?」と、ミスズはカグヤにたずねた。

『うん。瓦礫がれきに埋もれていて、まだ誰にも発見されていない施設なのかも』


 私は腕を組んでしばらく路線図を眺めた。〈七区の鳥籠〉を中心に伸びる路線を見て、それから音もなくガラスの向こうを走っている電車のようなモノに視線を向けた。


「もしかして、この場所が武器の供給源なのか?」

 言葉にするとそれ以外の可能性がないように感じられた。

『この兵器工場で製造されたモノを、はジャンクタウンの施設で購入していたってこと?』

「ああ。品切れにならないはずだ」


『無人の工場で製造された武器を使って人々は殺し合いを続けていた……何処どこかで聞いた話だね』

「でも、間違ってないだろ?」


「ええ、間違ってないわ」と、聞き慣れない声が背後から聞こえた。

 私とミスズは素早く声が聞こえた方向に振り向くと、声を発した相手に銃口を向けた。

 視線の先にいたのは得体の知れない女性だった。


 正確には女性ですらないのかもしれない。〈タケミカヅチ〉という名の戦艦の内部で〈シキガミ〉と呼ばれる機械人形を目にしたことがあった。ゾッとするほど美しい女性がまとう雰囲気は、そのシキガミから感じたモノにも似ていた。


 シキガミはギリシャ神話の神々をかたどった彫像のように、美しい骨格を持った機械で、白い人工皮膚で身体からだ全体が覆われていた。その機械人形は衣類や武器のたぐいは身に着けていなかったが、目の前の女性はビジネススーツを身に着けていた。スーツは仕立てのいい物で、とても高価なモノに見えた。


 女性は不自然に整い過ぎた顔で自然に微笑んでみせると、我々に向かって歩いてきた。

 尖ったハイヒールのかかとが、床にカツカツという音を立てた。近くで見ると女性の肌は薄桜色で、大きく開いた胸元からは皮膚の下にある血管が透けて見えた。女性が歩くたびにわずかに揺れる乳房の谷間を見て、私は酷く混乱した。


 その感情は純粋な困惑だった。女性がシキガミなのか、それとも人造人間のたぐいなのか、それすらも私には判別できそうになかった。

 女性の青い瞳がぼんやりと発光すると、彼女は自分自身に向けられていたミスズのハンドガンの銃口にそっと触れた。


『銃の機能がロックされた?』と、カグヤの驚く声が聞こえた。

 ミスズは素早く後方に下がるとハンドガンをホルスターに収めて、代わりにサブマシンガンの銃口を女性に向けた。

「何をしたんだ?」

 女性の頭部にハンドガンを向けると、彼女は肩をすくめる。

「その〈ワタツミ〉はうちの試作銃だったから、操作はお手の物よ」


「ワタツミ?」

「第三種秘匿兵器、JTUW-3のことよ。そんなことも知らずに使っていたの?」

「あんたは何者だ?」

「工場の管理を任されている者っていえば理解してくれる」


「人間なのか?」

「いいえ、私は人造人間と呼ばれる種族で、正確には人間ではない」と、女性は綺麗な黒髪を揺らしながら答えた。

「はじめて見る守護者だ」

「守護者……?」と女性は顔をしかめた。「〈人造人間〉はそんな風に呼ばれているの?」

「ああ。けど、あんたのような守護者は初めて見た」


「私は一般的な人造人間だと思うけど」

「あんたの見た目は人間と変わらない」

 女性は腕を組むようにして乳房を持ち上げると、私に微笑んでみせた。


「それで、不死の子はなんのためにこの工場に来たの? 見学の予約は受けていないけど」

「ふざけているのか?」

「いいえ、私は真面目にたずねているの。何の目的で私の工場に来たの?」


「カグヤ?」と私はカグヤに助言を求める。

『ここは素直に答えよう』

「そのほうがいいでしょうね。あなたたちの処遇は、私の判断ひとつで決まるんだから」

 女性はミスズに視線を向けて、それから私に青い瞳を向けた。


「敵対するつもりはない」

 銃口を下げると女性は笑みを見せた。

「冗談よ。ついて来て」

 彼女は背中を見せると、私とミスズを置いて通路の先にカツカツと歩いていった。


「何処に連れていくつもりだ」

「目的は〈オートドクター〉なんでしょ?」と、彼女は立ち止まる。

「どうしてそれを知っているんだ」

 女性は自身の耳を指先でトントンと叩いてイヤリングを揺らした。

『彼女は施設の管理者だよ』と、カグヤが言う。『施設に入ってから今までずっと、私たちは監視されていたんだ』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る