第45話 寄生虫 re


 夜闇に沈む廃墟の街から、絶えず呻き声や叫び声が聞こえてくる。

 襲撃者との戦闘がもたらした大規模な破壊によって、高層建築物の一部が崩壊した。建物を住処すみかにしていた巨大な昆虫や、人擬きの群れは環境の変化に戸惑いながらも、夜の闇に溶け込むようにして街に廃墟の街に消えていった。


 倒壊する建物の地鳴りのような轟音ごうおんに引き寄せられて、周辺一帯の人擬きや〈遺物〉を回収しようとして集まってきた命知らずの略奪者たちが戦闘を開始していた。


 パイプラインに組まれた足場を移動して街を見下ろせる場所まで歩いて行くと、そこに座り、眼下に見える廃墟の街に視線を向けた。月明りのない暗闇が支配する街では、時折ときおりマズルフラッシュの光がまたたいていた。


 暗闇に浮かび上がる照明装置の明かりや銃声は、略奪者たちがすぐ近くまで来ていることをげていた。けれど焦ることなく状況を見守る。我々のいる上層区画まで彼らがやってくることは、ほぼ不可能なのだから。


 しばらく銃声や破裂音が聞こえていたが、やがて街は静けさを取り戻した。

 照明のぼんやりとした明かりは動かなくなり、建物の外壁をらし続けている。ふと銃声の代わりに聞こえるようになった奇妙な音に注目した。なにか固いモノが……たとえば鉄の棒をこすり合わせるような音だった。それは街のいたるところから広範囲にわたって聞こえてくる。


「レイラ、何か見えますか?」と、ミスズがとなりに腰掛ける。

「いや、今はもう何も見えないよ」

『さっきまで派手な戦闘は続いていたけどね』

 カグヤの言葉に彼女はうなずく。

「少し驚きました」

『戦闘音に驚いたの?』


「はい。もうこんなに遅い時間なのに、危険な廃墟を出歩いている人がいるなんて」

『連中は馬鹿だからね。倒壊した建物に侵入しようとしたんだと思う』

「やはり、遺物が目的なのでしょうか?」

『うん。高層建築物の上階はスカベンジャーにも荒らされていない手つかずの場所だからね。貴重な遺物が入手できる機会でもあるんだよ』

「ですが夜中の探索は、いくらなんでも無謀むぼうです」


 昆虫の発光器官のように、照明がまたたいて消えていくのを見ながら言う。

覚醒剤かくせいざいを使用していて、恐怖をほとんど感じていないんだろう。連中にとって重要なことは、誰よりも早くその場所を確保して占拠することだ」

「危険なドラッグですね。レイダーギャングの間で出回っているってうわさのやつですね」


「そうだ。遊園地の廃墟を占拠せんきょしていたレイダーギャングも、俺たちと交戦していたときに、その覚醒剤を使用していた」

「なにか気になることがあるのですか?」

「〈守護者〉たちも、その覚醒剤の出所を探していた」

「黄色いレインコートを着た〈守護者〉ですよね、たしか名前はアメ」

 ミスズが声を発した直後、〈肉塊型人擬き〉が発した不気味な叫び声が、廃墟の街に響き渡る。


「近くに来ているみたいだな」

「この場所は安全なのでしょうか?」ミスズはそう言うと、綺麗な眉を八の字にした。

『大丈夫だよ』と、カグヤは幼い子どもに言って聞かせるみたいに、ミスズに優しく言葉をかける。『地上まで結構な高さがあるし、無駄に長いパイプラインを通ってこなければ、この場所には来られない。だから安心していても大丈夫』

「そうですか……」

 ミスズは不安そうな表情をみせながら、暗闇に支配された廃墟の街を見つめた。



 正体不明の襲撃者たちの攻撃で亡くなった住人は四人だけだった。

 襲撃者の数からみれば、犠牲者の数は驚くほど少なかったが、親類、あるいは友人を亡くした者にとって数字は関係ない。けれど悲しんでばかりもいられない、残された道のりは長くけわしい。しかし住人は一様に疲れていて、精神的にも限界が近いように感じられた。


 日が昇り始めると同時に我々は動き出した。


 シンとユイナは住民に〈国民栄養食〉と飲料水を配り、ミスズとユウナは住人の輪に加わり、子どもたちが防護ぼうご服に着替えるのを手伝っていた。

 今日は汚染地帯を通らなければいけないため、どうしても汚染対策が施された装備が必要になっていた。けれど住人のほとんどは集落から出ることがなかったので、まともな装備を持っていなかった。彼らは大昔の、機能も不確かなぎだらけの防護服を着る他なかった。


 私は〈カラス型偵察ドローン〉を使って周囲の索敵を行いながら、住人たちの先頭を歩いたが、襲撃者の姿を見ることはなかった。あれだけの数の襲撃者を用意できた組織が、簡単に我々のことをあきらめるとは考えられなかった。


 けれど非常階段が設置された旧文明の柱は〈重力子弾〉によって崩壊していたし、相当な死者を出していたので、これ以上の戦闘を続ける余力が残っているとは思えなかった。それでも、昨夜の騒ぎで目覚めた人擬きが付近にいるかもしれないので、警戒はおこたらなかった。


 汚染地帯の側までやって来ると、ヴィードルに乗ったユイナが私の側に来る。

「レイラ、あなたは私と一緒に来て」

「俺は最後でいいよ」

「ダメよ。あなたの装備はこの環境にてきしていない。後方の守りはシンに任せて大丈夫だから、あなたは先に汚染地帯を越えて」


 シンに視線を向けると、彼はスキンスーツの形状を変化させていて、全身に真っ黒な装甲を形成していた。戦うことだけに特化させた状態なのだろう。

「まるでアクション映画のダークヒーローだな」

「なにか言った?」

 ユイナの問いに頭を振って答えると、ヴィードルのコクピットに乗り込んだ。


 後部座席は快適だった。座席に使用されているクッションがいいのだろう。私はユイナの綺麗な黒髪をしばし眺めたあと、まぶたを閉じた。


 汚染地帯を越えると、ユイナはヴィードルを止めた。

「子どもたちを乗せなければいけないから、私は住人たちのところに戻るわね。あなたはここで周囲の警戒をお願い」

 周囲に視線を向けながら、彼女の言葉に答える。

「大丈夫だ。こっち側の監視は任せてくれ」


「あなたに任せれば、大抵の問題に対処してくれることは分かっているわ」

「それはかった」

「でも、その兵器を使うのはひかえて」

「大丈夫。襲撃者があらわれても、あの弾薬は使わない」

「だといいのだけれど」

 ユイナはそう言い残すと、汚染地帯に広がる濃霧のうむの中に消えていった。


 カラスの眼を使って周囲の安全確認を済ませると、パイプライン上に等間隔に設置されていた用途不明の四角い箱に腰を下ろして、ベルトポケットを探り国民栄養食を取り出した。ザクザクとした食感がする栄養補助食を食べながら、ミスズに連絡を入れる。


『どうしました、レイラ?』

「そっちの状況が知りたくて」

『問題ないですよ。大人たちも荷物の整理をして、今は身軽になりましたし』

「あの大荷物、やっと諦めてくれたのか」

『はい、やっとです」と、ミスズは乾いた笑いを残す。「そちらは大丈夫でしょうか?』


「今のところは――」

『レイ』と、カグヤが会話に割り込む。

「悪いな、ミスズ。カグヤが敵を見つけたみたいだ」

『わかりました……あの、何かあったら教えてください。すぐに向かいますので』

「そうだな。そうさせてもらうよ」


 通信を切ると、肩に提げていたライフルを構える。

 照準器の先には旧式の小銃で武装した若い女性が立っていた。顔色の悪い坊主頭で、趣味の悪い色彩の刺青が彫られた上半身には、衣類の類を身に着けていなかった。腕を負傷しているのか、血に濡れた包帯を巻いていた。


『昨夜のレイダーギャングの生き残りかな?』カグヤが疑問を口にする。

「ひとりでここまで逃げてきたのかもしれないな」

『どうするの?』

「話を聞きたいから、生けりにする」


 略奪者だと思われる女性の足元に銃弾を撃ち込む。銃声と、それから地面でぜた弾丸に驚いて女性は身を隠そうとしたが、どこにも隠れられる場所はなかった。彼女はしばらく思案したあと、武器をその場に捨てた。


 ライフルを構えて、女性に照準を合わせながら近づいた。彼女からは鼻につく酸っぱい臭いがした。身体からだすすほこりで真っ黒に汚れていた。脇腹を負傷しているのか、彼女は両手で自分自身の身体を抱いていた。


「馬鹿な真似はするなよ」

 女性はなにも答えなかった。

「その傷はなににやられたんだ。人擬きか?」

 女性は気怠けだるげに頭を振った。

「不死の化け物じゃない、もっと厄介なやつだ」


 彼女は小声でそう言うと、痛みに顔をしかめた。

「どんなやつだ?」

「虫だ。とても大きくて――」

 彼女はうつろな目で私を見たあと、突然身体からだ痙攣けいれんさせ、その場に膝をついて血反吐ちへどいた。


『レイ、何か変だ。すぐに離れて』

 カグヤの忠告を聞いて女性の側を離れようとした。すると彼女は野太い叫び声を上げた。それから意識を失ったように白目をくと、自分自身の吐瀉物の上に倒れた。短い痙攣が続いたあと、彼女の股の間からなにかが溢れ出る。


 倒れた女性の背後に回り込むと、血液と共に溢れ出たモノの正体を確認する。

『寄生虫のたぐいかな?』

 カグヤの言葉に頭を振る。

「見当もつかないよ」


 手のひらほどの長さの黒い生物が血液の中で動いていた。毛虫にも似たその黒い虫は、細い身体からだの先端にびっしりときばが生えていて、それを使って動かなくなった女性の太腿に噛みついていた。その生物は一匹だけじゃなかった。女性の股の間からい出てくる奇妙な生物は数が増えていき、やがて彼女の身体からだの至るところに噛みついて、肉をむさぼっていた。


 女性は意識がないのか、あるいはすでに死んでいるのか、ピクリとも動かなかった。

『ねぇ、レイ。あれは危険な生物だと思うよ』

「そうだな。すぐに処分したほうがいい」

 女性から距離を取ると、物陰に身を隠して手榴弾を放った。


 地面でうごめく小さな標的に対して、あまり効果は期待できなさそうだったが、手持ちの装備に使えそうなものは他になかった。

 炸裂音のあとすぐに確認したが、案の定、望んだ効果は得られなかった。女性の死骸は複数に分かれて生物と共に散らばっていたが、それだけだった。


『燃やしちゃおうよ』

 カグヤの言葉にハッとして、ハンドガンをホルスターから抜くと、弾薬オプションから〈火炎放射〉を選択した。残弾表示を確認すると、標準時間で四十分の使用が可能だと表示されていた。


『汚物は消毒だぁ』

 カグヤの元気な声を聞きながら正体不明の生物を焼却していく。


 それは甲高い悲鳴を上げながら死んでいったが、正直、私が悲鳴を上げたいほど気持ちが悪い光景だった。なにより、生物が発する臭いがひどかった。女性の死体も念のため、まとめて焼却していく。

 すべてが終わると、人間の焼ける臭いをがないように風上に移動した。それから周囲の監視を行いながら、住人たちが汚染地帯を抜けてくるまでの間、その場で待機することにした。


 しばらくすると、ミスズたちが住人と共に姿を見せた。

「その厄介な生物が出現した事と、建物の崩壊が関係しているのは間違いないね」

 シンはスーツを変化させて、顔を覆っていたいかついマスクを外しながら言った。

「厄介な事態ね」と、ユイナが言う。「昆虫の変異体は人擬きと違って、昼間でも活発に動く。昆虫の大群に襲われたら、住人はひとたまりもない」


「俺とミスズが先行して、廃墟の街の様子を確認してくるよ」

「僕たちはそれで構わないけど、ミスズと二人だけで平気?」

 シンの言葉に私はうなずいた。

気心きごころの知れた仲だ。二人のほうが上手くやれるかもしれない」

「わかりました」と、シンは微笑む。「それなら住人は僕たちに任せてください」


 ユウナは愚図ぐずる子どもを後部座席から降ろした。

「本当に二人だけで大丈夫?」

「きっと大丈夫です!」と、ミスズはユウナに返事をした。

 ヴィードルの後部座席に乗り込むと、彼女の言葉にうなずいた。

「昆虫は苦手だけど、危険な変異体が建物から出てきた責任は俺にあるからな」


 ユウナは小さな子どもを胸に抱きながら首をかしげた。

「その発想がよく分からない。レイの責任だからなんだって言うの? この世界では誰も自分がやったことの責任なんか持とうとしないよ。もっと気楽に生きようよ。責任とかほっぽり出してさ」


 ユウナが胸に抱く子供を見ながら私は言った。

「そうはいかないよ、ユウナだって今は、その小さな子どもの命に責任がある。それと変わらないよ」

「そうじゃないよ。なんでもかんでも背負い込む必要はないって言ってるの」


 ユウナの言葉に私は思わず笑顔になる。

「ユウナって冷たい印象があるけど、やさしくて心は暖かいよな」

「はい? もしかして口説くどいてる? 私にはシンがいるから無駄だよ」

 ユウナは照れ隠しのつもりなのか、早口でそう言うと、シンのもとに駆けていった。

「さてと」気を取り直すと、ヴィードルのシステムチェックを行う。「行こう。ミスズ」

「はい!」



 重機関銃の射撃音が廃墟の街に木霊こだます。

「何匹目だ、ミスズ?」と、全天周囲モニターを通して廃墟を眺めながら言う。

「えっと……六、いえ、七匹です」

 ヴィードルの少し先には、無数の銃弾を浴びて息絶えた巨大な蜘蛛くもの死骸が横たわっていた。廃墟の街に略奪者や人擬きの姿は確認できなかったが、代わりに巨大な昆虫や蜘蛛の姿を多く見ることになった。


 その中でも遭遇率が高かったのは、自動車ほどの体長を持つ茶色い大蜘蛛だった。熾烈しれつな縄張り争いに勝利したのか、気味の悪い昆虫の死骸を強靭な牙を使って咀嚼していた。そのさい、ゴリゴリと固い物をこすり合わせるいやな音を立てた。


昨夜さくや、街から聞こえていた音の正体が分かったね』

 カグヤの言葉に苦笑する。

「そうだな。こんな事実は知りたくなかったけどな」


 〈二十三区の鳥籠〉通称〈姉妹たちのゆりかご〉に向かうための道に陣取っていた大蜘蛛は、粗方あらかた片付いたが、ある程度の動きを予測できる人間相手と違って、いつ何処どこから出現するか分からない昆虫や蜘蛛を相手するのはひどく疲れる。

 カラスから受信する映像を確認してみると、蜘蛛くもの糸が街の至るところに張り巡らされているのが見えた。


 ヴィードルから降りると、蜘蛛の糸を回収していく。

 以前も同じような糸を回収していて、拠点の〈建設機械〉に放り込んだことがあった。機械の中で分解、再構築されて出てきた資材は旧文明期の特殊な〈鋼材〉だった。理由は分からないが、とにかく糸が貴重な鋼材になるなら、弾薬の補充に使えると考え、回収することにした。


『レイ、よけて!』

 騒がしい警告音と一緒にカグヤの声が聞こえて顔を上げると、バスケットボールほどの大きさの瓦礫がれきが、恐ろしい速度で飛んできているのが見えた。私はなにも考えずに、反射的に左腕でそれを叩いた。

 すると腕を守るように肘から下の皮膚が硬化して、瓦礫が砕けてはじけ飛んだ。腕はひどく痛んだが、少なくとも折れることはなかった。腕に生じた変化は、少し前なら考えられないことだった。旧文明の鋼材を身体に取り込んだことで、何か大きな変化があったのは確実だ。


 その瓦礫がれきには白銀色の糸が絡みついていた。

 攻撃してきた蜘蛛くもは糸を使用して、瓦礫を武器として使ったのだ。今までの蜘蛛には見られない行動だった。攻撃をしてきた蜘蛛はすぐに見つかった。

 ハエトリグモにも似た奇妙な蜘蛛には、猫や犬が持つ毛皮のような、やわらかな体毛が全身にびっしり生えていた。我々を攻撃していた茶色い大蜘蛛よりも一回り小さな身体からだを持つ蜘蛛は、白い体毛を持ち、腹部に特徴的な赤い斑模様があった。


 白蜘蛛は地面に転がる瓦礫に向かって口から糸を吐き出すと、触肢しょくしを器用に使って糸をつかむと、こちらに向かって瓦礫を投げ飛ばしてきた。私は素早く身をかわしたが、それがいけなかった。白蜘蛛はそれを予測していたのか、信じられない速さで近付いてきて私を蹴り飛ばした。視界が反転し、世界が回る。


『それ以上は、やらせません!』

 顔を上げると、ミスズが白蜘蛛に向かって重機関銃による攻撃を行っていた。が、弾丸は蜘蛛の体毛に弾かれていて、まったく効果がないようだった。

「逃げろ、ミスズ!」と私は声を荒げた。

『でも!』


「〈重力子弾〉を使う」

『……分かりました。それなら時間を稼ぎます』

 私は立ち上がると、ホルスターからハンドガンを抜いた。そして右手でハンドガンを握りながら、白蜘蛛に照準を合わせた。

 ホログラムで投影される照準器が浮かび上がり、銃口の先に白く輝く輪があらわれる。


『ダメだ、レイ! 蜘蛛に気づかれた!』

 カグヤが声をあげた直後、照準器に映る白蜘蛛と視線が合う。

「え?」驚いて思わず間抜けな声が出た。

 右手がおもくなったかと思うと、手に大量の糸が絡みついていた。


 視線の先の白蜘蛛はヴィードルを蹴り飛ばすと、こちらに向かって跳躍ちょうやくする。痛む左手を使って糸を取り払おうとするが間に合わない。それならハンドガンに糸を取り込んで弾薬に再構築すれば? いや、間に合わない。


『レイ!』カグヤの声がずっと遠くから聞こえた気がした。

 首筋に白蜘蛛の鋭い牙が突き刺さる不快感に、私の身体からだはすくむ。


 痛みに気分が悪くなり、吐き気が込み上げてくる。頭を支配するのは痛み、そして理不尽な痛みに対しての怒りだ。不思議なことに白蜘蛛に対して何かを思うことはなかった。それまで大量の蜘蛛を殺していたので、頭の何処どこかに罪悪感ざいあくかんがあったのかもしれない。


 糸が絡んだ右手を蜘蛛の身体に押し当てると、そのまま引き金を引こうとした。

 しかし次の瞬間には、白蜘蛛の牙は私の首筋から離れていた。私と距離を取った白蜘蛛は、不思議なモノでも見ているかのように、八つの大きな眼を私に向けた。正確には前方の四つの大きな眼だったが。


 そこに重機関銃の特徴的なは射撃音が聞こえて、無数の弾丸を浴びせられた白蜘蛛は後方に跳躍すると、そのまま廃墟の街に消えた。


『レイ、痛みはある?』

 私はなんとか身体からだを起こした。ひど気怠けだるかったがカグヤに返事をした。

「大丈夫だ。それより感染症や寄生虫の類が怖い、確認してくれるか」

『わかった。待ってて』


「レイラ、無事ですか!?」

 ミスズがヴィードルを降りて駆け寄って来る。

「少し噛まれただけだよ。今は身体からだに異常がないか、カグヤに確認してもらっている」

「そうですか……ごめんなさい、レイラ。また守れませんでした」

 ミスズは下唇を噛み、琥珀こはく色の瞳に涙を溜める。


「大丈夫だよ。何度も言っているけど、世の中にはどんなに備えていても、その時が来たら、どうにもならないようなことが起こる。それに、今回のことはミスズの責任じゃない、俺が油断していたんだ」

「でも……」


 私は無理をして立ち上がって見せると、ミスズに笑顔を見せた。

「ごめんなさい……」とミスズは言う。

「肩を貸してくれ、ここは危険だ。すぐにヴィードルに乗ろう」

「はい」


『感染症だとか、そういうモノは確認できなかった。ただ大量に血を吸われていたみたい』

「血液か、吸血鬼みたいだな」

 私は鼻で笑うと、コクピットシートに身体を深く埋めるようにして座る。


「白い蜘蛛は一体だけでしょうか?」とミスズは言う。

『わからない』と、声に出さずに答えた。今は話すのも億劫おっくうだった。

「大丈夫ですか、レイラ?」

『少し休めばすぐにくなる』


「そうですか……。すぐにシンたちと合流しましょう。カラスで確認しましたが、付近に大蜘蛛の姿はもうありません」

『わかった、行こう』

 ヴィードルが動き出すと、私は重い瞼を閉じた。

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